柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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秋は実りをもたらし、祝福を与える。

こぼれ落ちた木の実に、みのる稲穂。

枝から離れた木の葉は肥料と変わり

微かに冷たい空気は冬への準備を促す。


さあ

凍える前にぬくもりを探しにいきましょう。





ドングリ



 頬を過った風の冷たさに驚き、思わず首を引っ込めてしまう。早々と出したマフラーを忘れたことを少し後悔するが、後少しでもう家に帰り着く。
 少し速くなった足を駆け出さない程度に抑えて、風から逃げるように夏美はようやく見えた家の屋根を目指して歩く。頭上で結わいた髪が頬をくすぐるように踊っていた。
 門を潜り、玄関へと足を伸ばしかけた時、ふと気になって足を止める。がさごそと小さな音が庭から響いているのだ。この時間帯、大抵は庭を占領しているギロロは武器の点検や手入れをしていて、こうした小さな音はあまりしない。磨きあげる布の音や武器の醸す無骨な音が響くだけだ。
 またなにか馬鹿な作戦でも始動し始めたのかと眉を顰め、こっそりと庭を伺う。あまり彼はくだらない作戦に賛同するタイプではない根っからの軍人気質だが、かといって常識で押さえつけられる仲間ではない。こちらに不利益になる真似をまた行う気ならば、それなりの粛正を与えなくてはと軽く手首をまわしながら溜め息を吐く。
 こういった日常茶飯事化したやり取りが嫌とは言わないが、もう少し友好的になれないものなのだろうかとも思う。十分共存している状況にいながら、本気で侵略をし、自分達を隷属化でもさせるというのか。もっともそう問いつめたところで、思考回路を遮断させて寝込みそうな気もする情けない小隊隊長を思い浮かべると小さく笑みが浮かんだ。
 ……………本気で命が危険になるような真似はしない。馬鹿らしいけれど、どこかで信じているのだから、こちらも十分情に(ほだ)されていると思いながら。
 壁際からのぞいてみれば赤い背中が一つ、庭の真ん中に座っている。周りに他の影はなく、何らかの作戦実行中といった緊迫感や慌ただしさはなかった。
 気のせいだったのだろかと小首を傾げてその背中に声をかけようとして………やめた。
 何をしているのか後ろからでは解らないけれど、手もとで必死に何かの作業をしているらしい。気配に敏感な彼がまるで気付かないほど集中しているのだし、邪魔をしては悪いかと音を立てないように注意しながら、また玄関の方へと戻っていった。
 こっそりとドアを開けて、閉める。室内に入ってからようやくいつもどおりの声で帰宅を告げれば、階段上から顔をのぞかせたケロロがそのまま滑るようにして下りてきた。
 「お帰りであります、夏美殿!」
 ビシッと敬礼までして普段以上の大声で言ってきたケロロを呆れた顔で眺めながら見下ろすようにして夏美は答えた。
 「ただいま。………で、何の用なわけ?」
 「ゲロッ?!な、なんでばれたでありますか?!」
 冷静な一言に途端にわたわたと大慌てで冷や汗まで流しながら叫んだケロロをしり目に、夏美は靴を脱いで家に上がった。後ろからケロロがついてくるのを確認しながら奥に進み、キッチンで飲み物を入れる。その間ずっとウロウロと、子供が何かねだる方法を必死で模索しているようにケロロがついてきている。
 …………時折、これを年の離れた弟か、あるいはいっそ子供のように思えてしまうのはこういったところのせいなのだろうかと、少し頭痛がする。いくら何でも中学生で子供を持つ親の気持ちは知りたくはなかった。
 コップの中のお茶を飲み、人心地ついた後、そのままコップを持って居間にいきソファーに座った。テーブルにコップを置くのを見計らい、改めてケロロが夏美にまとわりつく。
 「……実は夏美殿」
 「プラモはこれ以上は駄目よ。今月分買ったばっかりなんだから」
 「ゲロッ!それはわかっているであります!」
 「……………?じゃあ何よ」
 てっきり彼が自分に頼むとしたら、また何か新しいプラモデルが出たので欲しいのだと玉砕覚悟での直訴かと思ったが、違ったらしい。
 しかし自分を迎え入れた時の期待に満ちた目は明らかに何かをねだる時のものだ。首を傾げて膝元のケロロを見遣ってみれば、突然何か本を取り出した。いつも思うが……どこに隠しているのか、彼等の宇宙服のつくりはいまいち常識の範疇では計れなかった。
 「なによ……ってこれ、私の本じゃない!」
 「そ、そうであります。実は我輩、たまたま夏美殿の部屋の掃除をしている時にこの本を目にしてしまったのであります」
 もちろん叱られるであろうことは百も承知の上で差し出したのだ。言われる前に手に入れた経緯を話せば……と早口でまくしたてると、ひょいっと身体が持ち上がる。
 解ってくれたのだろうかとホッと息をついたのも束の間、そのまま思いっきり(こめ)かみを圧迫される。…………少女の細腕とは思い難いほどの力なのだから、実際に味わうと洒落にならないほどの激痛だ。
 「…………嘘おっしゃい。あんたの身長じゃ届かないでしょうが、この本!」
 ケロロが持っていたのはスイーツ作りの本だ。ケロロたちが使うはずもないのだからと本棚の上の方に置いてある。昨日の時点ではきちん本棚にしまってあったのだから、誰かが取り出さない限りそれが手に入るはずはない。
 「ゲ、ゲロッ!い、痛いであります、夏美殿!!申し訳なかったであります〜!」
 涙目で必死に謝罪しながらも決して反撃はなかった。それが一番早くにこの拷問から解放されるのだと解っているからだが。
 素直に謝ればさっぱりとした性格上、夏美はさして後を引かないのだ。下手に抵抗や反逆を示した初めの頃の方が、よほど事態を悪化させて満身創痍になっていた。
 折檻の腕から解放されてケロロが涙目のまま顳かみをさする。それを上から包むように手を添えた夏美は、ぶっきらぼうな声のまま問いかける。
 「………で?わざわざ私に怒られるって解っていたくせに、なんで持ってきたのよ」
 大体事情は想像できるが、自分から言うのは何となく悔しかった。と言うよりは、恥ずかしかったのかもしれない。意固地な分、弟ほど素直にこの居候たちへの好意は示せないのだ。
 夏美の言葉にパッと顔を輝かせ、気が変わらないうちにとケロロは急いで未だ手に持っていた本をめくり、目的のページを広げた。
 「あのね、これのね、ほら、このケーキ!」
 「なによ………アントルメ・ジャンドゥージャ?」
 「そう!おいしそうなだ〜と思ったの!で、もし叶うのでありましたらぜひ、と!」
 「作れっての?私に………」
 よりにもよって面倒そうなものを選んでくれたと溜め息を吐きながらいってみれば、膝元から見上げる視線。………うるうると縋るような目で、期待を溢れさせている。
 大きな溜め息を吐き出し、ちらりと時計を見る。まだ時間はあるし、材料類はケロボールで即出してくれるだろう。家の仕事も完璧にこなしているのだし、たまにはご褒美がなくては働き甲斐もないだろうと己を納得させてから、膝の上からケロロをおろして立ち上がった。
 却下されたのかと思い打ち拉がれてるケロロを横目に見ながら、ぺしりとその頭を軽く叩く。
 「ほら、さっさと材料出しなさい。その本のお菓子、結構時間かかるんだから!」
 ふて腐れたようなしかめっ面で、ほんの少し目元を赤く染めて夏美は承諾を示した。それにほんの少しの間をあけてようやく理解したらしいケロロは輝くような笑顔を浮かべてはしゃぎ、夏美に飛びつくようにして一緒にキッチンへと向かっていった。


 「ふう……ようやく出来た」
 額の汗を拭って出来上がった胸飾りを空に掲げてみる。前回の松ぼっくりとは違い、小さなドングリは加工するのにひどく時間がかかった。それでもいくつか連ねられたドングリの小振りな愛らしさがゆらゆらと風に揺れている。
 互いが擦れ合うとシャラシャラと愛らしい小さな音が奏でられる姿を満足げ見上げた。
 「前回も渡し損ねたことだし……この木の実もライフルの弾に似て敵を威嚇できるだろう」
 頷きながら出来栄えに満足していると、またふと過るのはどう渡すかだ。
 正直………こういったものを直に何の理由もなく渡せるほど自分は器用ではないし、そういった柄でもないのだ。まして渡したい相手はあの夏美だ。
 理由もなく渡せば一体どんな仕掛けがあるのかと疑われても仕方ない間柄なのだ。当然と言えば当然であるし、自分はそのためにここにいるのだから否定は出来ないが……もどかしいと思わなくも、ない。
 いっそケロロのように開き直ってしまっていれば少しは楽なのかもしれないが、どうしてもそれも出来ない。
 こっそりと小さな溜め息を落とし、暗くなってきた空を見上げた後、縁側から続く日向家の居間に目を向けた。明かりがついているし、この時間であればあの子供たちは帰ってきているだろう。手渡す方法も思いつかないままでは声をかけるわけにもいかないと、室内と自分の手元を交互に見遣っていると、幼い頃からいやになるほど聞いている声が響いた。
 「ゲロ〜♪おいしそうであります!さすがは夏美殿!!」
 「はいはい、どうでもいいけどあんた、散らかさないで食べてよね」
 カーテンが引かれているので中は伺えないが、その隙間から覗けたのは専用の子供用の椅子に座り、エプロン姿の夏美からケーキを手渡され喜んで食べているケロロだった。……いつだかの、自分のように。
 他意がないことは、解っている。たとえ好意を持っていたとしてもそれは親を慕うようなものにより近い。反抗や抵抗さえ、子供の我が儘に見えるほどなのだから。
 わかっている。だから、いま自分の中で渦巻く感情がいかに醜く見当違いなものか、冷静に考えれば理解は出来るのだ。それでも睨んでしまう視線はどうしようもないのだと諦めてしまう。
 「………………!」
 途端にそれに気付いたらしいケロロが、幸せそうに頬張ったケーキを奇妙な嚥下音で飲み込んできょろきょろと辺りを窺った。カーテンの隙間に赤い色が見え、その正体が解ると自分の分の紅茶を入れてケーキを用意している夏美をちらりと視線をやる。………彼女のことだから大丈夫とは思うが……まさか、忘れてはいないだろうかと少しの不安を携えて。
 「あ、あの………夏美ど…」
 「あ、ボケガエル、それ食べ終わったらこれ、届けなさいよ」
 「へ?」
 ドキドキと嫌な汗を浮かべて問いかけようとしていたケロロは、突然示された先にある2皿のケーキに首を傾げた。一体誰に届けろと言うのだろうか、と。
 「へってあんた……冬樹とクルルの分よ。どうせあの二人また部屋に引き蘢っているんでしょうし、持っていった方が早いわ」
 「はあ……了解であります。でもあの、もう一人…は………?」
 更に背後の視線が強まった気がして嚇されるように夏美に問いかけると、今度は夏美が首を傾げる。
 「もう一人って…ギロロ?届けないでいいわよ」
 「な、なんと?!」
 背後で落雷でも落ちたような気がするが、恐くてとても振り返ることが出来ない。あわあわと落ち着かない様子で何か訴えようとするケロロを夏美は見遣り、言い方が悪かったかとその頭をポンと叩く。
 泣き出す寸前の顔で見上げるケロロに呆れたように息を吐き出し、ピッとキッチンの方に用意されているティーカップを指差した。そこには2つのカップが用意されている。冬樹とクルルに届ける分はケーキだけであり、飲み物はついていない。とすれば、これは先ほど夏美が自分用にと用意していた紅茶用であり、2つあると言うことはつまり……………
 合点いったケロロは一転笑顔を浮かべて残りのケーキを口の中に放り込んだ。少しでも早くここにもう一人が招かれるように。  もっとも、こっそり残ったケーキの数を計算して、後でまた食べられると踏みながらだったけれど。
 「言っとくけど、外で食べられちゃ気分が悪いからよ」
 明らかに喜んでいるらしいケロロに言い訳のように夏美が言うが、相手はまるで聞いていない。ケロロはまるで我が事のように上機嫌で鼻歌まで歌って最後の一口を飲み込んでいた。椅子から下りてきちんと食べ終わった食器を流しに持っていくと、そのまま2皿用意されたケーキを両手で持ち上げた。
 「では我輩はケーキを配達してくるであります。夕飯まで自室にいるので気にしないでほしいであります!」
 「プラモデルは程々にしなさいよ。後、ちゃんと片付けること!」
 「了解であります〜」
 スキップでもしそうな雰囲気で部屋を出ていった小さな背中を困ったように見遣りながら息を吐くと、夏美は改めてテーブルに紅茶とケーキを用意した。
 カーテンを手繰り寄せて夜空に変わりはじめた空をのぞく。静かに窓を開け、縁側に一歩出た。暗くなった空の下、佇むようにほうけているギロロが一人、いた。それは帰宅した時に見た姿に少し似ていて、ちょっとだけ笑えてしまう。
 笑みを浮かべたまま、夏美はすぐそこにいるギロロに声をかけた。
 「ギロロ、ケーキ作ったんだけど、食べる?」
 ぎくりと身体を強張らせながらギロロの思考は混乱していた。なんと答えればいいのか解らずただ無言のままこくりと頷き、機械仕掛けの人形のようにぎこちなく動き、そのまま足を拭くと室内に入っていった。
 大体の会話は……聞こえていたのだ。二人っきりで一緒にと考えると、顔が一気に紅潮しそうになる。
 「ほら、あんた前の時甘いって言っていたから、今回のは少し甘さ控えめにアレンジしたのよ?」
 感謝しなさいよと笑い、夏美が席につく。それを目で追いながら、まだ何となく夢でも見ているような気がしてならない。
 今日は別に夏美のために何か無理をしたとか、助けたとか、そんなことはなかった。極普通の平穏な一日で、何一つ騒動すらなかった。それなのにこうして一緒に、など……ありえないのに。
 「……………?どうしたの、食べないわけ?」
 訝し気に自分を見て、入れたての紅茶をカップに注ぐ夏美は幻なわけではなく、自分の妄想でも願望でも、ない。
 ぎこちなく椅子に座り、作り立ての良く冷えたケーキを見る。この間食べたものとは違うが、相変わらず甘そうでふんわりとやわらかそうなケーキ。
 無言のまま一口食べ、紅茶にも手を伸ばす。ギロロが何も言わないことを特に不審に思ってもいないらしい夏美は、普段と変わらない顔で同じようにケーキを食べて紅茶を飲んでいる。不可解なほど、静かでのんびりとした時間だった。
 夏美はこの星の人間で、学校というものに通っているし、自分達は自分達で侵略のために日夜勤しまなくてはいけない。だからこそ、こんな風にのんびりと一緒にお茶を飲むなどそうはなく、まして二人っきりなど……あり得ないとさえ言えた。
 それなのにどうしてと考えれば、自分勝手な期待が首をもたげる。
 それを支持出来るわけではないけれど、ちらりと見遣った夏美はほんのりと笑顔を浮かべていて、どこか楽しそうで。
 持て余しかけた胸を押さえるように、隠していた胸飾りを握りしめる。覚悟を決めるように深呼吸をして、睨むように夏美の顔を見た。少しだけ固い声が口をつくが、それに気付けるだけの余裕はなかった。
 「夏美」
 「なに?………まさかまだ甘いとか……」
 静かだったギロロが突然神妙に声をかけてきたことに夏美は怪訝そうに顔を向けた。眉をひそめて夏美がいうと、即ギロロは首を振って否定する。………実際、ケーキは程よい甘さで食べやすかった。
 それでもなんと言葉を続ければいいのかが解らず、思い悩むような間があいてしまう。おいしいというのも違う。ありがとうは、更に言いたいことからずれている気がした。どの言葉が正しく自分の気持ちを表すものかが解らない。
 結局一瞬の間の後、ギロロはポイッとどうでもいいものを放るように手の中の胸飾りを夏美に向かって投げた。
 何だろうかときれいにキャッチした夏美は、手の中のものを電灯にかざす。それはドングリに穴をあけて紐を通した、子供が好みそうな可愛らしい胸飾り。
 「礼、だ」
 黙々とケーキを食べながらぼそりと呟いたギロロと胸飾りを交互に見比べ、夏美は困ったように笑う。一体この軍人がどんな顔をしてドングリを拾い、それで胸飾りを作ったと言うのか。
 照れくさくて、本当は子供扱いをしているとその幼稚な胸飾りを突っ返すことだって、出来た。それでも迷うこともなく指先は受け取った胸飾りを首に通していた。
 幼い子供の頃、秋は楽しみなものだった。拾い上げたもの全てが美しく、そうしてそれらが自分を素敵な女の子に変身させてくれると思ったから。
 そんな幼さを思い出させてくれる手作りの胸飾りを細い指先が掬い上げ、驚いたように自分を見上げたまま固まっているギロロに笑いかけた。
 「どう、似合う?」
 答えられるわけもない、普段以上に赤く熟れた顔を俯かせて湯気を立てているギロロを見ながら、ふと思う。
 来年もまた、こんな日がくるのではないか、と。
 今日のことを前にもあったと思い出す、そんな風に重なる記憶を積み重ねていくのではないか、と。
 シャラシャラと可愛い音を奏でるドングリを見ながら、紅葉のように鮮やかな色に染まっているギロロを見つめながら、当たり前になった非日常にほんの少し、感謝した。


 それは秋風の吹きかける、冬に入るほんの少し前のお話。





 ケロロ第二弾は松ぼっくりの胸飾りを渡せなかったリベンジです。
 細長いドングリはライフルの弾に似ていると思うのですよ。松ぼっくりを手榴弾に見立てる目があれば十分見立てられるはずです(笑)
 今回は前回書けなかったケロロを思う存分書かせていただきました。
 私にとってこの二人は母と子に近いようです(笑)甘やかしそうです、ケロロのこと。
 そしてそれにお門違いと解っていても思いっきり嫉妬しているギロロとか。ちょっと愛しいかも(笑)

16.10.8