柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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たいしたことはないはずなのだ。

このちっぽけな星の中の

ちっぽけな女。

ただそれだけで、とるに足らないことだ。

解っていて、それでも整理がつかない。


それをなんと呼ぶか



………………解っていても、どうしようもない。





見えない音のその速さ



 ふと見上げた空はどんよりとした灰色。朝、あの騒がしい人間たちが学校に走り出て行ったときは晴天だったことを思い出しながら見上げた空は、妙に寂しげな風情がある。
 くだらない感傷だと小さく息をつき、それによって腰掛けていた態勢から解放されるように立ち上がった。
 さしたる意味もないが、ふと、その雲の流れが気にかかった。
 必要性などないと思いながら、それでも赴く足が少し忌々しい。………そうしてほんの少し、それを誇らしくも感じるのだから始末に負えない。
 縁側を通りこえ、室内に入りながら玄関に向かう。途中で仲間にすら擦れ違わなかったのは、おそらくまた趣味に入り浸って本務を忘れ去っているせいだろう。また帰ってきたら締め上げなくてはいけないと考えながら、もう一度、今度は深く溜め息をついた。
 いますぐその現場へ駆け付けて怒鳴りつければいいものを、それを後回しにしようと考える時点で、自分の中での価値基準が少し狂っている。解っていて、それを誰も咎めない。
 そうすることで墓穴を掘りたくない部分も大きいのだろうが、それでもその中にある気遣いやいたわりが解る分、この小隊にいる意味を、意義を感じる。
 …………ずっとくだらないと捨てる努力をし続けてきたことこそが、自分をこの小隊に引き留め離れさせない要因なのだと、この星に来てからより実感するようになったことにまた溜め息を吐きかけ……同時に込み上げた笑みに、ほんわかと胸がぬくんだ気がした。
 玄関の内側、網カゴの中に鎮座するいくつかの傘を見上げながら伸ばした腕。…………この星の生物とは比べ物にならないほど短く細い腕。
 たかだか傘を取り上げるだけでも四苦八苦する己の姿が情けない。こんな姿、他の誰にも見せることは出来ないと思いながらも、それを止めようとしないのだから自分も大概馬鹿なのだろう。
 取り上げた小柄な女物の傘。………合わせるように、さして大きさの違わない男物の傘。
 世話になっていることへの礼であって他意はないのだと自分を誤魔化しながら、言い訳のために二本の傘を抱えて玄関をくぐり抜ける。
 空は、相変わらず曇天のまま。


 「あ…やだな」
 ホームルームも始まり、ようやく家に帰れるかと思えば、窓が少し濡れていた。
 朝は晴れていたからきっと洗濯物を干しているだろう。ガンプラになどかまけて取り込むことを忘れていたらどんな罰を与えてやろうかと考えながら、小さく溜め息を吐く。
 せっかくだからどこかの部活動に参加させてもらおうと思っていたが、雨が降ってしまっては正規の部員でさえ場所に困ることだろう。迷惑をかけてしまわないためにも早々に帰らなくてはと考える。なんだかんだといってはみんな自分を気づかってくれるから、逆に申し訳ないことも多いのだ。
 いまは昔ほど家に帰ることが苦痛ではなく、寂しいと思うこともない。誰かと一緒でなければ心許ないと思わなくなったのは多分……結局は必ず出迎える誰かがいるという、その安心感故なのだろうと思うと、普段ボケガエルと言っては苛めている小さな生き物を愛しく思わなくもない。
 ぼんやりと見遣った空からはぽつぽつと降り始めた雨。あの宇宙人たちはさぞこの雨を喜んでいるだろうと思いながら、遠く聞こえる日直の起立の声に合わせて席から立ち上がった。

 昇降口を前に見上げた空は中降りになった雨で覆われていた。
 朝は晴れていたせいで傘のないものが大半なためか、昇降口は普段以上に混み合っていた。走って帰っても別段大丈夫そうな振りだが、やはり出来れば濡れたくはない。たまたま置き傘をしていた何人かの友人は、帰る方向が違ったり部活動があったりで一緒に帰ることが出来なかった。
 待っていてもまだまだ止みそうにない。やはり思いきって駆け出してしまった方がいいだろうかと覚悟を決めようとしたとき、背中から声をかけられた。
 「あれ、姉ちゃんどうしたの?あ、傘ないのか」
 「冬樹……は桃華ちゃんの家に寄るの?」
 振り返った先にいる弟の隣には、はにかむようにほんのり赤い顔をした少女が佇んでいる。その手には愛らしい傘が一つあり、冬樹は鞄以外の手荷物はなかった。
 大体のことは察知できるが、鈍感な弟は多分彼女の好意になどまるで気付いていない。こっそり桃華のプラスになる発言を付け足しながら返した言葉に予想通り冬樹は困ったような顔で笑いながら否定した。
 「あはは、違うよ。僕が傘ないって言ったら前に入れてくれたお礼だって………」
 「あ、あの、ご迷惑でなければどうぞ、我が家に!シェフも腕をふるっておもてなしいたします!」
 千載一遇とばかりに夏美の言葉に食い付いた桃華の声は、冬樹の否定の言葉を覆いかぶせるように響いた。きょとんとした冬樹が迷惑ではないのかとか、在り来たりな問いかけをしているあいだも雨は勢いを増しはしても、止む気配はなかった。
 辺りには陰鬱な溜め息が満ち、ぱたぱたと公衆電話の方に走っていく生徒が後を絶たない。
 「うん、じゃあ折角だし………。姉ちゃんは大丈夫?」
 遊びにいくことに決まったらしい二人の会話を聞いていなかった夏美はそちらに顔を向け、笑顔を作った。
 「私は平気よ。もう少し待ってボケガエルが来ないようなら電話して迎えに来させるし」
 「あ、そうか、そうだね。軍曹たちなら大丈夫だろうし、そうしてもらってね?」
 いらない意地を張って風邪など引かないように念を押し、冬樹が手を振った。その隣で感謝を表すように桃華が軽くお辞儀をしている。もちろん、冬樹には気付かれない程度に。
 ああしていると可愛らしいカップルなのだが、如何せん冬樹はそういった感覚に疎いという決定的で致命的な点がある。もうしばらくはこうした友達付き合いが続くのだろうと、少しだけ桃華に申し訳なく思ってしまう。
 二人を見送り、その姿が見えなくなると振り返り、また昇降口から空を見上げた。相変わらず陰湿なまでに暗い空。電話をして迎えに来させるくらいはわけもないが、この雨では無駄にテンションの高まったあの宇宙人を野放し状態で来させるのにはかなりの抵抗があった。
 時間的に見てもおそらく彼は今日の分の労働を終えて一息をついているだろう。そこを邪魔してまで頼むほどの用件でもない。
 ちらりと冬樹の去っていった方を見ても、もうその姿はない。戻ってくるなどという事も無いことを確認し、改めて昇降口の方に向き直ると、走って帰ることを覚悟するようにごくりと息を飲む。
 一気に駆け出したスピードの速さに奇妙などよめきが背後で聞こえた。次いでごった返しの昇降口から幾人かの声で自分の名を呼んでもいたが、多分知りもしない誰かだ。この中学校で自分を知らない者の方がおそらく少ないのだから仕方もないが。
 ついていないと思いながら、器用に水たまりを避けて全速で駆け抜ける。肌を伝い服を濡らす水の分、どうしても加速が弱い。いつもよりは確実に帰るまでにかかる時間が長いことは解っているが、少しでも濡れる時間は短くしたかった。
 そうして初めの角を曲がるために減速した時、その角から突然、傘が歩いていた。
 ぎょっとして思わずブレーキをかけてみれば、よく見知った声が耳に響く。
 「………お前はもう少し辛抱して待ってはいられないのか」
 「へ?って………ギロロ?!」
 傘がしゃべったのかと一瞬思ったが、よくよく見てみればその下には赤い色をした、我が家の居候宇宙人が溜め息混じりに佇んでいる。
 驚きながら見遣った視界の中、彼の身長以上の長さは確実にある傘を二つ抱えている。はた目には見えないと解っているが……どこか幼い風情で愛らしい姿だ。
 普段の姿とのギャップに思わず吹き出しそうになってしまったが、大体それを察知していたのだろう、ギロロが睨みを効かせながら持っていた傘を二本とも押し付けてきた。
 「ひゃっ……あ、えっと……ありがとう。わざわざ持ってきてくれたの?」
 身長差から顔のすぐ下に押し付けられた二本の傘に驚きながらもきちんと受け取り、くるりと元来た道を帰ろうとする背中を追いかけながら問いかける。ばさりと音がして傘が開かれたことが解ると、少しだけほっとしたように背中を向けたままの肩が上下した。
 「散歩の途中だっただけだ。くだらん」
 ぶっきらぼうに言いながら雨に濡れた身体で歩いている。…………彼等用の傘がないことを思い出し、苦笑する。わざわざ雨に濡れてまで持って来なくてもいいものなのに。
 せめて持ってくるならどれかあまっている傘でも借用してしまえばいいのに。
 色々言いたいことはあったけれど、不器用極まりない性格も、少しは理解している。好意を真っすぐに表すことが難しい気質は、自分にも多分にあるものだから。
 小さく笑い、夏美は手にしていた傘を少し前に掲げる。
 それでも残念ながら小柄な彼はどうしても雨に晒されてしまい、かといって必要のない冬樹の傘をささせるには……少々傘の大きさが合わなかった。
 少々考え、一番簡単な解決策を思い付くが……かなりの抵抗が予想されて一瞬悩む。もっとも、抵抗だろうが抗議だろうが、自分に対してそれを最後まで貫くことの出来るものなどほぼ皆無なのだが。
 「ちょっとギロロ、ストップ」
 「…………?なん……?!」
 言葉を途中で途切らせたまま、頭上から伸ばされた腕に掬い上げられ、ぎょっとする。
 細い、人間特有の白い肌が僅かに雨に濡れている。自分達と違い、濡れた分機能を低下させる不便な身体。
 そのまま、まるで拾われた猫のように腕に抱えられ思考が停止してしまった。今更ながらに己の身体が赤く彩られていることを感謝してしまう。
 「は、離せ!何を考えている、俺は猫では………!」
 「解っているっての。だからってあんたが持ってきてくれた傘で濡れずに私が帰るのに、持ってきたあんたが濡れそぼって帰るなんて目覚めが悪いのよ」
 慌てふためきながら暴れるギロロを、腕の力と傘でどうにか押さえ込みながら言ってみれば、納得がいったのか諦めたのか少しだけ暴れる力が小さくなり、悩むような沈黙の間が与えられた。
 それを眺めながら一緒に抱えていた冬樹の傘をこっそりギロロの腕に添えた。ただ抱えられるだけでは沽券に関わるとか、よく解らないことを言い出しかねない彼の、せめて譲歩できる役割は今のところ荷物持ちくらいだ。
 承諾したのか、それを腕に持ちギロロは深く長い溜め息を吐き出した。
 「…………こっちの気も知らんで……全く………………」
 小さくぶつぶつと文句を言っているらしい声は、雨音に掻き消されてよくは聞こえない。
 腕の中の宇宙人は相変わらず赤い色をたたえたまま睨むように前方を見ている。
 忌々しかったはずの雨が、少しだけ優しい気がして………知らず夏美の唇には笑みが浮かんでいた。


 それを背中越しでは気づけない赤い宇宙人は、己の鼓動の速さを抱える腕が気付かぬことだけを一心に願っていたけれど。





 というわけで早速「ケロロ軍曹」でギロ夏。
 ちなみに、ドロロもかなり好きです。

 本当は松ぼっくりのやつとか、クリスマスに渡しそびれたプレゼントとか、そういうのネタにしようかな〜と思ったんだけどね。
 あと日常の中でのこっそりとした夏美の気遣い、みたいなのとか(手が届くように踏み台あったりとか子供用の傘がいつの間にか増えていたりとか)書きたいなーと思ったはずなんだけど。
 …………不思議ね、何故か自分の好み路線で普通に話が進んじゃった☆
 ま、まあいずれまた書くかもしれないよ、ということで!

 16.10.2