柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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毎日毎日せわしなく走り回る
そんな日常は、いつのことだっただろう

ふと考えて

行き当たった思い出に顔が赤らむ
別にそんなこと、望んでないのだと
そんな風に強がって見上げた空は

突き抜けるほどに青く高かった。





とっておきの秘密事



 「ん〜、ねえちょっとボケガエル」
 「ゲ、ゲロ。………何でありますか、夏美殿」
 カレンダーを眺めながら視線も向けずに傍に座っていたケロロの頭を踏み付け、突然夏美が声をかけてきた。
頭の位置を座っている姿勢にしては不自然なほど低くしながら、上空からかかる圧力に必死で抵抗しつつケロロが答えると、キュポンと、聞き慣れたマジックの蓋を開ける音がした。
 ………ぎくりとケロロの体が強張る。それが足先から伝わったのだろう、夏美はにっこりと笑った。もちろん足蹴にしているケロロに見えないことくらいは解っていたが。
 「あんた、暇よね?」
 断定的な口調で尋ねられ、ケロロの全身に冷や汗が滲む。まだ作っていないガンプラがあるなどと答えたら、今現在負荷をかけるこの足先はどのような動きをするのだろうか。
 …………生々しく自身の行く末を想像してしまったケロロがさっと青ざめるが、かといってうまい言い訳などそう思い付くはずもない。
 「ゲ、ゲロ」
 「そうよね〜、居候だもんね。当然よね」
 言い淀んでなんとか絞り出した声はそんな鳴き声だけで、反論がないことを悟った夏美は、足をどかすとケロロの首根っこを掴んで視線の合う位置まで引き上げた。
 軽々と持ち上げることの出来た相手は、ガマの油売りという言葉がピッタリなほど全身から汗を吹き出している。
 更に追い打ちをかけるかのように夏美が笑う。………形容的には笑顔な筈なのに、ケロロが感じているプレッシャーは相当なものだ。全身が硬直して動けなくなる辺りは、まさに天敵に出会った時の反応だ。
 「じゃ、悪いけど明日、家事当番変わってね?」
 「ゲ、ゲロ〜!?ちょ、夏美殿、それは横暴であります!」
 「その代わり日曜日の当番は変わってあげるわよ。それならいいでしょ」
 順番が少し変わるだけだと、凄みのある笑顔で言い渡されると逆らう言葉が思い浮かばない。実際、当番を増やされるのではなく交代するだけであるなら、たいした問題もない。
 瞬時に予定の組み立てを脳内で行ったケロロは、とりあえずその条件で自分にかかる負担が増えることはないと見越し、仕方なさそうな顔で夏美を見上げた。
 相変わらず自分を片手で摘まみ上げている相手は返答を待っている。こんな風に強制したり、なんだかんだいいつつも、それでも最後の最後、ちゃんと相手の了承を得る辺りはやはり冬樹の姉だ。人の良さが滲んでいる。
 少々どころではなく腹の黒い自分が、年若い子供にもつには少しくすぐったい感想を隠すようにしてケロロは軽い溜め息と仕方のなさそうな表情をわざと晒し、夏美を見上げた。
 「仕方ないでありますな〜。それなら、今日のおやつ一つ増で手を打つでありま……」
 「調子に乗んなっ!」
 全部言い終わるより早くに手を離され、床に落ちたケロロは強か背中を床に打ち付けた。といってももとからの身体の柔らかさと受け身の上手さから、痛みはほとんどなかったが。
 「とりあえず、解ったわね」
 ぺちゃりと床に落ちたままのケロロを見下ろしながら夏美が問えば、よろよろと片手を挙げてケロロが答える。
 「りょ、了解でありますぅ………」

 その様子を思い出しながらギロロは軽く息を吐き出した。庭から見ていただけでは正確には解らなかった。が、唇を読んだ限り会話に間違いはない。見えなかった部分も普段のやり取りで補完すれば大筋に間違いはないだろう。
 だが、どうしてもその会話から結果が導けなかった。
 「ちょっとギロロ、聞いてるの?」
 少しとんがったような声で問いかける愛らしい声。けれど声の鋭さはどちらかというと照れ隠しだ。その理由は十分に解り、ギロロはまた溜め息を繰り返した。
 そんな彼の様子に、狭いテントの中になんとか入っている夏美は顔を顰める。少し拗ねたような面持ちだ。
 まだ幼い顔は、けれど周囲に騒がれるに十分な器量を備えている。
 別段その外見に惹かれたわけでは決してないが、それでも彼女を好ましく思う身には、その容貌は心臓に悪かった。まして普段は勝ち気な表情の多い彼女にしては珍しく、戸惑ったような困ったような顔をしている。
 別段それが特別に与えられているものではないと解っていても、感情は押さえられない。脂下がりそうな顔を必死で保つことに精神力の大部分を注いだ状態で、夏美から問われる言葉はうまく思考に噛み合なかった。
 「………あ、ああ……なんだって?」
 「聞いてないじゃないの!」
 何度も言いたくないのだというように顔を真っ赤にして、怒ったように夏美が怒鳴った。
 そんな様さえ可愛いと思ってしまうのだから、自分の状態も末期だ。精神集中もかねて手にしたライフルを磨く動作は中断させずにいるが、あまり意味はなさそうだった。
 どこか居心地悪そうに落ち着きのない様子を見せながら、夏美はまた口を開く。彼女にしては珍しい仕草だ。いつも威風堂々としていて、迷いや戸惑いなどとは無縁にさえ見えるのに。
 まだ中学生という未熟な年齢を思い出させる様子に、ギロロは手を止めて夏美の方を見遣った。
 「だから、ボケガエルの好きなもの教えろって……」
 「ギロッ?!」
 夏美の声がどんどん小さくなっていく途中、聞こえた対象名と目的とを繋げあわせた瞬間、ギロロの口から知らず大声が出てしまう。
 その声に更に夏美の顔が赤く染まった。まるで指摘してはいけないことを的確に指摘してしまったかのようなその反応に、ギロロの動きが固まった。
 そんなギロロの反応に全て見透かされたと思ったのか、夏美は慌てて口を開く。
 捲し立てるかのような言葉の嵐は小さなテントの中にはおさまりきらず、涼風とともに外にも漏れ出していた。
 「い、言っておくけどね!私は別に賛成してないんだからね!ただ冬樹がパーティーしたいっていったからであって……て、あれ、ギロロ……?」
 一気に畳み掛けていた言葉の途中、話していたはずの相手がぐったりと項垂れてることに気付いて、夏美が問うようにその名を呼んだ。
 テントの中は仄暗い。目が慣れていなければ、うまく相手が見定められないくらいだ。その暗さを更に悪化させるかのような雰囲気で項垂れた相手に、何事かと訝しんで夏美が手を伸ばす。
 小さな肩に小さな腕。自分の半分もない宇宙人。しかもただの宇宙人ではなく、この地球を侵略しにきた、惑星の敵だ。………それでも目の前にいるのだから、見過ごすわけにもいかない。
 別に情が移ったわけではないと自身に言い聞かせながら、夏美はギロロの肩を揺する。
 「ちょっと……どうしたの?」
 躊躇いがちの声で、心配などしていない素振りで、けれど細い指先が、ギロロの肩に触れた。
 触れた指先は容易く相手を掴んで持ち上げられるだけの力を持っている。
 体格的にどうしようもないことだ。実際、ケロロなどはよく持ち上げられたり放られたりしている。能力や訓練の有無を問わなければ、おそらくこの星の住人に敵う筈のない、ちっぽけな肩を軽く揺する少女は、それでもほんの少し、不安そうだ。
 自分をあっさりと負かしたり、隊長であるケロロを足蹴にしたり。奔放で正義感の強い、矛盾を孕んだ幼い少女は、それ故に自分達への好意を真っすぐには示さない。
 思いながら、肩に乗せられた手のひらの大きさに気付かない振りをして、ギロロは夏美を見上げる。彼女の叫んだ言葉に、気になる言葉があった。
 「………パー、ティー………?」
 「…………………〜〜〜っっ!!」
 問う声音に夏美の顔がまた赤くなる。反応の出所が自分の想定と違うことにほっとしながらも、ギロロは不思議そうに夏美を見上げた。
 パーティーは何かを祝う時に行うものだ。例えば誕生日、とか。だが今の時期には誰の誕生日もない筈だ。
 あれば馬鹿騒ぎをしたいという理由だけで喚き回るバカを、ギロロは脳裏に浮かべた。その彼が…多分にこの惑星に感化されて愛着を持ってしまった彼が、特に騒いでいた記憶はない。
 しかも夏美はケロロの好きなもの、といっていた。それならばケロロに関わることだろう。
 彼のことであれば幼馴染みである自分の方が詳しいはずだが、どう記憶を探っても、近日中に彼に関する事柄で祝うべき理由を探り当てることが出来なかった。
 見上げた姿勢のまま、ただギロロは問いかけに返ってくる筈の言葉を待つ。
 下手に刺激をすれば、彼女はそのままテントから逃げ出すだろう。仕方なく落としかけた溜め息さえ飲み込んで、ただギロロは視線だけを夏美に送って口を噤んだ。
 あまり表情の読み取れない面立ちをしたケロン星人を見下ろしたまま、夏美はぎゅっと口を引き結んでいる。
 このまま感情が迸れば、八つ当たりのように目の前の対象にぶつけてしまう。……いくら普段手荒に扱っていようと、理由もなく当たり散らすわけにはいかない。
 幾度かそんな真似をしては、あとでバツの悪い思いをして謝りにいくのだから、いい加減押さえられるようにもなりたかった。
 数度息を飲み込み、小さく深呼吸をして、ようやく落ち着いてきたのか、頬の赤みが薄れてきた頃、やっと夏美は口を開いた。たったそれだけのことをするのに、ひどく時間と気力を要した気がして、一気に疲れを感じた。
 「………だから…ボケガエルが家に来て、そろそろ一年、なのよ………」
 ぐったりとした声でそう呟くと、まるで弱味を握られたかのように夏美は肩を落として項垂れた。
 ギロロは夏美のその様子に、今度は呆れたように息を吐く。
 他の隊員たちと違ってケロロは家事の手伝いをしているし、なんだかんだいって家族の一員のような立場で溶け込んでしまっている。だからこそ、なのだろう。
 普段あれだけ邪険に扱っていても、それでも彼女は情に篤い。
 他の誰もが侵略者としても自分達を警戒しないから、普段のその時、彼女の正義感と責任感から率先してそれを担っているに過ぎない。
 他の誰かの負担になるよりも、彼女自身が自分で選んだのだ。疑うとか、そういったことが得意とは到底思えない性格を有しているくせに。
 「それで……か」
 ほっとしたように呟けば、夏美は俯いたままの体勢で視線だけをギロロに送った。勝ち気な、真っすぐとした視線だ。
 恥じらいや躊躇いを持つ姿も好ましいが、やはり彼女に一番似合うのは、こんな風に言い淀むこともなく恐れる対象すらないかのようにその眼差しを向ける姿だ。
 手にしていたライフルを脇に置き、ギロロは相変わらず表情の読めない顔のまま、すっと立ち上がった。
 そうすればなんとか夏美と視線が同じほどになる。本当に小さくて、役にも立たない体躯だ。地球人の身体の大きさになど、どう足掻いても見合うものにはなれない。
 それでも、言葉が通じ、情のあり方もまた、通じ合えるのだ。それだけで幸運だと、そう思える立場でもないけれど。
 「こっちだ」
 「………へ?」
 すたすたと夏美の脇を通り抜け、テントの出入り口をくぐる途中、ギロロが振り返る。
 外の日差しの明るさと、テント内の薄暗さのコントラストに一瞬、視界が真っ白になる。その真っ白な視界の中、耳に響くのはもう聞き慣れてしまった宇宙人の声。
 「ケロロの喜びそうなものだろう。しかも、ガンプラ以外で」
 仕方がないから探すのにつき合ってやろうと、どこか余裕のある声音がいう。
 段々と光りに慣れた視界にはぼやけた背景とともに赤い、小さな宇宙人の姿が浮き彫りになってくる。手を差し出すわけでもなく、かといってさっさと歩き始めてしまうわけでもなく、彼はそこに佇んで自分の返事を待っている。
 もしも自分が拒めば、きっと彼はまたテントの中に戻って黙々と武器の手入れでもしているのだろう。何もなかったように、ちょっとだけ落ち込んだ顔をして。
 そんな想像をして、ついほころんだ口元のまま、夏美が答える。
 「出来れば食べ物がいいわ」
 伸びやかで明るい声。耳の心地よい、弾む音。
 それにほんの数瞬見惚れるように立ち尽くし、ギロロは慌てて顔を背けるとテントの外に一歩出た。それに続くようにして夏美の動く気配を背後で感じた。
 「手始めに材料の調達と、レシピのハッキングだな」
 「……………地球産で出来るものにしてね」
 どこからか取り出した機械に何事か打ち込んでいるギロロを見遣りながら、一体どんな料理をはじき出されるのかと、夏美は笑う。
 楽しそうに、朗らかに。………それはきっと、彼女の本質。
 風が吹きかけ、夏美の髪を揺らす。口元の笑みを深め、夏美は空を見上げた。
 その姿を見上げれば、底抜けの青が夏美を包んでいる。晴天の良く似合う、健康的な四肢が揺れる髪を押さえ、くるりと自分に振り返った。
 「日曜日に間に合えばいいんだけどね。ばれないようにぶっつけ本番になっちゃうと思うから、複雑なのは避けてくれるとありがたいわ」
 「あの味音痴に細かいこだわりなんぞ無いだろ」
 パンつくりは名人級だが、一般的な料理に関しての腕は最悪だ。心配には及ぶまいとギロロが呆れたようにいってみれば、夏美はまた空を見上げた。
 相変わらず、風は吹きかける。………伸びやかな夏美の身体さえ攫いそうに見えるのは、彼女がその風を楽しんでいるせいだろうか。
 「小さい頃、私だって失敗ばっかりだったわよ。味付け忘れたりとかね」
 思い出すようにいう声は軽く明るい。ワクワクと弾む胸の内が見て取れるようだ。その声に惹かれるように、機械を操っていた指先が止まってしまう。
 彼女が思い出しているのは何だろうか。彼女の幼い頃のことか、ケロロの料理の失敗だろうか。あるいは、その両方だろうか。
 一番ひどい扱いを受けているようで、それでも一番心をかけられてもいるのだ、ケロロは。そう思うと、少しだけ気分が塞ぐ。…………情けないことだと自身でも思いながら。
 「あの頃は走り回っている方が楽しかったのよね。中学入ってからは家事と両立しなきゃいけないから、どうしても好きなだけ動き回れること、なくなってたけど」
 「今は、出来るだろう」
 苦笑するような夏美の言葉に、つい零れ落ちた言葉。………見上げた夏美は目を瞬かせて、ゆっくりと自分を振り返る。
 きょとんとしたような無防備な顔が、ほころぶようにして、笑んだ。
 「ま、ね。………だから、好きなものくらい作ってやろうって思っただけよ?」
 決して侵略行為を黙認するわけではないと、細い指先をギロロの眼前に突き立ててからかうようにいった。照れ隠しの、少し怒ったような顔で。
 勉強も運動も、更には家の仕事さえも。たった一人責任を負おうとする、無茶苦茶で潔癖な少女。長女という気質のせいなのか、彼女の性分なのかは解らないけれど、それ故に、彼女の中にはとうにケロロを家の一員として数えるように習慣づいてしまっている。
 …………自分のやりたいことを許してくれる、そんな彼の包容力に甘えてもいるのだろう。どれほど手酷い扱いをしても、結局最後には許される、そんな甘え。
 思いながら、決して割り込めない絆を見ているようで、少しだけ口の中が苦くなる。それでも結局どちらも自分にとっては大切な存在なのだから、どうしようもない。
 「………ケロロにはいい薬だ。やる気が出るように、せいぜいこき使え」
 だから、そんな関係を認めるように呟く。この惑星を侵略することと、この家族を守ることは、ある種自分達には同格の重要事項だ。
 本部には決していえる筈のない、けれどどうしようもない事実。
 「バカな作戦始めたりしたら天日干しにするけどね?」
 笑んだその姿さえ同じまま、それでも忠告するようにして夏美はギロロの手にする機械の画面を覗き込んだ。
 読めるはずもないケロン星の文字に顔を顰める夏美に、簡単に口語訳を口ずさみながら、ギロロは心の内で溜め息を吐く。


 自分では与えようもない幸せをあっさりと彼女に差し出せる幼馴染み。

 自分の与えられるものは何なのか、未だ手探りのまま、
 それでも彼女の喜ぶものを探す。



 自分ではない誰かのための、ものだけれど。








 ケロ夏な訳ではないんだけど。なんだかんだいって仲のいい兄妹みたいな感じで。ケロロって心狭そうで存外あっけらかんと全部受け止めちゃうから我が侭いいやすいかなーと。
 そのおかげで部活の助っ人思う存分出来るなら、感謝しているだろうな、と。………絶対に口には出さないだろうけどね。
 で、そんな二人の様子がちょっと羨ましくもあるギロロ。な話(笑)

06.8.23