柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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見上げた空は高く澄んで、気持ちいい風が吹いていた。
目を輝かせるようにそれを見つめる。
知らないうちに笑みが零れて、身体がうずうずした。

走り出した足が、どこを目指すかなんて知らない。


ただ、好きなだけ好きな場所に駆けていく。

ただ、風の望むままに。





風と足



 キックボードに片足を乗せ、地面を蹴りあげる。走るよりもずっと強く、風が頬を過っていった。
 それに気持ちよさそうに目を閉ざして、間の抜けた笑みに変えると、唐突に風がなくなった。
 正確にいうのであれば、風がなくなったのではない。実際、背中から風は微かながら吹きかけてきている。だがつい今さっきまで気持ち良くスピードを上げていたキックボードは、今は片足から離れどこかにいってしまった。
 そして顔は何かに埋め込まれている。せめてもの救いは、それが硬い壁ではなかったということだろうか。
 しばらく思考回路が止まっていた子供の脳裏で、痛いという単語は鳴り響かなかった。むしろそれは心地よい柔らかさとあたたかさ、毛並みだった。
 思いきり良くぶつかってしまったらしい相手が誰であるか確認もしないまま、子供はそのまま顔を埋め込んだ毛並みを抱き寄せるようにガシッと手を回すと、掴んで頬擦りをする。
 「あったけ〜きもちいい〜」
 「……ちょっと部長ー。いくら俺でも、腹に体当たりされたら痛いんだけど………」
 のへーとだらしのない顔で自分の腹に顔を埋めている子供に、さして困った風でもない声で言った相手は………二足歩行はしているが、人間の肌は持っていなかった。
 暖かい太陽の匂いの良く染み込んだ毛皮に顔を埋めたまま、子供は軽く首を上げ、ずっと高い位置にある相手の顔を覗くように見上げた。
 もっとも太陽の逆光のせいで影が濃く、普段の倍はその容貌は恐ろしいものになっていたが。
 機嫌良く毛皮の暖かさと手触りを堪能していた子供は、それを見た途端に唐突に身体を硬直させた。
 あからさまに警戒態勢に入ったことが、掴まれた毛先の痛みの増し具合で見て取れる。相手は、首を傾げて不思議そうに子供を見下ろす。
 おかしな様子の子供はいつものことと、面白そうな口元は笑みが浮かんでいる。少しだけ屈んだせいで、その鋭い牙が子供の眼前で見え隠れした。
 それが目に映った瞬間、溜め込んでいたものが一気に噴出するように、子供の口から大音響が飛び出した。
 「………っうっぎゃーっっっっ!!」
 「な、なになに、どうしたの、部長?!」
 唐突な悲鳴に何事かと慌てふためいて手足をばたつかせながら尋ねるが、当人はまるでそんなものお構いなしに、自分自身の大声にぐるぐると目をまわしていた。
 しかたなく辺りに警戒の目を向けるが、特に何も危険はなさそうに見える。そもそも危険がある時にこんな風にのんびり散歩などしていたら、自分などそれこそ友人にどんな制裁を加えられるか解らない。
 一瞬ぞくりと背中に走った悪寒は、決して危険に対しての警戒心ではなく、もしもそんな状態だったら戦う以前に命が危ないと思ったせいだ。
 大声と混乱のせいでよく解らない状態になっている子供をもう一度見下ろし、辺りをキョロキョロと見回す。のんきな陽気に、たまに通りかかる人の不思議そうな好奇の視線。いつもどおりの昼下がりだ。
 「なあ部長ー。どうかしたわけ?」
 首を傾げ、やはりよく解らなかったのか、子供を見下ろすのではなくその肩に手をかけて揺すぶりながら問いかける。しゃがみ込んだので今度は視線は同じだ。
 光の悪戯のない相手の顔は、今度はいつも通りのものに見えた。
 それにホッと息を吐き、子供は瞬きながらぺたぺたと相手の顔を触る。まるで用心深く相手が本当にあっているかを(うたぐ)るように。
 「………お前、本当に体育委員か?」
 いつもは滅多に見せない、子供の真剣なまなざしに問いつめられ、きょとんと目を瞬かせる。
 委員はこの子供が勝手に決めた名称だが、誰一人として正しく記憶していない子供は、常に間違えたもので呼びかける。首を傾げ、この場合は一体なにが正しいのだろうかと悩んだ。
 「んっとー……一応図書委員な筈なんだけど、でも、いっつも部長は体育委員っていうから……うーん?」
 しどろもどろに思い出しながら首を更に捻る。子供の肩にかけていた手はいつの間にか解かれ、組んだ腕で首をあちらこちらに動かしながら悩み込む。
 段々頭の中であらゆる委員の名称が谺し、意味が解らなくなってきた。先ほどの子供のようにぐるぐると回りはじめた目で地面に手をつき、ぐったりしながら逆に問いかけた。
 「………ねえ部長………俺、なに委員でいいんだっけ??」」
 ヨロヨロと弱って問いかける姿は子供の背よりも小さな位置からで、じっと見下ろしていた子供はそれを眺めながら、安心したように笑った。
 「なーんだ、やっぱ体育委員か。あーびっくりした」
 「はい?」
 心底安心したような子供は、リーオンの隣に座り込みポンポンと彼の鬣を叩く。気安いその仕草は先ほどのような警戒心もなければ、混乱も見られなかった。
 それに触発されてリーオンもまた、ぐるぐる回りはじめていた脳内が急速に正常に戻りはじめる。整理されるのではなく、混乱を忘れるという手段ではあったが。
 巨大な犬のように大人しく地面に寝そべる顔を小さな両手で包み、子供はまたまじまじと相手の顔を見た。いくら見てももうそれは慣れ親しんだレジェンズのものだ。
 それを確認し、不思議そうに子供は顔を顰め、離した手を頭の後ろで組んで、むくれたような顔で空を見上げた。
 「だってよー、さっき顔見たらすっげー恐い化け物みたいなのだったからさ。体育委員が食われて皮でも被られたかと思ったぜ」
 「いや、いくら俺らでもそんな妖怪じみたことは出来ないから」
 相変わらず変なこというなーと、あっけらかんと笑って返す顔はいつも通りだ。何も変わらないし、怖くもない。
 それが何となく嬉しくて、子供はにっと笑うと自分の何倍もある相手の身体に背中を預けた。背中があたたかい。それに、気ままにあちらこちらに行く彼の性質のせいか、太陽の匂いの合間、風の匂いも混じっていた。
 そう思って、変なのと笑う、幼なじみの女の子を思い出す。
 太陽の匂いは何となく解るけれど、風の匂いは解らないと、否定するのではなく、楽しそうにいう姿。
 きっと、それでも彼女も知っているのだ。自分がこの匂いが解るように、水や土や火の匂いを、みんな知っている。
 そしてそれは自分といま背中を預けているレジェンズと、あともう一人、喧しくて五月蝿くて、でも居ないとなんだか変な感じのする、あのネズミが共有する匂いだ。
 「でもさー、体育委員とねずっちょの匂いは違うんだよな」
 なあ、と笑いかけられ、首だけを振り向かせたリーオンは、けれど子供と視線が合わなかったことに首を傾げた。
 話しかける時は大抵、子供はちゃんと相手の顔を見る。それは別に礼儀正しいとかそんな理由ではなく、話している相手が自分に気付かないのが嫌だという至極子供じみた癖だ。
 どうしたのだろうかと傾げた首が戻るより早く、返らない返答に顔を顰めた子供が自分の頭に手をやった。
 その動作で何となく、嫌な予感が頭の中を過った。予感というよりは、確信だったのだが。
 ぺたぺたと先ほど自分の顔を触ったような仕草で頭をまんべんなく探り、それでも目当ての感触に辿り着かなかったらしい子供は、数秒の間沈黙した。
 その直後にくるだろう大声を予感して、リーオンは素早く手で耳を覆った。
 違うことなく塞がれた耳の外側で、それでも十分良く通って聞こえる声が響いてくる。
 「ヤッベー!!!ねずっちょどっかに落としたー?!メグにチョップ食らわされるーっっっ!!!」
 わたわたと立ち上がって、いる筈のないポケットを探ったり肩を叩いてみたり、大分無駄な努力をしていなくなった相手を探すが、それはどう考えても徒労だった。
 自分に会う前に落ちたのか、それとも自分に思いっきりぶち当たってくれた際に飛んでいってしまったのか。
 どちらにせよ、見つけないことには帰してもらえそうになかった。
 一通り自分の身体を調べ終わり、どこを探しても風のレジェンズがいないことを悟ったらしい子供は、のんびりと立ち上がったリーオンの腕を掴むと、至極当たり前のようにいった。
 「よし、俺はあっち探すから、体育委員はこっちの方な!」
 「あ、やっぱり?」
 頼むのではなく極当たり前の依頼に、諦めていたリーオンは反抗することもなく、とてとてと歩きはじめる。別段用事があるわけではないし、まあいいかと軽く息を吐きながら。
 それを歓迎するように、不意に風が鬣をさらった。
 「うおっと?」
 目を瞬かせてそれを見送り、小さな背中を振り返る。
 その背は自分を振り返ってはいないし、多分もう意識もしていないだろう。猪突猛進で、一つのことしか考えられない子供らしい必死さだ。
 それでもきっと、またどこかに散歩していたら、自分はこの子供にバッタリ会うのだ。もしかしたらその時は、小さなネズミの姿をした風のレジェンズも一緒かもしれない。
 風の吹くまま気ままに、好きなように。そんな風にただ歩いているだけなのに。
 きっとあの子供は知らずに見つけるのだ。
 自分のことも、子供の片割れのレジェンズのことも。

 変だよなーと楽しそうに笑って、多分自分には見つけられないだろうレジェンズの名前を、大きな声で叫んで探しはじめた。








 私、リーオンとシュウしか書いたことないのですが。ついでにいえばアニメももう既によく覚えていないんですが(まともに見た回にリーオンいないしな)
 でもトルネード属性が好きなのは確かですよ。まあ全員好きだけどね。レジェもサーガも。
 ちなみにお気に入りのアンナちゃんを書かないのはシロンを蹴倒したくなるからです。ネズミ姿の時にぱくっと一口で飲み込んでやってほしいよ☆

06.6.9