柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
綺麗なもの。 無色の夢 遠い球場の中、歓声が沸き起こる。 あり得ないと思った逆転劇。数多の傷をくぐり抜け、咲き誇った華。 「……………」 判っていたのにと、拳を握りこむ。汚染された包帯に包まれた手のひらに、また赤が滲みる感覚が伝わる。 どうしてこんなにも虚無感が襲い来るのか知っている。はじめ、その手を引いて引き寄せたのは自分だったのだ。 なにも知らない赤子のような彼に、一つずつ野球がどんなものか教えた。無茶苦茶で、ルールも知らなければ守備の配置すら覚えていなかった。作戦もなにも関係なく、勘だけで動き回るくせに………それでも最後の最後まで決して諦めない不屈の意志を携えていた、野球嫌いの彼。 歓声が、耳に響く。 遣る瀬無さに染められた眉を隠すように俯けば、傍らに座っていた人が不思議そうに見遣る。 「………なにあんさんがへこんどんの?」 自分のチームが勝ったのだから誇ればいい。そう響いた音に首を振る事さえ忘れた。 固く閉ざされた瞳には僅かに赤い闇。塞ぐ事の出来ない耳に響く彼を賞賛する音。 それに応えているのだろう人を思い描く事が、何故こんなにも辛いのだろうか。 …………一緒に練習も出来なくて、クラスも違うのだから会う事も少なくて。彼の晴れ舞台であればその姿を見る事くらいは出来るからと、女々しいと思いつつもその顔を見に来た。 判っていたのに。………彼が自分などとうに追い越して駆けていった事を。 初め引いた、自分に伸ばされた腕は瞬く間に並び、あっという間に背中しか見えなくなった。残されたのは、自分一人。 あんなにも輝く命、他に知らない。 自分の意志もなにも関係なく、奔放であるが故に鮮やかに咲き誇る。 なんの制約もなく負い目もなく……そして見据える先だけに焦点を絞れる命。 その生まれながらの姿のままである限り、きっと彼は追い落とされる事はないのだ。 ふうと溜め息に似た音が間近で聞こえる。隣にいる人の音と認識する事すら麻痺している。 それを知っているのだろう、黒豹はなんの反応もしない相手に敢えてなにも言わず、応える事を望まない気安さで独り言のように呟いた。 「追い付けん距離……と思っとるんは、誰なんやろな」 固く閉ざされた瞼にはきっと映らない光景を見ながら小さく笑う。 きょろきょろと幼い子供が母親を探すように辺りを見回す、騒がしかった選手。名前も知らないが、彼がなにを探しているかはわかる。ほんの少し目を開く勇気を持って見つめれば通うものがあるのに、馬鹿な事この上ない後輩だ。 過小評価ばかりして、周りのレベルの高さに呼吸すらへたくそになっていく。畏縮するのではなく奮闘するその意志を持っているくせに、なにをそこまで弱気になっているというのか。 類い稀な意志のまま、己を貫きアンダースローを身につければいい。それだけで、彼は野球部の宝になるだけの資質がある。根気強さと忍耐などこの年頃の子供は身につけられない。にも拘らず彼はそれを大人以上に兼ね備えている。その天性の才を、ただ弱気なだけと苦笑して流す勿体無さに呆れてばかりだ。 いまもほら、見てみればいい。 その閉ざした目を見開いて、望むものを探してみればいい。 たったそれだけで手に入るものがあるというのに、追い付かなくてはいけないのだと気ばかり焦っている馬鹿な青年。 「せっかく探してくれとんのに、勿体無い思わんの」 鮮やかな鮮やかな色彩。伸ばされる腕に祝福されている命。 眩過ぎて知らず眇められる視線。自分ですらそうなのだから、きっと隣で落ち込んでいる青年にはなお鋭く迫るのだろうけれど。 声が届いている事は知っている。反応のなさは深く己を戒めているからだ。 …………見てはいけない、と。羨望に染まる視線で見たくはないのだと。 同じ位置、隣り合った肩。そんな関係でいたいのだと願っているからこその仕草。 それでも気づけばいいではないか。 たったひとつの仕草でそれは鮮やかに映るはずだから。 瞳をひらくというその単純さの面白さに含み笑い、黒豹は子津を見ずに眼下の選手を見た。 しかめっ面の幼い表情。やっと見つけた相手が沈んだように俯いている事への不満。それはゆっくりと寄せられた眉に染められ、憂愁を含む。……傍に行きどうしたのだと声をかける事も出来ない歯痒さ。 それもまた俯きかけた瞬間、弾かれたように顔をあげる。そして、笑った。 満開の笑み。 他のなにも介入できない力強さに呆気にとられるほどだ。向けられれば言葉も飲み込むほどの真っ直ぐさ。 これが高校生の笑いかと苦笑するが、きっと沈み込んだ視線を甦らせる一番の特効薬。 盗み見た子津は苦笑のように笑う。子供を見るような穏やかさの中、遣りきれないほどの思い。 そう易々と消化しきる事は出来ないかと、息を落として億劫げに選手たちの退場を見遣った。何名かの一年レギュラーが振り返り、まだやってこない選手を不思議そうに見ていた。 そんな注目には気にもせず眼下の選手の指が真っ直ぐに子津を指差した。なにを言うのかと小首を傾げる子津を確認してから、にんまりと悪戯っ子のように笑い、今度は己の胸に親指を押し付けた。 そう簡単に消えるわけがないと思っていた。笑みなどで。言葉などで。後悔さえ含んだ遣る瀬無さは拭うには重過ぎて、捨てるには溶けてい過ぎる。 けれど……それが鮮やかに変質する瞬間を、見てしまった。 見開かれた瞳の奥、どこか鋭かった性質がやわらかさを取り戻した。 言葉もなく、笑みとて心動かされる類いのものではないだろうに。 ただ示された指先の思いに変化する気質。 それがなにを示したか自分には判らない。彼等にしか通わぬものがあるのだろうから。 待っている、とか。隣はあいている、とか。そんなありふれた音が心を開いたかは知らない。 ただ捧げるべきものが捧げられるべきものを正しく見つけ、その願うままの思いを捧げたなら………それがどれほど理不尽であっても甘受され人を育むものなのかもしれない。 深く……それこそ厳かといっていいほどに真摯さを孕んで頷いた子津を見て、選手は笑うと手を振り、いまだ待っているレギュラーたちに溶けて消える。 それを最後まで見送り終えてもなお、彼は動かない。黙したままじっとその閉ざされた扉を見つめていた。 いつか、きっとこの男はそれをくぐるだろう。鮮やかな幻想にすら似た近未来の映像に視線をすがめる。 自分にはいまは願う事も出来ない夢だ。せめてそれを間近で見てみたいという愚かさも否めない。 ……………それでもどうかいま暫くの猶予を。 馬鹿で無謀で愚かしく……それでも一途に真摯さだけで作られた努力馬鹿を、もうほんの少し教えてやりたい。 動かない背中が動けるようになるまでの僅かな時間。 見る事の叶わない自分の夢を、重ねる。 未だ色のない彼の夢。 なに色に染まるかすら判りはしないけれど、その色彩はきっと鮮やかだろう。 彼の求める背をその手に抱けばなおも鮮やかに変わる。 美しい、この世代だけが携える色に染まれ――――――――。 今回は黒豹視点での二人。 まだ猿野の名前知らないので「選手」で終わらせてみました。 黒豹さん、好き嫌いはあまりなく、外見で言えばあまり好みでないな、くらいの方でしたが(オイ)猿も交えたら好きなようです(笑) 個人的にはお兄ちゃん。 猿野のお兄ちゃんが虎鉄なら子津のお兄ちゃん(笑)は黒豹のような感じ。 本当は3人のほのぼの書こうかと思っていたんだけどね。書きはじめたら何故か武軍戦終了話に。 書こうと思っていたわけでもないので本当によく解らない。 16.4.18 |
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