柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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夕闇が迫るよ。
ほら、振り返ってごらん。
闇色の触手が眼を覆うよ。

息を止めてやり過ごせ。
ほんの一時我慢すればそれは去っていく。
『大丈夫』『大丈夫』。
幾度も呪文を唱えていろ。
そうしてひたひたと寄るその闇をやり過ごせ。

息を止めて
瞼を落とせ。
そして
深呼吸をして、もう一度目を開けろ。

そうすれば、ほら。

広がるのは優しい光景だろうから………………





夕闇の影遊び



 ふ、と。
 一瞬視界が陰った気がした。
 まずいなとは思ったのだ、その瞬間。それでも逃れる術もなく捕われる。
 幾度となく味わったその感覚が肌をつたって肉に滲み、骨を凍らせる。
 ………息が止まりそうになる、感覚。
 目に映るものは楽しそうに談笑している野球部の仲間。その中に自分もいて、道路の端から2番目に並んで歩いている。
 前にはいけ好かない犬飼と、どうやらまだ魔球だかなんだかの話をしているらしい辰羅川。隣には子津と、ゲームの話で盛り上がっているらしい兎丸と司馬。声は聞こえないけれど話は通じているのか、兎丸のゲーム講座は留まるところを知らない。
 眺める振りをして、虚空を見つめた。逆側を向くわけにもいかない。
 …………隣にいるのは、子津なのだ。
 馬鹿で真面目で律儀な彼は、だからこそ自分がこうなっていることにすぐに気づいてしまう。
 別に詳しいことなど話したこともないし、どうなっているかも、言っているわけでもないのに。それなのに気づくのだ。この、優しすぎる友人は。
 冷たい空気を吸うように呼気を飲み込む。絶えそうな酸素を供給するために。
 どうしてだろう。いつから、だっただろう。
 覚えてもいない、これは影遊び。自分と、見えもしない何かとの影遊び。
 捕らえられたならどうなるか、そんなことは解らない。ただただ息を潜めてやり過ごす。それが一番賢い方法だったから。
 そうしてただひたひたと自分を浸けこむ生温いこの感覚を受け入れる。拒んだなら、狂ったように泣き叫ぶしかないことを知っているから。
 緩やかな吐息。吐き出される、白い息。規則的な白が闇夜をゆうるりと染める。
 鮮やかなそのコントラスト。決して嫌いではなかった。むしろその不可思議さが楽しくて、寒い日には吐く息で遊んでいた。
 でも今はそれが恐かった。いつ気付かれるか解らない。
 耐えられるのだ。………決してこれは苦しいものではない。
 ただ突然襲いくる、この虚無感。あるいは、孤独感。意味もない寂寥と、叫びたくなる圧迫。
 何を意味するかなんて知らない。解るわけがない。それでも、ひとつずっと思っていたのだ。
 誰にも、救われたいとは思わない。自分で自分を立たせることくらい、出来るから。
 気になどしなくていいのだ。自分は、守られなくてはいけないような、そんなか弱さは携えていない。
 一緒に立っていられる。彼の理想のように、煌めくなにかのように。
 だから平気。ゆっくりと深呼吸をする。マフラーの下、気付かれないように。
 そうして細めた視界には鮮やかな月と夜空。高らかな友人達の声。
 楽しい。だから、いい。この空間を壊してまで欲しい何かがあるなんて思えない。
 優しい空気。和やかな雰囲気。決して何も傷つけることのない、気を許しあった者たちだけが発するあたたかなもの。
 「……あ」
 ゆるゆるとやり過ごしていた感覚の中、不意に響いた声に引かれるように首をまわす。
 隣を向かないようにしていたはずなのに、どうしてこうもいいタイミングで彼は割り込んでくるのだろうか。普段であれば人を押さえ込むようなことはなく、決して割り込むこともなく、静かにそこにいる人だというのに。
 こういうときのタイミングの良さは、どうだろう。
 振り返ったならしゃがみ込んだ彼の背中が見える。顔が伺う前に目を逸らそうと息を詰めた瞬間、まるで確信でもしていたかのように短いその髪が揺れ、まっすぐな双眸が向けられた。
 「………………っ」
 息を飲む。瞬間的な熱が耳に集中した。マフラーに顔が埋もれていることを僅かに感謝しながら、なんでもなかったように笑おうとする。
 笑おうと、したのに。
 伸ばされた指先に目が奪われて、笑うことも忘れてしまった。
 「騙そうとしたって、無駄っスよ?」
 「……………」
 人聞きが悪いと小さく唸ってみるけれど、柔らかく笑む人に敵うわけもない。
 繋いだ指先は、手袋越しだというのにひどく暖かい。
 視線を逸らしてみたって、彼には不貞腐れているようにしか見えないに決まっている。子供のようで、嫌だった。それなのに、このなんともいえない安心感は、何なのだろう。
 解らない。出所の解らない感情は、やっぱり出所の解らないものに行き着いてしまう。
 同じ言葉で括られているはずなのに、こんなにも灯るものは違う。
 隣にいる人を見ない振りをしながら繋いだ指先は、それでも解かれないまま。逸らした顔のまま何気なく隣の会話に加わってみる。
 もうあの感覚が消えている。たった一つの指先が支えてくれる。
 あんなにも一人で平気と思っていたのに、何も言わず何も聞かず寄り添ってくれるその存在。
 馬鹿だなと思いながら、包んでくれるあたたかさを愛しく思う。
 誰にも気付かれないようにこっそりと繋いだ指先。

 些細なそれに感謝を込めて、離れぬことを願うように強く、握り返した。








 まあそんなわけで相変わらず猿野中心にすると重い話になりますねぇ。
 個人的に思春期はただひたすらに哲学的な物思いが占めている気がするのですよ。あるいはセラピストとクライエントの一人芝居。
 必死に生きようとしているだけだけど、今の自分から振り返れば自虐的だっただけにも思えます。もうちょっと周りを見る余裕と、自分を好きになる努力をしましょうね、という感じ。

 なんでこんな話って、読んでいた本がそんな本だったから。自己啓発系。
 なかなか面白い発想と理論でした。そういう考え方か〜と納得できるような。
 あ。この話にそれは含まれていないですよ。これはその中で「こんな人もいるでしょう」というイメージ内の話。

05.1.8