柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
届かない。 満天の星とちっぽけな月 久しぶりに、猿野と一緒に家路についた。 多分、今日からしばらくの間はこれが当たり前になるのだろうと思いながら、去来する思いを噛み締める。 おそらく自分は幸せなのだろう。今はまだ補欠でも、特別練習を与えて貰えている。それだけでも希望を他のものよりも多く与えられたということになる。 ずっと願い続けたのは、マウンドに立つこと。ピッチャーとして、試合に挑むこと。 それ以上も以下も願うことはなく、求めるものもなかった。 それでも思ったのだ。…………今日こうして彼とともに帰ることが出来る、その因を。 ずっと陰ながら練習に付き合ってくれていた謎の先輩は、ほんの少し自分に似ていた。 真っ直ぐ過ぎて背負い過ぎで、ただただ一途にひとつのものを求めている。 でもそこには、たった一人の相方を求める切実さが内包されていた。 自分は野球以外に何も携えていなくて。一緒にバッテリーを組んでいるものも、いなくて。本当はその先輩ほどには仲間を求めていないのかもしれないとさえ、思えるほど……野球以外のものに興味がなくて。 目の当たりにしたその絆の深さに一瞬、眼前を闇が覆った。 「…………ズッチュー?」 とんとんと肩を叩かれ、ぎくりと身体が強張る。弾かれたようにそちらを振り返れば、きょとんと不思議そうな顔をした猿野がこちらを見ていた。 微かに早まった心臓を落ち着かせながら小さく笑い、答える。 「あ……どうか、したっすか?」 「いや、別に。お前が心ここにあらずだったからどうしたかと思っただけ」 目を瞬かせながらそういった猿野は、口元にやんわりと笑みを浮かべている。 隣に自分がいること忘れていたのだろうと、揶揄するようというよりは、仕方なさそうな雰囲気で。 それに少し眉を垂らして申し訳なさそうに笑う。………確かに、失念とまではいかないが、思考は遠く離れていたから。 「ま、解らんでもないからいいけどな。……なんつーかさー」 無邪気そうに笑いながら頭の後ろで手を組んだ猿野は、不意に空高くを見上げながら呟くように言った。 伝える、と言うよりは零された、といった方が正しいだろう微かな音。 「黒豹先輩って、お前みたいだったなー……」 「え……………?」 しみじみと、ひどく良く解っているかのように彼がいうので訝し気に眉を顰める。 彼よりも長く一緒にいた自分も確かにそうは思ったけれど、それでもそんな風に改めて噛み締めるほどには似ていない。…………自分は、あそこまで相方を必死に求めてはいない、から。 練習の相手はいつだって壁ばかりだった。誰かを巻き込むよりは一人で行った方が、長くボールを投げることが出来るから。 一人で……ずっと、一人でいたのだ。 「………全然、似てないっすよ」 だから肯定よりは否定の方がずっとスムーズに口から出てきた。 野球を、自分の全てであるそれさえも我慢して、それでも誰かのために、なんて……自分には考えることも出来ない。 そういう一途さは自分というよりは、むしろ猿野に属するものだ。誰かが笑ってくれるからというそれだけの理由で、身体がボロボロになるまでの特訓さえこなせる人にこそ帰属する、誠実さ。 少しだけそれが寂しく感じるのは、そうした誠実さを自分も求めているからなのかもしれない。そうでありたいと願うことと現実は違うことを、熟知しているくせに。 苦笑のように呟いた子津を視線だけで見据え、また猿野は空を見上げた。 大分暗くなった紺碧の空には鮮やかなほど星が散りばめられていた。それこそ月さえ 「自分じゃ解んねぇよな。そういうの」 楽しそうな声音で、懐かしそうに猿野が呟く。 一体なにを持ってそんなことを言えるのだろうと、伺い見るように視線を彼に向ければ、彼の視線はこちらではなく真っ直ぐに空へ捧げられている。 遠く……まるで隣にいる自分などまるで知らないように遠くを見つめる視線にぎくりと、する。 彼が傑物であることくらい解っている。奇跡を奇跡と認識せぬまま具現する、そうした力を有している人だと、知っている。だから時折ひどく不安になるのだ。 どれほど前に駆けていっても必ず追いつこうと、そう思うのに。あんまりにも彼らは早くて、どんどん加速するそのスピードに、いつの間にか自分は振り切られていやしないかと。 そんな愚かな不安にばかり、苛まされる。 「黒豹先輩もやっぱ、野球大好きなんだろ。そのくせ、相方の人のために今はバイト三昧」 きっと他にどんな方法も思い付かなくて、ただただ必死に目を覚ましてほしいという祈りをぶつけるように。 その姿は美しいけれど、あまりに痛々しい。壁にぶつかり諦めるのではなく、戦う前に棄権しろといわれ、納得など出来るわけもない。己の願う未来を確かに持っていたからこそ、刈り取られた現実を認識したくないのかもしれないけれど。 そうした必死な姿は、どうしてもダブるのだ。 …………ほんの少し前の、彼に。 「誰かさんはレギュラーになりたくて必死だったくせに、ド素人の特訓に付き合うし。気まぐれに辞めるなんて言ってみれば、泣いて止めようとするし」 自分がいてもいなくても大差ない筈なのに。………自分は打者で、彼は投手で。どうしたって彼の相方でいられるわけでもないのに、それでもあんなにも必死で心砕いて寄り添ってくれた。 馬鹿だなと、いつも思って。その不器用さが、それでもひどく嬉しくて。 どれだけ支えられたと、思っているのだろうか。 「そういう真っ直ぐさ、似てると思うけどな」 自分にとってプラスとかそんな打算を横に置き、それでもどうしてもと伸ばしてしまう腕こそが、一番美しいときちんと知っている。 案外策士で先の先まで見据える彼が、それでも自分に関わる時はそうした計算を無視して力添えしてくれる。その何の理由もない無添加の意志が、唯一自分が拒めない類いとさえ知らないくせに。 「でも………!」 あんまりにも遠く彼方を見つめて囁く彼が、まるで自分を忘れたように過去を思うから、叫ぶように必死な声が喉から発せられた。 つい伸ばした腕は願うままに彼の腕をとり、声と腕の両方に驚いた、大きな彼の見開かれた目が必死な自分の姿を映しているのが見えた。 瞬く様を見つめながら、縋るように掴む腕の力を強める。 「僕には猿野くんの方がよっぽど………っ」 どう言葉を繋げれば、この言い様のない焦燥が伝わるのだろう。 泣きたいほどの、それは恐怖。置いていかれるのではなく、見失いそうな自分がひどく情けなかった。 …………彼らの潔さを自分はこんなにも求めているのに、手に入れられないずる賢さが、吐き気がするほど嫌いだった。 言葉と換えることの出来ないその慟哭が聞こえるわけもないのに、きょとんと見つめていた猿野の目は眇めるように柔らかく細められ、頷くように軽く頤が上下する。 掴まれた腕を 伏せた睫毛を覗けるほどの至近距離で、ただでさえ混乱していた思考がパンク寸前になる。それでも彼は、ゆったりと待ってくれていることが解るから、一度深呼吸をして、同じように目蓋を落とす。 そうしたなら思った以上に静かな自分の心音が体内を谺すのが解った。 それに気づき、ホッと肩から力を抜けば、それが伝わったのか、やんわりと猿野の音が響いた。 「例えばさ、こう思わねぇか?」 滔々と流れる、それは声というよりは体内から醸される気配に近い静謐さ。 普段の彼の喧騒からはほど遠い、心音に似た響き。 「月と星なら、絶対に月の方が明るい」 こくりと思わず頷いた自分を窘めるわけでもなく一拍の間を置き、呼気さえ微かに笑う気配のまま、彼は囁く。 「でも、満天の星空と月とじゃ、月の方が翳むもんなんだぜ?」 とっておきの秘密を囁くように、楽しそうに彼はいう。 思い描き続けたものよりも、あるいは輝けることもあるのだと、諭すというよりは噛み締めるように、囁く。 優しい優しい声音の、その内に秘められる好意に目の奥が熱く熟れる。成熟した果実が零れるように眦を濡らす様を、閉ざされた瞳が覗かないことを感謝した。 捕らえたままの腕に力を込めて、微かに近付くことを願うように引き寄せる。重ねられたままの額の熱が、ひどく暖かかった。 触れる呼気が閉ざされるまでの僅かな間、囁くように噛み締めるように、小さく呟く。 「それでもやっぱり月は……」 あなたなのだと、触れる熱に捧げるように喉奥で囁く。 おそらくは言葉としなくても解ってしまうのだろうと、僅かに申し訳なく思いながら…………… 幸せな時間は唐突に奪われることもあるのだな、という感じで。 つーか黒豹さん、生きていますか?子津くん雄軍入ったのに誰が捕手務めるのさ。 ………やはり猿野か?(悩) 久しぶりにミスフル書きましたねぇ。 このところ嬉しい位子津と猿野が一緒なので。特訓といったらやはりこの二人はセットなのだな。 …………まあ…この特訓の次の回には普通にスルーされましたけどね。 あの時のショックはなかなかでかかったぞー(涙) 16.9.21 |
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