柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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幸せそうだったの。
そう信じたかったの。
だって悲しいじゃない。
あなたの笑顔が好きなのに
あなたは寂しさを抱えているなんて。

ねえ泣かないでよ。
幸せよ。本当よ?
だからねえ、泣かないで。
だって僕、初めてだったんだよ。
なくしちゃうことを知ってから
初めて写真が欲しくなったの。
それは全部全部あなたのおかげ。

だから泣かないで。
本当に、幸せなのよ?





小首を傾げて微笑んで



 小さな影が駆けていく。昔から、小さなものを見ることが大好きだった。
 ちまちまと、自分からは想像も出来ない小さなその身体で精一杯の動き。微笑ましくて愛しくなるこの気持ちが好きだった。
 「あー吹雪ちゃん、顔が溶けてるよ♪」
 「溶けるかサド男。近寄んな」
 視線は窓からのぞく同級生に釘付けのまま、平然とした声で暴言を吐く吹雪の背中を千尋は呆れたように見た。
 他愛無いほど細い肩は、あまり頑丈には見えない自分の腕でもあっさりと封じ込めることが出来る。それでもそんなこと微塵も信じないように彼女は威風堂々としていた。
 それを無関心ととるか信頼ととるかは人それぞれだ。面白そうにその肩を見遣りながら、同じように窓から小さな影を見つめる視線を追った。
 いつもと同じ小さな影が楽しそうに笑顔を振りまいて駆け回る。子犬のようなその姿を見るのは、自分も好きだった。朗らかに響く声を聞くのも。
 細めた視界には、日差しの柔らかさと、それと同等の優しさで醸される小さな命の輝き。
 「あれ………」
 期待どおり、そこには彼の姿がある。同い年には到底見えない小さな幼い姿の、けれどひどく老成した人の姿。それなのに、眉を顰めそうになる。
 楽しそうな笑顔。
 てけてけ走り回る、小さな身体。
 でも、違う。それを創るものが、違う。
 小さな、取りこぼしたような声を聞き流すつもりで、顔も上げずに小さな大和の姿を追っていた吹雪は、けれど不意に眉を寄せ、間近にいる千尋の顔を見上げた。椅子に座って窓の外をのぞく自分と、立ったまま自分の隣から窓をのぞく千尋とでは自然目線の差がある。
 見上げた先には美しく整った細い頤が露になり、先ほどの呟きを形成したまま動かなかったのだろう、微かに開いた薄い唇が日に晒されて普段よりも僅かに色を濃くしている。
 一瞬、息を飲む。その姿を美しいと形容する以外にない見目麗しさ故ではなく、その目に映る人の影の、危うさに。
 自分の見つめていたものと同じはずなのに、その目に反射された影はどこか苦しそうだ。………寂し、そうだ。
 同じはずなのに。自分の方が先に見つめていたはずなのに。たった一目見た千尋は、その目に映した対象をどこまで見極めたのだろう。
 「……ちょと、千尋………?」
 心臓がいやに大きく音を紡いでいた。まるで悪い知らせを与えられる直前のようだ。
 大和を見つめていた視線はそのままゆっくりと振り返り、今度はまっすぐと吹雪を映す。やわらかな陽光に晒された薄い色素の先、純然と澄んだままの瞳に映る自分はひどく不格好に見えた。
 「ん?どうしたの、吹雪ちゃん」
 「そのまま返すわよ!」
 「え……なんで」
 きょとんと、先ほどまでの瞳をなくしてそういった千尋には、吹雪の言いたいことがまるで解らないというかのようにその目を瞬かせた。子供と同じ、まっさらなままのいたずらを好む瞳が、瞬く度に不思議と問いかけているようだ。
 わけがわからなくなる。あんな、愛しいものを見るはずなのにどこか悲しそうな目を、していたくせに。それを問いかければ何のことか解らないと不思議そうに返す。
 隠しているわけではないことくらいは、解る。本気でこの男は解っていないのだ。自分が知りたいと思った問いの答えを。
 そう思ったら途端、腹が立ってきた。幸せな時間に邪魔が入っただけでなく、こんな風に驚かされて不安に思って、一瞬の間に自分でも驚くほど沢山のことを考えたり思ったりした瞬間を強制的に与えた相手は、与えた記憶すらないととぼけるのだ。
 そう考え至ると同時に顔が顰められ、見上げていた視線はそのままくるりと窓へと向けられる。
 そして先ほどまでの気持ちを放り捨てて、クラスメートに手を振っている大和を見遣った。
 愛らしい、小さな手足。誰もが嬉しくなる満面の笑み。彼だけが持っているとっておきの魔法にかかるために向けた視線は、けれどまたしても強制的に終了した。
 「ちょっと吹雪ちゃん。会話を途中で途切らせないでくれない?」
 ぐいっと勢いよく両頬を包んだ状態で顔を寄せられる。それを認識した瞬間真っ先に思ったことが、今この教室には自分たち二人だけで、周囲に騒がれる心配をしなくてよかったということだったと知ったら、千尋はまた大笑いでもするのだろうか。
 そんなことをしらけた視線で思いやりながら、ひくりと顔を引き攣らせた。どれほど整った顔だったとしても、結局自分の好みでなければ照れる意味もない。その上度胸も座っていれば真正面からの視線にだって耐えられてしまう。
 「邪魔」
 呆れた声のまま不機嫌に一言返せば、大きく見開いた瞳がひどく幼げだった。我ながら可愛くない反応だとは思うが、今更だ。そう簡単に変えることなど出来るわけがない。
 変わることが出来たのは……ほんの少しの間でも女の子になれるようになったのは、彼に出会ったからだ。幼い笑顔の中に優しさと敬虔さを秘めた、自分よりもずっと大人な彼に。
 はじめからまっすぐに女の子として扱ってくれた人。だから、素直になれた。
 可愛くなれる。それはたったひとり、大和だけが自分にかけてくれた魔法だ。
 まっすぐに可愛いのだと、そう言ってくれるのだって…………
 そう思い至り、途端に思い出した一言にカッと頬に朱がさした。
 忘れていた。失念どころか、記憶に留めてもいなかったのに。よりにもよって今この時に思い出してしまった。
 可愛いといってくれたのは大和。言葉にせずに投票してくれたのは、健吾。そして誰にはばかることもなくはっきりと、投票したのだと、そう言ってくれたのは………千尋。
 「私が誰見ているか解ってんでしょ。あんた邪魔!」
 ぽかぽかと幼児のような抵抗で千尋の腕や胸を叩く。火照った頬を見られたくなくて俯けば、白い項までほんのりと色づいている。悔しくてたまらない。どうせあの時だって今だってただこの男はからかっているだけなのだ。そういったことに免疫のない自分が慌てふためくのを楽しんでいる。そういう奴だ。
 わかっているのにどうしようもない。せめて弱味にしたくはなくてあしらっても、自分の中から生まれる突然の気恥ずかしさは対処しようがない。
 「やめてよね、からかうの。それに小林くんを見て、ああいう顔もしないで!」
 「ちょ……なに?なんなのさ?全然話が見えないんだけど?」
 本気の力などではない彼女の抵抗は、いつだって照れからだ。それを理解しているからいまこの状態でも吹雪が本気で怒っているわけではないと解る。
 それでも、耳に響いた音。
 不安だと、怖いと、そう響いた音。大和をいじめるなではなく、彼女はなんと言った……?
 言葉を咀嚼して、考える。俯いた吹雪の表情は見えなかった。抵抗も止み、項垂れた首と同じように力なく垂れるはずだった両腕は、今は自分の腕に掴まれているがために中空にいるに過ぎない。
 不安で小さくなっている女の子。威風堂々としているくせに、突然こんな風に彼女は危うくなるのだ。それはいつも自分以外の「小林」のために晒される仕草ではあるけれど…………
 それでもそれを嫌だとは思わない。
 彼女はいつだってなににだって真剣で一途だ。それは自分の眺めてきた世界の中でもとても尊いもの。
 この手の中の宝物の一つに、十分数えられるものだ。一方通行の好意なんて慣れていると、ふんわりと千尋が笑う。
 「んー……と、ああ、そっか」
 掴んでいた腕を放し、千尋が思い当たったと言うようにとぼけた声をこぼす。
 それに顔を上げるわけでもない吹雪は、あるいは泣きそうな顔でもしているのか。自分とは違う形で、彼女はとても敏感だ。そして対処出来るか解りもしないことすら、彼女は解決したいのだと心砕いてしまう。
 でもこれは違うのだ。自分がいま気付いたことは、決して彼女が心配するような事態を引き起こしはしない。
 「大丈夫だよ、吹雪ちゃん。小林くんになにかあったわけじゃないから」
 「本当に?!だってあんた………っ」
 顔を、顰めていた。大好きでお気に入りの、傍にいるだけで優しい笑顔になる相手を見つめて。
 そしてそれが晒されるのは、いつだって彼に何かが起こった時。彼が苦しんだり痛んだり、涙を我慢して笑っているときなのだ。
 自分では気付けないそれをいつだって千尋はあっさりと看破し、そうして大和にこっそり誰も解らないように救援の腕を差し出している。
 「本当だよ、疑り深いなー、吹雪ちゃんは♪」
 さらさらの髪を一房指先で摘み、その感触を楽しむように弄る。そうしながら、笑った。大和を見つめるときのようにやわらかく深い笑みで。
 「小林くんはバレンタインだから張り切っちゃってるだけ。こればっかはね、男の子だから仕方ないでしょ」
 俺はやらないけどね〜♪とのんきにいいながらすくいとった髪を引き寄せ、その毛先に口吻ける。
 「ちょっ…………!髪が腐るっっっっ!!!」
 その仕草を位置の関係上間近で目撃してしまった吹雪が、思わず悲鳴のように叫んで自分の髪を守るように千尋から奪い返した。ごしごしと必死で拭っているのを眺めながらクスクスと千尋が笑う。
 「あっはっは♪もうすぐバレンタインだからサービスだよ。どう?ドキドキしたでしょ?」
 「…………ああ、髪が腐るかと思ってドキドキしたよ!ったく、心配した私がバカだった!」
 忌々しそうに顔を顰めて千尋の笑いを振払うように背を向けると吹雪は鞄を取り上げる。
 「あれ、もう帰っちゃうの?一緒に小林くん観賞でもしていけばいいのに」
 「あんたと一緒に小林くんを見れるかっ!」
 「えーいいじゃん。小林くんが好き同士で♪」
 さっさと教室を後にしようと鞄に荷物を詰めていた吹雪に千尋はなおも言い寄ってくる。いい加減しつこいと怒鳴ろうかと顔を上げた瞬間に、知らず息を飲んだ。
 まっすぐに向けられた視線。てっきり大和を見ながらついでに声をかけているものだと思っていたのに。
 手にしていたノートを鞄に入れるはずだったのに、何故か腕が動かなかった。視線の中にあるものがあまりにも幼くて、溜め息が出そうになる。
 「…………罠は禁止だからね」
 「えー、仕方ないなぁ」
 息を吐きながら折れたように吹雪が一言条件を言えば、ぶうとむくれながらも千尋は手をあげて約束をした。そして自分の隣、先ほどまで吹雪が座っていた椅子に腰掛けられるように場所をあける。
 大人しくそこに座りながら窓の先、先ほどとは違う場所で燕と一緒に花壇に水をやっている大和を視界に入れる。
 優しい、その風景を。
 …………傍にいてほしいのだと、幼子のようなまっさらさのままの欲求をただ瞳だけで訴える図体の大きな子供と、一緒に。


 大きな反発と、ほんの小さな共感を味わいながら、見つめた。





 久しぶりの「おまけの小林くん」です。相変わらず私のお気に入りはこの三人。ごめんね、健吾くん(汗)決しておっかないお顔のきみが嫌いなわけではないのよ(笑)

 今回の話はバレンタイン騒動のちょっと前あたり。吹雪と健吾の関係はちょっくら無視する方向でよろしく。
 千尋はあくまでも恋愛感情で好き、ではなく、子供が母親求めるような感じにただ傍にいてくれると嬉しいな、的な好き。
 なんで大和も吹雪も同じくらい大好きなの、うちの千尋は。

 04.11.11