柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



enter






いつも大きな目をキラキラさせて
感動と尊敬を贈ってくれた
それがただ嬉しくて
誇らしくて
ちっぽけな自分の腕が
まるで万能のような錯覚さえして

だから、途方に暮れたんだ
のばした腕がどうしようもなく無力だった
何も出来ない自分
幼い頃の
あの煌めいた世界が………懐かしかった





屹立さえ、無意味で



 春の日差しが初夏めいて暑さを持ちはじめた頃、久しぶりの休暇があった。
 部活に勤しむような高校生活だったが、同じくらい遊びたい盛りだ。久しぶりの丸一日の休みがどれだけ貴重かなど、いうまでもない。
 同じ部活の連中が遊びにいく先で盛り上がっているのを耳にしながら、小さく少年は息を吐いた。
 ………出来れば、休みなどいらない。そんなことを思う自分はどこかおかしいだろうか。ふと思いながら、空を飛ぶ鳥を何とはなしに目で追いかけた。
 「危ないで」
 軽い調子でいう声と同時に肩が掴まれ、強制的に歩くことを止められた。目を瞬かせて前方を見てみれば、あと数歩の位置に自転車が止められている。
 そのまま歩いていたら確実に躓いて惨事を引き起こしていただろう。
 こんな間の抜けた理由で怪我をするわけにはいかないというのに、何と言うドジだろうか。己の間抜けさに一瞬頭痛が襲ったが、それを顔に出すことなく少年は隣に立つ長身に顔を向けた。
 「悪い、助かった」
 「気いつけぇよ。怪我したらそれまでなんやし」
 スタメンですらない一年坊主、いくら優秀さで目をかけられていても、この時期に怪我をして練習が出来なければ、それは大きなハンデになる。
 ポンポンと軽く肩を叩いていうおおらかな声に、相変わらず同い年には見えない奴だと苦笑する。
 自転車を避けて歩きはじめる二人に、先を歩いているチームメイトたちが声をかける。マックに寄ろうという声が聞こえ、少年は首を振って足を止めた。
 それを首だけ振り返らせた長身が、目を瞬かせて疑問を問いかけている。練習帰りで明日は休み。しかも学校のない丸一日の休みだ。当然、今からはしゃいでいるチームメイトのテンションの高さの方が、彼には理解が出来た。
 そうした付き合いをおざなりにするタイプでもないだけに、何かあったのかと思ったのだろう。
 存外面倒見のいい兄貴肌の彼だ。少年は苦笑を口元だけに浮かべて、少し寄りたいところがあるのだといい、遠いチームメイトに手を振って歩む先を変えた。
 迷いなく進む方向を決めた少年の背を見、前方で待っているチームメイトも見て、その後、仕方なさそうに中空を睨みながら溜め息を一つ落とす。
 気になったのなら仕方がない。少し腹は減るが、途中で何か買い食いくらいは出来るだろう。そう考えて、チームメイトに手を振り、指さしだけで自分もまた彼についていくことを示した。
 苦笑するようなチームメイトのざわめきと、またなという掛け声。愛想良くそれらに手を振って、少しだけ歩調を早めた。既に少年はかなり前方を歩いていた。
 「ちょい、叶、待ちぃ」
 曲り角を過っていこうとする少年に少し焦って声をかける。すると驚いたようにつり目が大きく見開いて背後を伺っていた。まるで警戒中の猫だ。
 笑いそうなその様子をなんとか飲み込み、小走りで少年に近付くと、その目はきょとんとしたものに変わって、長身を見上げるように段々と上へとあがる。
 「なんか用か、織田」
 わざわざ追いかけてきた理由が解らないと瞬く目が伝える。それもそうだと苦笑し、少年が曲がろうとした方向に足を進めながら織田が口を開いた。
 「いや、叶がどこ行くのか気になっただけや」
 「酔狂な理由だな。本屋だとでもいったらどうするんだよ」
 たいした理由のないものだったら、わざわざ追いかけた織田が哀れだと少年が笑った。楽しそうな、悪戯をするガキ大将のような笑い。
 それを眼下に見つめて、頭の後ろで腕を組んだ長身は、年下の弟を見遣るような気持ちと、自分の大将を自慢に思うような気持ちの混じった感情で苦笑した。
 本当にたいした理由はなかったのだ。ただなんとなく、わざわざチームメイトの誘いを蹴ってまで寄りたい場所を、知りたかった。
 以前行った練習試合の、あの姿を見てから、どうも自分は叶贔屓になっているのかもしれないと、少しだけ眉を顰めて笑う。
 似た速度で歩く少年もまた、見上げた相手の笑みにつられて笑った。本当にたいした意味もなく、ただ思い付いて歩いているだけだというのに。酔狂だと、もう一度呟いて。
 「で?どこに向こうとるんや?」
 「ガキん時の秘密基地」
 「…………………………はぁ?」
 少し期待して弾んだ声が、返された答えに素っ頓狂に響いた。
 当然だろうと予想していた少年は、しれっとした顔でそれを受け流す。あまつさえ口笛など吹きながらどこか楽しそうだ。
 練習帰りの腹も減った時間帯、買い食いを蹴ってまで行く先が秘密基地。
 明日いけばいいのではないかと思わなくもない。そんな思いが顔に浮かんだのだろう、少し睨むような目つきで少年が長身を見上げた。
 「………別につき合えといってねぇぞ」
 ただの気まぐれで足を向けようと思っただけで、それに誰かをつき合わせるつもりは毛頭なかった。
 だから別段興味がなければ帰って構わないのだと、そう響く音に織田は軽く頬を掻きながら目だけを少年に向ける。
 かち合った視線は相変わらず強気なもので、煌めくようにしたたかだ。大将らしい目に口元が自然緩み、するりと落ちた声は純粋な疑問。
 「なんで唐突にそんな場所なんや?」
 暗くなった今の時間帯、子供の遊び場など、視界が悪くてどうしようもないだろう。目印があろうとなかろうと、探すのに苦労するのは目に見えていた。
 それでも今すぐ足を向けたいと、そう思った理由が何なのか、そちらが織田は気になった。
 彼の幼い頃を想起すると、どうしても脳裏に浮かぶのはおどおどした、奇跡のようなコントロールを持つあのエースだったから。
 ふいと逸らされた視線が前方を見た。幾度目かの曲り角を今度は右に曲がる。段々と辺りの影が濃くなり、木のざわめきも増えた。
 その暗い先を見遣るように目を細め、少年は笑った。………とても嬉しそうに。
 「小さい頃ってさ、何でも出来る気がしたんだ」
 「………あ〜まあ、叶は器用やからな」
 さぞかしガキ大将として幅を利かせていただろう悪ガキを脳裏に描き、思わず吹き出しそうになる。そんな相手に気を悪くするわけでもなく叶も笑った。
 本当に何でも出来ると思っていた。出来ないことなどないと思っていた。
 ひたすら自分を追いかけて手を伸ばす小さな子が、だからとても愛しくて、その子を守ることなど容易いと、愚かにもずっと思っていたのだ。
 「廉もさ、あの頃からまあ……おどおどはしてたんだけど、でも俺には懐いてくれてて」
 過去を思い出したのか、ひどく少年の笑みが柔らかい。微笑ましいと、総称される類いの笑みだ。彼には少し似つかわしくないと思えるくらい、穏やかなもの。目を瞬かせながらそれを見遣り、織田はまた前方を見た。
 暗い影の先、小さな茂みが見える。次はどちらに曲がるのかと、一歩少年から下がった。
 「俺はあいつ一人くらい守るのはわけないと思っていたし、実際、どんなダチに邪魔されようとあいつと一緒に遊んでたよ」
 昔から鈍臭くて人見知りで、手を引かなければ縮こまって消えてしまいそうだった小さい男の子。涙を溜めた目ばかりが印象的だったのに、ふとした時にきらきらと輝かせる瞳は幼心にも綺麗で、もっとそれをいっぱいにしたいと、そう思ってバカみたいに世話を焼いた。
 楽しそうと思えば連れていって、難しいことは手伝って、いじめられていれば代わりに受けてたって喧嘩した。力もあったし要領も良かったから、何の問題もなかった。それがずっと続くと思っていたのだ。
 茂みが目の前に迫った。少年はまだ方向を決めない。困惑するように眉を寄せると、少年の手が突然その茂みを掻き分けた。
 「叶?」
 「ここだよ、『秘密基地』」
 俺らにはもう狭すぎるけどと笑って、少年が振り返る。先ほどとは違う、寂しそうな笑顔で。
 掻き分けた指先でなんとか空間を作り、屈み込むようにして少年が茂みの中に消えた。おそらく林立した木の中に、空間が僅かながらあるのだろう。そう思いながらも、自分の長身が中に入れるのかを怪んで、一瞬躊躇う。
 暫しの逡巡の後、首一つ入れるくらいなら大丈夫だろうと見当を付けて、少年が入り込んだ辺りに腕を差し込み、掻き分けた枝の間に首を押し込んだ。
 なんとか少年が一人入っているような、そんな木の密集した空間は思ったよりは小さくなかった。
 少なくとも少年一人ならば、立ってそこにいることが出来る。足下はもう少し空間に余裕があるが、如何せん自分達では成長し過ぎて木の方が負けていた。
 やはり入り込むことは無理かと顔を顰めた織田の耳に、枝の擦れるものとは違う音が響く。
 「織田、下のコレ、見えるか?」
 暗くなった空のせいで視界の効かない中、更に暗い木の覆った小さな空間でぼんやりと浮かぶ少年の手のひらが、立ちつくすその足下を指差した。
 そこに何か固まりらしいものがあるのは解るが、断定は到底出来そうになかった。顰めた眉を更に深め、織田は唸るように空気を吐いて、解けない謎に降参を言い渡した。
 「見えんわ。何かちっこい固まりやな〜てのがぼんやり見えるだけやで」
 「…………城をさ、造るつもりだったんだ」
 ぽつりと呟く声は少し覇気がない。いつものように滑らかに響く声ではない、途方に暮れる子供のような声。
 訝しむ織田に答えるわけではないだろうが、少年が振り返った。外に出ようとしたのか、軽く織田の手を押す。
 「初めての失敗だ。雨が降って作れなくて、そのまま捨てた」
 ガサガサと煩い木の枝の音に掻き消されそうになりながら、茂みの奥の少年の声が聞こえた。
 泣いてばかりいた子供にとっておきのプレゼントがしたくて、二人だけの秘密の城を造ろうとした。
 けれどこっそり揃えた煉瓦もノリではくっつかないし、乾かそうとしても空からは土砂降りの雨が降ってきた。どうすることも出来なくて、積み重ねたまま家に走り帰った。
 悔しいくらい、何も出来なかったことだけ、覚えている。
 茂みの中から少年の腕が伸び、次いで彼の身体が現れた。暗くなった周囲に、その顔はよく判断出来なかった。
 「廉はまた作ろうっていってたけど、俺は成功しなかったのが癪で、もうここには行かないっていった」
 だからあの日から今日まで自分も、そして自分と一緒にいつもいた廉も、ここには来ていない筈だ。
 その筈なのに、足下にあった煉瓦たちは、真っ直ぐに並んで重ねられていた。適当に散らばせたまま走ったはずのあの日と違う、明らかに人為的に与えられた変化。
 「………あの頃と今と、大差ないな、俺は」
 結局いつだってあの子供の意志の強さに、自分は打ち負かされている。守っているつもりで守ってなどいなかった。そう驕っていただけで、助けることも出来なかった。
 だから離れてしまった今の距離。その腕を掴んでいた筈なのに、それは独り善がりの妄想だった。
 「俺はよう解らんが、それでもいいと思うで?」
 不可解そうに俯く少年を見遣り、過去を知らない織田は首を傾げて呟いた。
 射竦めるように真っ直ぐな視線を少年は彼に送り、それに臆することのない相手は苦笑する。
 「気ぃついて歩き始めたんなら、それでいいんや。問題はこれから。同じこと繰り返すんやったら、確かにただの馬鹿やけどな」
 そうではないだろうと、柔和に細められた瞳が囁く。同い年の筈の彼の、ひどく歳経たもののようなおおらかさ。
 気まづげに顔を顰め、少年は小さな声で当然だと呟く。それさえ風が攫えそうな響きだったけれど。
 ただぼんやりとあの子供に追い付きたいとばかり思って、初めて自分達の言葉が真逆を綴った時のことを、思い出して。
 それがその後どうなったのかが急に気になって、ここまできた。結果は、見事に今現在と変わらないものだったけれど。
 彼は幼い頃から妙に頑固で意志が強かった。こうと決めたことはとことん打ち込んでしまう気性だった。だからあの時もやっぱり、自分に気兼ねしながらもきっと一人でここに来て、出来るだけのことをしたのだろう。
 …………そしてそんな彼だからこそ、あんな夢のようなコントロールを手に入れたのだ。
 守っているつもりでいい気になって、守れないと思い知らされた中学時代を思い出す。踞る相手に差し出す手はいつも自分だった筈なのに、肝心な時に手を差し出していたのは、彼だった。
 自分よりも強い意志と確固たる信念と、貪欲なまでの純粋な執着。
 「絶対に廉に、追い付いてやる」
 同じ形で同じものを示すことは不可能だ。自分達の投球スタイルは明らかに違う。けれど、それでも示せるものがある。彼が執着をし、決して誰にも渡せないと守り続けたもの。それを自分も同じように守れるだけの強さ、を。
 今はまだ到底追いつけはしないけれど、絶対に、彼の目に焼きつける。
 「…………絶対に…」
 呟く小さな言葉は、誓いというよりは悲鳴だ。気付いてと縋るような、そんな子供の悲鳴。
 ぽんぽんとその肩を叩き、少なくとも彼が思う以上に相手はそれを知っていて、ずっと手を差し出していると、織田はぼんやりと星の瞬きはじめた空を見て、思った。


 今はまだ遠く離れたままの、添え星。








 久しぶりに『おお振り』です。相変わらず叶(笑)
 廉を書こうかなーとも思ったのですが。むしろこの煉瓦のお城の話の方を書こうと思っていたのですが。………小さい頃の彼だと一方的な感情になりそうで、庇護対象!という意識しか書けないかなと思って止めました。
 おかげで少し長くなってしまった…………。
 織田は何と言うか、お兄ちゃんのように書ければと。偏見なくサバサバと何でも受け入れられる感じ。
 ………難しいな、そういう人書くの(汗)

06.10.3