柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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お節介を焼くことが好きな奴はいた。
人の世話を焼くことが好きな奴もいたし
くだらない噂話が好きな奴もいた。
莫迦みたいに夢や希望に浮かされて駆け回る奴も知っているし、
そのくせ世の中の理不尽さや厄介さを十分承知している奴を知っている。

考えてみればどれもが厄介なことばかりだ。
自分の好むものは少なく、
どちらかといえば忌避しているものが幅を占めている。
それでも、思うのだ。


自分の名を呼ぶのは、そんな奴なのだろう、と。





無花果のように



 ぼーっと煙草を燻らせながら、その行き着く先を眺めていた。一向に論文が進まない、珍しい昼下がりのことだ。
 苛々はとうに通りこしてしまっていて、今はどちらかというと無気力に近い。銜えたままの煙草も大分短くなり、そろそろ灰皿へとその身を消さなくては危険な頃合いだ。
 そんなことも認知していないのか、室内高くに昇っていく紫煙を、眠そうに目蓋を落としかけながら眺めていた。
 そんな様子を見ながら、飽きれたように息を吐く。
 「おーい、遼?」
 幾度目になるかも解らないが、その名を呼んでみる。ドアにもたれ掛かったまま、遼太郎の見ている煙の行き着く僅かに開かれた窓に視線を向ければ、高い空が覗いていた。
 絶好のお出かけ日和と普通ならうきうきするものだが、眼前に座り込む男には無縁らしい。一向にこちらに戻ってこなさそうな様子に、今度は大きな溜め息を遠慮なく落とした。
 このままでは煙草が燃え尽きても気にしないだろう様子に、仕方なしに室内に入り込んだ。
 書籍の多いこの部屋は、特に彼自身がその時に必要とする資料の倉庫と変わるため、本来入室禁止なのだ。が、そんなこともいっていられない。
 数度に分けて声をかけに赴いてみても、まるで気づかれないのでは話にもならない。しかも熱中して、というならともかく、心ここにあらずという姿で放ったらかされてはたまったものではなかった。
 「ほら遼!あぶねぇから煙草は吸うなって!」
 普段であればこの室内で煙草など燻らせることのないくせに、一体今日はどうしたというのか。いくらヘビースモーカーであっても、節度くらいは十分持ち合わせているというのに。
 そう思いながら、逆にこうであることを想定してきた自分に苦笑する。今日、というよりは……明日という日のために。
 半ば無理矢理口から外させた煙草を、近くに置かれた灰皿に押し付ける。と同時に叫びに近い大声が牽制を仕掛けてきた。
 「な……っ!?誰だ、貴様っ!」
 「…………遼…頼むから寝る時以外は眼鏡外すなよ……………」
 心底自分が誰か解っていないらしい近眼の友人に、溜め息とともに灰皿の隣に置かれていた眼鏡を手渡す。
 家屋内でさえ、これがなければ移動出来ないほどの視力のくせに、時折こうして外しては、近くにいるものが解らなくて警戒を露にするのだ。彼と知り合ってからの、毎年の恒例行事だ。
 呆れたようなその声に誰であるかを悟り、ホッと息を吐く。目のいい彼にどれほどこういった時の恐ろしさを説いても無駄であることは解っているが、いい加減前触れもなく近付かないでほしいと、彼と同じほどの溜め息を落とした。
 そうして突然手に触れた硬質な物体の形を確かめる。………これもやはりかなり心臓に悪いが、もう今更だ。上下を確認しながら慣れた手つきで眼鏡をかければ、途端にクリアーになった視界には大学時代からの悪友である羽佐間が、苦笑をたたえながら覗き込んでいた。
 思った以上の至近距離にぎょっとして身体を背けるが、その勢いのまま頭を強か柱にぶつけてしまった。すっかり失念していた自分の座っていた位置に顔を顰めてみれば、吹き出すように羽佐間が笑う。
 「…………で、何の用だよ」
 自身の失態を笑われて気分のいいわけもない。途端に不機嫌な声で問われ、慌てて羽佐間は自分の口を手で覆う。ちらりと伺った相手の眉間には深い皺が寄っていた。
 少々失敗したと頬を掻きながら、近付けていた身体を一定の距離、あけさせる。それだけでもホッと息をつく遼太郎の様子に小さく苦笑するが、傍目には気づかれないように発した声の中に隠した。
 「いや…用事というか、土産届けにきたんだが………」
 言葉が終わるより早く、更に眉間の皺が深まった気がする。前置きを忘れていたと、慌てて冒険家としての執筆活動の方だと付け足すと、ようやく少しだけそれが解けた。
 ほうと息を吐きながら、困ったように羽佐間は笑う。解ってはいたが……いつも以上の反応の過敏さだ。ちょっとした過ちも深く突き刺す可能性がある。
 そうと解っているなら近付くなと、誰にも弱みなど見せたくはないだろう彼は突き放すようにきっと言うのだろうけれど、だからといってはいそうですかと引き下がれるわけもないのだ。
 もう少し早めに来るつもりだったけれど、どうしてもこの仕事が終わらなくて、ようやっと昨夜仕上がり、その足でこの家まで来たのだ。………眠らず食わず、おそらくは何も出来ずにいるだろう、抜け殻の友人を思いながら。
 「声をかけても反応がなかったんで、裏口から入らせてもらったんだ」
 「…………掛けていたか?」
 疑うように胡散臭げに見てくる友人の視線に、信用のなさがうかがえて少し悲しい。確かに時折無茶苦茶な時間に押し掛けては、泥棒まがいの侵入を果たしてはいるけれど。
 「………今日はちゃんと玄関から声をかけたし、階段の所からも声かけたし、この部屋の中に入るまでに10回以上お前のこと呼んでるよ」
 実際にはその5倍くらいは軽く既に呼んでいる気もするが、その辺りは言ったところできりもない。彼が信じるだろう現実的な数字で釈明してみれば、悩むように今度は視線を落とし口元を隠した。
 物事を考えるときの癖に気づき、ぽんとその手の甲を叩いて視線をこちらに寄せさせた。
 「ま、それより今日は暇なんだろ?」
 「………論文を」
 「書こうとして火事起こす気か?」
 くすりと笑って、つい今さっき自分が消した煙草の残骸を指差せば、ばつが悪そうに遼太郎が黙り込む。仕方なさそうな溜め息をひつと吐き出し、遼太郎は改めて羽佐間の方に向き直った。
 「今年はなんだ」
 「別に、ちょっと俺の英雄談の一つも聞いてくれても罰は当たらないんじゃないか?」
 ほんの少し拗ねたように言ってみれば顔を顰めた相手は、僅かに俯いた。
 いつものように馬鹿なことを言うなと怒るかと思ったが、どうしたのだろうとその顔を覗こうと視線を落とす。
 時折ひどく繊細になる人だから、自分の無遠慮な言葉のどれでそれに触れるかが、今もまだ見誤る時があるのだ。………決して、悲しみに歪む顔が見たいわけではないから、出来得る限り注意はしているのだけれど。
 「…………………」
 近付いた顔は、まるで見るなと念を押すかのように背けられ、おまけにがっしりと顔を押さえられてしまった。
 講義だけを行う講師の割には、無骨な指先。発掘を幾度となく繰り返し鍛えられた証のように、僅かに荒れた肌。それを培わせた原因は、確実に自分だ。彼は現場が似合うと思ったのだ。そうしてそれが正しいと、今も思っている。
 ただ毎年この時期だけは、それをほんの少しだけ……後悔する。
 彼の最も嫌悪するものに近付いていると、そう彼自身が己を痛める原因さえもが、自分にあると思い知るから。
 「なあ…遼」
 やんわりと、声をかける。慰めて、なんて……言えた義理ではないから。
 まして彼がそれを求めることもなく、逆に自分がそれを求めるのはかなりお門違いだと解っている。
 「今回の仕事はさ、何か所か合同で引き受けたから、結構土産の量もあるんだ」
 「………そうか」
 「でさ、酒蔵も案外いい場所があって、結構持ってきたんだ」
 背けられたままの頬が僅かに動く、きっと顔を顰めているのだろう彼を想像しながら、答えるだろう言葉を思い描く。
 「俺は下戸だ」
 「知ってるよ。………だから、今日は俺が飲むの付き合ってよ」
 ほんの少しの甘えを混ぜて、願うように呟く。
 今日という日が終わり、明日が訪れる。その間ずっと眠ることも出来ずに己を責めるなど不健康もいい所だ。
 まして下戸では酒に潰れて眠るなどという真似も、己で禁じてしまう。そう出来る精神力があるからこそ、厄介だと思うけれど。
 いっそもう、自分をダシに使えばいいと思うのだ。付き合わされて飲んだ酒なら、決して後味も悪くはないから。
 そうしてぐっすりと眠って……その日を迎えればいい。そうしたならもっとずっと晴れ晴れとした気持ちで向き合えるだろうと、困ったように笑った顔で彼の返答を待った。
 彼は……聡くて。自分の考えくらい、きちんと看破していて。それを余計なお世話だと思いながらも、好意を突っぱねることの出来ないその性根を壊したくないと思うのは、自分の勝手な願いだ。
 ………それでも、それさえ加味して彼は仕方がないと、溜め息を吐く。
 「ろくなつまみも出さんぞ」
 飽きれたような溜め息とともに表情を覗くことを禁じた腕は解かれ、自由を得た。その目で彼を見てみれば、困ったような泣き笑う、複雑さ。
 「遼が作ったのなら美味いから平気だろ?」
 痛みも苦しみも飲み込んで笑おうとする彼の顔を気づかない振りをして、答える。嬉しそうに笑いながら。……いつもと変わらないと、そう言うかのように。
 「言ってろ。大食らいがいるだけで作る身には負担なんだよ」
 立ち上がり、いつもと変わらない不敵な顔で彼は笑った。微かに細められた瞳の奥に先ほどの余韻のように僅かな影が漂っているけれど。
 立ち上がれた。それだけでも十分な第一歩。
 息を吸い込み、座り続けたせいで痺れている足を叱咤しながら部屋を後にした。
 …………明日が終わるまで、この部屋には入らないのだろうと思いながら。
 ドアを閉じる時に見えた窓の外は、美しくも高い空の青。
 その先で今は幸せに微笑んでいるだろうかと祈りながら、目蓋を落とす。
 現実にいつだって引き戻しにきてくれるお節介な友人の、肩を叩くぬくもりに目を開け、曖昧に笑う。それを受けた彼もまた、閉ざされる直前の窓の先の空を見つめた。
 不意に、その唇から笑みを消して厳かに囁く。
 「俺も、明日ついていこうか?」
 「………………」
 「墓まで嫌なら、足代わりに送るぜ?」
 だから今日は夜を明かして付き合えと笑う彼に飽きれたように、笑う。………零れそうな感謝を必死で飲み込みながら。
 特にどうだといったこともないのに、何故か彼にだけはバレてしまうのだ。自分の中の遺物への熱情に気づいたように、ひた隠しにすればするほど、あっさりと彼はそれに気づいてしまう。
 厄介で面倒で………この上もなく、優しい馬鹿な友人。
 学生時代から変わらない声音の調子のまま、今年もやっぱり訪ねてきた。
 親の命日など、自分達にはさして珍しいことでもないのに、それでも極当たり前の顔でやってくる彼をどこかで有り難いとも思っているのだろう。
 花を咲かすこともなくいつの間にやら果実を実らせる無花果のように。
 知らぬ内に彼は、おそらくは掛け替えのない友人となっているのだろうと……………


莫迦で向こう見ずで夢という非現実的なものに明け暮れる、そんな男を知っている。

自分の好むものは少なく、
どちらかといえば忌避しているものが幅を占めている。
それでも、思うのだ。


自分の名を呼ぶのは、そんな奴なのだろう、と。








 そんなわけで「浪漫狩り」の羽佐間&遼太郎でしたー。
 ちょっと偏屈な遼太郎と、そういうの全部込みで大好きーと言える羽佐間が好きです。
 この人たちもやっぱり対等な感じですわ。
 そんでもってやっぱり友人以上恋人未満、なイメージでよろしく!(お前基本的に全部そうだろう)

 今回は母親の命日の前日、という感じで書かせていただきましたー。
 まだ盗掘指南としての自分のことを割り切れきれていない頃のことね。
 そうなりたくないと思っていたものに知らず近付いている気がして、誰が責めるでもなく自分だけがとことん責めている。そんな感じ。
 で、その原因作ったのがそもそも発掘に誘った自分な訳で……と、ちょっと葛藤もある羽佐間さん。
 でもお互い傍にいて窮屈でも息苦しくもないから、こんな日には一緒にいたいな、と思うのですよ。
 他愛無い話をしながら月見酒もおつなものだと思います。しみじみ思い出しても辛いだけの時は、特にね。

 16.9.20