柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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記憶にあるのは綺麗な人。
自分にそっくりで、でもとても女性的な人。
性別さえ違うけれど
それでも似ているといわれることが
嬉しくて仕方がなかった。

大好きな人。
今も変わらず
きっと、この先も変わらず
ずっとずっと、大好きな人。





彩りを重ねて



 慎重な手つきで蓋を開ける。小柄な手のひらといえど、男という性別上、女性よりは節だってしっかりしたものだ。小さく息を飲み、先には刷毛が取り付けられた蓋をそろりと持ち上げた。
 たっぷりとついたマニキュアを睨みつけ、僅かに震えながら左の親指に近付ける。
 根元から先端へ、幾度か繰り返す運動。真剣そのものの目つきに傍に座っていた青年が首を傾げた。
 「なんでマニキュア?」
 端的な物言いで疑問を口にした青年に、ようやく親指を塗り終えた一樹が達成の溜め息を落としながら顔を向けた。
 まだ後9本分あるが、それでもなんとかはみ出さずに塗れたことに満足したのか、一樹の顔は笑顔だった。
 「ほら、今度の依頼に浮気調査ってあっただろ?変装しなきゃいけないから」
 「一樹は基本的に女装の方が無理がないからな」
 あっけらかんといった一樹の言葉に目を丸めている青年を見遣り、少し遠くの所長が苦笑しながら付け加えた。
 実際、浮気などの素性調査はどうしたって男の単独では目立ちやすい。女性同伴で行く店ならばそれに見合った場所が主になるし、同じ方向に歩き続ける男がいれば勘のいいものはすぐに気付く。その点、年頃の若い娘ならば好奇心で来たという大義名分を相手側が勝手に想像して決めつけてくれるし、警戒心も薄くなる。
 理由は解ったが、それならば同じ理由で『今時の高校生』を見繕った方がよりいいのではないかと青年が首を傾げた。相変わらず表情は変わらないで仕草だけで伝える青年に、マニキュアとの格闘を再開しながら一樹が理由を加えて教えた。
 「初めの頃は普通に遊んでそうな格好していたんだけどさ、ちょーっと俺、一部で有名になっちゃってたから、逆に目立っちゃってさ」
 苦笑しながら言う一樹の言葉に、我が身を持ってよく味わった腕っぷしを思い出す。相当暴れたことがなければ、さすがにあれだけの威力と的確な狙いは出来ない。
 難しそうな表情でそんなことを考えていた青年に、大体ことを予想した若菜が面白そうに笑った。
 「だからあんまり一樹に逆らわない方がいいぞ〜。へたすると舎弟なんかくるもんな」
 からかいの声で話に加わる若菜は、そのまま立ち上がって一樹たちの座るソファーの方に近付いた。途中で薬箱に似た大きさの箱を掴み、それをそのままテーブルに乗せた。
 持ってきてくれた箱に気付いて一樹が会釈して礼を示し、困ったような笑顔で先ほどの若菜の言葉に答える。明るく弾んだ声は年相応のもので、傍から聞けば微笑ましい音だろう。………その内容さえのぞけば。
 「もうみんな縁切ったから平気だってば!ちゃんと代替わりしてきたしさ」
 「……………お前、どんだけ暴れていたんだよ……」
 代替わりが一体何を示すのか正確には知りたくない。顔を引き攣らせて呆れたように若菜がいい、箱の蓋を開けた。中には所狭しといわんばかりに化粧品が揃っていた。少々乱雑な保存ではあるが、色の豊かさでも種類の豊富さでもホステスにさえ引けを取らない量だ。
 四苦八苦しながらもなんとか左手にマニキュアを塗り終えた一樹がマニキュアを保護するためのシートを箱の中に手を突っ込んで探しはじめる。くじ引きかなにかのような遠慮のない手に軽く溜め息を吐いて若菜が控えめに手を差し出し、あっさりと中から目当てのものを取り出した。
 「サンキュー、よく解るな〜これだけあんのに」
 「大体分別されてんだよ!今お前が引っ掻き回してぐちゃぐちゃだけどな」
 「でもさ、化粧品ってどれがどこに使うものか、見た目だけじゃ解らないし、分けられててもよく解んないんだよな」
 いくら女顔であっても化粧などしないのだから解るわけもない。首を捻ってグチャグチャになった箱の中を見るが、先ほどとの変化の差はよく解らなかった。
 一樹の言葉に納得したのか、隣でハイジもまた、頷いている。そんな二人に呆れたように若菜が溜め息を落とした。
 いくら解らないといっても、家族や彼女が持っているものくらいは見ているだろう。そうしたものを多少なりとも覚えてはいないのだろうかと考え、同時にそれが無理であったことを思い出す。
 仲間になったばかりのハイジには女の家族しかいないとは言え、あの借金地獄だ。とても化粧に割くだけの金もなかっただろう。その上本人はそういったことには無頓着だし、暇もないから彼女も作っていそうにない。………もっとも、彼はそれらのリスクが何一つなかったとしても、今と変わらないような気がするが。
 親友の義弟である一樹もまた、似たようなものだ。苦笑するようにそんなことを考えていると、ふと漏れたような声が耳に触れる。
 「あ、でも……」
 思い出したような、つい落ちてしまった小さな声が一樹から漏れた。二人の視線がそれにつられて一樹に向けられる。
 左手はもうマニキュアが綺麗に塗られ、あとは乾くのを待つばかりだ。その手を見つめ、少しだけ困ったような、寂しそうな笑顔を浮かべて、一樹が呟く。
 「俺、マニキュアは見たことないかも。母さん、化粧もあんましなかったけどさ」
 静かな声がゆったりと響く。懐かしそうに自分の手を眺めている一樹の視線の先には、違うものが浮かんでいる。
 中性的な手といえど、女性的ではない。自身の手を眺めても柔らかく丸みを帯びた女性の指先は重ならない。それでも血の繋がり故か、その輪郭を想起する手助けにはなってくれた。
 料理をするにも和菓子の仕込みをするにも、爪は邪魔だった。ましてその爪にマニキュアを塗るなど、論外だ。それ故に母の指先はいつも肌色だけだった。
 けれどそれは甘いいい匂いがして、とても綺麗で、心地いいものだった。幼い自分には何よりその指が一番綺麗に見えた。
 色とりどりの化粧品の鮮やかさより、母のあの素朴な、優しい指先が一番綺麗だ。
 「店の手伝いとかで邪魔だから、全然マニキュアしてなかったからなぁ」
 懐かしそうに、今は彩られた指先を眺める。遠い過去、もう現実にはないものを探して。
 寂しいその仕草に躊躇うような顔を見せ、若菜が何か口にしようと唇を動かした。が、何をいえばいいのかがよく解らなかった。
 きっと自分は誰よりも恵まれて育ってしまった。不自由や不遇を感じたことはない。格式や家柄故の面倒ごとはあっても、大抵のことは自分で処理できた。自分よりも年下のこの少年がいま思うものを、正確には自分は知りはしなかった。そしてそんな自身が何を口にしても、ただの決まり文句にしかならないことは明白だ。
 それでも時折見せる一樹のその笑みは、やはりなんとかして消したい類いだ。寂しそうで悲しそうで……迷子の子供のような、顔。
 伸ばした腕を掴む先がないと、途方に暮れる。………それを受け入れてしまっている、笑み。
 一瞬の沈黙。いっそ戯けてしまおうかと思った矢先、気配すら稀薄だった青年の声がぽつりと落ちた。
 「………俺も」
 こっくりと頷く仕草とともに挙手される右手。突然のことに若菜は視線をそちらに向けながらもいまいち理解ができない。
 眉を顰めて二人の行動の関連性を考えようとした矢先、ふわりと、一樹が笑んだ。
 「そっか、ハイジもだ」
 「ん」
 答えた一樹の言葉に満足したのか、ハイジが頷く。微かにその口元には笑みらしいものが見て取れた。
 そこに至って、ようやく気付く。………ハイジの家もまた、飲食関係だった。それならば母親はマニキュア類をしてはいなかったのだろう。現状に関係はなく。
 それは別にたいしたことではない。珍しいことでもない。それでも、一人ではないのだと、そう示されたなら……安堵を覚えるものなのかも、しれない。
 なにもかもが想像の域を脱さない身には、あまりに難しい。知識や技術ならばどうとでもなるというのに、こういった経験や意志の類いは己の積み重ね以外に増すことがない。
 才能や財力など関係のない、個体の本来の歩みの道筋。それ故に蓄積されるものは、今はまだ自分には理解し難く得難いものだ。
 少しだけ寂しい気持ちに顔を顰め、若菜は一樹がテーブルに転がしたままのマニキュアを取り上げ、その蓋を開けた。
 突然の行動に二人は目を瞬かせて若菜の動きを見つめている。
 蓋を持ち上げ、若菜はマニキュアを持ったままの左手の親指に、さっと刷毛を動かした。うまく狙いが定まらず、少しはみ出したマニキュアは、けれどなんとか爪全体に塗ることが出来た。
 「なにやってんの、若菜?」
 一樹は首を傾げ、彼がやる必要のないマニキュアを見つめる。
 見上げる少年の視線に苦笑のような笑みを浮かべ、若菜はマニキュアの蓋を閉めると一樹にそれを投げ渡した。
 「なんとなく、だよ。やっぱ俺にはあわねぇな」
 残念そうな声で左手を振り、たった一本だけ色付いた爪を顰めた顔で眺める。
 こんな爪一つで解るはずもない。彼らの背負ったものは、もっとずっと重く大きく、しかも深遠だ。
 容易く解ろうとする方が失礼だろうと唇に笑みを乗せ、若菜は書類処理の続きを行うためにデスクに戻っていく。
 「若菜が似合っちゃったら、また早瀬さんが『若子ちゃん』探しに突進してきちゃうよ」
 その背中にクスクスと忍び笑いを込めて一樹が声をかける。ぎくりと固まった背中と思い出し笑いを繰り返す一樹を見比べて、ハイジが不思議そうに首を傾げた。
 「若子ちゃん?」
 「あ、そっか。ハイジは知らないんだ。あのね……」
 「説明しなくていいー!!!」
 切羽詰まった声で叫びながら振り返った若菜を楽しそうに笑って一樹が見遣る。明るい、彼が本来持っている笑顔。
 先ほどまでのそれとは質の違う笑みに彩られたその顔を見て、複雑そうに若菜が顔を顰める。
 こっそりとハイジに説明をしようとする一樹の頭を叩きながら、それでもまあいいかと思うあたり、きっと自分はお人好しなのだ。
 軽く息を吐き出し、睨みをきかせながらまたデスクに向かって歩きはじめる。


 あの笑顔が灯るなら、まあいいか、と。

 多分きっと、誰もがそんなことを思っている。





 なんとなく若菜が書きたくなって。何故かさしてトオルは書きたいと思わない。書くならきっと美沙緒さんと一緒にいる子供時代だな、トオル。

 私は職業上、どっちに進もうととりあえず爪は常に切るように、といわれ続けてきたので爪を伸ばそうという意識を持ったことはないのですが。そして長い爪を持ちたいとも思わないのですが(よく顔触るので伸びていると痛い)
 ネイルアートとか、化粧品を敷き詰めたバック(?)とか、大好きなんですよね。見るのは。
 たまに必要もないと解っているのにそういうのを見るとじっと見つめていて、母に笑われます。使いたいんじゃなくて、綺麗だから手に入れたいという、それだけの収集癖だよ。

06.7.17