柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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一年に一度だけ
天の川に隔てられた恋人同士の逢瀬
ロマンチックと話すクラスメイトの声をぼんやり聞きながら
羨ましい、と
思っていた

一年に一度だけ
それでも二人はちゃんと知っているのだ
求めてやまない相手がそこにいると

星の川を隔てたそこに、確かにいる
そうだったならどれほど幸せだろう

自分が生まれた、
そして
生き続けるその意味を知る人





星に願いを



 「んーと…七夕っていうのは織り姫と彦星が会える日のことだけど…」
 目を輝かせて隣に寝転がっているジャンに、七夕の絵本を読み聞かせながら一樹が言った。
 場所はいつもの事務所ではなく一樹の自室だった。事務処理しかなかったせいで早くのバイトが終わってしまい、折角だからと一樹が二人をお茶に誘ってくれた。昨日のうちに大量に作られたケーキが帰ってこなかった義兄のために消費しきれなかったらしい。
 上等といっても差し支えのない、手作りには到底思えないケーキを口にし、お腹いっぱいになったジャンがいつものようにベッドに寝そべりながらぬいぐるみと戯れていたとき、たまたま窓の外に飾られた笹飾りに興味を持った。
 そこから始まった七夕の話はひどくありふれていて微笑ましいくらい平凡だ。日本に生まれ生きていれば必ず知っていて当たり前の風物詩。
 まるで魔法の箱を見つけた子供のように目を輝かせて絵本に釘付けになったジャンにはひどく新鮮な物語だったのだろう。まるでクリスマスを前にした子供のような顔をしている。
 正面に座るハイジはそんな二人を眺めながら、ふと、昔のことを思い出した。………まだこの少年に出会っていない頃のこと。
 七夕にしろクリスマスにしろ、あの頃の自分にはたいして意味のある行事はなかったが、それでも七夕飾りが現れるとチクチクと刺さるものがあった。ロマンチックだと囁くクラスメイト。恒例の、願い事を彩った短冊の飾り付け。
 あの頃の願いなどたった一つで、そしてそれは、七月七日に逢瀬を楽しむ二人に願うにはあまりに辛いものだ。
 それが子供じみた羨望だと気付いたのは、一樹と出会い満たされてからようやくだった。我ながら鈍さに苦笑したくなる。
 あの頃の張りつめた幼さを思い出して小さく笑いながら、微睡みのような優しい目の前の風景をハイジは見つめた。
 身体の大きないとけない子供と、まるで少女のような面立ちの少年の、まるでパステル画のようなフワフワとした空間だ。柔らかいとは言い難い自分の存在は少し異質に感じるが、それでも弾かれることなくしっくりと馴染める。それがこの二人が当たり前のように自分を信頼し寄り添ってくれるからだと、誰にいわれなくてもハイジは肌で感じていた。
 不思議な縁だ。どちらの存在も自分との出会いは最悪といってもいいだろう。直接的な痛手を負わせることはなかったにしても、それを行った者の隣に自分は立っていたのだから。
 それでもそんなことなかったかのように二人は慕ってくれる。それは無辜の信頼だ。
 ………やんわりと細められた視界には夢物語にほど近い優しい二人の姿。
 どこから取り出したのか、一樹は折り紙で笹飾りを作りはじめた。不器用な手つきでジャンもそれに参加している。ぼんやりと二人を眺めている間に七夕の流れが室内を満たしていることに気付き、ハイジは見えるか見えないかという苦笑を唇にのせた。
 耳を傾けていればじゃれつくように弾んだジャンの声が肌に触れ、それに答える一樹の声が耳に響く。
 話にあまり加わらなくても疎外感を感じないのは、そんな風に二人の音が馴染んでいるせいだ。無理をすることはないと、自然体でいることを許されている。
 ノリを探しているジャンに一樹のそばに転がっているそれを取り上げ手渡すと、ひどく嬉しそうに無邪気な笑顔が返される。それに、知らず浮かんだやわらかな笑みが唇を染めた。
 「ハイジも作る?」
 笑みに気付いた一樹が参加するかと問いかけた。自主性を尊重する…というよりは、迷惑とならないようにあまり勧めたりしない。………同居人である義兄の性格を考えればさもありなんと苦笑を浮かべる彼のバイト先の社長が脳裏を過った。
 「んー……笹って、どれくらいの?」
 初めて笹飾りを作ったらしいジャンが楽しそうにかなりの量を作っている。自分も参加してしまうと、小さな笹ではとてもではないが飾りきることが出来そうにない。
 そんな気遣いを見せたハイジに笑みを浮かべ、一樹は心配ないというように明るい声を出した。
 「俺んちはこういうの置く場所ないからさ、若菜の実家に飾らせてもらおうと思うんだ。毎年凄いってぐったりしながら若菜言っていたし、ちょっとくらいそれに増えたって平気だろうから」
 彼の実家の規模を考えれば今自分達が作っている量など米粒にも満たない。だからこそ見かけ以上に気配りを絶やさない一樹も安心してそんなことがいえた。
 あまり会話が得意ではない自分の足りない言葉を上手に補完して理解してくれた一樹に嬉しそうな笑みを向け、ハイジは軽く頷いて手を差し出した。その先には寝転がって織り姫の絵を描きはじめたジャンに向けられていた。
 「ん、じゃあ、ちょっとだけ」
 短冊をちょうだいとジャンに声をかけると、満面の笑みでいま描きあがったばかりの織り姫の描かれた紙を渡された。どうやらハイジ用に特別に作ってくれていたらしい。
 目を瞬かせてそれを受け取りながらも特に動じた風も見せず、ジャンの回りに転がっているマジックを適当に拾ってハイジは文字を書きはじめた。
 もう一枚、今度は彦星を描いているジャンがそれを覗き込んだ一樹に、これは一樹のだと楽しそうに伝えている。それを眺めながらハイジは、のどかだなと、長いこと感じることのなかった平穏に少し目眩に似た陶酔が湧いた。
 バイトに追われている頃も、その前も。………父を失ってからというもの、自分に安息という言葉は遠かった。そしてそれをさして不思議にも思わなかった。
 守るべきものさえ知らない自分には生きる意味がないのだから、穏やかにいられるはずがないのだ。そんな風にたった一つ求めてやまない存在に焦がれることだけが全てだった。
 出会えるかも………まして、その存在が生きているのかさえも、自分は知らなかった。こんなにも焦がれて必要としていたのに、何一つ知らず、手がかりすらなかった、あの頃。
 年始の詣でも、七夕も、誕生日もクリスマスも。願うことすら出来ない願いしか携えておらず、その無意味を理解していた。だからこそ、心のうちで呟く以上の行為を行わなくなった。
 ………実際、そんな暇もなくなったというのが現状だけれど。
 思い、ふと、目の前の存在が本当にそこにいるのか不安が湧いて、目を上げた。
 さらりと長い金の髪が揺れる。綺麗にブリーチされたその髪は長さから想像されるような傷みがなく、まるで生来の色のように鮮やかだった。
 その金の縁取りの先、少女と見まごう優しい面立ちの少年は、笑みを浮かべながら静かに囁いた。
 「短冊ってさ、なんで願い事書くのかなーって、小さい頃不思議だったんだ」
 楽しそうなその口調にジャンが目を瞬かせ、首を傾げた。まだ七夕というもの自体が真新しいジャンには、何が不思議かもよく解らない。
 けれど生まれてからずっとそれに接しているハイジには意味が汲み取れた。………引き裂かれた恋人たちの年に一度の逢瀬に、なぜ他人が願い事を叶えてくれと祈るのか、確かに不可解に思える。
 同じように首を傾げながらもハイジのそれはジャンの疑問とは異なっていた。それを理解している一樹はクスクスと笑い声を漏らしながら続けた。
 「母さんにさ、いつだったか聞いたんだ。なんでって。そうしたらさ」
 細められた瞳が柔らかくほころぶ。無条件で安堵を思わせる、それは笑みだった。間近でそれを見つめているジャンもまた、それにつられたように笑みを浮かべた。
 少しだけ二人より離れた場所に座るハイジもまた、それを眺めて目を細めた。一樹の思う先とは少し違うものを思い、けれど同じように細められた視界には……それでも確かに金の髪に彩られた幼い容姿の少年が鎮座していた。
 写真のように現実味のない、静かな面差し。そのまま透き通って消えてしまうのではないか、なんて。馬鹿げた夢想もいいところだ。………知らず握りしめた手のひらが、微かに痛んだ。
 「応援なのよって、いわれたんだ」
 さもおかしそうに一樹がいった。破顔する顔はどこか苦笑を含んでいるのに、ひどく幼くさらされた。
 そんな一樹の膝元にこてんと首を巡らせ、大きな身体の子供がその顔を真下から覗き込んだ。どういう意味か解らないよと、その大きな目が不思議そうに瞬いている。
 それに笑みを静かなものに変え、少年は赤子をあやすような仕草で自分の膝に甘える子供の髪を梳いた。ドレッドの髪は撫でるには少し向かないけれど、それでも痛みを与えるような抵抗を見せず、なだらかに指を滑らせた。
 その指の細さは頼りなかった。甘えるジャンの手にも、傍に控える守護者たるハイジの手にも及ばない。それでもそれが殺人的なまでに強力な力を秘めて奮われることを身を以て知っているハイジは、不思議な光景を見つめるように瞬きすら惜しんで二人に魅入った。
 「引き裂かれた二人が出会える奇跡を応援するんだって。自分はこんなことを頑張るから、二人も頑張れって。そうやって、励ましあって頑張るんだよって」
 ………優しい声音が、紡がれる。
 まるで星が囁くような、ささやかさだ。それでもそれは朗々と響き、この室内に谺すように感じた。
 「一緒に頑張る人がいれば、挫けないもんな」
 膝元の子供を撫でながら、その声はまるで自身に言い聞かせるような健気さで紡がれた。キュッキュッと、マジックの滑る音が響く。響いた先は、少年の手元、彼の短冊からだ。
 ちらりと視線を落とし、ジャンがそれを覗こうとする。それに気付いて、一樹は頭を撫でていた手を下ろして視界を覆った。
 「ほら、みんな書いたし、もう一回事務所にいくぞ」
 若菜たちも巻き込んで飾りにいこうと、悪戯を仕掛ける子供の顔をした一樹がジャンに誘いかける。
 パッと楽しそうな笑顔を浮かべたジャンは起き上がり、その勢いのまま立ち上がった。まだ座っている一樹の手を引っ張り、早く行こうと急かしている。
 そんな二人を見つめながら、ハイジはじっと、一点を見つめていた。
 つい先ほど、一樹の書いた短冊のあった床の一点。まるでそこだけしか見つめることの出来ない、壊れた人形のように俯いたまま動かない。
 一樹が立ち上がり、電話を入れてくるといって部屋を出る。その間にジャンは飾りを袋に入れて、準備はもう万端だ。けれどそれでもまだ、ハイジは俯いたまま動かない。
 ようやくそれに気付いたジャンが首を傾げ、ハイジの肩を揺すった。一緒に行くのだからと、その腕を持ち上げる。
 それに従うようにして立ち上がったハイジは、けれど室内に戻ってきた一樹を見た瞬間に、硬直した。
 「ジャン、若菜がヘリコプター呼んでくれるってさ。事務所に急ぐぞ」
 ハイジもいくよと声をかけられ、ジャンと一樹の二人に腕を掴まれてハイジも強制的に走り出す。
 自分よりもずっと下にある一樹の金色の髪。見下ろせるその顔は、ひどく楽しそうだ。それが先ほどの短冊故であるならと思うと、緩みそうな顔をどうすることも出来ない。
 せめて赤く染まっていないように。
 ただそれだけを願って、ハイジは駆ける二人に合わせるように足を進めた。


 守れますように。
 ……自分を守りたいと、そう願ってくれるその人を。

 傷つけることなく
 悲しませることなく
 苦痛を思うことなく

 どんなものからさえも、守れますように。


 それだけが、今の自分の願い。





 七夕をコンセプトに頑張ってみました。
 …………七夕の起源を辿ると段々何がなんだか解らなくなってしまうのですが(汗)まあ当たり障りなく。
 和菓子の話でもいいなーと思ったのですが、そうするとジャンと一樹しか出てこなさそうなので(苦笑)止めておきました。
 でも風物詩を彩った和菓子は綺麗で好きです。………まあ今の一樹には質より量、で必死でしょうけれど。料理上手だろうにもったいないなぁ(笑)

06.7.2