柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
謝ることは容易かった。 許しを与える白い巫女 小さく息を吐き出す。空気は白と移り変わり闇夜の中で彩りを見せた。 それを細めた視界で眺めながらも黙々と青年は腕を動かす。 つい先日壊した教会の件について謝罪をしにいき、その旨が受諾されたはずの、その敷地内。けれどこれはその時言い渡された罰としての奉仕活動ではなく、自分の守るべき人に懐いている大きな子供の面倒を彼が見ている間の暇つぶしだった。 もっともつい先ほどまでは自分も一緒に遊んだりもしていたのだ。 あまりにはしゃぎ過ぎて眠ってしまったジャンをベッドに運んだあと、そのまま帰ろうとした一樹を彼らは引き止め、そのまま夕飯を共にすることになったのだ。もっとも、その夕飯を作っているのは他ならぬ一樹なのだが。 おそらくはジャンから一樹の料理の腕を伝え聞いていたせいだろう、アンリが出かけているせいで作らなければいけない夕飯を丸ごと一樹に押し付けたらしい。 そうはいっても仲間に対してはどこか甘い一樹はあっさりと受諾して、今も鼻歌まじりに台所を占領しているのだが。 手伝うことは容易いし、伊達に実家が食堂をしているわけではない。そこそこ器用に料理をこなせる自分も手伝おうとしたけれど、困ったように笑った一樹は首を振って、自分は台所から閉め出されてしまった。 ………なにか悪いことでもあっただろうか。 ふと思い悩みながらも、先日植えた花壇に新たに肥やしを混ぜる。前回は途中で足りなくなってしまったため一角だけ手つかずの場所があったのだ。折角だからと空いた時間にいじっていたが、どうも前のように一心不乱には行えなかった。 あのときは傍らに彼がいた。自分が守るべき人がすぐ傍にいて、自分は彼が何を見ているかも何を感じているかも同じように読み取れたのだ。 けれど今は、ほんの少しとはいえ隔てられている。今までの距離を考えたなら贅沢すぎる願いだが、それでもやはり求め続けた存在はいつだって目の端に留められる場所にいてほしいと思ってしまう。 「おい、手が止まってんぞ悪ガキ」 もう一度息を吐き出し、闇にまぎれる白を見遣っていると突然背中から声が響いた。 誰かと考えるまでもない。この教会を取り仕切る世田谷Stupidの一人、クロードだ。気配を殺していたとしても、生身ではない生霊としての存在という特異性から間違うわけがない。 振り返って首を傾げるようにしてみせると顔を顰められる。一応、ガキという年ではないという不満は伝わったらかった。 「篠原があと少しで飯が出来るってよ。そろそろ上がってこい」 「あー…でも、あと少し………」 のんびりした物言いで答えると少しだけ相手の眉が寄せられた。 思ったよりも勘がいいのだろうかと軽く視線を逸らして、先ほどまでと同様の作業を開始する。 と、同時に背中に軽い衝撃を感じてぎょっとした。 「…なっ……?」 慌てて振り返ってみれば凄みのある男の顔が闇夜に浮かぶ。なまじ顔が整っているだけに迫力があるが、いままで組織に組して色々な方面へと腕を伸ばしていた自分にとってはたいした効果はなかった。 それをどこかで感じ取っているらしい相手はその反応を軽く鼻で笑った。バカらしいとでもいいたいような仕草に困惑を示すように眉間に皺を刻む。 「言っておくがな、俺らは被害者なんだからな?」 辟易としたようにそう呟く声は、けれどその言葉ほどに棘ついてはいない。むしろ柔らかなその音に青年は首を傾げる。 彼がそんな風に語る相手に自分を選ぶ意味はない。自分は確かに加害者であり、どこまでも破壊者だ。 その自覚があるからこそ、彼らに捧げる謝罪は懺悔にほど近かったのだから。 「わかって………」 「だけどな!」 答えようとした声を遮るように強く、男の声が響く。 冷たい寒気が渦巻くように空に立ち上った。僅かな突風に空の上で雲が動く。闇夜の中、月が顔を出した。仄かな灯火の下、精悍な男の顔が浮かび上がる。 それはどこまでも慈悲深い、神父の顔。 「全ての罪がお前によって購われるとも思ってはないぜ。お前は罪を認め許しを乞うた。罰と責めを甘受して従順に神のための仕事に従事した。それだけで十分、神はお前を許すだろう」 滑らかな音は低く柔らかい。 寒気にさらされた肌が優しく包まれるようだ。月明かりの柔らぎと同じほどに静かで澄んだ音色に目を瞬かせて青年は男を見遣る。 先日の一件からずっと子供のような意地を張る人間だと思っていたけれど、存外物の考え方は高貴といってよかった。意外なものを見るように見上げた先には憐れみをたたえた、瞳。 「それは当然………あいつだって承知だろうさ」 「…………………………っ」 その、言葉に。恐れるように、息を飲む。 彼のいう、あいつ、が、誰を指すかが解っているからこそ、恐ろしくて心臓の音さえ掻き消したかった。 脳裏には鮮やかな金の髪。その長髪にブリーチを施しながらも柔らかく傷みを感じさせない、質のいい髪をなびかせて笑う小柄な少年。 自分の守るべきたった一人の……最後の、命。 彼を守るために自分の命はある。彼が望んでくれないのであれば、この使命も命も何の意味もないほどだ。彼のために生きることにだけ、自分というものの存在の意味があるのだから。 それでも自分は同じように知っている。 彼は清らかな命だ。………多くの痛みを内包しているからこそ脆いけれど、それでも柔軟に全てに適応しようとしている。それは彼の性根が真っすぐであるからこそ、だ。 そんな人に自分の過去を知られることは恐ろしい。それ故に、彼に謝罪を捧げることが出来ずにいる。 彼が自分を拒むとか、否定するとか、そんな理由ならまだいい。それくらいなら、この命一つで購えるのだから。 けれど、彼は……優しいから。 この穢れさえ己が事のように憂いて涙を零すかもしれない。この身の汚濁を飲み干そうと、寄り添ってくれるかもしれない。 そんな風に彼を傷め染めるくらいなら、いっそこの世から消失した方がいいというのに、彼はきっと笑って受け入れるだろうから。 だから恐ろしくて仕方がない。…………想像の範囲であろう、けれど限りなく核心に近い、この男の言葉は。 俯き視線を地面に移す。それすら恐くて、固く目を瞑った。月明かりにさらされていることさえもが苦痛に思えるほど、今この瞬間だけは、掻き消えてしまいたい衝動に駆られた。 「そんなに恐いもんか?」 呆れたような声は先ほど同様に柔らかかった。慈悲の込められた音はやんわりと肌を侵す。 顔を持ち上げ逃げずに向き合えと、導くように音は促す。 「お前が思うほど、あいつは弱くねぇと思うけどな」 それどころか彼はきっと、自分達の中の誰よりも強いだろう。そして柔軟で……なかなかに、したたかだ。 鮮やかに際立つ彼の姿を思い出し、それに懐く弟を思う。 ニッと口元に笑みを灯らせ、クロードは楽しそうに音を紡いだ。 「うちの末っ子が甘えまくってんだ。お前一人そこに増えたからって、あいつは潰れやしねぇだろうよ」 過去は過去だ。彼が他者の罪を詰り拒絶する類いの人間には見えない。 もしもそうであったなら、きっと彼はジャンを拒み決して受け入れないはずなのだから。 「まあ無理しろとはいわねぇけどな」 動けずにいる青年をそれ以上追いつめることのないように呟き、クロードは背を向けた。 もういい加減、一樹が夕食の支度を終えるだろう。準備が整えばきっと様子を伺いに来てしまう。背中にいる青年が立ち直るまでの僅かな時間、少しではあるが少年の相手でもするかと頭を掻きながら空を見遣る。 青い月が雲の合間で煌煌と照っている、闇夜ではなくなった空。 吐く息さえ白い寒さの中で、しゃがみ込んだ青年の胸裏には何が渡来しているのだろうか。 解るようで決して解りはしない、人の心の闇の部分。………こんな職業をしていれば嫌でも見てしまうそんな暗黒面さえ、自分達は醜いと罵りはしない。 罪を認め告白する、その勇気が尊いと知っているからこそ、だ。 だから彼も少しだけ狭まったその視界を広くしてみればいい。 そうしたらきっと解るだろう。 振り返り、俯いたまま浅く呼気を零す青年を見て、小さく苦笑する。 そんなにも思う相手がいるならば、大丈夫。その存在のために正しくあろうと思えるだろう。 そして何よりも、彼が心寄せる相手が光を歩む者だからこそ、庇護せずとも彼は立ち上がり光の方向へと進むはずだ。 先日の懺悔を蔑ろにしたことを悔やんだわけではないけれど、これでもう貸しはないと口元に笑みを落としてクロードは室内へと入り込んだ。 そんなに長い時間は与えられないが、あと少しその寒さの中で天の父を思ってみるといいだろう。 その心がどんな宗教へ依っているのか知りはしないが、人は必ず誰かに祈りを捧げずにはいられない生き物なのだから。 気配で察した末の弟が懐いてくるのを受け止めつつ、その後ろからついてきていた一樹に声をかけ、一緒に食堂へと進んでいった。 背中には青い青い、美しい、月。 思いっきりネタばれでごめんなさい。でもクロードとハイジが書きたかったんです。 クロードはどっちかというと一樹寄りの人間で書きました。ジャンが懐いているのでブラコンな彼にとって一樹は大切な存在だろう、と(笑) なのでこうしてハイジにわざわざ声をかけたのも一樹が気にしているようだったからです。その辺りは一樹視点の話になってしまうのでハイジ視点の今回の話の中からは割愛しました。 しかしようやくハイジと一樹以外の人を書いたと思ったら何でクロード。普通トオルとか若菜だろうよ…自分。 純粋に私の趣味です(オイ) 05.12.23 |
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