生まれて初めて他人のために泣いた。
零れ落ちたそれが涙だなんて思いもしなかった。
……誰かのために泣く事がまだ出来るなんて思わなかったから。

心ガ凍ッテイタ。

涙ハ氷ニ変ワル。

ジャア……思イハドウナッタ……………?

零れ落とさないように掬いとった砂浜。
指先からゆっくりと減っていくそれが切なくて目を瞑る。
それでも握りしめた拳のなか、たった一握りの水晶砂が残る。
……見窄らしくて価値なんてない、そう思えるほどちっぽけな。
それでもなによりも尊いとこの心の知っているそれ。

だから…抱き締める。
亡くしたくはないから。…………奇蹟という言葉で彩られたこの思いと記憶を……………





二重螺旋の彼方で



 つい昨日…だったのだろうか。
 目の前で元気よく走り回っている子供が倒れた姿は痛いほどこの目に焼き付いている。
 それでもなんとか救う方法を見つけて…祈って縋って手に入れた花。
 その効用によって回復した子供は忍び寄せた高熱の影さえ垣間見せないほど普段通り。それでもいまだ安静を手放せるわけもなく、青年は軽く息を吐いて犬とともに室内で踊っていた子供を抱きあげた。
 突然の青年の行動に予測していたのか子供は特に抵抗はしない。ただその大きな瞳を向けて顰めるわけでもない眉で問いかける。
 「……まだお前は本調子じゃないんだから、今日は様子見だっていわれただろ?」
 言葉を紡ぐ事なく問いかける子供に苦笑を浮かべながら青年が呟く。
 それを聞き、少しだけつまらなそうに子供が唇を引き結ぶ。……本当に些細な変化。
 一緒に暮すようになって大分立っても気づけるか気づけないか不安になるそれを認め、ぽんと子供らしいその丸い身体を叩いて自分の身体に寄り掛からせるように引き寄せる。
 ぺったりと頬が肩に埋まる。幼い仕草を時折零す子供に笑みを落としてそのまま布団へと向いながら青年は声をかけた。
 ………少しだけ小さい、いまだ震える事を忘れていない声で……………………
 「また倒れたら、島中大騒ぎになるぜ」
 忘れられない。突然倒れた幼い身体。
 尊大で不敵で。…………この小さな身体はあまりにも未知を秘めていて当たり前の事実を忘れそうになる。
 まだたった6年しか生きていない幼子なのだという、簡単過ぎる事実を……………
 医者がどこにいるかも知らなくて、慌てて寝かし付けた子供の隣、氷をとってこようと立ち上がった時にもしイトウとタンノがやってこなかったなら一体自分はなにができていただろうか。
 子供の4倍も生きているくせになにも出来ない自分。不安と焦燥と恐怖に渦巻いた胸裏をおさめる事さえ出来ない愚かしい大人の自分には子供の隣、フクロウが診察をする姿を見つめる事しか出来なくて。
 島中の者の集まった家の外。その中の誰よりも心を傷めた。そう自惚れてしまうほど……この子供を愛しく思っているなんて知らなかったけれど。
 ただ何も出来ない事が悔しかった。幾度も何故こんな高熱をと考えて……その度に打ち消したくなる事しか思い浮かばない。
 自分のせいで苦しんだのに、子供はそんな事気にもかけないでいつもと変わらない。まるで罪悪感を持つ自分を労るように小さ過ぎる掌は優しく自分に向けられる。
 あどけない頬がすり寄るように青年の肩に埋められる。それを促すように青年の半分ほどしかない掌がゆっくりと首に絡まった。
 幼気な抱擁に苦笑をのぼらせれば響く……子供の妙なる声音。
 …………静かに紡ぐくせにその音はひどく人の心に残る。
 「みんなより先にお前が騒ぐか?」
 「…………は?」
 予想外の子供の言葉に一瞬なにを言わんとしているのか捕らえきれずに青年は聞き返すようにきょとんとした瞳を向けてしまう。
 まるで…そうであることを乞うような幼い響き。
 傍にいて欲しいと泣くような、幼稚な願いと我が侭を綯い交ぜにしたそれに目を見張る。
 一度だってこの子供は心に湧く不安を晒すことはなかった。
 まるで自分に禁じるように子供はいつだってはっきりと言い切る言葉を使っていたから。
 だから驚いた。………そして驚いた自分にも驚愕する。
 いまだ6年しか生きていない子供が、何故そんな当たり前のことを携え晒したことに驚いているのだろうか。
 まっすぐに見上げることもなく肩に埋められた小さな面が痛々しい。
 不安にとかした顔を見せることも出来ない子供が…悲しい。
 ………子供は尊大で、島の誰からも愛されていて………………それ故に笑うことを忘れていた。
 心配をかけることを厭えば表情を消せばいい。常に笑むことはあまりに辛いから……それさえ消え去ってしまえば誰にも苦しみや辛さを知られはしない。
 そうしたなか、常に堂々としていたなら誰も疑わないだろう。
 ………子供の中に恐れや不安があるなんて…………………………………
 いまの自分のように――――――――
 愚かしい自分の驚きに青年は眉を顰め、腕の中の小さな肢体を固く抱き締める。
 安心させるように……我が侭さえ全て受け止めるように………………………
 「今度は…倒れるより先に気づくさ。………苦しいのはいやだろ?」
 自分が倒れて心配をさせた。それは確かに枷だから。
 誰よりも自由に駆け回る幼い子供をたったひとつ縛る優しい鎖。
 不安を曝せない。たった一人の家族を失ってから子供はずっと蟠りを抱えたまま、それでも誰よりも毅然と立っていた。
 そんな子供が望むなら……この腕くらいわけてやる。
 子供に願われるほど美しくもない……たいそうな価値もない、穢れた腕だけれど………………………
 それを示すように幼い丸みのある頬を撫でる。片腕だけで充分抱きとめられるこの小さな身体の中、どれほどの思いを抱えて生きていたのだろうか。
 たった独り、単独種としてこの優しいあたたかな島の中で……………
 寂しいと囁く相手もいないなか、そんな言葉も忘れてしまわなければ辛い日々を青年も知っている。
 だからだろうか………?
 この幼い暴君のような子供の我が侭を拒めない。
 いつだって……確認するようにまっすぐに見つめる瞳が囁くから。
 ……………この島にずっといて欲しいのだと、願うように囁くから……………………………
 頬をくすぐる大きな掌に瞼を落とし、甘えるように子供は青年にもたれ掛かる。
 あたたかな腕の中、ほんの少しの僅かな夢。
 祈るようにそれを見つめて……子供は眠りに誘
いざな
われる。
 しっかりと握りしめられた指の中には青年の長い漆黒の髪が掴まれていたけれど……………

逃げないで。
………帰らないで。
ずっと傍にいて。

一人は寂しいから、一緒にいよう。
君も僕もそれを悲しいくらい知っているから。
このちっぽけな島の中、たった二人きりの種族だけれど、それでももう寂しくないから。
傷を抱えたまま、それでも立てるから。

一緒に生きよう。
この青い海と空と………美しい小さな島の中で…………………………








 27話、星降る夜に会いましょうのその後のような?
 さすがに一瞬で治るとは思わないんですが……どうでしょうか??

 パプワはあんなにみんなに愛されているのに無表情です。それが結構不思議。
 でもそうだなーと。愛されていても…それ故に表情が消えることもあるかなとね。
 愛されているならそれに応えたいのが子供だし。
 悲しませたくないのなら我慢しなきゃいけないことがあるなら……我慢するだろう。
 その結果があれなら寂しいなー。シンタローの存在でそういうのが溶けていけばいいけど。
 ラストの方ではパプワも嬉しそうに笑っていたし、結構それ見て幸せだったのは私です(笑)
 シンタローにも見せたかったさ……………

 本当はこれ突発に置こうかと思っていたんですが……パプワは書きたくなる可能性高いのでこちらに。
 でもいまのところPAPUWAを書く気はなかったりします。
 私はあくまでもパプワとシンタローが好き………。後はアラシヤマ。
 なのでシンタロー出てこない限りPAPUWAは書くことないと思いますv

 相変わらず保父さんなシンタローですが、朗さんに捧げますv
 10000HITおめでとうございましたv
 もんのすごく遅くなりましたがお祝の品でございます(切腹)