綺麗なものが綺麗なんて当たり前の事。
だから、綺麗だと笑う君の顔が好き。
舞い散る花吹雪。
やわらかな香り。
空気すらふうわりと染められた桜色。
それが綺麗だと笑う君。
綺麗なものが綺麗なんて、当たり前の事。
だから当たり前のまま、笑って。
優しく優しい色のまま。
君は君だけの色に染まる花。
花先の蜜を
とんとんと規則正しい包丁の音。もうすっかりそれが響くのが当たり前になった。
その音が響くようになってから初めての花の季節。つい先日のエイプリルフールのやり取りを思い出しながら行儀良くパプワはご飯を待っていた。
鼻先には食欲をくすぐるいい香り。隣で座るチャッピーが待ちきれなさそうによだれを垂らしながら彼の背中を見ている。それを真似しながら早く振り向かないかなとワクワクした。
「ほら、できたぞ!」
視線を送ってから大差ないタイミングで彼が振り返る。
それについて行けなかった長い黒髪が空間を舞い、ゆったりと背中に落ちる。それを眺めながらできたてのおいしい料理を運ぶ彼を待つほんのひとときがくすぐったいくらい楽しかった。
ずっと、こんなことなかったから。
できたてのおいしいご飯。自分のために差し出される腕が文句をいいながらも最高のできを自信を持って与えてくれる。
嬉しいな、と思う。ワクワクしてしまう。こんなとき自分はまだまだ子供なのだと思うけれど。
そんな自分は彼がこの島に流れ着いて初めて知ったのだ。
………ずっと、自分は大人だと思っていた。この小さな島を抱きしめて守る、たった一人の単独種として、誰よりも何よりも強くあるから。
でも違った。こんなにも自分は我が儘だ。そして幼く不器用で………ひどく彼を困らせる利かん坊だ。
それでも結局は彼が許してくれるのだと解っているから治す気もない。
「シンタロー、僕は大盛りだぞ!」
「はーいはいはい。お前らがそうでなかった事なんてねぇだろうが」
苦笑しながらシンタローが言う。どこか、ほんの少しだけど嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
大きな手の中で小さく見える器が差し出される。希望通りの大盛りの中、自分の好みと栄養バランスを考えて盛り付けられている細やかさ。……こんな大の男がするにはきめ細かすぎておかしい。もっともそんな事を指摘したら体格の割に子供っぽい顔を見せる彼は拗ねるかもしれないけれど。
いつもと変わらず大きな口でそれを食べ始めるのを確認してから自分の分に手を付ける。前に座っているチャッピーが零さないように気を配りながらいるのが解る。時折うまくとれなくて零すチャッピーの手伝いをしながらの食事にもすっかり慣れている。
ちらりとそれを横目で見ながら食べ終わった器をことんと机に置く。そうすると視線が自分に向けられて、苦笑するのを知っている。
「………ったく、チャッピーと大差ないぞ?」
そう言って伸ばされた指先が布で優しく口元を拭ってくれる。柔らかな感触で世話を焼いてくれるのが、好きだ。
でも、知っている。…………シンタローは帰る人。
ずっとはこの島にいない人。
だから、我が儘を言いたい。ここにいてと言う代わりに、たくさんの無茶を要求する。この島にいないと出来ないに決まっている無茶を。
口元を拭い終わった腕を見遣り、それが離れるとふと思い出した事を提案した。
「おい、シンタロー。午後は出かけるからな」
「は? って、またクボタくんの卵とりいくのか?」
きょとんと卵料理ならなににしようとでも考えはじめているだろう彼に呆れたような視線を向ける。………出かけるといって即食材探しと結び付けるというのは、やはり普段の行動のせいだろうか。
「違うぞ、シンタロー」
呆れたままの声で言って、ピッと指を立てる。
「今は春なんだからな。行くところがあるだろ?」
「へ? なんだ、またなにか恒例行事か?」
器を片付けながら眉を顰めてなにがあるのだろうと悩みはじめた彼は大分この島の習慣に慣れたのだろう。そのせいで、すっかり普通の事を忘れ去っているのかもしれないが。
「もうすっかり春だからな。そろそろ花見をしに行くぞ」
突然の発言は、けれどいつもの事。
そんなものに今更驚かなくなったシンタローは、けれど逆にあまりに当たり前の事だからか、驚いたように目を大きく見開いて………そうして、笑った。
「そうだな。じゃあ、お菓子もつくらねぇとな」
ひどく幸せそうな、やわらかな笑みで。
桜の名所、というわけではないけれど、桜並木はきちんと存在する。
折しも9分咲き。そろそろ散り始める頃合いで、少し強い風が吹きかけるとほの薄く色ついた花びらが流れ落ちていた。
毎年遊びにくるけれど、いつもながら見事な姿にパプワは満足した。これだけ綺麗な桜は、シンタローだって知らないかもしれない。
自慢を秘めて見上げた視線の先には、惚けたようなシンタローの顔。
「………………」
まるで桜に吸い込まれて行ったような顔で動かない彼のズボンを軽く引けば、覚醒した人形のように目を瞬かせた。それがおさまるまで待ち、声をかける。
「どうだ、パプワ島の桜も見事だろう!」
シンタローの反応に気を良くしたように弾む声で言ってみれば少しだけ困ったような顔をして、シンタローは頷いた。
「ああ、綺麗だな」
自分の好きな彼の笑顔。きっと喜ぶと思って、思い立ったままに誘ったけれど、ほんの少しその反応に不安が過る。
綺麗な綺麗な彼の瞳。いつもどこか遠くを見つめるように澄んでいて、自分の知らない事ばかりに心砕いて痛んでいる人。
………だから、この手を伸ばしたいのだ。
自分の傍でまで悲しまないで、と。自分がその苦しみからも痛みからも守ってみせるから。
寂しそうに、笑わないで。
「シンタローは桜が好きなのか?」
空さえ埋もれる花びらを見上げ、それを指差しながら問いかける。一歩、シンタローの前に駆け出しながら。
「そう…だな。綺麗なものはやっぱ、いいもんだしな」
優しく小さく笑って答える。ほんの少しの戸惑いさえ霧散させて溶けるような懐かしさで見上げる空の桜。
振り返りながらそれを見て、腕を伸ばす。自分の短く丸い、幼い腕。
「綺麗なものが綺麗なのは当たり前なんだぞ」
差し出された指先を包んで、桜並木の下を同じ歩調で歩く。短い自分の足や、小さなこの背丈に合わせて歩くのは長身のシンタローには苦痛であるはずなのに、そんな様子は欠片も出さずにゆったりと歩いてくれる。
真っ直ぐに前を向いたまま呟く声に不思議そうな視線が寄り添う。それを感じた時、風が吹きかける。
風の囁きとともに花びらが舞う。雪よりも軽やかに優しいぬくもりを秘めた花吹雪。
それに視線を奪われたときに、未だ高音を保持したままの幼い声が音を捧げた。
「綺麗と思える気持ちが綺麗なまんまだからな。当たり前の事は、綺麗なものなんだ」
謎掛けのようで、至言の言の葉。
………遠い過去ではなく近すぎる昔の話。それを痛み続ける姿は憐憫を誘う。
けれど違うのだ。それが、本質な訳がない。
鮮やかに、彼は人を惹き付ける。目を離させない、その姿。………それこそが本質と疑う余地もなく誰もが確信している。ただ一人、彼だけがそれを疑っているけれど。
自分は知っている。不器用で慌てん坊で、情けないくらいドジなシンタロー。自分が我が儘で利かん坊だという事を誰よりも彼が知っているのと同じように。
「だから綺麗だと思う事はいい事だぞ」
それに負い目なんか、必要ない。
事情なんて知らないから慰める言葉など吐かない。どうしようもなかった事、なんてきっと存在しないから。
それでもせめて自分が傍にいる時くらい、その枷を取り除きたい。一人挑む強さを抱えてしまっている馬鹿な大人を甘やかすくらい、許されると思うのだ。
切なく笑う事なんか、ない。
………過去のどんなものに起因したかなんて教えてくれないのだから解らない。
「そうだな」
だから、笑って。肯定とともに、自分の好きなその笑顔を向けて。
願った指先に込められた力は同じ強さで返されて、望むままのものを捧げられる。
「なあパプワ、花びら持って帰っか?」
やんわりとなにかに区切りを付けるように囁く声は深く、ひどく優しい。
「…………? なんでだ?」
「塩漬けすんだよ。桜茶とか……あと、あんぱんにもつけれるぞ」
きっと桜茶は気に入らないだろうからと付け加えたものに目を輝かせ、パプワが頷いた。
「じゃあ僕と競争だぞ」
「はーいはいはい」
仕方ないというように肩を竦めて答える。……笑顔が、当たり前に晒される日差しの下。
桜色の記憶を頬張ったなら、きっと美味しいのだろうとワクワクしながらパプワは駆け出した。
というわけでパプシンです。
いい加減もう普通に書いていますねぇ……というかこのところパプワばっか。
でも今回珍しくパプワ視点が中心。
綺麗なもの、のイメージは人それぞれ違うと思いますが、その底辺に残ったものは似ていると思うのです。
それを一番表面のところで理解しあえたら、きっと嬉しさの共有は簡単なのでしょう。
簡単に行えなかったり、ちょっと拗ねてしまったり、単純な事で鬱いでしまったりして出来るはずの共有が出来ない事もあるものでしょうが。
そういうのを踏まえた上で寄り添う、そういう関係は優しいな、と思います。
遅くなりましたがこちらは引っ越し小説パプワバージョンですので、お持ち帰り自由になりますv
気に入っていただけましたら可愛がってやって下さいv