仲が良くなればいいな。
一緒がいいもん。
ひとりは寂しいでしょ?

たったひとりでお留守番。真っ白なお部屋でひとりぼっち。
外の風の音も聞こえない隔離部屋。

孤独を知っているよ。
だから甘えさせてと伸ばす腕を拒まない人を知っている。

ねえ、一緒がいいよね。
知っているもん。
寂しいんでしょ?

だから、仲良くなればいいな。

僕の大好きな従兄弟たち。





ぽっかり空いた隙間を埋めるもの



 むすっとした顔をして一口ホットミルクを飲む。
 次いで憂えたように眉を垂らし、小さく息を吐く。
 それを幾度か繰り返してマグカップの中身を半分ほどまで減らした。あまり飲んだ気がしないのは確実に飲もうという意識ではなく惰性で飲んだせいだろう。少しヒリヒリする舌先は熱さも忘れていたせいで軽く火傷しているらしい。
 失敗したとようやくそれに気づいたグンマは舌先を出して指先でたどる。ぴりりと痛みが響いて顔を顰めるとすっと氷水を差し出された。
 タイミングのいいその仕草に顔をあげれば思った通りの高松の笑顔があった。それに笑いかけながら礼を言い、両手で招き寄せたコップの水を口の中に含んで転がす。
 すっと痛みを冷やしてくれた水を飲み下し、再び溜め息。
 「………どうかされましたか、グンマ様」
 いつも笑顔の絶えない幼さを讃えた顔に憂愁がのるのは忍びないと眉を寄せて顔を覗き込んだ高松に苦笑する。一連の事実が明るみに出た後でさえ高松の態度は変わらない。昔と同じように自分をいとしみ導いてくれる。どれはどこか彼の人の良さを表していると思うけれど、何故か他の誰もそれに賛同はしてくれなかった。
 「んーん、ちょっとね、あの二人が………」
 「二人…と言いますと、キンタロー様とシンタローの事ですか?」
 小首を傾げて話しはじめたグンマの言葉を受け止め、確認するように人物指定を行う。………ここでいじめられた、とでも言えばそのままその人物の場所まですっ飛んでバイオフラワーでも植え込んできそうな不穏な空気をまとっていたが、あまりに慣れた気配過ぎてグンマはそれをさらりと受け流した。
 「そう。なんかね、ほら、初対面が初対面だったでしょ? 近頃よく口喧嘩してて………そのくせシンちゃん、面倒見いいからさ。ずっと付きっきりでキンちゃんのフォローしているんだよ」
 優しいよね〜と本来の話題からそれながらニコニコ笑顔のグンマにつられて高松も笑う。この際、二人が云々というか、シンタローがどうこうという事はかなりどうでもいいというのが雰囲気から十分知れるがそんな事には頓着せずに思い出した憂鬱の原因をグンマは改めて口にする。
 「……そうなんだよ、高松。シンちゃん優しいからさ、ずっとキンちゃんに付きっきりで……ぼく全然相手してもらえないんだよ。ひどいよね!」
 久しぶりに会っても素っ気なかったり、なにか忙しそうで挨拶くらいしか出来なかったりなんて当たり前。折角そんなシンタローの為に作った家事機能付きロボットは不良品だと壊されるし、それならと新作の図案やマイクロフロッピーのコピーを示してみてもいつの間にか別の支部にいっていたり何か難しい軍事の会議をしていたり。
 総帥となってからこちら、全然相手をしてもらえないのだ。もちろん、それが仕事の過酷さを表している事くらいは解っている。
 それでもと、思うのだ。
 同じ従兄弟のキンタローは一緒に連れて歩いている。彼を片腕としてそれなりに頼んでいる事だって、他の誰にも解らなくたって、自分には十分過ぎるくらい解ってしまうのに。
 ずっと、一緒だったのだ。たった一人の同い年の従兄弟。彼は自分の憧れで、自分にないものを全て手にして頂点に立つ人だった。カリスマに満ちあふれ、誰もがその姿に惹き付けられる、自慢の従兄弟。
 彼の役に立ちたいっと思って新作のロボットは軍事機能も付けたのだ。遠隔操作型のアンドロイド。少し実用性は低いけれど、シンタローくらいの能力があれば操る事はさして難しくない。各関節それぞれにパッチをつけ、その収縮の度合いを正確に送りその通りの動きをする人形は、人の限界値を超えた破壊力を示すと実験で明らかになっているし、それによる後遺症も見られていない。
 ただそれを嬉々として示した瞬間の。顰められた悲しそうな顔が忘れられない。
 「僕だってさ、結構役に立つと思わない?」
 こんなに頭いいのにさ、と拗ねたようにテーブルに顔を伏せるとポンと優しい手のひらが頭にのせられる。
 慰めるようにそれは髪を梳き、苦笑とも微笑みともつかない笑みをたたえた唇がゆったりと言葉を落とした。
 「そうですね……シンタローもそれはよく知っているはずですよ」
 ただその役に立つ、という部位を互いに違う位置に見いだしているにすぎないだけ。
 小さな……それこそ生まれたその時からずっと見守ってきたのだ。当人たち以上に高松は二人の感情の行き違いを知っている。
 それはほんの少しの微笑ましさとともに晒されているので敢えて口出しもしたくなかったが、ここにもうひとり加わり僅かながらに均衡が崩れてしまった。
 決して悪い事ではないけれど、こうしてたったひとり寂しいという姿はさすがにもう見たくはない。
 あの幼かった頃、白い闇の中で細く骨と皮の指先で一緒に走りたいのだと嗚咽すら殺して願った姿を忘れる事などできない。
 本当ならこれは自分が余計な差し出口を示してしまわない方がいい事だとは解っている。
 それでも、やはり自分はこの人に甘いのだ。
 それはもう周知の事実。だから、それに託
かこ
つけて示してしまえばいい。
 寂しさに揺れる水面の底の稲穂の揺らめきを、太陽のそれに変える為の言葉。
 …………それを与えられるのが自分ではなく他者なのだから、ほんの少し悔しいという感情は押し殺しながら。
 「なので、特別大サービスです。今日の夜中、西棟の地下調理室に行ってみるといいですよ。面白いものが見られますから」
 そしてそれを見たならきっといつもの天使のように煌めく笑顔を示してくれるだろう。
 その時それを与えられる相手は自分ではないけれど、それでも構わない。
 こうしてひとり寂しがる背中を慰めるのに選んでくれるのは、やはりはじめに自分と無意識に示してくれるから。
 他のはじめくらいは譲ろうと苦笑の中であどけなく疑問を浮かべる瞳を見つめた。

 「………うう……怖いな……」
 西棟の地下調理室に夜中にいけなど、ある意味肝試しだ。
 そういった事が大の苦手である事を知っている高松がわざわざいじわるをいうわけもないので文句も言わなかったけれど、それでもやっぱり怖いものは怖い。
 小さな頃に作ったまま愛着が残って捨てられない動く事も出来ないがらくたで作ったガンボットJrを抱きしめながら暗い廊下を歩く。電灯をつければいいとは思うけれど、それを探す間すら怖い。むしろ一か所に留まるという事で恐怖心が倍増する自分を知っているのでどうする事も出来ないのだ。
 それならばもういっそのことなにか怖いものが見えても暗いせいで目の錯覚と自分にいい聞かせられる状態のままでいい。
 微妙に間違った考えなのは多分混乱を極めているせいだろうが、それを冷静に分析するだけの胆力は残念ながら持ち合わせていない。
 あともう少しで調理室に着く。ほんのり明かりが灯っているのだから、きっとそこに誰かいるのだ。しかも昼間の話からいって確実にそこにはシンタローがいる。帰りは呆れられようが馬鹿にされようが構わないから泣きついて部屋まで送ってもらおう。情けないとは思ってもそう決意し、一歩また一歩と走りたい衝動を押し殺して歩いた。歩く音だけでも怖いのに、疾走した大音響など、シンタローの顔を確認する前に気絶してしまう自信があったから出来ないのだ。
 ようやく調理室の引き戸に手が届き、それを開けようと力を込めた瞬間、怒鳴られてしまった。
 「馬鹿ヤロー!! なんでそう不器用なんだよ!」
 鋭いその声にドアを開けようとした勇気があっという間に吹き飛んでグンマはへたり込んでしまった。怒られてしまったのだから送ってなどもらえない。泣きそうな気持ちで謝ろうかと再びドアに向き直り、ふとおかしな事に気づいた。
 ………まだ自分はドアを開けていない。それでも中では怒鳴り声とそれに応酬しているらしい声が響いている。
 自分に怒鳴ったわけではないのだとほっとしてグンマはそのままドアにすり寄った。腰が抜けてしまったので立ち上がる事が出来なかったが。
 「だから卵白は潰すな! もっと空気入れるように出来ねぇのかよ!」
 「抽象的な表現はやめろ。訳が分からん」
 「冷やしながら混ぜろって言っただろ! なんで氷が卵白に入ってんだよ!!!」
 「空気を入れようと傾けたら氷が入ってきたんだ」
 「威張るなー!!!」
 よく息切れしないと感心したくなるほどシンタローが感情的に怒っていた。
 久しぶりにこんな癇癪の起こし方を見たと驚いてみて見ればシンタローの隣にいるのはキンタローだった。仲が悪そうに見えて案外気の合っていた二人だけれど、こんな夜中に調理室で卵白を泡立てる事に四苦八苦とは可笑し過ぎて笑いを通り越して奇妙だ。
 変だなと首を傾げる。ついで、ちょっとちくりと胸が痛んだ。
 二人だけで一緒に何かやっているのだ。
 …………自分には内緒で、仲間にも入れてもらえなくて。
 確かに夜起きているのは苦手だし、誘われて参加するかは解らないけれど、その選択すらさせてもらえなかった事が悲しかった。
 「…………どこが楽しい事なんだよ、高松ぅ」
 よけいに寂しくなってしまった。廊下の暗さがそれを倍加させて、泣きたくなってきてしまう。
 ぽろりとこぼれ落ちた涙を拭いながら中に入る事を諦めて取って返そうとした廊下はひどく遠い。
 もういっそ、ここで泣いてしまおうか。思いっきり泣きわめけば二人は気づいて仲間に入れてくれる。
 そんな情けない事しか出来ない自分がよけいに惨めで、歯を食いしばって嗚咽を飲み込むと、遠くで溜め息が聞こえた。
 よく知っている、溜め息。それはどこか憂いを含んで誰かを思う仕草。
 自分を思って欲しいと願う心が持ち上げた視線の先、光の下にいる黒髪が器用な手先でボールの中身を泡立てていた。
 「大体な……原因はお前にだってあるんだからな、もうちょっと気張れよな」
 「…………わかっているからここにいる」
 諭すように穏やかになった声に肩を落としたキンタロー我らしくもないしおらしい声で呟いた。
 それを横目に苦笑を落とし、ポンとシンタローは項垂れた肩を叩く。
 「ま、はじめっから俺並になれとはいわねぇよ。せめて食えるもん作ってやれよな」
 「努力はするが………保証は出来ない」
 「………いや、しろよ、食いもん作ってんだから」
 呆れたように言った後、僅かな沈黙が落ちる。
 何の話をしているのだろうか。解らないけれど、二人は何かひどく真剣で………悲しそうだ。
 まるでひどく傷ついた小鳥のようだ。必死で羽撃いて羽撃いて…けれど空に戻れないように、悲しそうだ。
 そんな姿が痛ましくて、新しい涙があふれてくる。どうしていま、自分は傍にいないのだろうと、悔しくて仕方がない。
 笑うのは自分の仕事だ。戦う身ではないから、せめてそうした場所で駆ける人たちに一時の安息を与えたかった。それなのに、痛んだ二人を………大切な従兄弟た眺めるだけで駆け寄る事も笑いかける事も出来ないなど、愚かしいにもほどがあるではないか。
 寂しかった。悲しかった。ひとりは嫌いなのだ。それでも…………
 それでも、自分の大好きな人たちが悲しんだり苦しんだり、そうしている方がずっと辛い。
 泣かないでと祈る気持ちでドアに手を添えた。開く事は出来ないけれど、せめてその思いだけでも伝わって欲しくて。
 そうしたなら、響いたいとやわらかき音色。
 「まあ……俺も悪いんだけどな、グンマの相手、してる暇なかったし」
 小さく小さく呟かれた、憂いの音。
 「昔からああだったからな。つい……失念していた。お互いにな」
 「さすがにきついぜ? あいつが殺戮マシーン嬉しそうに開発しようとすんのは」
 苦笑の中の痛ましさ。それを見ないように視線をそらしてキンタローは手の中のボールを見つめる。失敗だらけで水のようになった卵白では、とてもではないがグンマの好む菓子は作り上げられない。
 明るく笑う自分達の従兄弟。心が広くて純粋で、傷つける事にはむかない純正を穢したくはないのだ。
 それなのに……自分達が放っていたから、せめて傍にというように寄り添ってしまう。その優しさ故に、最も忌むべき方法さえ厭わない。それを無知と呼ぶにはあまりに幼気ない仕草だ。
 そんな方法を選ばなくても。自分達が求めているものはもっと当たり前で無理のないものだ。
 「………ま、明後日の誕生日までにはまともなモン作れるように仕込んでやるからな。根を上げんなよ、キンタロー」
 「誰に物を言っている」
 その、笑顔を。
 満面の笑みを讃えて喜んでくれれば、それがなにより一番いいのだ。無理をして痛みを増やす泥沼に足を踏み込まなくていい。それは逃げではないのだ。
 戦うものを受け入れ笑うその勇気もまた、戦う事と同等の意義がある事を知っているから。
 「その前にあの馬鹿に声掛けとかねぇとな。拗ねて高松辺りに愚痴言ってるだろうし」
 ついでに当日の予約も入れておこうと笑う声に零れる涙をきっと知らない。
 知らないくせに、いつだって一番欲しいものを送ってくれる従兄弟に観念するように両手をドアに捧げ、祈りを込めた額を擦り付けた。
 せめてこの廊下をひとり帰るだけの勇気をいま分けて欲しいと願う仕草は受理されたのか、振り返った廊下は何故か怖くはなかった。

 

 ――――――――灯火すらない廊下に灯された、従兄弟たちの優しさ。

 








 すっごく突発で作り上げた割に無駄に長いです。
 というわけで、グンマ誕生日おめでとう。前日に書いたという事実は忘れて下さい。
 でも1時間半で書いた割にはまともにまとめられた方ですよ。

 グンマを主に従兄弟たちを書くのは珍しいですか。でもやっぱりシンタローが一番重い存在だったり。
 なんだかんだで仲のいい3人。でもまだPAPUWAほどの関係ではない。
 そんな頃合いの話でした。

 かなりどうでもいい事ですが高松初書き。ミドルズ書く気がほぼないですからねぇ。
 しかし、思いの他私が書くとまともな人だ、高松。そこにびっくり(オイ)

 とりあえず、これはフリー小説で。
 次は24日ですね。こっちは確実にキンシンですよ。