彼はいつも寂しそうな目で自分を眺める。
……その瞳に写っている自分はきっと不遜で傲慢で…なによりも尊大に高処に居座っているのだろう。
彼の瞳は囁くから。
自分では分不相応なのだと…………
くだらない。
価値を決めるのは彼ではなく自分。
この魂が希求するかどうかだけなのに………
不遜に堂々と。何者にも負けない絶対者のような暴力的な圧倒感。
…………そうであってみせる。
寂しさもなにもかも、エネルギーに変えて……お前の理想を具現し続けよう。
その愚かな瞳が傍にさえ寄れないと嘆くことを止めるその日まで……決して屈することなくこの背を伸ばし続けよう。
だから気づいて。
一人は……自分だって寂しいのだから………………………………
風の生まれる瞬間
また…いつもの視線。どこか億劫な仕草で男は己の首にまとわりつく漆黒の髪を掻きあげた。
さらさらと風もない室内、それでも音を奏でるように絹のような光沢を沈めた髪は流れ落ちた。
視界の先に晒される慣れたものにだけ見せる男の癖。
過去の日、敵対してその命を狙っていた頃から時折零されていたその癖。
顔を覆い隠すように長い髪はなにかを決意した時に晒される。
………まるで悩めるその魂を封じ、弛まぬ足をまっすぐに踏み締める為に儀式のように………………………
自分達の長として君臨し、全てを決定するその権限をその両肩にのせた時から彼の髪は白き紐を手放した。
もう縛ることもないと…いうことなのか。
もう心安らかに笑むこともないと、いうことなのか……………
縛ることのなくなった髪はそれでも伸ばされたまま。切ることのないそれは一体なにを意味するというのか………
脳裏を掠めるのは美しい島。
……この身の奥、燻り続けた醜ささえ浄化してくれる空恐ろしいまでに絶対的な、全面的な肯定と愛を注ぐ島。
彼がなによりも愛しみ、そこにあることを願って幾度となく涙を流したたったひとつの………………
あの島で彼はいつだってその顔を晒していた。自身を否定したいというように隠し込む長い漆黒を後ろに束ね、やわらかく笑んで…………
何もかもが優しかった。彼の性情がこの組織には組み込まれないことくらい知っていた。
妬んで憎んで怨んで………なによりも深く憧れて。
だから、きっと誰よりも自分が初めに気づいた。まるで酸欠の金魚のように息苦しそうに時折空を仰ぐ彼を。
ここは違うのだと、全身が拒絶している瞬間。
誰よりもなによりも才能に恵まれ、カリスマというべき魅力と胆力を備えて……けれどあまりにも彼は潔癖だったから。
自分の腕に疑問と嫌悪を。……そして父に追いつくことのない特異能力を携えていない事への引け目と負い目を。
…………………なにより深く刻んで彼はたったひとり空を見つめる。
吐き出す息すら飲み込んで、世界でたったひとり。
寂しいと泣くことのない強さがいっそ哀れなほどで…………………
それでも自分の腕にそれを包む価値も、それを認められるだけの余裕すらも、なくて。
男を包み癒したのはあまりに幼く小さな腕。
なにもかもを認めまっすぐに受け止める、無条件の信頼と絶対的なまでの友愛。
息が詰まるほどのその清らかさに視界が霞んだ。
………そんな男の姿は知らなかった。
穏やかに優しく…誰かの世話を焼いて愛しく腕を伸ばして。
奪うことでも壊すことでも切り刻むことでもなく、生み出す為の力に変換出来た彼。
その全てを開花したのはまぎれもなくあの島で。
否。………あの島を抱
いだ
き続けたちっぽけで幼くて、なにも知らないに決まっているあの……………………
思い至った理由が切なくて、片目を前髪に溶かし込んだまま青年は静かに視線を床に落とした。
知っていた癖になにも気づけなかった自分。……なにも知らない癖に気づいた子供。
どうして、なんて考えることも愚かだ。
自分が可愛かった。拒絶されることが怖くて逃げた。
彼は強いから……。自分よりも強いのだから大丈夫だと決めつけて、自分の弱さに託つけて畏れた。
彼の全てを憐れんで愛しんでおきながら、それを抱き締めることも肩代わることも怖かった。
…………そんなものはいらないと突き付けられることが、怖かった。
何も考えずにただ腕を伸ばしたなら拒む人ではないと、知っていた癖に……………………………………
子供はなにも知らなかった。彼の性情も、息苦しさに泣いていたことも。
それでもただ与えた。与えることを乞う勇気をもっていた。
言葉が……でない。なにか囁きたくて赴いたのに、沈黙ばかりが流れてしまう。
吐き出せる言葉が、あるのだろうか。
…………一度は逃げた身で、彼に乞う資格があるのだろうか。
噛み締めようとした唇は力なく塞がれるだけ。…………綻ぶことも忘れて、まして血すら滲まない。
………囁く為に塞がれて…息も出来ない。この胸の中重しのように沈んだ彼への思いはいっそ毒々しいほど醜く猛っていて……怖くなるから。
傍にいたい。
囁きたい。
………触れたい。
けれどそれは許されない、から……………
凍り付いた眼前のオブジェのような青年は部屋に訪れたままこの状態で。伏せた視線はいつまでも自分を写しはしない。
微かな男の吐息が凍結した室内を溶かす。恐れるように落とされた青年の視線がはね、逃げてしまうだろう彼の気配を探すように顔をあげれば揺れた前髪の先に鎮座する男が現れる。
息を飲む。
………それがどれだけおかしなことか判らないわけではないけれど。
ずっと……彼はそこにいたのに。それでも突然現れたような気になったのは何故か。
寄り添うようにゆったりと……笑んだその口元。いつものように叱咤する、乱暴な物言いをまっすぐに投げかける唇がやわらかく綻ぶ。
それはあの島で見続けた彼の内なる華。……枯れることなく未だ残っていたのかと呆気にとられるように眺めていれば……不意にそれは萎むように切ない眉宇に隠されてしまう。
消えて……しまう。
そう思った瞬間の衝動をなんといえばいいのだろうか…………?
身が引き去れるような感覚。
喉が潰れたように息が出来ない。
…………四肢が戦慄くように震えて……まるで天災を恐れる哀れな獣のように震えた躯が許しを乞うようにその熱を求める。
亡くしたくなくて…必死になって伸びた腕。………捕らえることができるなんて考えず…ただそれを抱きとめたくて…癒したくて。
哀しみの淵に沈もうとする真珠を掬いとりたくて……………
弾かれると思った指先は微かに逃げた男の影を慕うように舞う長い漆黒を搦めとった。
―――――沈黙が、支配する。
捕まえることなどできる筈のないその存在がこの指先に捕らえられている事実。息を飲めば………ほんの一瞬零されたそれ。
華が染まるように。
風が生まれるように。
……光が導かれるように。
彼があまりにも優しく幸せそうに笑んだから。
呆気にとられた指先から張りのある毛先がゆっくりと落ちる。
……………深く深く笑みが広がる。この身を蝕むように……沈めるように。
けれどそれはあたたかくて……心地よくて。その全てを独占することが出来ないことくらい知っている青年は、戸惑うように眉を寄せる。
ゆっくりと広げられた腕が、誘う。
……………青年の内に残る願いを許すように。
与えられたなら与え返す…男の卑しくはないその優しさに涙が溢れそうになる。
瞬きすら忘れた瞳の先の唇が静かに蠢く。
――――――紡いだ音にすら、動くことが出来ないけれど……………
というわけでアラシヤマ×シンタロー。
いえ……これ実はすーあさんのところのお絵書きBBSに対抗して作られた小説BBSに投稿した作品なんです。
倍くらいに書き足したけど。
すーあさんの話にこのまま移行出来るようにと考えたんですが……難しいですよね(遠い目)
アラシン好きです。パプワカップリングで唯一のモノかも……くらい(笑) パプワとシンタローはもうすでにカップリング云々通り越しているからv
ちょっと獅子舞様にも心惹かれているのですが………。でもいまはまだ書かない〜v
相変わらず余裕のない人ですね。つうか珍しくシンタローは余裕ありまくり? アラシヤマは引け目と負い目と劣等感で固まったような人だと思うので(笑)
ある意味シンタローのそうした負の部分を一番見れる人かなーと。
………でもお互いに甘やかさないのが一番の理想です。
どっちもどっちできっついこという。けど離れないでいられる。そういう関係でいて欲しいかなーと思っています♪
それでは妙な物体ですが、これはすーあさんに捧げさせていただきます。
投稿しておいてきっちり書き足しちゃってごめんなさい(苦笑)