離れる事を選んだのは自分だった。
そうする事で大切な人を悲しませないで済むから。
………喜ばせる事が、できるから。
だから選んだ。
後悔なんか…しない。
大切なものに優先順位なんてなかった。
みんな大切で……みんな大好きで。
沢山の友達に囲まれて優しく包まれて……いたのに。
寂しく笑う大人を見つけて、心が芽生えた。
ねえ、笑って。
…………その笑顔を守るためなら、なんだって我慢するから……………………
綴る言葉
見上げた空が蒼い。
………変わらない、島の美しさ。
それを見つめて子供は小さく息を落とす。
別に…なんてことはないというように砂浜を握りしめて。
その仕草を視界の端におさめたらしい犬が小さく鳴く。………その声に視線を向ければどこか切なくいたわる視線。
笑わない面のままに、子供が小さく呟く。
………自分自身に言い聞かせるように。
「大丈夫だチャッピー」
声は蟠らない。
哀しみに沈んでいながらも……決して。
自分が選んだから、いまがある。それを後悔なんかしない。
幾度同じ時に戻れたとしたって、選んだ先は同じだから。
彼の悲しむ姿なんかみたくない。沢山……自分は楽しさをもらったから。
同じように笑って欲しいから、我慢する事を覚えた。
………寂しい事だと、彼は顔を顰めるのかもしれないけれど……………
優しく伸ばされる腕が好きだった。生まれた時から一緒だった犬の毛皮とは違う、なめらかな肌の心地よさ。
傍にいるけれど遠い彼を引き止めたくて、自分を見て欲しくて。
我が侭ばかり……言って。
それでも決して本気では嫌がらなくなった甘い腕。
かつての島にあまりに馴染んだ気配は…………自分の記憶にさえ、痛い。
もうここは違うのに。
………彼のいる島では、ないのに。
それでも変わる事なく自分は思い出してしまう。
彼が触れた事のない木々の合間に。彼が見つめた事のない海原のさざ波に。
…………彼が、迎えてくれるはずのない自分の家のドアに……………………………
馬鹿みたいに待っている自分を知っている。
帰る時間を遅くして……心配そうに切らせた息で自分の名を呼ぶあの声を。
懐かしくて優しい……初めてこの胸を軋ませたたったひとりの人の友達。
泣かないよ。
……泣けないから。
君がいない事で泣いたら、嘘になる。
君がいた日々が。
あの日………自分の下した決断が。
君が悲しむ事も知っていて、それでも選んだ我が侭。
責任なんて言葉、知らなかった幼い自分。
………友達を守ると言う事が、いかに難しいか…初めて思い知らされた。
繋がる心だけでは足りない。
そんなものだけでは…守りきれない。
それでもそれだけが自分のもてるたったひとつの武器だったから。
可能な限り腕を伸ばし続けた。抱きとめられる事なんか望めないけれど…………
いつか必ず……別れる事を知っていた。それはきっと互いに。
彼は生きた世界に戻るために。
自分は……言いたくはない呪文を囁くために。
それでもずっと、その腕を選びたかった。他のなによりも……………
見上げた空はどこまでも蒼い。彼が自分を探す事はない、晴天の下。
………思うのはいつだって彼だけ。
傍にいる人は、いるけれど。
寂しくないようにと………気遣ってくれている事だって知っているけれど。
……それでも………………………
あんまりにも馴染んでしまった彼の面影が消える事はない。
会いたい、なんて…願える筈もないのに………………
微かな溜め息に犬の毛皮が揺れる。それを抱きとめてみれば、擦り寄るようにぬくもりを与えてくれる優しい生き物。
大丈夫と幾度も心の中で囁きながら、子供はゆっくりと息を吸い込む。
……なんとか嚥下した吐息を待ち望んでいたかのように、その声が響いた。
「おーい、パプワ! チャッピー! そろそろおやつの時間だぞー」
気軽な…明るく弾む音。鬱屈を霧散させるためにわざとそうしてくれる優しい新たなる島の番人。
その声に目を向け……僅かな悲哀を胃の奥に落としてから子供はすっくと立ち上がり犬の背に跨がった。
昔は、腕を伸ばしていた。
自分よりも大きな腕を繋ぎ止めたくて、必死になって。先に行く事も遅れる事も許さない我が侭さを全面に出して………
ただ、一緒に。………その腕のぬくもりを溶かしあったまま。
もう思う事も出来ない過去の記憶だけれど…………
「さて、今日はなんにすっかねー。なにか食いたいもんあるか?」
犬の背に跨がったままの無口な子供に目を向け、青年はゆったりと囁く。多分……聞き届けられてはいないだろう事は知っているけれど。
ずっとこの子供が思い続けている事を知っている。本当は自分が残るよりも……あの男が残った方がよかったのかもしれない。
それでも彼には彼の生きる道があるから、子供は別離を選んだ。自分の我が侭で世界から彼を隔離してしまう事を怖れて…………………
もう二度と会えないかもしれない。その寂しささえ飲み込む事を決めて。
それは多分もうこの島にはいない男も同じ。決して留まり続ける事は出来ず、いつか必ずその柵を背負って世界を駆ける事を約されていた命の瞬き。
それでもそれまでのほんの僅かな時間を……怒濤の流れの中の一瞬の緩やかさを交えてしまった。
きっと互いが望み続けていたから惹かれあった。奇蹟でもなんでもない、当たり前すぎた重なり。
…………………切ない、魂の双児。
だからこそ選んだ結果を甘受する潔さが痛々しい。
願う事も望む事もたったひとつの癖にと……………
なにを言っても…結局は慰めにもならない現実も……知っているけれど。
それでもいま傍にいるのは自分だから。
せめて……寂寞を薄らげるくらいは出来ないかと子供の頬を眺めながら小さく囁いてみる。
「なあ……パプワ。手紙……書いてみっか?」
「……………手紙?」
訝しげな声音は関心を示して青年に向けられる。俯いていたはずの視線すら向けて。
………明らかに想起されているだろうその影に苦笑を零し、青年はどこか教育者のような身ぶりで語りはじめる。
「そ。まあ日記みたいなもんでもいいだろうけど。いつか……誰かに届くかもしれねえからさ」
届けたい相手なんてたったひとり。その人の手に渡る可能性なんて……皆無に等しくて。
それでも魅せられる。会えなくても……届くかもしれない。自分の声が。
歓喜に濡れかけた唇は……けれど唐突に塞がった。
一瞬その変化についていけなかった青年が不可解そうに眉を顰める。それに気づいた犬が、慰めるように子供に小さく鳴きかけた。
それを聞き付け……青年もやっと思い至った。………子供はまだ、漢字が書けない。
ひらがなとカタカナだけで綴った手紙はあまりに辿々しくて…彼に届けたくはないと恥じるのか。
幼いながらもプライドの高い子供に小さく笑い、青年は楽しげに提案する。
………子供と、自分のために。
「よし! んっじゃ、漢字の練習もついでにやっか?」
まだ俺も教えていなかったよな?と問いかける青年の声に小さく頷き、子供はほっと息を吐く。
あたたまる心の現金さに僅かに唇を綻ばせながら………………
いつかもしかしたら……なんて、本当は期待出来ない事を知っている。
それでも自分を忘れないで欲しいから。
一言一言、綴ってみる。
会いたいよ。
寂しいよ。
…………一緒に…いたいよ。
言葉に出来ない、それでも本当の願い。
届いて欲しいけど、届かないで欲しい。
…………言わなくてもきっと、彼がここに来てくれると……信じているから。
重なる手紙の海に埋もれる前に、どうか会いに来て………………………
久し振りのパプワ!!
……ん? これはPAPUWA? でも私の中ではパプワですv
漢字を書けるようになったパプワくんの経緯が! なんとなく……こんなだったら個人的に嬉しいなーとか。
シンタローに手紙を書くために頑張りました(笑) そして失敗も含めて洞窟にはきっと手紙が溢れています。
………アラシヤマあたりが見つけてパプワくんに踏みつけられる事を希望しておこう♪
シンタロー……いない癖に存在感でかいよ。
ふとした瞬間にリキッドとシンタローの対応の差とかパプワくんの態度の差とかを見ていると……ああ昔が懐かしいと考えてしまう。
早くパプワ島に来てくれシンタロー!!(涙)