いなくならないで。
消えないで。

それはひどく身勝手な願い。

それでも、と、祈るのはどうしてか。
考えることすら馬鹿らしい。
ただ、傍にいてほしい。
彼といる時間はあまりに心地よいから。





傍にいる時間



 気難しい顔をして、カレンダーをめくる。
 たいした意味もないけれど、それでもやはり何となく気にかかる日、というものがある。それがまさに今日だった。
 「なんだ、なにかあったのか?」
 カレンダーの前で動かなくなったシンタローに気付き、パプワが奇妙なものを見るようにしっとろと踊りを止めて近付いた。その気配を背後で感じながら、んー、と気のない返事をシンタローが返す。
 まるで自分の方に注目していないシンタローに気付き、むっとしたパプワがチャッピーにさっと目配せをした。
 それだけの仕草で心得たようにチャッピーは地面を蹴り、勢いもそのままにシンタローの頭にかぶりつく。あまりに見慣れた光景に誰も何もいわないが、そうだからといって痛みが減るわけではない。いつもどおりに悲鳴が響き、謝罪の言葉が叫ばれればちょっとしたその拷問も終わりになった。
 「なんだか一日一回はこれを聞かないと、って思いはじめるわよね」
 「本当ね。愛しい殿方の悲鳴ってそそるのよね〜v」
 「……………な〜に気味の悪いことをぬかしながらのんきに茶なんぞ啜ってやがる、生物!!!」
 ゆらりと復活したシンタローの鉄拳によって地面に埋まりかけたイトウとタンノが瀕死の重傷ながら震えた腕をのばし、シンタローに問いかけた。
 「あ、愛が痛いわ…………」
 「安心しろ。欠片ほども愛はつまっていない」
 「それよりシンタロー。今日は何かあるのか?」
 「へ?」
 ぐりぐりと踏み付けていた生物から視線を外し、自分の腕を引いた小さな子供に目を向ける。つい先ほどまでの生々しい殺伐とした光景が嘘のようにそこだけが柔らかな雰囲気に変わる。もっとも、はじめの流血騒ぎを起こしたのはまさにその小さな子供なのだが。
 見上げる姿勢も屈み込む姿勢もお互い辛いので膝を折ってパプワの視線にあわせると、シンタローは軽く首を傾げて困ったように笑った。
 「いや……別に何もねぇんだが、ほら、今日はアレだろ」
 「……………?」
 「ああ、そうか、閏年ね!」
 「あ、今日って2月29日?」
 「そうそう、何か特別〜って感じがするのよね!」
 「……なに勝手に生き返ってやがる、生物!」
 いつの間にか復活したらしいイトウとタンノはなに食わぬ顔をして会話に加わっていた。危うくそのまま流しそうになりながらもシンタローはもう一度二人を蹴って端に寄せ、改めてパプワに目を向けた。が、そこにいるパプワは至極不思議そうな顔をして目を瞬かせていた。
 きょとんと、まるで何の会話をしているのかが解らないというようなその様子に、逆にシンタローが首を傾げる。
 確かに別に何の記念日でもないし、気にかけるものでもない。だから不思議がるのも解らなくはないが……何故かそれとは違う何かを、感じた。
 「パプワ?」
 「おい、シンタロー」
 「?」
 「なんだ、その閏年というのは」
 「……………へ?」
 パプワの言葉に今度はシンタローが驚いたように目を丸くした。
 妙に変なことをよく知っている子供だ。まさか閏年を知らないとは予想もしていなかった。
 よく考えてみれば別段必要な知識な訳でもなく、ただ4年に一度一年が経った一日長くなる、それだけのことだ。そう思えば確かに知らなくても不思議はない。今年が閏年だとすれば、前回のときパプワは2歳かそこいらだ。記憶になくて当然だろう。まして祝い事でもなんでもないのだから気付いたら過ぎ去っていた、その程度なはずだ。
 そう思いいたり、次はどう説明すればいいか、と少し悩む。
 事細かにいうほどの知識があるわけではないし、その必要もさして感じない。
 座り込み視線を合わせたまま、ポンとパプワの頭に手を置き、くしゃりと軽くその髪をまぜた。幼いごく普通の子供にするように。
 くすぐったそうに軽く目を眇めたパプワの耳に響く、聞き慣れてしまったシンタローの声。
 「今年はな、一年が366日になんだよ」
 「……………? 365日だろう?」
 何をバカなことを言っているのかと眉を顰めていうパプワの子供らしくない仕草に溜め息を吐きそうになる。
 大人顔負けの知識を持っているだけに、この子供は時にひどく子供らしくない。最も、普段は我が侭盛りの子供そのままなのだが。
 「だから、4年に一度、閏年の年は2月に1日足されて29日になんの。だから今年はいつもより一日多い年なんだよ」
 「一年の日数がかわるのか?」
 「ま、簡単にいえばそうだな」
 きょとんとしていた瞳が、その返答に何故か輝きはじめる。
 珍しく子供そのものの顔をさらしているパプワについ弟のような気分が湧いて、その頭を撫でる。子供扱いをするなとまたチャッピーをけしかけられるかとも思ったが、あえて止めようとも思わなかった。
 頭を撫でられることが、自分は好きだった。
 愛されているのだと、自分を認めてもらえていると、そう感じることができたから。
 それを拒むようになったのは大人となったことと、父との反目との両方があったけれど、ポッカリと開いた穴だけは嫌になるほど自覚している。
 子供であるその特権を、自分はいつだって拒んで大人になってしまった。
 そのさきの、こんなにも不格好で無様な大人だ。だから、同じ思いなどしてほしくはない。自分の目の前で生きる年幼い小さな命には。弟にも、この目の前の幼子にも。
 もっとずっと自由な、拓かれた道をと、思ってしまう。がらにもないことだと思いながら、それでも穢れきった腕で祈ってしまう。……………愛しいと、そう知っている心を否定できるはずもない。
 本当はもっと淡白に、何もかもを切り捨てていられるように生きるつもりだったのに。
 弟だけを守り抜いて、そうして果てるつもりだったのに。
 この島は、そんなちっぽけで破綻的な祈りを掻き消してしまう。もっと広く優しく、全てを包むほどに柔らかな祈りを咲き誇らせてしまう。
 不可能だと、そう決めつけて押し殺し続けた祈り。
 無理だと、自分に言い聞かせて隠し続けた願い。
 資格がないと、耳を塞ぎ続けた望み。
 それらを与えられるのだと、そう囁く。優しく優しい、この島。
 堅い髪質が手のひらをくすぐるのを感じる。こんな風に、弟以外の命のそばにあることを想像もしなかった。それが許されるはずもないと、思っていた。
 与えたいと願い続けたことの全ては、自分が与えられたかったもの。
 いまさら気恥ずかしてくて拒むことしかできない、それは甘ったるいほどの子供の我が侭。
 「おい、シンタロー」
 自分の頭を撫でるその腕を甘受したまま、パプワが問いかけるように声をかける。
 あたたかな腕の感触は、シンタローがこの島に流されてから知ったものだった。自分と同じ腕を持つもののいないこの島では同じ熱を分かち合うことはひどく難しい。優しく柔らかなじいちゃの羽は、確かに暖かかったけれど同じではなかった。言葉では言い表すことの出来ないその寂寞を、感じはしても知りはしなかった。
 自覚のないその飢えを、突然現れた同じ肌の馬鹿な青年が埋めてくれたことを、はたして知っているのだろうか。
 きっと、知りもしない。
 「なんだよ」
 目を瞬かせながら、それでもまっすぐに向けられる視線。
 きっと、彼は知りもしない。
 彼はバカで騒がしくておっちょこちょいで、大人のくせにひどく不器用ものだ。
 知らなくていいのだ。どうせ、今だって気付いていない。
 「今日はパーティーにするぞ!」
 「はいいぃ?」
 満面の笑み。もっとも、表情になんて浮かんではいないのだろうけれど。
 どうせ知らない。気付かない。
 笑い方を教えてくれたのは、キミ。
 一年がたった一日長いというだけで、傍にいれる時間が増えたようで嬉しくなる。
 だからパーティーをしたい。一緒にいる時間が増えた、そのお祝いに。
 「つべこべ言わんとさっさと用意せんか!」
 チャッピーをけしかける振りをしながらほんの少しの脅し。ギクリを顔を引きつらせながら、シンタローが立ち上がった。ぶつぶつと小さな文句が聞こえるし、顔は顰められていてちょっとだけ不機嫌そうだ。
 でもそれでいい。どうせ気付かない。だから、ただの我が侭で構わない。
 だけどお願い、一つだけは気付いて。
 「あ〜ったく、人使いの荒いガキだぜ………」
 首をまわしながらこれからの準備の忙しさに辟易とする。確実に、島中の生物がやってくるのだ。どれほど大掛かりになるか、解ったものではない。
 それでも、思ってしまう。
 こんな無表情な子供だというのに、どうして解ってしまうのか。
 この、心躍るように嬉しそうな様を。たかだか、一年が一日増えるだけなのに。
 …………この島にいる時間が増えるというわけでは、ないというのに。
 「材料とりにいくのくらいは手伝えよ?」
 遣る瀬無さには蓋をして、笑いかける。その腕が必要だというように差し伸べて。
 つかまれた指先を包む小さなぬくもりに目を向け、仕方なさそうに笑ってみる。我が侭くらい、叶えてやるというように。
 しっかりと繋がれたその腕を手放さなければいけないそのときまで。
 最大の敬意とともに、子供の我が侭を甘受しよう。
 何もかもを受け止めたまま、自分すら守ろうとするこの子供の、たった一つの我が侭なのだから。

 一緒にいられる限られた時間を祝ってみよう。
 君の願いが叶っているその間、いつだって。

 同じこの島で、時間を分かち合える。
 その奇跡を噛み締めながら。

 傍にいてほしい、たった一つ叶えてあげられて、
 叶えることの出来ない、その我が侭を……………。

 








 閏年が思い出せなくて書き上げるのが翌日になりましたよ。
 莫迦ですか、私は(多分莫迦です)

 久しぶりにパプワ書いてみました。ってよく考えたら明後日はパプワの誕生日なんだから今の労力そっちにかけろよ! よりにもよってこんな時に私は連続で早番&お風呂当番です。
 ……………書けなかったらごめんなさい。

04.12.23