探していたのはきっと……ずっと思ってきたものより簡単でちっぽけなもの。
それでも手に入らないと半ば諦めてきた。
それは……大人になったという事なのか。
煌めくものばかりに目を奪われて、涸れ果てた喉に涙も流れない。
それを癒す水が欲しかった。
………津々と沸きいでる清水は優しく枯渇した身体を癒してくれる。
それは……子供故の優しさなのか。
伸ばせば触れるぬくもり。
当たり前過ぎる日常。傷付けなくてもいい世界。
………自分が傷つかない世界。
願ってきたのはたいしたものじゃない。
ただ……微睡みたかった。
ただ……微笑みたかった。
ただ…………………誰かを愛したかった。
この心が枯れ果てる時を知っていたから。
砂漠が願う水以上に……それを欲していた。
この心を満たす清水を……………
深海のぬくもり
空にかかる太陽の眩しさが朝の訪れを教えてくれる。
それに気づいて青年は目を開けた。
「………もう朝かよ……」
小さな呟きとともに起き上がり、傍らで眠る子供と犬を起こさないように無意識に気を遣う。それはどこか当たり前過ぎる姿で……青年自身が気づく事もない。
起き上がり服を着ていると、後ろで微かに動く気配がする。振り返ってみれば子供が大きな目を半ば開け始めていた。
「パプワ……?まだ寝てていいぞ。飯作ってくるから」
潜めた声で囁けば、子供は小さく頷くと瞼を落とした。
そして……差し伸べられる小さな指先。
「…………?」
その意図がわからなくて青年はその指先を見つめてしまう。
ぬくもりを感じとれない指先に、子供の閉じた瞼に影がかかる。
………じれたような幼い声が青年の名を呼んだ。
「…シンタロー………」
小さな声のなかの甘えに気づき、青年は苦笑を零す。
些細な……瞬間。
見隠れする年相応の子供の影。
それはいつもいつも威風堂々としている幼子の姿を隠し込む。………どこかでねじ曲げられたありのままの幼さ。
それを小さく笑いながら青年は受け止める。
「しかたねぇな………」
自分の指と同じほどの大きさしかない子供の手の平。指先まで包むのに指先だけで足りる事実。
まだ自分の4分の1しか生きていない…そんな当たり前のことを思い出させる瞬間。
あまりにも子供はいつも揺るぎなくて。大人であるが故に力を失ったこの腕では望むものを与えられない。
………子供が願うほどの清さも穢れなさも自分は持っていない。
毒に塗れた地で…毒を注がれて生きた血塗れの躯。
この聖地すらその穢れを落としはしない。……だから…決して青年は子供に囁きはしない。
子供の真直ぐな好意。隠そうとしない友愛。
……大人の歪んだ思考。奥底にしまい込む願い。
その全てを子供の透き通った瞳は看破しているのかもしれないけれど。
搦んだ指先は……切ないほどあたたかい。
子供の無表情な口元が微かに綻んだ気がした…………
それに込み上げる苦味を青年は苦笑のなかで噛み殺した。
コトコトとなにかが煮える音がする。
青年がこの島に訪れてから欠かす事なく耳にする音。
優しい……ぬくもりの存在する音。
澄ます必要もなく子供の聴覚に響くその微かな音に誘われて、子供は目を開けた。
近くで犬の鳴く声がする。傍らで起き上がった犬をみて子供は手を伸ばし、そのふくよかな毛並みに顔を埋める。優しい音に優しい鼓動。優しい空気に抱かれて、子供は犬の毛皮のなかで小さく笑った。
「チャッピー。外に行くか」
起き上がりつつ子供は布団を畳んで犬に声を掛けた。朝食を作る心配がなくなってから子供と犬の日課となった朝の運動だ。
それに明るく鳴き声で応え、二人は青年の後ろ姿をみながら外に出るためのドアに手をかける。
「……いってきます」
どこか口籠った声で子供は聞こえるか聞こえないかわからない声で青年の背に呟き、音をさせる事もなくドアを閉めた。
それを受け止め、青年は仕方なさそうな顔をして軽く後ろを振り返り……煮込んでいた野菜の火を弱めてじっくり時間をかける事にした。
子供達はきっとあと1時間は帰ってこないだろうから………
「やれやれ。その間に掃除しちまうかな」
すっかり家事の仕方が上手くなっちまったと小さくぼやき、青年はほうきと雑巾を取りに部屋を出るのだった。
「グッモーニーンv シンタローさんv ……あら?パプワくんは?」
「パプワならさっき散歩に出たよ。朝飯前に何の用だよイトウ」
ごしごしと洗濯物と格闘していた青年は突然かけられた声に驚く事もなく答える。
振り返りもしない背中に慣れているイトウはそのまま持ってきた袋を青年に見えるようにと周り込んだ。
影が移動した事に気づいて、青年は手を止め視線を上にあげた。
………巨大なカタツムリがあまりに接近していて、無意識に腕がのびる。
「眼魔砲!」
突然のことについいつも通り青年はカタツムリに向かって攻撃を加えてしまう。………少しやり過ぎたかと悩むが、この島の生き物はほとんど不死身だ。この程度の攻撃では一瞬で元通りになってしまう。
案の定、殻さえ割れたかと思ったイトウはあっさり復活して涙目に訴えてきた。
「ひどいは、シンタローさん!私がなにをしたっていうの!?」
「異常物体が異常接近したらまともな人間は遠ざけるもんだっ!」
すげなく切り捨て、青年は開き直って再び洗濯を始めようと座り込む。
その冷たい態度にめげる事なく、イトウは再び青年に近付く。……今度はさすがに彼も攻撃はしてこない。
なんだかんだと冷たい事をいっても、ふざけないでいる時…彼はそれほど自分達でさえ厭いはしない。
殺し屋だなんだと荒んでみせても……まだどこか幼く清いままだ。本気で誰かを傷つける事を知らないように見える。その事こそが青年の劣等感を刺激するのかもしれないけれど。
いままでの彼の生き方など……この島には関係ないのに。
あるがままの、いまの彼だけが大切だというのに。そうである事が怖いと素っ気無い態度で一線を引くのだ。
目だけを動かして、イトウは青年の顔を覗き込む。……おどけた雰囲気で接すれば、彼は困ったようにしかめっ面になり、ぐいっとその目を押しやる。
……先程のような傷つける力の入れ方ではないそれに笑いがこぼれる。
「あのね、シンタローさん。朝から来たのには訳があるのよ」
「………わかったからさっさとその用を済ませていけ……って、パプワいねえっていっただろ?」
ぶっきらぼうな声。顔をあげもしなかった彼は思い出したようにその視線をイトウに向けて彼女の目的の人物のいない事を確認した。
結局この島が彼を受け入れた理由はただ一つ。………こんな時にそれを実感する。
人を思い遣る事が不器用で……それでも隠しきれない優しさが不意にこぼれる。それはこの島がもっとも好むぬくもり。
それが好きで……もっと感じ取りたくて。
結局彼をからかう自分達も存外意地が悪いのかもしれない。
………そんな風に笑いながら、イトウは先程の眼魔砲から死守した袋を見せた。
「ほら!昨日いっぱい木の実をとったのよ。食べきれなかったからお裾分けに来たの。3人とも好きでしょ、これ」
マンゴウに似たその果物は……けれどあっさりしていて食べ易く喉越しもいい。青年も気に入っていたが、なによりパプワとチャッピーの好物だった。
ぱっと青年の顔が綻ぶ。
それを見てイトウはにっこりと笑う。子供のような笑みは滅多に見れない。
………自分が嬉しい事よりも…子供達が喜ぶ姿を想像して笑えるその顔が好きなのだといってもきっと否定するのだろうけれど。
嬉しそうに声を弾ませた青年が袋を受け取りながらイトウに礼をいう。
「悪いな、こんなにいいのか?」
「いいのよ、残り物だもの。……あ、パプワくん!」
青年に答えていると、青年の肩ごしに小さな子供が犬に乗ってこちらにやってくる姿が見えた。
イトウの声に青年は振り返って……固まった。
「………パプワ。なんでそいつらが一緒にいる?」
「ん?ああ、これか。途中で拾ったんだ」
子供達の後ろからやってくる青年二人。金の長髪に黒の短髪。………よく見知った刺客の筈の二人は妙にこの島に馴染んでいてもう顔を合わせたから戦うという事もないけ れど。
それでも何故こんな朝早くからと悩むと………盛大な腹の虫がなって納得する。
真っ赤な顔の二人に呆れたように青年がいった。
「お前ら……またスイカしか食ってなかったのか?」
「……うっさいべ!オラたちの好き好きだべ!」
「でもミヤギ君……お腹空いただちゃわいや………」
「そげな事こいつの前でいうなやトットリ!」
「あー……わかったわかった。さっさと中は入れ。飯にするぞ」
いつも通りの二人のやり取りを呆れてみながら青年はあっさり朝食同伴の許可を与えた。
それに押し黙って二人は申し訳なさそうに顔を見合わせ……青年の背に従う。
「イトウくんも食べていくか?」
「もちろんv あ、でも待っててくれるかしら。シンタローさんの手料理の抜け駆けするとタンノ君がうるさいから誘ってくるわv」
「………わざわざ増やすな」
青年の呟きはただの恒例行事。連れてきてしまえば断れない人のよさに子供と視線で笑いあってイトウはタンノの家に向かった。
仕方なさそうな溜息を1つ吐くと、青年は洗濯物を端において家の中に入っていく。
「ほら、ぼさっとしてねぇ出来いよ。盛り付けくらい手伝えよ!」
笑いかけて……当たり前に話して。
そんな不可思議な空間の中で妙にくすぐったい感覚。
二人の青年は嬉しそうに少し照れながら……青年の声に答えて家の中に入っていった…………
キリリクHIT、パプワでシンタローのほのぼのな一日でしたv
………無理です。一日全て入れるのは。書いていて実感いたしました(遠い目)
とりあえずきりのいいところまで頑張ってみましたv
それがやっと朝食時……………(遠い目)
今回もまたイトウくんに登場して頂きましたv
キャハv 彼女好きみたいですv そして絶対に入れたかったのはミヤギ&トットリの阿呆な会話(笑)
子供の親友のような二人は大好きですv そしてシンタローを敬愛しているなーという雰囲気を残しつつ。
………絶対に憧れてると思うんだもの。
この小説はキリリクを下さった阿難様に捧げますv
………朝で終了してしまってスイマセンでした!!!!