それは囁いた。
長き平安に飽いたと。
それは囁いた。
どうしたなら満足するのかと。
それが全ての始まり。
―――――――殺し合い、奪い合う愚かな生き物の始まり。
それは微笑んだ。
冷酷に破壊を楽しむように。
それは見つめた。
動くことも諦め傍観者となって。
それが全ての印。
―――――――悠久の争いの発端……………
望んだことなどあまりにちっぽけだった。
ただ片割れと共に穏やかに生きていきたかった。
……それでも壊れ始めるモノはあるのだと思い知らされた。
故に、愚かと言わしめるその生き物さえ、自分達の隠れ持つ性質を反影しているのだと知った。
万能と崇められながらも冷たく見下している片割れを止める術も諌める術も持たなかった弱い自分。
ぶつかりあうことを恐れて逃げ続けた自分。
なによりも愛しき片翼を抱き締めるために、自分もまたその生き物を造り出そう。
………嫌悪されるほどに愚かな感情。
それでも自分の全て。
愛しき青よ……この腕(かいな)に戻り眠ればいい。
もう離れて生きるのは辛過ぎるのだと赤は囁いた………………
赤と青の螺旋
真夜中に目を覚ます。………これが習慣になってどれほどたつだろうか。
青年ははっきりと開けられた瞼に小さく溜息を吐いた。
ここまでしっかりと目が覚めてしまっては横になっていたって眠気など襲うはずもない。仕方なさそうに青年は傍らに眠る子供と犬を起こさないように細心の注意を払いながら立ち上がる。
服を身につけ、青年は音を発することなく家のドアを開けた。…………淡い光が瞳にかかる。
それに気づき青年は空を見上げた。
一面の濃紺。………瞬く星さえ息を潜めている。
けれどそんな濃い影の中、闇に捕われたかのように淡く輝く丸い光。
穏やかに青く輝く深淵の月。
「………今日は満月か…」
息を飲むように小さな囁きが零れる。
どこか空寒い光に小さく笑った。
…………童話の世界ではないのだ。月明かりに攫われて森に捕われることはない。
自分の馬鹿な思いを一蹴して、青年はゆっくりと歩き始める。
煌々と照った月は青年の豊かな黒髪をやわらかく彩る。
幻想的な姿に変わった見慣れた森を見上げ、どこかに迷い込むことを楽しむような幼い冒険心を疼かせながら青年は歩を進めた。
……ゆっくりと、青い月に導かれながら…………………
ぬくもりがない。……その程度のことで目を覚ます。
自分がそんな幼い子供だとはあまり思わなかったけれど、我が侭を受け止めてくれる青年と暮らすようになってからはその気配がないことが嫌だった。
だからいつもすぐに気づいていた。……彼が真夜中に目を覚ましては仕方なさそうに散歩に行くことは。
それを止めるいわれもないのでずっと微睡みながら彼の帰りをまっていた。
そんなことがこのところやけに多い。
彼は毎日のように真夜中に目を覚ます。
まるで約束でもしたかのようにいつも同じ時間。月が空に一番高く掲げられた時。
青年は起き上がり辺りを見回す。………青く彩られた瞳に気づかないで…………………
闇の中でも浮き上がる切ない郷愁を誘う青。
…………酷くこの心臓を疼かせる色。それはいつもどこか憂いを秘めていた。
まるで青年の思いを反影したようなそれに子供は言葉が出なくなる。
なんで……彼なのだろうか。他の誰かだったなら、いつものように尊大に我が侭に…自分の意志を押し通せるのに。
青年に関わる時だけ、自分は我が侭が喉からでなくなってしまう。………一番叶えて欲しい願いを囁けなくなってしまう…………………
小さく息を吐き出し、子供は起き上がった。それに気づいた犬もまた目を覚まし小さく鳴いて鼻ヅラをすり寄せた。それに腕を伸ばしてぬくもりを味わうと、子供は変わらない顔のまま小さくぼやく。
「…………まったく、シンタローの奴はまたどこかに行ってしまったぞ。ちゃんと叱らんといかんな」
寂しさを滲ませた横暴な言葉は、あまりに幼い。
子供の頬を嘗めとり、犬は慰めるように小さく鳴く。………優しさに気づき、子供は小さく笑った。
それは仕方ないことと知っているのだ。
自分達は彼を縛る権利など持っていない。……まだ互いを知りあっていないのにその資格もない。
それでも疼くのだ。……この胸は青年が受けている痛みに。
隠そうと躍起になっている劣等感と郷愁。そして惹かれ始めている事実を歪めようとする意固地な愚かさ。
この島は生きる者の魂を癒すのだ。気づけば簡単なことなのに、誰よりもそれを知っている青年は頑なに拒んでいる。
認めて受け入れて、そうして自分にいえばいいのだ。
この島で暮らしたいと……冗談だっていいからいえばそれは永遠に約されるのに。
彼はあまりに多くの柵(しがらみ)に縛されていて、足掻く術を持たない。飛び立つための羽根さえ手折られている。
それが痛かった。見つめていれば判ることを……彼は知らない。
青く青く……彼は染まる。
深淵に落ちゆく星のように、ただ自らの光に染めあげられて、青年は青き炎となって闇に堕ちる。
それに気づいてから……この目が痛い。
その青に触れる度に、両の眼は疼くのだ。輝く赤に気づくより早く、青年は青を脱ぎ捨てて自分の傍らに戻ってきてくれるけれど……………
早く……大人になりたい。彼と同じ身体が欲しい。この幼い指に彼は頼ることを知らないから。
赤に搦めて……青など見向きもしないように抱き締めて。共にこの島で今まで通りに生き続けたかった。
この島が……住人たちが願うのと同じく………………
小さく吐き出した息を染める……青。
「……チャッピー…………?」
訝しげに子供は囁く。青が……この自分の傍にあるはずがない。自分を彩るのはいつだって赤き光。
飲み込む吐息に導かれ、示されたのは犬の首輪に括りつけられて石。
「……シンタロー……?」
その青き光に映される青年。………すぐ近くのジャングルを歩いていることは判る。けれど……その影が何故見えないのだろうか。
青い触手が青年の髪に触れる。それはあるいは幻影。けれど……少しずつ青年を青に染める。
………その触手が触れる度に青年の瞳から生気が消えていく。
その度に闇に融ける黒が色を薄める。
ゾクリ…と、身の内を駆けた悪寒に従って、子供は瞳を見開いた。
赤が自分の中からゆっくりと凝縮されゆく感覚がもどかしい。一刻も早くこの青い穢れを消し去りたい。
怒りにも似た切迫さと共に、子供は瞳に宿る力を解放した。
………………千々に融けた青は再生することなく闇の中に消えていく。その傍らにいる青年の外見的変化は止まり、ゆっくりと赤い触手が青年の肉体に触れる。
そうしたなら淡くなった青年の色彩は常と変わらぬ深さを取り戻した。……ホッと子供は息を吐き出す。
…………………そして切なそうに目を閉じる。
なにも知らない自分は、それでも彼を守れるのだろうか。
この島の民を守るのと同じく、外界から来た異質な生命を……それでも守り通せるのか。
囁かれ続けた問い掛け。いつか牙を剥くと示唆され続けられた。
それでも……もう自分は手放せない。初めて手に入れた自分と同じ種の友人。いままで離れていたことが嘘のように傍らにあることが馴染んでしまった。
もう…離れることなど出来ない。それなら自分は守り通す。
彼を彼の生きる世界から。彼を搦め捕ろうとする青から。………運命から。
だから立ち向かう力が欲しかった。………自分に宿る赤と、彼を欲しがる青の意味。
それはほどなく全て知ることが出来ると自分の内にある赤は囁くけれど。一刻も早くと……それを願う。
固く瞑られた瞳を開け、子供はゆっくりと立ち上がった。
「チャッピー、シンタローを迎えにいくぞ」
蹲ったまま動かない彼はきっとそのまま夜明けまで目覚めない。……侵食された青を赤が消しさるまで彼は眠る。
幼い腕でも彼を連れ帰ることも、起きた時に傍らにあることもできるから。
……せめて出来ることだけはさせて欲しいと願うように彼の元に向かう。
――――――――もう月は青ざめはしなかった……………………
キリリク12500HIT、赤と青の秘石の話ですv
……滅茶苦茶パプワですね(遠い目)
赤の源はパプワに。青の源はシンタローに。
そのイメージのままに書き進めていたら……なんか狙われているシンタローになっていしまいました。
………不思議だ(遠い目)
やはり秘石関係は書いていて楽しいですねv
パプワはコンテンツ作ってないからキリ番でしか書く機会ないですが。案外書けるものですね。無理と思っていたのに…………
この小説はキリリクを下さったれいこ様に捧げますv
なんか秘石以上にパプワ&シンタロー目立ってすいません。
………ジャンとアスはあまり好きくなくて書けないんです(遠い目)