憎しみ、なんて言葉で括れる感情じゃなかった。
その存在自体が許せない。
別に兄弟に対して独占欲なんてなかった。
………自分と同じ日に生まれたたった一人の弟。
ただそれに近付く影が、気に入らない色をしていたのだ。
自分の内に巣食う鋭い嫌悪感がそれに触れた。幼い頃に刻まれた敵を嗅ぎ分ける能力。
…………………危険を、見極めラベルづけをする………
予想は事実に。予測は結果に。
全ては自分の思うまま正確な形を晒した。
……泣いて縋った先に佇むのは相も変わらず綺麗な顔。それでも戸惑いと混乱をその瞳の奥に隠していた。
それさえ切り捨てて忘れたかった。
死んだあの男の影。弟の瞳を抉る原因。
それなのに、それは再び蘇る。
…………………甥という姿を借りて、漆黒の髪が翻った…………
記憶抹消
遠慮がちなノックが響き、少年は読んでいたマンガもそのままに軽い調子で声を返す。
「開いてるぜ?」
幼い響きが未だ抜けないその声に畏縮したままの気配が少しだけやわらぎゆっくりとドアが開けられた。その先に佇むのは事務員の制服を着た隊員。自分の部屋まで来るのは珍しいと眺めていれば少しだけ俯いた姿勢のまま畏まって小さな声が部屋に忍び込む。
「…………シンタロー様、マジック総帥はこちらへは……」
「いねぇよ。邪魔だから追い出した。下の訓練場にあとで行くっていってやったから待ってんじゃねぇの?」 皆まで言わせずに遮りいった言葉に隊員の溜め息がこぼれる。それを眺めて気侭な父が苦労をかけていることが伺えた。
軽く息を吐き出し、マンガを机の上に置いた少年は素っ気無い声音のまま隊員に尋ねた。
「あんだよ、客か?」
「いえ……先ほど「弟」という通信のみで切れたので………」
客ではなく一族の方ではないかと……と続いた言葉にぱっと少年の顔が輝いた。
勢いよく立ち上がった少年は新米らしく顔の判別がいまだ出来ない隊員の方に歩きながら尋ねた。
「叔父さんか!どこに通したんだ?」
「あ…あの、勝手に奥に進まれたので総帥室の方かと…………」
戸惑った声には目もくれず少年はサンキューと声をかけるとそのまま駆け出した。
………随分と、久し振りだった。
次に会えるのは高校の卒業式かもしれないといっていたけれど暇を見繕ってくれたのだろうか………?
どこか自分と同じ匂いのする叔父が、少年は一族の中で弟の次に好きだった。……好きというよりは、憧れていた。そしてなによりも……安心出来る避難場所、だったのだ。
幼さを幼さのままに残した身に、この組織は大き過ぎた。……重過ぎた。何も携えない身ではあまりにも…………
だから綻ぶ頬なんて本当に久し振りで。赴くことが嫌いな総帥室までの道のりが遠く感じる。
機械で制御されたドアに指紋を照合させ、網膜のスキャニングで本人であることを確定される僅かな時間さえ惜しい。
開いたドアの先に翻る金の髪。自分以外の一族は携えているその色は決して好んではないけれど…それでもこの叔父のものなら厭いはしない流れ。
「叔父さん!」
喜色に濡れた声音に振り返ったその人物に……少年の顔が凍り付く。
流れる髪の質が違う。………それに包まれた頬のなめらかさが違う。静寂を讃えた片目しかないその瞳とは明らかに異質な輝きの瞳。
自分を写す時に自分を見ない、瞳……………
顰めた顔を隠しもせずにそっぽを向いた少年は溜め息を吐きながらぼやくように言葉を続けた。
「……んだ、あんたか」
会いたかった人物とは似ても似つかない姿にがっかりしたように少年は囁く。
用はないとでも言いたげなその声音に年齢以上に幼い面のあるその人がどういう反応を返すか知ってはいたけれど。
「テメェ……俺も叔父だろうが」
ヒクリと大人気なく顔を引き攣らせて無礼な甥の態度をたしなめる男に視線も向けずに少年は定位置になっている自分用のソファーに腰をかけた。全速力で走ってきたとはいえこの程度の距離で疲れはしないけれど…どちらかというと精神的に一気に疲れてしまった。
可愛げのないその様子に聞こえるようにわざと大きく舌打ちをし、男は眼下を覗ける巨大な窓から離れて少年と同じくソファーに座った。
………いつまでたっても見慣れない、異質な黒髪。一族にはある筈のない色を愛でる兄弟の気がしれなかった。
どこまでも胃の奥がただれるように気味の悪い色。落ち込んだその漆黒の瞳は大きいけれど感情が読めなくて気味が悪い。
………その全てが、吐き気がするほど厭わしい。
それでも何故…こうしてわざわざ視界に入れるかのように移動してしまうのかよく解らないけれど……………
不粋なまでにじろじろと観察してくる男の視線にどこか冷めた少年の瞳が向けられる。……ずっと逸らされたままだったその漆黒が青を捕らえるように強く瞬く。
まるで男の持つ片目さえも押さえ込むような輝きに不快げに眉を寄せれば嘲るように幼い溜め息が零れた。 「あんた…なにが楽しいんだ?」
「………楽しかねぇよ。お前ぇみたいな出来損ない見たって…………」
挑発に乗ってしまった気もするけれど零れたその音に偽りはない。だから吐き出したことを後悔する気もないけれど。
…………浮かんだその色に、胃が収縮する。
傷を傷と認識することを諦めた大人の視線。傷つくことをやめた無為の……………
ゾッと……肌がざわめく。それが罪悪感というものなのか解るはずもないけれど。
幼い顔を自分に見せることのない可愛げのない甥だった。
双児の弟にしか懐かない、漆黒の髪。……………弟が愛しんでいる、その色彩。
小さく吐いた息の先、再び逸らされた少年の視線。
ほっと詰めていた吐息が活動を始める。まるでそれを許すためのような仕草に苛立たしげに男の眉が寄った。
それを感じながら静かな声を少年は落とす。
………男にむけてか、それともまるで違う誰かに向けてかは解らなかったけれど……………
「………俺はあんたらみたいにはならない」
まるで呪いから解き放たれる鳥のように静かなその音に飲み込まれるように男に瞳が一瞬見開く。
次いでその言葉が不服だとでもいうように男の唇の端が歪んだ笑みを刻んだ。
「ならないんじゃなく、なれねぇんだろ?」
からかうような軽さで……けれど確信を吐く言葉に少年の瞳は揺れると思った。
………こんな年端もいかない甥をいじめて、自分の精神安定に努めるなんて我ながら馬鹿げているとは思うけれど………………………
けれどそんな愚かな考えは打破される。……打ち砕かれるためにある拙さに、身が凍る。
逸らされた筈のなんの力も秘めていない視線。この世でもっとも嫌う男にそっくりな、顔。
けれどそれは初めて見たかのような表情を讃えて男を写す。
「あんたは俺を見ない。……親父も、見てくれるけどフィルター越しだ」
囁いたその声に秘められた悲哀。
…………わかるはずもないと驕っていた。
空恐ろしいまでに澄んだ穢れない視線が青を射抜く。視線に搦めとられて息も出来ない。至純が……優しく喉を塞ぐ感覚に冷や汗が滲む。
そんな男には気づかない少年が、何故そんな力を携えているかなんてわかるはずもない。実力からいったなら自分の足元にも及ばないのに……………
「俺は青い目も…そんな冷たいだけの力もいらない。俺は俺の力を持つさ」
信じてくれる人がいる。たったひとり……自分を見てくれる叔父がいるから。
だから……いらない。
その人だって捨てた……醜い凍った破壊力など…………
いまだあどけない少年の声が囁くにはあまりに壮大な音に、男の渇きゆく喉がゆっくりと揺れた。それを厭うように絞り出した声は意地で余裕に満たせたけれど……………
…………切なさは、消えることを知らなかった。
「サービスだって…お前を見ちゃいねぇだろ?」
見ているのはかつての親友。その容貌の中に溶けた面差しを懐かしんでいるだけだと嘲れば立ち上がった少年は射竦めるように真直ぐにその瞳を落とした。
……揺れた、瞳。
零れた雨の雫は美しい軌道を描いてゆっくりと床に溶けた。
蟠ると思っていた唇は緩やかに開かれる。……枯れたと思った声音は弛まずに響く。
「知っているさ。……でも、あの人は俺を見ようと努力してくれる」
それだけでいまは十分だと囁くにはまだあまりにも幼い肢体が悔しげに唇を噛んだ。
誰も自分を見てはくれない。……たったひとり見てくれる筈だった弟は奪われた。
この世に独りぼっち。……それを少年は自覚している。
独白に息が詰まる。ゆっくりと消えていった自分よりもずっと小さな背中を見送ることも出来ない。
微かな音が響き、ドアが閉められる。
その音の響きが止み静寂が舞い戻ってきてやっと……男は息を吐き出した。
深く深く堕ちた吐息に触れる気配はなにもない。
たった一人は自分も同じ。
………けれど、少年ほどまっすぐに立ち向かう勇気はない。
大嫌いな漆黒が閉じた瞼の裏を泳ぐ。
惹かれたくはない、その強さ。
…………………喉の奥、飲み込んだ涙が息苦しそうに嚥下されていった………
キリリク40404HIT、ハーレムの話でした♪
さり気なく初書きだね、獅子舞様v
シンタローとジャンが同じ顔だから、きっとハーレムは嫌っていたと思うんですよねーシンタローの顔を。
でもシンタロー自身は嫌いじゃないと思う。自分とは違う強さを持っている子だったから。
でもそれをちゃんと表現出来るほど大人じゃないです(笑)
不器用さんだから大事にすることは出来ない〜v なんだか情けない獅子舞様ですね………
つうかシンタローがいつもよりもかっこいい気がしてならない………(オイ)
いや、基本的にうちのシンタローは一族には強気ですから! つうか反抗的?
この小説はキリリクをくださった拝地まさき様に捧げます。
ハーレム……PAPUWAよりパプワの方が私も好きです………