空から降り注ぐ幾億の星。
……この腕に掴むことなんかできる筈のないそれらが、優しく身を包み込む。
あたたかい……優しい。

心地よさに眇めた瞳。
……傍らには温もり。
穏やか過ぎて、涙が溢れる。

星に抱かれぬくもりに溶かされ……微睡んでこの島に…………………

叶う筈のない願いがもたげる。

…………不安を苦笑に変えてのぼらせたなら、幼い指先が優しく髪を引いてきたけれど……………

 

守らせて。……なにも携えていないこの身だけれど。
この島を……この島に住む子供達を、愛しいと思っているから…………………





星屑の砂浜



 昼間の暑さが嘘のように涼やかな風が頬を撫でる。
 南国といっても少し気候は違うのか、夜は熱帯夜というほど過ごしづらくはない。そのことに感謝しながら小さく息を吐き出す。
 それに気づいたらしい前を歩く子供は、自分が乗っている犬の背の上から振り返ってきた。
 声をかけるわけでもなく見上げたまま固定された視線に気づき、青年はたいした意味もない溜め息に反応されてしまったと苦笑を零す。
 「なんもねぇよ。それよりパプワ、どこにいく気だ?」
 軽く流した言葉に他意はない。事実どうでもいいことだったということは感じ取って貰えたのか、子供は再び前を向くと丸みのとれない短い指先をまっすぐ前に聳える丘に向けた。
 ……丘…というよりも小山ほどになるのだろうか。なだらかな斜面だが芝生に覆われていてこの密林の多い島には珍しい。
  そこに青年の視線が向かったことを確認すると子供は改めて口を開いた。
 「あそこが、一番よく見える」
 「………見える?」
 どこか楽しそうな響きをのせた声に訝しそうに青年が言葉を返す。……いつもならば夜更かしなどせずに大人顔負けの態度で規則正しい生活を口にする子供が夜遊びなど珍しい。
幾度どこにいくのだと声をかけても答えははぐらかされ、まして帰ろうとしたなら犬の鋭い牙の脅しが加わる。
 甘え方が少し歪んでいるといつも思うけれど、子供の我が侭をきくのは嫌いではない。でもできればちゃんと理由くらいは知りたいのだ。いつものように自分の人智の及ばないこの島特有の法則に従うのであっても……………
 青年の声に込められていた疑問の響きにやはり子供は答えない。
  ただ……どこか楽しそうだとその背を見ていて思える自分が不思議だった。
 出会って……まだ一年も経っていないだろうか。
 幼い子供に関わることは嫌いではなかった。……幼い弟がいたから。たったひとり自分と同じ血を携えた……………
 それを奪われて、哀しみに暮れた身にこの子供の小さな腕はあたたかくて、心地いい。
 口にするほど…この島にいることを厭ってはいない。それは敏感な子供にもとっくにばれていて、文句をいったところできく耳ももたれない。
 いつの間にか慣れてしまった仕草。……その気配。
 あまり感情を表に出さない子供の心の有り様に気づけるようになったのは……殺し屋として培った技術ではないと知っている。
 小さな指先の示した丘の先、広がるのは満天の星空。
 空を仰ぐことも忘れた時間を、覚えている。虚無の中生きる意味も忘れて反抗の言葉だけを身に刻んだ馬鹿馬鹿しい時の流れ。
 忘れてしまいたい。………覚えていたい。この島に来るためには必要不可欠だった無駄な時間。
 駆け出した足は逃げたかった。この組織からではなく、自分を喰らおうとする闇深き触手から。
 わけもわからない焦燥が身を焦がす。自分が自分でなくなるのではないかと震えた日々。
 …………それを溶かしたかった。失った弟とまた一緒にいられればきっとなくなると思っていた。
 けれどその願いは、見たこともない小さな島の、聞いたこともない奇妙な生き物たちが叶えてくれた。
 ずっと、願っていた。
 この腕が本当に生きるための世界。………奪うことも壊すことも考えないでいい、自分の心のままに駆けることのできる…………………
 与えてくれたのは思っていた通り小さな腕。ただそれは自分が描いていたよりもずっと我が侭で尊大で……ひどく寂しがりだった。
 自分がそれを癒せるなんて思えないけれど……傍にいろと無表情の中に溶かした願いを如実に語るから。
 その腕を、拒めない。無理矢理にでも出ていこうなんてもう……考えることも………………
 結局は自分も同じ。………この子供の傍にいたい。
 優しさで作り上げられた不思議な島。どんな願いも叶えてくれる、まるでお伽話のように………。
 「シンタロー?」
 不意に風が強く頬を嬲った。それにようやく意識を浮かべた青年は子供がこちらを窺っていることに気づかなかったらしい自分に気づく。
 困ったような笑みを浮かべ、少しだけあいた距離を縮めるように大股で歩み寄り、真横まできたならぽんと自分の腰元までもない頭に手を置いて優しく撫でる。
 「悪い、ちょっと考え事だ。……なんだ?」
 歩みを緩やかにしてくれた犬に合わせ、ゆったりと歩きながら青年が尋ねる。
 子供の髪を撫でた掌の間から覗ける不粋なまでに真直ぐな視線。……なにもかもを透き通らせるような純乎なそれに浮かべた苦笑が静かに溶ける。
 不安さえ、欠片も見せない子供。我が侭な癖に…本当に言いたい我が侭をいうタイミングを見つけられなくていつも戸惑ったように見上げてくる。
 それを促すように微笑まれ、子供はゆっくりと俯き、自分を乗せたままの犬の茶色い毛並みを優しく撫でて声をかけた。
 「チャッピー、ここら辺でいいぞ」
 子供の声にシッポを振って答えた犬が静かに止まりしゃがみ込む。それにあわせて地面に降り立った子供といままでより更に身長差ができ、青年もまた犬の傍に座り込んだ。
 その青年の腕は勿論子供から離れて………………
 地面に触れるより早く、小さなぬくもりに掴まれた。
 「………パプワ?」
 ここが目的地ではなかったのだろうかと不思議そうな目を青年が向ける。
 ……確かになにもない場所なので、むしろここに来たかったのだといわれた方が不思議なのだけれど…………
 場所を変えるのかと思い、立ち上がろうとした青年の仕草に気づいた子供はその膝の上に遠慮なく足を乗せて視線を同じほどにした。
 たいして珍しくもない子供の無遠慮なその態度に苦笑を落とし、ほとんど差のなくなった目線を覗きながら青年はもう一度その名を囁いた。
 「パプワ………?」
 ゆったりと囁かれる自分の名前。……この島に生きていれば誰も彼もが呼んでくれる、大切な自分の。
 けれどずっと知らなかった。
 ………この青年のように深く響く音など。
 同じ手足を持っていて………同じ肌を持って。……たったそれだけで愛しいと思うわけがないと、自分は知っている。
 それでも初めて流れ着いた同種を見つけた時の感動はいまもこの胸を占めている。
 願い続けた。…………たった1つの願い。
 それは今日のような夜空を見上げて……………
 間近な青年の真摯な瞳を覗き、子供は甘えるように額をあわせた。毛皮ではないぬくもりは、けれどもうこの身には哀しいほど慣れ親しんでしまった。
 手放せない、くらいに……………
 それを噛み締めるように幼い音が響く。
 「そろそろ…始まる。空を見ていろ」
 覗いていた視線がゆっくりと子供から離れて微かに星空を見上げた。………同時に、見開かれる。
 タイミングよく流れたのだろうかと子供もまた青年の額から顔を離し、静かに空を見上げた。
 満天の星空。降り注ぐほどの灯火は思った通りに美しい軌道を描いて流れてゆく。
 惚けたように空を見上げた青年に満足し、子供は青年の膝に腰をおろすとその腕を自分に引き寄せて同じ空を見上げた。
 優しい静寂を溶かしたのは、幼ささえ覗かせる青年の小さくはしゃぐような声。
 「すげぇな………。こんなたくさんのはっきりした流星群なんて始めてみたぜ」
 「パプワ島の恒例行事だ。……これに願いごとをすると叶うぞ」
 誇らしげな子供の声にぴくりと青年の腕が動く。……それが、少しだけ切なくなる。
 青年の願いがなんであるか、よく知っているから………………
 「お前は叶ったのか?」
 どこか話題を逸らすような囁きに、一瞬の逡巡が返る。……子供にしては珍しい間にきょとんとして青年がその顔を覗けばまっすぐに見つめてくる至純が嬉しげに綻ぶ。
 青年の頬に短い子供の指先が触れ、その体温を確かめるように優しく包み込む。
 「叶ったぞ。お前が、きたから」
 人の友達が欲しい。ずっとずっと願っていたなら、不意に訪れた波打ち際の奇蹟。
 だからこの星空に願ったならきっと叶う。……青年の願いが叶ったなら子供は哀しみを覚えるだろうけれど…それでも青年の喜ぶ顔はなによりも尊いから。
 自分からは手放せない。……それでも願いは叶って欲しい。
 おおいなる矛盾をどうすることも出来ない拙さで、子供は誠実に友達を思う。
 「…あ…………」
 余計に囁けなくなってしまった心の奥底の願い。躊躇うような青年の瞳の奥の揺らめきに子供は静かに笑んだ。
 なにを願うか、知っている。だけど自分にも願いはあるから…………
 「だから、もう違う願いにすることにした。今度はパプワ島のみんなとずっと一緒、だ」
 幼さの入り交じった願いに笑みも落とせない。
 ………生真面目な面のある青年の不器用さに我が侭な子供は笑う。
 長い漆黒の髪を引き寄せ、憂いを秘めた瞳を覗き込んでも逸らさない癖に。
 それでもいつかこの島をあとにするだろう、優しい友達。
 だからせめてその瞬間まで。
 祈りを込めて……星に願う。
 「……お前だって、パプワ島の一人だろ?」
 だからずっと一緒。………青年の願いの叶うその日までは。
 なにもかも承知の上で囁く子供に青年は小さく息を飲む。………どうすることも出来ない運命の流れを、知っているから。
 それでもと……願ってしまう。
 愚かしさを大人という枠組みで考えたくはない。幼さに託つけた我が侭でなんかないから。
 小さな小さな身体。自分の半分にも満たない腕。
 それでも誰よりも人を癒す意味を知っている、優しいパプワ島の王様。
 幾分体温の高い子供の指先に包まれ、優しくその髪を引かれ……泣きたい気分で青年は幼い子供を抱き締めた。

 満たされる。この心の内に潜む空虚が。

 それを手放し難くて…さりとて確約などできる立場でもなくて。
 流れる涙を子供の肩に溶かし、青年は小さな声で囁きかける。
 「……サンキュー…パプワ…………」
 約束を、残すことなんか出来ない。その残酷さを知っているから。
 それでもきっと、必ず自分はこの島に足を向けるだろう。
 ………いつだって、この子供を思う。
 それだけは確かだと示すぬくもりに子供は満足そうに微笑む。

 

 足元にすりよった犬の頭を撫で、いつまでも3人、一緒であったならと微笑む青年に上空を舞う1つの星が優しく微笑みかけた………………








キリリク40500HIT、シンタロー、パプワ、チャッピーのほのぼの甘々でしたv
……本当にパプワたちには甘いなシンタロー……………………

流星群。なんかいっつも書こうとして書ききれなかった気がします。
書いたっけかな???←何回もストーリー考えていたからすでに覚えていない。
なんか甘いというよりどこか寂しい感じが残っていますが……でもきっと甘いです(どっちだ)
お気に入りの3人の話が久し振りにかけて幸せでした〜v
書くならやっぱこの3人が一番しっくりきますv
シンタロー誕生日のときに彼ら書けなかった分の鬱憤が伺える長さですね(笑)

この小説はキリリクをくださった勇樹さんに捧げます。
……癒せるかどうかかなり疑問ですがもらってやって下さい……!