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その背中をずっと見ていた。
息苦しそうに空を求めている大きな背中。
大勢の人に囲まれて期待されて。
それに答えるに足る天賦を備えていながらなお孤独を抱えていた人。
…………自分と同じだけしか生きていない癖に深過ぎる視線を携えた人。
何も知らなかった自分達。
それでも自分は思っていた。
………自分こそが彼を知っていると。
切なく空気を求めている、生きる場所を探していた少年の背中。
自分を知ってくれた彼だから、自分が誰よりも理解したかった。
見つめた年月の無意味さ。
血の繋がりになど左右されない絆。
なにも気負いはしないまっさらな笑み。
………どれもが自分が欲しかったもの。
けれどそれは自分が見つけたのでも、得たのでもなかった。
……………………喉が焼ける感覚に顰められた眉。
血の奥に潜むもの
いつもと変わりない青空。
この島に来ると心が弾む。なんでかなんて知らないけれど、ただ嬉しい気持ちが溢れてくる。
歩いていた筈の足はいつの間にか軽く駆け始める。手に持っていた袋が邪魔に思えるくらい駆け出すまで時間はかからなかった。
それでもしっかり抱えられた袋の中を思いこぼれる笑みはまるで買い物を成功させた幼児のようだった。
手に入れたものを差し出した瞬間に与えられる笑みを心から願っている。望んでいる。
…………ずっとずっと願っていたことを自覚させられた。
少し悔しい思いに気づかない振りをして、見えてきたその家の影に弾んだ息のした笑みを讃えた。
鍵もついていないドアを思いっきり力一杯開け放ち、少しだけ幼さを残したままの声でその名を呼んだ。昔と変わらないままの感情とともに。
「シンちゃーん! ………って…あれ………?」
帰ってくると思っていたどこか仏頂面の従兄弟の顔がない。一部屋しかないこの家の中、見逃す筈のない人影を不審げに思いながら中央の机に座っている子供に視線を落とす。頭のいい犬とともに机に並べられたおやつを食べている子供はきちんと口元を拭ってから立ち上がってビシッと青年に指を突き付けた。
「なんだまたキテレツなロボット自慢に来たのか!」
「失礼なことを挨拶もしないで言わないでくれる………。ねえ、それよりシンちゃんはどこ?」
一瞬泣き出して立ち去りたい衝動に駆られたけれど思い直してグンマがパプワに訪ねる。きょとんと首を傾げた青年を見上げながらパプワは小さく息を吐く。普段見る青年よりもずっと華奢なその姿を眺めながら子供は青年が聞きたい情報を提供した。
「シンタローなら夕飯の材料を集めに行ったぞ。さっき出たばかりだからまだ帰ってこないな」
あっさりといわれた言葉に失望が色濃く顔にのぼる。………一緒に暮している青年とは大分違う反応にじっと子供の視線が注がれた。
抱えていた袋を抱き締めていた力が強まったのか、僅かに髪の擦れる音が響き、消沈した声が小さくパプワに告げられるというよりは取りこぼしたように紡がれた。
「そっかぁ…………」
なんでいっつもすれ違うのかなとぼやくような声が寂しく響く。耳に触れたその感情にどこか自分と同じものを感じて、不思議そうにパプワがグンマを見上げた。
……真直ぐで、深い視線。一瞬飲み込まれそうな錯覚にクラリと目眩が襲う。それをやり過ごしながらも少しだけ及び腰になった青年は、上体だけを後ろに逃がしながら声をかけた。
「………なに?」
怯えなければいけない理由なんて何一つとしてない。それでも、苦手だった。
乱暴だとか、意地悪をするとか………そんな幼い理由ではない拒否。心の底が寒くなる感覚を思い出させるから、どうしたって逃げ出したくなる。
まるで自分を守るもののように抱えた袋に縋りながら囁かれた音にパプワは真直ぐな声を落とす。
不思議に思ったそれを隠すことなく晒す純正さで。
「シンタローがいないと寂しいのか?」
泣きそうな顔をした。ほんの一瞬だったけれど。
それはいまここで帰りを待っていた自分の心にも忍び寄ってきた感覚。いつものコトで、当たり前の行動をそれでもどこかで嫌だと思っていた自分が判らない。
グンマは、けれど知っているような諦めを持って囁いた。だから知りたかった。なんでそんな風に感じるのかを……………
無表情な子供の顔にどこか苦虫を潰したような顔をしてグンマは視線を逸らした。正直、腹の立つ質問だったから。
ずっと……彼のそばにいたのは自分だった。
そばにいてくれたのは彼だったから。大好きで憧れて………同じ場所には立てないから、せめて別のところ で役に立ちたくて、必死で勉強だってしたのだ。
…………それなのに腕を伸ばした先には笑ってはくれない青年だけが残された。
大切な弟と別離を強制されて傷ついていることを知っていた。
尊敬していた父親との溝に絶望していたことだって知っていた。
………自分でさえ持っている秘石眼のない劣等感と戦っていることだって……………
それなのに支えることさえ出来なかった。笑いかければ戻ってくると信じていた笑顔は凍っていた。
息苦しそうに辺りを見回している仕草。酸素を欲している。知っていたのに……自分は彼にそれを与えられなかった。
ずっと、そばにいたのだ。
それなのに力にもなれない。ずっと守られていた。愛されて、甘やかされて。べったりと縋っていた愚かな自分を思い知らされた。
そんな自分に彼が弱音など吐いてくれるわけがない。
判りたくもなかった事実。決定的なまでの自分と彼との距離。
…………笑って欲しかった。必要として欲しかった。たったそれだけだったのに。
何も自分に告げることなく、彼は解き放たれた。裏切りとともに。
もしもたった一言だって自分に相談してくれたら、なにか出来たかもしれないのに。本部のコンピュータにウイルスを混入させて捜査隊を混乱させるくらい………彼のためならした。そのあとに与えられるだろう怒りも罰も………償いも。何もかもが誇りになることを知っている。
何も言わなかった。前日に会った時さえいつもと変わらない力ない笑みを小さく与えて去ってしまった背中。
寂しくて悲しくて泣いた。
自分を認めてと縋りたかった。………本当に心安らかに生きて欲しかった。自分がそれを与えられると、信じたかった。自分以外ではダメなのだと………………
あっさりと崩された自信と尊厳。
血の繋がりごときでは左右されないなにかを見せつけられた。同じ流れを汲む筈なのに、それでも同一にはなれない魂を突き付けられた。
どれほど願っても手には入らない。…………初めにそれを開花させたのが自分でないことを知っているから、欲しがっていたものさえなくなってしまった。
与えられたのも与えたのも、この子供。
なにも知らないくせに……ずっと苦しんできた彼を何一つ知らないくせに。それなのに当たり前に欲しがっていたなにかを彼に捧げた。
なんで?
………ずっと囁き続けてきた疑問。刺客を送られても一緒に帰ってこようとしない。知っている癖に。………決して父が自分を傷つけはしないことを。破壊されるのは心砕いたその対象であることを。
ただ行なうであろう島の破壊を防ぐためだけに居座り続けたのか。
「……………君がそれを聞くの?」
誰よりも彼に愛されている癖に。
……………彼の魂を解放した癖に。
そばにいることさえ出来なくなった自分の苦しさを教えろと、それでも言うのか。
どれほど残酷な問いかも知らない無邪気な幼さに喉が干上がる。欲しかった全てを奪っておいて、なお惨じめになれと囁く子供を睨むことさえ無意識だった。
注がれた殺意にも似た意識を受け止めながら、どこか間違えた問い掛けだったことに気づいた子供は少しだけ息を飲み込んでゆっくりと吐き出した。
知りたいのはきっとこの青年が考えていることとは違うこと。
ずっと一人でいたこの家が、急に広く思えた不思議が知りたかった。
そばにいない気配が寂しいと感じる理由が知りたかった。
その声が聞こえないことが不安なわけを……………
「僕はずっと独りだった。……シンタローが来るまでは」
どう問いかければいいのかが判らないパプワの声は、けれど震えることなく朗々と響く。
わかっていることが、それでもある。はっきりと示すことのできること。
それを糧に囁く声は崩れはしないことを知っている。
「シンタローがいなくなっても、ただ元に戻るだけだ。でも……いまあいつがいないことが寂しい。チャッピーも島のみんなも一緒なのに」
真直ぐな言葉。………自分では囁くことが怖かった、別離を想定した音。
自分の感情に素直なやわらかな音色が、ささくれだった意識を優しく撫でる感覚に息を飲む。
…………これが、きっと欲しかったなにか。
否定でも肯定でもなんでもなくて、ただ当たり前に向けられる意識と返すことのできる感情。プラスもマイナスも関係なくぶつかり合える意識だけが、欲しかったものを手に入れられた。
いつかはきっとここから立ち去る彼を怖がっている。
いつかは自分達の元に帰らざるをえないことを、喜んでいる。
思いは同じでも立場は正反対だ。灯る感情も願いもきっと逆にしかならない。
なにが正しいかなんて知らない。そんなものに左右されないから、感情は厄介でなによりも愛しいのだから。
噛み締めた唇が少し痛い。伏し目がちな瞳から零れることを厭った涙が、それでも感情の吐露とともに流れ落ちる。…………小さな落下音とともに、グンマの抱えていた袋が床に転がった。
「それでもキミは、シンちゃんを変えたじゃないか。……僕が…そうしたかったのに……………」
悔しいと、囁く声。
「お前はシンタローと昔も、帰ったあとのこれからもずっと一緒なんだろ」
羨ましいと、響く音。
どちらがより重いかなんて決められるわけもない。
幼い指先が取りこぼされた袋を抱えて、それを抱き締める。
自分にはシンタローの好む本なんてわからない。………それが欲しいと我が侭を言われることもない。ただ我が侭を言って叶えてもらえる資格を与えられているだけ。
欲しいものが全て与えられるわけがない。それくらいは知っている幼い魂たちは、それでも愛しいものの願いを叶える力が自分にこそ欲しいと願う。
至純を讃えた瞳に互いを映し、不器用に小さく笑む。
…………願うものを知っていることが幸せであることもまた、自覚しているから………………
優しさの形も、愛しさの意味も判りはしない。
それでも与えられたと心が震えたなら。
………笑顔をどうか捧げさせて。
そうしてあなたにも笑顔が灯りますように…………………
キリリク60500HIT、シンタロー・グンマ・パプワ出演のパプワ話でした!
つーか、シンタローのコト話している二人って感じになりましたよ。シンタロー出演してないし。
青の一族で子供はグンマとシンタローの二人しかいないので子供時代はそれなりに仲よかったと思うんですよね。
なんと言うか…シンタローはあの通り子守り(笑)好きな人だし。どこか幼いグンマの面倒も引き受けていたんじゃないかなーと。
で、グンマは逆に自分にはない面ばっかりのシンタローに憧れていたり。
ちょっとずつの擦れ違いが大きくなり過ぎて近付けなくなって、それでもパプワ島に来たことでそれが埋まっていったとしたら、幸せだろうなー。
パプワは複雑でしょうけどね。まったく知らない昔のシンタローのこと知っている相手だし(笑)
………自分と一緒にいられなくなったあと、確実にそばにいる相手でもあるしね。
この小説はキリリクを下さった華鈴さんに捧げます。
シンタロー出てなくてごめんなさい。でも一番存在感ある気がします。