空には穴が開いたようなお月様。
 濃紺色の夜空が星に彩られていて見るものの気持ちを和ませ、魅了する。
 「ふう………本当に月見にはいい季節だな」
 それを眺めながらシンタローは声に出して周りに聞こえるように言ってみた。………無駄だろうと自分自身でも思いながら。
 なんの反応も返ってこない背後に溜め息の1つや2つ吐きたい。吐きたいが………それもまた無駄な事。
 ジト目で振り返ってみればそこに広がる光景は想像通り。………いや、それ以上なのだろうか。もうすでに想像力の限界を越えてきている。
 死屍累々というに相応しい潰れた友人たちと、うわばみかと疑わせる勢いで酒を飲みこんでいっている叔父。それに掴まったまま涙目で絡まれている従兄弟とどうしていればわからなくて固まったままの従兄弟。
 なんでこんな事になったのやら。考えるのも馬鹿馬鹿しい。別にたいしたことでもなかったのだ。たまたま久し振りにあった従兄弟同士、酒でも飲み交わしつつ月見と洒落こむ筈だった。
 そこにさも当たり前のようにやってきた叔父が原因でどこまでも広がっていった輪に辟易としてももう遅い。すでにこの後片付けは確実に自分の役目だ。総帥だろうがなんだろうがそういった役回りは変わらないらしい。もうこれは性分というべきなのか……………
 どんよりと仕掛けた思考を吹き飛ばすように、背中からなにかがのしかかってくる。
 ……………顔の間近から酒臭い息が感じられる。いま現在動けるものでこんなにも酒気を孕んでいるものなど一人しか思い付かない。ましてそれが自分に気配を伺わせる事なく近付けるのならなおさらだ。
 「あ〜ん?テメェ……全然飲んでねぇじゃねぇか!!」
 「…………ついさっきまであんたの我が侭なつまみの準備で忙しかったんだよっ!」
 誰が原因だと噛み付いてみれば馬鹿にしたように鼻で笑われる。………ピキッとシンタローの顳かみから音がたった。
 「テメ…………っうわ!?」
 叫ぶはずだった声は見事な衝撃に掻き消され、唐突に重くなった背中を慌てて振り返ってみる。
 ………まるで船幽霊のようにぶらりと腕の力だけで自分にしがみついている物体を視界に入れた瞬間、無意識に足蹴にしてしまった自分に罪はないと思う。
 プチッと軽快な音を立てて床に潰れた相手を見ないようにして改めてシンタローはハーレムに向き直った。  「大体なーッ!」
 「シーンーターローは〜〜ん〜〜〜〜」
 「ええいっ! 話が出来ないから化けて出ないでさっさと成仏していろ!」
 「ひどぅおますっ! わて死んどりまへんのに〜。……ええ、死にまへんで…シンタローはんにしっかり憑き続けますで………」
 「離れろ気色の悪いっ! おい、お前らもこいつなんとかしろっ!」
 どうやら復活し始めたらしい潰れ済みの友人たちに声をかけてみると焦点があっているのかいないのか怪しいアラシヤマに向かって、風を切るいい音が突き刺さった。
 それは勿論文字どおり突き刺さる物体の飛来だったけれど……………
 「シンタロー、これで大丈夫っちゃv ゾンビはちゃんと供養したっちゃ♪」
 ほんわか顔を赤らめて、明らかに酔っている雰囲気のトットリの歌うような明るい声が響く。………手にはまだアラシヤマに投げ付けた手裏剣が数個残っていた。
 まさかと思いつつも顔を僅かに青ざめさせたシンタローがずるずると落ちたアラシヤマを覗き込む。
 ………………………見事な痙攣と青ざめた顔に言葉をなくしたのは当然だが。
 硬直したシンタローの背中を見やりながら、トットリのストッパーが改めて間に入った。
 確認を求めるシンタローの視線に応じてかけられた声はどこか呆れたように響いた。
 「って…おいトットリ……これ確か毒薬塗ってなかっただか?」
 「塗ってるに決まってるっちゃv」
 「コージッ! 急いで解毒剤とってこいッッッッ!!!!」
 ハッキリとした事実に慌てたように叫んだシンタローに、一番ドアの近くにいたコージがぼんやりと欠伸をしながら笑う。
 「大丈夫じゃて。アラシヤマならシンタローが口移しで水飲ませるだけで毒なんぞ…………」
 「眼魔砲!」
 皆まで言わせずに問答無用で必殺技を披露したシンタローは引き攣らせかけた笑顔のまま慇懃無礼にコージに改めて声をかける。
 「言う事はちゃんとききましょうね〜?」
 「は………は〜いv」
 思わず条件反射で3人声を揃えて答えつつ、コージは大慌てで医務室に駆け込まなくてはいけなくなった。  「ったく、これだから酒飲みは………」
 「お前すっかり主婦だな。どっちかっていうと保母か?」
 「ほっといてちょうだいっ!」
 しみじみと観察しながら言われたハーレムの感想に泣きの入ったシンタローの叫びも虚しい。
 「大体なー……兄貴の世話しなきゃいけねぇわけでもなかったくせに、なんでそこまで家事にのめり込むかね?」
 「のめりこんでねぇよっ!」
 「ほらこれ見ろよ、お前が初めて料理した日の…………」
 「ちょっと待てーーーーーッッッッッッ!!!!?????」
 唐突に進められていくビデオデッキの音に嫌な予感を覚えてシンタローが叫ぶ。無駄なあがきと知ってはいたけれど。…………なんでそんなものを持っているのか。というかそれ以前に何故唐突にビデオ上映を始めたがるんだこの兄弟。
 色々な疑問とも諦めともつかない考えが脳裏に浮かんではきえたが、そんなものを思い煩わせてくれる時間など少ないに決まっている。
 案の定大画面いっぱいに幼い頃のシンタローがダボダボのエプロンなどをして必死で卵焼きを作ろうと悪戦苦闘している姿が写された。
 …………一体どこでこれを手に入れたのか。考えたくもない入手経路は、これまた考えたくもないがあまりにはっきりしていた。
 「わー、シンちゃんだーv これ確か僕が風邪で寝込んだ時にダシ焼き卵作ってくれたヤツだね!」
 「お前も覚えているんじゃねーっ! つーかハーレムッ! こんなもの持ち歩いてンじゃねぇよっ!」
 「いや、コレ見せればお前から金強請れねぇかと………」
 「堂々と犯罪を画策するなっ!」
 「それでね、この時僕さー……」
 「俺も確か味見したな、これ。甘ったるいヤツ」
 常識的な言葉などどこ吹く風。聞き入れてもらえるなど思ってはいないがまったく無視して話に花など咲き始めてしまえばもう……素面の身を恨むしかない。
 ぐったりと床に腕までついてやめてと小さく言ってみても無駄な抵抗。花の咲き始めた会話に引き寄せられるように友人たちまで集まっていくのだから始末に負えない。
 「シンタローはんの手料理……わても風邪引いてきますわっ!」
 「氷水かぶるといいっちゃv」
 「………それ以前におめーが風邪引いても意味ないベ」
 「そうだよ。僕だったからだもん!」
 「つーかアラシヤマ……おぬしまだ解毒剤のんどらんじゃろ?」
 ぜいぜいと息を切らせて戻ってきたコージが不可解なものを見るようにアラシヤマを見やれば……ついさっきまでビデオのおかげか血色のよかった顔が一瞬で土気色に変化した。その変化に思わず拍手をしていたのはハーレムとトットリだけだったが。
 「さっさと飲ますべコージッ!」
 「なんつー世話の焼ける奴じゃっ!」
 慌てたミヤギの声に重なってそれにつられたコージが問答無用でアラシヤマの口に解毒剤を入れ、酒でそれを流し込む。…………絶対にそんな事したら悪化すると思うほどはっきりした思考能力を持っている人間はすでにここにはいなかったが。
 「そうそうそれでね、この時シンちゃん起きあがれなかった僕に食べさせてくれたんだよね〜v」
 どうやらアラシヤマの騒動はもうどうでもいい事と判断したらしいグンマは明るく思い出話を続けた。
 「テメーグンマッ!内緒って言っただろっ!?」
 「もう時効だよ〜v」
 「この酔っ払いッッッ!」
 にへら〜っと答えたグンマの両の頬を思いっきり引っ張って伸ばせば子供のように泣きわめき始め、相も変わらず大切に抱えている日記に何やら書き込んでいる。…………恨みは忘れないくせにこちらとの約束はあっさり破るなと思うシンタローに賛同してくれるものはいそうにない。
 「ホー、シンちゃんってば優し〜?」
 「テメーも気色の悪いいい方してんじゃねぇよッ!」
 視線を向ける事なく構えた腕からタメなしの眼魔砲が打たれるが、あっさりそれを躱すあたり酔ってはいても特選部隊を束ねているだけはあるらしい。
 憎々しげにそれを眺めていたシンタローの耳に、すっかり忘れ去っていた声が触れてザッと一気に青ざめたけれど……………
 「そういえば…………この時は確かマジックのレシピをこっそり探していたな」
 「…………え?」
 絶対に自分以外が知るはずのない事実を何故…と見やってみればそこにいるのはキンタロー。…………すっかり忘れていた存在に一気に青ざめるシンタローとは裏腹に楽しげに顔を輝かせる一堂。わかりやすい差に笑う気も起きない。
 「そっか、キンちゃんはシンちゃんのこと覚えているもんね! それでそれで?」
 「お前が風邪引いたのが川遊び誘ったのが原因だと悩んで………」
 「そういやあの頃毛嫌いしていた高松の所によく通ってたな、シンタロー」
 思い出した記憶にニヤリとハーレムが笑う。悪巧みを練っているそれにシンタローの頬が引き攣った。
 ………この叔父が質が悪いことはよく知っている。性格が悪いとかそれ以前に、表現方法が邪悪だ!
 酔って口の軽くなっていることを見抜いて誘導するようにあの極悪マッドサイエンティストの名前を出すあたり、確信犯だと思わず眼魔砲の狙いを定めるが……それにきっちり気づいてこっそりグンマを盾にしているあたり抜け目ないというべきかせこいというべきか…………
 ゴゴゴ……と暗い空気を背負っているシンタローをよそに、おおよそ明るく弾むという雰囲気を滲ませないキンタローの声が続く。
 「その度に新薬とかの実験もやらされて、女に変わっちまったり声が出なくなったり、いきなり身体から花が咲くなんてコトも………」
 「思い出さんでいいーッッッッッッ!!!!!」
 ゴキッ☆と素晴らしく鈍い音があたりに響き渡る。勿論、音の発生源はしゃべり続けていた青年からだが。
 「なにをするッ! 殺すぞ!」
 「いらん思い出話をする奴が悪いッ!」
 唐突に始まった最強の従兄弟同士の喧嘩の応酬には勿論眼魔砲。本人たちにしてみればたいした威力のつもりはないがそこはそれ。酔いが回っている人間に冷静な裁量を求めてはいけない。
 室内のあちらこちらが崩壊の音を立てながら軋んでいる。………軋むだけで済んでいるあたり、こうした自体を予測して建設されたことを伺わせるが。
 「面白そうだっちゃ♪ 僕も参加してくるっちゃv」
 「どうわ〜っ! なにボケたこといってるべトットリ! ってなに投げ付けたべ!?」
 「火薬量失敗した花火っちゃv」
 「そりゃ……もうはや爆弾といわんか?」
 幼い笑顔の無邪気な発言の持つ恐ろしい響きに慌てたように駆け出すが………事態をうまくを認知できない馬鹿は必ず存在する。
 そして必ずそうした奴がいるから、こうした結果も生まれる。
 「シンタローはんはわてが守りまっせっ! 喰らいなはれ、平等院鳳凰堂極楽鳥の舞い!!!!」
 「火薬に火気は厳禁だべ〜ッッッッッッ!!!!!!!!」
 ミヤギの叫びも虚しく、眼魔砲と爆弾との相乗効果の爆破音は広大な敷地を誇るガンマ団本部の隅から隅まで響いてなお余っていたという。

 「おやおや、生きのイイ実験体がまたゾロゾロと来ましたね。ささ、グンマ様はこちらの天蓋付きベットでお休みください。キンタロー様も。他の方たちは……さ〜て、どの薬を…………」
 嬉々としたドクターの声に半死半生のままのミイラたちは腹這いのままドアを目指していた。
 それを見かけてしまった学生たちの間にまたひとつ、いわく付きの伝説がまことしやかに噂されたという。

 ……………正直、事実はそのうわさ話以上にくだらなく壮絶だと当事者たちはいつも思うけれど☆






キリリク66000HIT、パプワで従兄弟3人組と獅子舞様のギャグでした。
…………だからギャグ書くの苦手なんだって………………
カップリング物でならまだしも! パプワは健全ですからね☆

今回は誰の視点からでもない普通に書き進めてちんどん騒ぎをどう表現出来るか、などということをやってみたり。
正直な話、馬鹿ばっかり☆としかいいようなかったですがv
ちなみに同じネタでほのぼのもあるのでいずれ書きたいと思います。

この小説は華鈴さんに捧げます。
ギャグっぽくなっていないギャグで申し訳ないですが……………