淋しいな、とか……思った記憶がある。

ずっと一緒だった相手がいなくなった時の虚無感。
守れなかったんだと、思い知らされた現実。

ずっと頼りとしていた人が裏切った瞬間。
願いも望みも叶えてくれる人が、奪った現実。

心が引き裂かれた感覚。
何も感じなくなった時間。
…………それでも灯っていたのはなにか。

多分、それを相手は知らないのだろうけれど……………




別離ではなく



 虚無感なんて、今更だ。
 ………そう自分に何度言い聞かせただろうか。
 大切で大切で、そんな言葉を吐けないくらいに愛しんでいた。言葉なんかでは表せないくらい、それは自分の一部だった。
 それは過去に弟に対して思っていたの似ていながらも違う感情。奪われた理不尽さだけが克明な記憶とは違う。もっと穏やかでやわらかい。……ホッと息をついてもいいと思える記憶と確かな実感。
 それが消えてしまった。わかっている。子供は自分のために離れた。それは言葉にすらしなかった自分の願いを叶えただけの優しさ。
 それでもと思う、我が侭さ。
 いい加減未練がましいと息を吐いてシンタローはソファーから離れた。時計を見てみればそろそろ正午も近い。不意に思い浮かんだ顔に苦笑して、そのままキッチンへと足を向けた。

 「………………………」
 思わずお互いに意外だったせいで言葉もでない、というのか。
 玄関先でばったりと出くわしてしまった相手は互いにとってはあり得ない相手だった。この家にようなどないだろうと思っていた、というべきか。
 それでも確かに現実自分の目の前にいるのだから、どう考えてもこの家にようがあるとしか言えない。牽制するように眉を顰めてグンマがキンタローに問いかける。………僅かに上擦った声は、どこか怯えが含まれている。
 「な、なんできみがシンちゃんの家に来るの?」
 「………お前こそ、高松はどうした?」
 不可解そうな声で互いに確認する姿さえ幼い。警戒心を剥き出しにした犬と猫だ。
 互いに相手が掴みきれなくて毛を逆立てている。敵愾心でもなんでもなく、興味があるが故の反発か。クッションがない限り、そのままぶつかりあって傷を負うことしかないだろう様子に吐いた溜め息さえ2人は気づかない。
 気配に敏感なキンタローさえもなのだから、相手への関心の深さは伺える。無表情に隠されてしまいがちな幼い心情に苦笑しながら、真上から声をかければ驚いたような2人の瞳が広がった。
 「こんな所で喧嘩なんかしたら、出入り禁止だからな?」
 からかうようなシンタローの声が突然降り注ぎ、思わず目を合わせてきょとんと2人の間に同じ雰囲気が流れる。そうしてほぼ同時に空を扇ぐように上を向けば、見つめた先には苦笑を讃えて窓から身を乗り出している黒髪の従兄弟。
 「シンちゃん!」
 「鍵開いてるからさっさと入れ。飯まだだろ?」
 なんでキンタローもいるのかと問うつもりだった言葉が紡がれるよりも早くにシンタローは素っ気無く必要なことをいって窓から消えてしまう。
 そんな対応に優しくないな〜などむくれてみれば、眼前にいたはずの相手がいない。先を越されたかと慌てて顔をドアの方に向けてみれば開かれたドアの先にまだキンタローがいた。別に互いに待ち合わせたわけでもないのだから先に進んでしまえばいいのに、靴さえ脱がずに自分を待っているらしい無表情な新しい従兄弟を不審げに眺める。
 まだ、近付くには警戒心が擡げる。もともと自分はどちらかというと人見知りする方だ。初めの印象が最悪な場合、はっきりいってそれを払拭するには時間がかかる。なんとか近付いても大丈夫なくらいには改善されているのだって、物凄い進歩だ。
 ほんの少し怯えたような仕草でグンマは同じく玄関に入り、キンタローと一緒に靴を脱いでスリッパに履き替えると、このところの習慣のようにシンタローの待つダイニングに向かった。
 予想通りにそこには自分達用の昼食が用意されている。それにパッと顔を綻ばせたグンマの隣ではキンタローが戸惑ったように眉を寄せている。………もっとも、それに気づかないものが見たら不機嫌になったとしか見えないだろうが。
 「わ〜い、今日はパスタだね!」
 「………昨日さんざん喚いていたのは誰だ」
 和食ばかり作るシンタローに昨日たまにはパスタがいいと駄々をこねたのは、どちらかというと食べたいからというよりはちょっと駄々をこねたくなったというだけだった。きっとそれくらいはシンタローだってわかっている。その上で、それでも我が侭を叶えてくれるのは人のよさか。
 それとはほんの少し違うものだとわかっているグンマは、それでも満足そうに微笑む。
 …………我が侭を、いってもらいたがる時はある。
 あの島にいた我が侭で不遜な小さな子供。たったひとり血の繋がらない相手で、それでもシンタローの中に誰よりも重く存在を残している影。
 小さな指先が甘えるようにねだる姿を覚えている。それを困ったような顔をしながらも嬉しそうに甘受していた穏やかな光景。
 そんな姿知らなかったのに、当たり前に晒されていた。自分の知っているものが全てなんて、馬鹿らしく思い込んでいた自分。
 「エヘヘ、忘れちゃったv 僕お腹空いたから、早く食べようよ」
 「はーいはいはい。………ほら、おめぇの分もあるんだからぼーとしてんなよ」
 ぺろりと舌を出しておどける従兄弟をあしらい、未だなにが起きているのかよくわかっていないらしいもう一人の従兄弟の肩を叩く。
 ようやく覚醒したかのように目を瞬かせるキンタローは戸惑いとためらいをのせてシンタローを見つめる。言葉がしゃべれないわけでもないのに話さないのは、多分語り方が判らないから。
 なんと言えばいいのかが未だ掴めない。決定的なまでの経験の差。見つめ続けることは出来ても実際に自分が行なったわけではない記憶は正常に機能させるにはまだ時間が足りない。
 それを多分本人も自覚しているのだろう。思いを伝えるのは自分は拙い言葉しか知らない。それ故に、視線が雄弁に語る。促さなければ言葉を綴れない臆病さとでもいうのか。
 もっとも、そうした役目は自分よりも適任者がいるのは確かなのだが。
 まだうまく絡み合っていない絆を眺めながら、後押しするようにシンタローはキンタローの背を押す。さっさと席につけとからかうようにいってみれば頷く様は素直で幼い。
 全員が席について始まった昼食の最中、話しているのはやはりグンマとシンタローの2人で、時折シンタローの問い掛けに答えるくらいしかキンタローの声は聞こえない。
 それを眺めながら、どちらかというと寡黙な雰囲気のこの従兄弟が、話し掛ければ話すのだということは、わかった。なんとなく……外見上の印象で話し掛ければ無視されるというイメージがあったせいで必要以上に声をかけなかった自分を思い出す。
 ちらちらと隣に座るキンタローを見やりながら食事をしているグンマを見ながら、キンタローはキンタローで一体何の用なのだろうと微かに首をかしげる。……視線はシンタローに向けているのだから、まだ直に話し掛ける言葉が見つからないらしいことは判る。あるいは、グンマに話し掛けたら泣き出すんじゃないかという危惧からか。
 どちらの心配も、端から見ている自分には笑えるほど幼稚だ。
 興味はあるし、近付きたい。それでもあまりに互いが違うから戸惑ってどうすることもできずにいる。幼稚園じゃあるまいし、いい大人の悩みだろうかと吹き出したい気持ちを必死で耐えながらシンタローは2人の会話の仲介役を今日も行なったいた。
 もっとも、そろそろそれも卒業してもいいのではないかと思うのだが。
 「………どうした?」
 ちゃんと、言葉は繋がる。自分以外の声が自分にではなく紡がれる様を見ながら満足そうにシンタローは笑んでいる。
 視線は自分ではなく相手に。語ってみたい友人が傍にいるなら、勇気を出して近付くしかない。
 「え………あ、えっと………」
 話したいことは、あるのだ。それでも言葉を探しているのは多過ぎる言葉のどれを選べばいいかを悩んでいるだけ。
 悩む時間を与えることのできるキンタローを眺めながら、やっと三人での会話ができるとシンタローはひとり楽しげに2人を見つめていた。

 たっぷりと、普段の倍以上の時間をかけた昼食が終り、片づけを手伝いながら不思議そうにグンマがシンタローに問いかける。
 「でもなんで今日はキンちゃんも一緒なの?」
 別にいること自体は不思議じゃない。自分が毎日押し掛けているように、キンタローもまた押し掛けていることは知っている。ただその時間が勉強や作法の時間の終った夕方からだから顔を合わせたことはなかった。
 だから昼間に来るということは、確実にシンタローがその時間を指定したからだ。
 なにかあったかと問う声ににっとシンタローが笑う。どこか悪戯ッ子のような、無邪気さで。
 「ああ、卒業記念とでも思っておけ」
 多分自分以外の誰にも判らない。
 それでも確かにそうなのだから文句をいわれる筋合いもない。
 ………生きている限り別離はある。それくらいはわかっていい歳だ。
 それでも、もうひとつ判りたいことがある。………否、信じたいこと。
 別れは別れで終らない。必ず流転する時の中、出会いはある。
 もう一度出会える。そう信じたい。
 だから、もう悩むことは止めるのだ。過去に縋っていまに気づかないなんて、その方がよほどあの島に対して失礼だから。

 微笑む姿のやわらかさに、ほっと2人は息を吐く。
 結局はそれが見たくて通った自分達。
 あの島を夢に終らせないで、もう一度花開かせたい。
 ………拙い自分達の腕で事足りるかなんて判りはしなかったけれど。

 それでも与えられた欲しかったものに、笑んだ唇は誰もが無意識だった…………………








キリリク67000HIT、パプワで「従兄弟三人組でお母さんなシンタローとその息子みたいな従兄弟達のほのぼの」でした〜!
………すごく楽しかったですv

なんだか従兄弟たち書くの好きになってますね、私(笑) いや、可愛くってこの拙さっぷりが!
そしてシンタローの世話焼き姿が!!!(結局そこか)
本当はキンタローの家庭教師(?)しているのが高松だとか、今日はシンタローの鶴の一声で一日フリーになったとか。
それなのに何故グンマが高松につきまとわれていないのか悩んでいるキンタローとか書けなかったり。
ちょっと高松とられたみたいで淋しいな〜とか思って愚痴っているグンマは……元々入れない予定だったからいいか(オイ)
そんな2人がなんだかパプワに似ている面があってちょっと癒されているシンタロー書きたかったのに入らなかったなー…………
グンマの幼い我が侭さとか、無表情で態度で我が侭いうキンタローとかね(笑)

この小説は華鈴さんに捧げます。
ものすっごく遅くなって申し訳ありませんでした(平伏)