綺麗な綺麗な色。

それは決して容易くはなく

織り上げること困難な色。

けれどそれは美しく作り上げられた。

鮮明な、青。

深い、赤。

交わる事なく存在しながらも溶け合った色。

手に入れたいと願いながら。

貶めること恐れて項垂れる。

……………どうかいつまでも輝いていて――――――





パレットの色



 空の太陽はちょうど真上に差し掛かる。汗ばむ中、必死で走っている自分は傍目にはどう映るだろうか。
 ………もっとも自分が急いでいない時の方が珍しいのだからいつもの事と流されるのかもしれないが。
 そんな事を思いつつも足はかなりのスピードを作り出している。それほど大きくはない島だ。このスピードで走ればもう間もなく目的地が見える。
 背中に背負ったかごの中身を一つとして落とす事なく走るスピードは驚嘆に値するが、そんなものはこの島の子供から見れば足下にも及ばない。更に言わせてもらえればその子供の傍にいる男にも。
 思い浮かべた姿に、苦笑する。
 …………ずっと、いけ好かないなと思っていたのだ。あの狭苦しいガンマ団に居た頃。
 つまらなそうに辺りを見回して生きる事を放棄するような姿が。反発する事だけしか知らず、なにも見ようとしない滑稽さは必死で生きていた自分には不愉快だった。
 それが、どうだろうか。
 この島にいる彼は鮮やかに変化する。感情をあらわにして、がむしゃらで。生きているのだと、声を大にして叫んでいるようだ。
 その姿を愛でている子供がいるというのも奇妙な話だけれど。
 彼等の関係は羨ましいと、思う。………どこまでもどこまでも純度を保ったままの穢れなさ。生きる上で必ずあるはずの傷すら、それは柔らかく包んで癒してしまう。
 あり得るはずのない奇跡を目前にして、羨まない者がいるわけもない。
 だからつい、駆けてしまう。その姿が見たくて。………かつての姿を払拭する姿を。
 もう目前のパプワハウス。足音を響かせてはいけないだろうと走るのを止めてゆっくりと歩く。そろそろ声が聞こえるはずだ。二人と一匹の柔らかな話し声。甘える幼い声と、それを甘受する大人の声。それに加わるように弾む鳴き声も一緒に。
 その想像が現実となる瞬間を待ちながら近付く。………が、一向に声が聞こえない。
 おかしいなと首を捻ってかごを下ろす。今日の昼食に使う材料だから急いでとってこいと言ったのは彼で、それを待たずにどこかに行くとも考えられない。一瞬海に行ったのかとも思ったが、それだって昼食後の散歩にするはずだ。
 必要な分だけ手に取り、それ以外は保存用に別の場所に置いておくとリキッドは改めてドアの前に立つ。………しんとしていて音はなにも聞こえない。いつもであれば自分以上に流暢な包丁の刻む音が響いているはずなのに。
 「おっかしいな………」
 呟きながらドアを開ける。………特に今日は何の行事でもないし、彼等がどこかに行く理由も思い浮かばなかった。
 「シンタローさん、お待たせしたっす。パプ……」
 微かな音とともに室内に一歩踏み込みながら、いるはずの人たちに声をかけた。………事を一瞬後悔する。音を出した、と言う事を。
 慌てて自分の手で口を塞ぎ、呼吸音すら邪魔しないように潜めてしまう。そうして見遣った先に広がるのは、穏やかな景色。
 小さな子供を抱えたまま眠ってしまっている彼に、寄り添うように犬もまたその傍らを占領していた。
 差し込む日差しの下、鋭利だったはずの気配はそよ風のようにふうわりと子供たちを包んでいる。ぽかんと間の抜けた顔でその姿を見入ってしまえばその腕に包まれている子供が気付いたのか、唇に人さし指をつけた。
 ………起こしたくないのだと少し眉を顰めた顔に言われる。
 それを見て、苦笑する。この子供もまた、気付いていたらしい。このところ彼があまり眠っていない事を。
 この島は彼にとって何よりも大切だけれど、彼が4年間生きる為に生きた場所が別にあるのだ。そこは彼の存在によって支えられ改革された。それを放って安穏と出来るほど責任感がない人でもない。
 きっと僅かな時間でも必至になって模索しているのだろう。時折夜中に抜け出しては飛空艦に入り込んでいた。使える部分と使えない部分の選別や破損部位、修繕可能なポイント。一人でその膨大な量のデーターを管理しようとするのだから本当に頭が下がる。
 でも、だからといってそれを甘んじれるわけでもないのだ。そう囁くように不機嫌な子供はシンタローに寄りかかったままその寝顔を見上げる。
 自分の我が儘全部を聞いて、昼間は走り回って料理を作って。手抜きなんか出来ないくせに、夜は夜で寝るよりもそんな真似をする。自分が寝入るまでの数時間を仮眠して、そうして消える気配くらい知っているのだ。
 無理を、してなど欲しくない。自分の傍らで昔のようになにも考えずに眠ってしまえばいいのに。
 そう割り切れない彼だから愛しいと思うけれど、あんまりにも不器用すぎて、不機嫌にもなりたくなる。
 たった一言自分達に言えばいいのだ。帰る手段を探したいと。
 …………そう出来ないのは多分、過去の日の別れを彷佛させる事を申し訳なく思っているが故なのだろうけれど。
 昔から我が儘ばかりで、帰る事すら禁じて、傍にいてとその手を離さなかったのは自分だ。だからあるいはこれは自分が招いた事かもしれない。
 それでも疲弊する彼を見たいなど思わない。本当に必要なら、いつだってこの手を離し彼が駆ける為に笑って見送るくらいできるのだ。
 ほんの少し悲しいけれど、彼の為に自分が出来る事はなんだってする。なんだって、我慢できる。彼もまた、自分の為に命すらかけてくれる人だから。
 子供が見上げた先に映るのは少しだけ苦悩した眉を晒す男の寝顔。それを包むようになでれば憂愁に染まった眉が綻び、不器用な笑みが落ちた。
 それを見届け、小さくリキッドは息を落とす。………いま暫くは眠りの中に居てもらいたいと思うのだから、仕方がない。
 彼の射程内に入り込んでしまえば確実に目を覚ましてしまう。自分は彼の安眠を間近で覗けるほどの存在ではないのだ。それを寂しい笑みに溶かして背を向ける。………せめて出来る事くらいはしておこうと思いながら。

 久しぶりに持ち出したバーベキュー用の機材を点検して磨いているとなにか気配を感じた。
 ふと首を捻る。知っている気配だが……誰だっただろうか。パプワ島にいる生きものなら自分が解らないわけはないのだが。
 そう思って合点がいった。ようは消去法だ。パプワ島にいながら知らない気配であれば、一人しか思い浮かばない。気配の方に目をけて、苦笑するように声をかける。
 「シンタローさんなら昼寝中だぜ。起こすなよな」
 投げかけられた声にびくりと葉が揺れた。………無視されるとでも思っていたのか、オドオドとした気配を晒した後に観念したようにそれは現れた。
 「…………なんでわてがシンタローはんに用だと……」
 「それ以外の理由ねぇだろうが、お前は」
 呆れたように言ってみればむっとしたように口が噤まれた。………行動全ての理由がシンタローの為のくせに、それを指摘される事は好まない複雑な男に微かなおかしみが込み上げる。
 あそこまでの扱いを受けてなお募る思慕と言うのはある種執着以外のなにものにも見えず、そこまでする理由が解らないと思っていたけれど、なんとなく……近頃は解りはじめたせいもある。
 「あんたも…あんま、あの人の事追いつめるなよな」
 バーベキューの用意を行っている手の動きは止めず、なんてことはない日常会話の一つのように呟けば、顰められた顔。
 …………手を伸ばせば無視も出来ないその性情につけ込んで、忘れないでと強制している事くらい、知っているのだろう。それは無意識ではなく作為的な仕草。
 どれほど乱暴な扱いを受けても結局は彼は最後の最後、見捨てもしない。大丈夫と解っている範囲までの暴力は、知っているものからすればスキンシップの一環だ。
 「なんのことどすか」
 それでも、見せない。そんな憂いを晒すくらいなら初めから彼に見て欲しいなど願わない。
 微かに不敵な笑みで笑い、アラシヤマはパプワハウスを見つめる。………透視など出来るわけもないけれど、こうして見つめていれば彼の眠る姿も覗ける気がして。
 早く起きて、いっそ手痛いまでの仕打ちで構わないから元気な姿をさらして欲しい。ストレス解消でも、蟠りの八つ当たりでもいい。項垂れた姿など、似合わないから。
 夜毎飛空艦に現れては憂えている彼を、自分一人では支えられない事くらい解っている。だから口惜しいのだ。彼の片腕になれると自負しているのに。それなのに、この腕はあまりに彼の高処に追い付けないでいる。
 「まあいいけどな。……あの人もそういいそうだし」
 切望と羨望と。………限りなく深い憧憬を模して投射される影を甘んじているくらいだ。その程度気にもしていないと笑えるだけの胆力を秘めている彼だから、痛々しいとも思うけれど。
 それでも少なくとも。この島では眠る事の出来る場所がある。それだけは救いだと小さく笑う笑みはどこか苦笑に似ていた。
 答えないだろう相手を見遣る事もなくリキッドは昼食の準備を進める。微妙な間隔をあけてたたずむ相手のまっすぐに伸びた視線はたったひとりにしか向けられていない。
 その人が起きれば、子供は不遜な態度で文句を言い、外に誘うだろう。
 それまでの僅かな時間、安息を願うくらいの資格はあってもいいはずだ。

 …………小さな苦笑を空に溶かし、聞こえるはずもない寝息の安らかさを、祈った。






 キリリク2222HIT、パプワで「シンパプ+アラシヤマ+リキッドでシリアス」でした〜v
 …………リキッド掴みきれてなくてごめんなさい(切腹)

 なんだかシンタローがひとり頑張る人。………いや、そういう人だけど。
 パプワが癒す人なのもやっぱりいつもの事だけど(笑)
 そんでもってまわりがそれに羨ましいとか思うのもやっぱり(略)
 しかしリキッドとアラシヤマ。………結び付けて考えた事がなかったので(アラシヤマは南国の方が好き)一瞬戸惑いました。でもまあ、こんな感じの人です。4年経っても変わらないまんま(苦笑)

 この小説はキリリクを下さったキヨ子さんに捧げますv
 久しぶりの申告で嬉しかったです〜v