苛立たしいなと、思う。
鬱陶しいなとも、思った。
小さな子供は苦手だ。
壊れやすいくせに頑固で強情。
ちょっと気を許せばどこまでもつけあがるし可愛げもない。
扱いにくくて邪魔臭い。
苛立たしいし、鬱陶しくもなる。
それでもどうしてこの子供は恐れげもなく近付くのか。
ほら見てみろ。
隣のガキは泣きそうに、俺を見上げているっていうのによ……………
目隠し鬼
「ハーレムみっけ!」
思いっきり指をさして楽しそうに弾んだ声が言った。
未だ幼く高い音。弾んでいるのは息切れしているせいではなく、多分に興奮ているせいだろう。
紅潮したまま引きそうにない幼い頬を眺めながら呆れたように顔を顰める。この炎天下、これだけ長時間駆け回って息切れもしない事には脱帽だ。能無し親父に成り果てたと思っていた子供の父親はそれなりに子供を鍛えているらしい。
「ガキは元気だな。このクソ暑い中でよく走り回る」
けけけと意地悪にからかう声で言ってみればむっと顔が顰められる。幼い容貌のままの感情の変化を表す仕草は、珍しい。もっとも自分にはいつもの事で、そのせいでやたらと兄に嫉妬を買うが。
「おっさんだから体力ねぇんだろ。やだやだ、歳はとりたくねぇな!」
「…………サービスも同じ歳だからな」
こめかみを引きつらせかけながら生意気な子供に言ってみればきょとんとした顔をしてシンタローは首を傾げた。
きっとその脳裏には名ばかりの自分の双子の弟が想像されているのだろう。そしてその結果下される判断も、想像に難くない。
じっと変化していく顔を眺めていれば言葉以上に如実に思考が読める。全く隠そうという意識がないらしいのは幼さ故の特性か。
そしてようやく決まった結果に納得したのか一度頷き、シンタローはびしっと指を突き付ける。今度のそれは、少々糾弾するような鋭さを含めて。
「ハーレム嘘つくなよ! ビボーのおじさんがお前と一緒なもんか!」
「…………お前、本当に綺麗なものに弱いな………………」
げんなりとした顔でそういうと不思議そうな顔をする。ついさっきのしかめっ面が嘘のような変化。子供だから、なのか。苦笑しながらハーレムは立ち上がる。
実際のところ、違うといわれるのは嫌いではない。自分は自分であいつはあいつ。双子だからといって同じものを求められる窮屈さはもう骨身に染みているのだ。今更そんなものは求めないし、同じになろうという努力を行う気も毛頭ない。
立ち上がったハーレムを眺めながら、パッとシンタローが笑う。その変化の意味を知っているが、敢えてなにも言わなかった。視線の先にはもう一匹のガキがへばっていると呆れ気味であったせいもあるが。
「おいシンタロー、グンマ起こさなけりゃ、続きはナシ」
ぴっと軽い手つきでぐったりと座り込んでいるグンマを指差すと笑顔が曇る。それも知っていて言ったことをきっとシンタローは知らない。
ちらりと自分を見上げた後、グンマを見遣る。どこか途方に暮れた子犬のような寄る辺なさで。ほんの数瞬の逡巡。けれど結果をハーレムは知っていた。
つまらなそうにハーレムを睨む視線の後、シンタローは駆け出して後方に置いてきたいとこの元に駆け寄っていった。小さな背中で、必死で我が儘を飲み込みながら。
「……ガキだねぇ」
くつくつと喉奥で笑いながら、髪を乱暴に梳いた。ばさりと、長い金の髪が踊る。落とした瞼には同じほどに金の日差しが降り注ぎ、瞼の裏を赤く染める。
揺れた髪が再び背中に戻る頃、シンタローの声が耳に入った。
「グンマ! んなとこで寝るなよ。一時休憩だからあっちいけ!」
つぶった目など関係なく、思い描ける顔。不機嫌そうに顔を顰めながら、それでもふらふらのいとこに肩を貸して日よけの出来る木の下に誘導しているのだろう。世話が焼けるとか文句をいいながら、決して手を離さないで。
そしてそれを知っているグンマはへらりと笑ってその手を掴んでいる。たった一人の自分の宝物を離さないというように。
狭く小さな世界の話だ。他に誰も同じ年代の子供がいない。
こんな息の詰まる中、それでもねじ曲がらずになんとか育っている奇跡をどう考えるべきなのか、判らない。
ガサガサと音が響いたあとの静寂の余韻を暫く楽しみ、ハーレムは目を明けた。真ッ先に入った日差しに眉を顰めた後、笑う。
この自分がガキのお守をしている。それがひどく風変わりな童話のようだ。
風を全身で浴びたまま辺りを見回しても誰もいない。決して狭いはずのないこの敷地内は、けれど所有者の意向のままに一族の中でも許されたものしか入り込めない。だから、か。よけいにここは夢物語というに相応しい時間の流れがある。決して何一つ危険がなく美しいまま残されるような、違和感。
どちらにしろ自分にとってはあまり居心地のいい場所でもない事は確かだ。変わりゆくから楽しいと思っている自分に、ここはあまりに窮屈に過ぎて、居座る気も起きない。
そろそろ今回も離れようかと思う頃合いだ。最後に甥の面倒も見たし、もう十分だろうといつ出て行くかを考えはじめた頃、ガサガサとまた木が鳴った。
そちらに目をやれば思った通りの黒髪の子供。ジッと見上げる視線が動かないのは……いつから自分を見ていたせいだろうか。
勘のいいこの子供はきっと気づいただろう。自分がもうどこかに行くつもりである事に。
「ハーレム、今度はどこ行く気だ?」
そしてズバリとそのままに尋ねる。………それ以外知らないとでもいうような言葉の横暴ささえ清々しく響かせるのは天性の資質だろう。
苦笑して指を空に向ける。答えは、それ以外ないから。
「さあ? ここ以外のどこか、じゃねぇの?」
空の下、地の上。それ以外決めてはいないと奔放な音のままに楽し気に言えば………子供の顔から表情が抜け落ちた。
…………違和感。否、それが多分、ずっと感じていた違和感がなくなったが故の、違和感と言うべきだろう。
小さな足先が動き、ゆっくりと自分に近付く。それを制止したい衝動がわき起こりながらも威圧されたように喉が凍った。視線さえ、逸らせない。この小さな子供の姿から。
「なあ………」
指が、伸ばされる。小さな指先は自分がやろうと思えば簡単に握りつぶせる柔らかさと脆弱さに包まれている。けれど、違う。そんな物質的な強弱ではないなにかに支配されたいまのこの瞬間に冷や汗が背を流れていく。
「そこには、俺は行けないのか? ………親父に頼んでも、ダメなのか?」
伸ばされた指が、服の裾を掴んだ。引っ張るような仕草の元に乗せられたのは大人の顔。………憂愁に染まり涙を飲み込む、男の顔。
こんな幼い子供が晒すには重々しいそれに息を飲む。もともと、顔は整っていたからあわないわけではないけれど……それでもこれはあまりに早熟が過ぎる。
息を飲み、それを誤魔化すように腕を伸ばした。………微かに震えてしまった事に気づかれていなければいいと願いながら。
「ガキは親元にいればいいだろうが。嫌でもすぐ独り立ちすんだから」
きれいごとを口にすれば、髪をかき混ぜる指先に伝わった、否定の揺れ。
「ここは……俺の場所に思えない」
小さな呟きは地の底に沈む重さで紡がれる。苦々しさすら含まれない軽い音だと言うのに、だからこそ重い言葉。
「みんな言ってる。……知らないわけが、ないだろ?」
言葉を出来る限り省略して伝える真意が判るからこそ痛い言葉。………俯いた顔は、どんな表情をたたえているのだろうかと思いやれば、心臓が重くのしかかる感覚。
知っていると、子供は言う。まことしやかに囁かれる一族の中の戯れ言。もしも総帥に知れれば命のないそれは、けれど決してなくなる事なく伝播され続けている。
生まれるはずのない色彩を携えて生まれた溺愛された一人息子。妻の不義ではと疑うように画策したやからは翌日には姿を消している現実。………知っていると言うのであれば、どんな思いでこの子供はそれらを見つめて来たのだろうか。
「俺がいるから、なら………どこか別の場所で生きてみたい」
傷つける元凶がなににあるかを知っているのだと、子供は言う。ポタリと地面に染みを作りながら。
………緩やかに広がるその染みを見つめて、くだらないと怒りが湧くのは、何故だろうか。
消えた人間に原因があるとすれば、それは幼い子供すら巻き込み権力を得ようとした浅はかさだ。決して巻き込まれた子供にあるわけではない。その存在が凶兆なのだと言うのならば、そんなものに左右されない精神に鍛え直してくればいい。脆く揺れる脆弱さこそが、罪なのだと冷たく見下す事を、それでもこの子供は出来ないのだろうと思うけれど。
「ハーレムも、嫌いだろうけど……だからお前に連れて行けなんて、言わないけど……でも」
なんと言えばいいかわからないと噛み締めた唇が戦慄く。
…………彼が自分の色彩に嫌悪している事くらい、判っている。触れる事を恐れている事も、知っている。そしてそれでもなお自分は自分なのだからとそんな括りに捕われている自身を押し込めてまっさらなまま見るよう努めている事も。
だからこれ以上その事で迷惑をかける気はない。ただ、知りたい。ここから出て行けるか、否かを。
一族の他の誰よりも奔放で自由を知っている不自由な彼だから、きちんと向き合って答えてくれると思ったのだ。
子供だからと決められた、用意された解答を伝えるのではなく、自身の思いのままの言葉を…………
「ば〜か」
なんて事を、言うのかと。………泣きたい思いさえ湧かせて顔を歪める。正邪ではなく、感情論を求めている。ひどくあやふやで人によって違うその解答を一つでも多く知っていきたいと願っているのは、人というものを知りたいという欲求故か。
生きる事が不器用だと、思っていた。それはどこか自分に似ていた。
傷つく事を知っていてなお進む潔癖さは、ひどくその魂を痛め疲弊させるだろう。
それならせめて………初めの音くらいは優しいものを。
振り返ったときに後悔しない程度には正しい事だったと肯定できる音を、与えようか。
「自分がしたい事に許可がいるかよ。………今度、兄貴に掛け合ってやらぁ」
本当は黒は嫌いで、それがばれていた事への贖罪も込められている言葉。
それを承知で、子供は頷いた。………まるで許しを与えるような静粛さで。
そして持ち上げられた面は、笑っていた。
涙に濡れたまま、幼さを讃えて、笑っていた。
「楽しみにしてやるからな」
偉そうな言葉とは裏腹に、期待など込められてはいない音が胸を抉る。きっとこの子供は誰かに願うのではなく、いま与えられた言葉だけを糧に己で進路を切り開くつもりなのだろう。
小さいくせに、大きな魂。雄大なその仕草は、どこか自分達の父を思い出させる。
くだらない考えを振り切り、幼いままに笑える時間を少しは提供するかと溜め息の中考える。
手のひらの下では揺れる黒髪。
彼の願い求める金ではない。
そんなものに動かされない絆、なんて言えるわけもないけれど。
せめてその幻想を抱けるように。
いつの日かこの子供が願うままの世界を見つけられるように。
初めての我が儘を、叶えてみよう。
キリリク3280HIT、パプワリクでシンタロー幼少時、ハーレム付きでした〜!
……………先に書いた話がイメージ合わなくてもう一度書き直しましたよ(オイ)
黒髪、を気にしているのは本人ですが、黒髪である事で差別しそうな自分を嫌っているのはハーレム。
うちのハーレムは目に見えるものだけで好悪を決める自分が嫌いですよ。まじめだね。
そしてなによりも本当に……この人一番いい人になっているんだよね………。4兄弟の中で唯一人を陥れていないよ☆
まあ奔放過ぎて幼いですけど。…………シンタローは早熟過ぎ。
8歳9歳あたりと想定しているので、自分と周りの違いくらいは十分認識できますけどね。
この小説はキリリクを下さった凪さんに捧げますv
こんなものでよろしいでしょうか………?(汗)