あったかいな。
 嬉しいな。

 腕を伸ばせば簡単に手に入ることを知っている。
 我が侭を囁く自分の声を、それでもちゃんと聞き取ってくれることを知っている。

 あったかいな。
 嬉しいな。

 ずっと包まれていたくて、伸ばした腕は途絶えることもない。
 抱きとめて。受け入れて。………ぬくもりを分かって。
 傍にいて。ずっと……変わることなく。

 願いがどれだけ幼くても消えもしない。
 囁くことなど出来ない……ただ我が侭に溶かせた本当の祈り。

 寂しそうに笑うあなたを、癒したいから……………………





手の中



 きょろきょろと辺りに首を廻らせてみる。けれどどこにも探していた影はなかった。
 空を仰ぎ見れば太陽は眩しく日を注ぎ、もう昼ご飯だと自分に知らせる。この時間帯、帰ってきたならいい香りと一緒に聞き慣れた声が自分を迎えるはずなのに……………
 訝しげに眉を顰め、パプワは傍らにいるチャッピーを見つめる。心得たように軽く鳴いた犬は辺りに鼻を近付けて探し物はどこかと捜索を始めた。
 嗅ぎ付けたらしい彼の匂いに小さく鳴き、シッポを振ってそのまま先に進む。家の中ではなく、外をそのまま歩いていき………幾分歩いた先にはあっさりとその人はいた。
 犬の鳴き声が響き、駆けていって…………何故かすぐ傍で立ち止まってしまう。不思議な仕草に気づいてパプワがあらためてその名を呼んだ。
 「シンタロー?」
 声をかけても動かない人影に少しだけ歩調が早まる。
 砂浜が、少しだけまだるっこい。駆けることを歓迎はしない砂の粒が中空に舞い、幼い足先に再び落ちてくる。微かな海の響きさえ、耳には届かない。自分の足音と、答えてくれないその人の声だけが谺する。
 声をかければ視線が迎えてくれる。
 自分を見つめる、たったひとつの瞳。同じ肌を……同じ瞳を携えた人。
 どこか似通った痛みを…持っている人。
 「シン………」
 声が、聞きたい。自分に答えてくれる家族の声。
 願うように伸ばした腕をとってくれる同じ指先を晒して、この名を囁いて欲しい。
 囁きかけた彼の名は、けれどチャッピーのジェスチャーとともに響いた寝息に飲み込まれた。
 ………眠っている。やわらかな光を讃えた瞳を瞼に隠し、自分の名を囁く筈の唇からは呼気だけを漏らして。
 愛しい音は紡がれず、欲しい視線は閉ざされたまま。
 僅かな寂しさに気づいて、パプワは小さなその腕を伸ばす。腕に添われた幼い指先はそれを引っ張るべきか、それとも離れるべきかを逡巡する。………起こして、自分に声をかけて欲しい。いつもと同じように騒がしいくらい響く声で。
 それでも、それは添われたまま動かない。
 眠ったまま……起きもしないで間の抜けた寝顔を晒して。そうして…無防備なまま傍にいることを許されることがなんだか嬉しい。彼がどんな生活をしてきたかなど知らないけれど、いつだって神経は辺りに張り巡らされている。決してそれは他者を受け入れず踏み込んだ瞬間に察知する精巧なる機械。
 けれど自分は傍にいる。
 ともに眠ることも、傍にいることも許されている。これが優越感と称されるものなのかは知らないけれど……ただ純粋に嬉しい。
 寂しいと、囁くことも忘れていた。
 孤独なんて知らなかった。一人という意味もわからなかった。
 だから本当は……シンタローがくるまでは家にだってほとんど帰っていなかった。だれかの家に泊まったり、島のどこかで眠ったり。
 だれかの気配が欲しくて。………島に抱き締めて欲しくて閉じていた瞼。
 まるでその頃の自分を見てるような仕草でシンタローは眠る。誰かを求めている癖に、拒絶して。………それでも離れる気配に怯えている。
 失うことを恐れて。得ることを恐れて。どうすることも出来なくて愕然と辺りを見回している。
 だから…手を伸ばしてみる。震えることもない肌が自分を受け入れていることを教えてくれる。
 寄り添ってみればぬくもりを探すように指先が開閉する。
 …………あんまりにも幼い仕草。自分だって、もうしないのに。この島に来てからそれを思い出したシンタローはいまだに傍らにいる気配に戸惑っている。
 「…………僕が、いるぞ」
 怯えるように逸らされている頤。その指先は誰かを願っている癖に、潔癖な魂が甘やかされることも癒されることも拒んでいる。
 望んで欲しいと願う声音が当たり前の事実を言葉に変える。腕に添えられていた指先が自分よりも大きな指を必死になって掴めば微かに震えて……それでも確かに握り返した。
 それに口元を笑みに濡らした子供が囁きかける。
 「早く起きろ。一人じゃ……つまらない」
 あんまりにも当たり前すぎて、思うことすら忘れ果てる現実。
 一緒にいるのが当たり前。そんな夢はもてないと囁くことを知っているけれど。
 ………願うことすら許されないとは思わない。
 互いの願いを叶えることができるのは互いだけで。………傷を癒せるのもやっぱり、互いだけなのかもしれないから。
 眠る青年の腕に頭を寄せて、子供もまた、瞼を落とす。
 起きたその時にきっと声をかけてくれる。それとも抱き上げて家に連れていってくれるだろうか………?
 どちらだって構わない。ただ知っていてくれればいい。

 そばにいるという事実。
 …………傍らにいてもいいのだという事実。

 当たり前過ぎて誰も気づかない。
 それくらい自然に知っていてくれればいい。
 やわらかな髪が子供の頬を撫で、穏やかな寝息と海のさざ波が子守唄を奏でる。
 足元に蹲った犬とともに、暫し夢へと落ちゆく子供はしっかりと青年の指先を握りしめる。

 一人じゃないと、教えるように………………








 短いですね……気にしないでやって下さいv
 久し振りですね、パプワ。いや、パプワが出てくることが。神話シリーズの方は後半になったらパプワ視点になるので、それまではまったく出てこないんですよね………。
 子供を書くことが好きなのでとっても楽しいです。一番小さいしね、パプワ。ヒーローはある意味千歳越えているし………

 結局シンタローってば起きなかったな。ナマモノたちの餌食になるぞ(笑)
 ………逆に近付いてくれれば起きるかな。