淡く美しく光が灯る。

それは幻想的でありながら確かな現実。

腕を伸ばせばひんやりとした感触。

ああ……と、息を飲む。

こんな光景を見た事がある。

疲れきった自分に差し伸べられた小さな手のひら。

守ろうと、心に決めた瞬間。

あの過去の日にこんなにも酷似した光景。

あふれそうな涙を、飲み込んだ。





陽炎の鳴き声



 「鬱陶しいっ!!!!」
 じゃぶじゃぶと洗濯板で服を傷つけないように注意しながらの洗濯中ただでさえ神経はそちらに向いているその最中。わらわらと群がるいつもと同じ光景。…………いつも、というには語弊のある、ようやっと慣れ始めた光景。
 それでも苛つくし邪魔だと思う。こんな事している暇はないのにと気ばかりが焦る現状でのんきな顔は正直、神経を逆撫でする。
 突然の大声にびくりと身体に絡んでいた腕が震えた。絡んでいた……と言うよりは、構ってと甘えるようなそれは柔らかく短い体毛に覆われた小動物のそれ。
 …………一瞬の、後悔。
 決して動物は嫌いではないのだ。むしろ小さな肢体や愛くるしい所作、無邪気で明るいその生態などはたったひとりの弟を想起させて愛しいとさえ思う。
 それでもこの暑い島の中、何匹もの小動物に身体を覆われての洗濯は……いくら過激な訓練を積んだ身にもそれなりに堪える。ましてこの島で久方ぶりに対面した洗濯板での洗濯だ。悪夢のような修行の日々が自然重なる。…………あの頃より幾分過激度が増している気もするが。
 「シ、シンタローさん……?」
 「どうしたの? 具合悪いの?」
 「お仕事の邪魔だったの?」
 口々に幼い声たちが問いかけてくる。動物がしゃべる非常識さにも馴れた。むしろ、もう鳴き声しか返さない動物の方が不思議な気がしてくるほどだ。
 「…………」
 なんと応えればいいのか解らず、押し黙る。ここで邪魔だと言えば泣きそうな顔をして引き下がるのは解っている。結局は子供と同じだ。大人の顔と声で強い語気で言ったなら、引き下がる以外の術を持てないのだ。
 解っているから、声が出せない。その声を、顔を、自分はずっと嫌っていた。
 理路整然と腹立たしいまでに綺麗事を並べられる事が、嫌いだった。もっとこっちを見ろと癇癪ばかり起こしていた。
 そんな自分が重なる、不安と気遣いの交じった幼い瞳。
 瞬きながら、言葉を待っている。
 ………突然怒鳴った自分に畏れるのではなく、心底心配している純然さ。胃の奥底が収縮するように痛んで仕方のない、いつもの光景。
 かける言葉が見つからない。いま口を開いたらどんな言葉が出るだろうか。
 優しくこの島の動物たちを納得させる言葉を綴れるのか。その自信がなかった。
 それでもこのまま押し黙ったままでいられない事も解っていた。…………不安と心配に揺れる目が、いまにもこぼれそうになってきている。
 「……………………っ」
 「おお、みんな。遊びに来ていたのか!」
 喉奥で発する事のない言葉が谺している時、まるで見計らったかのようなタイミングで前方の道から子供が声をかけてきた。食後の散歩からようやく帰ってきたらしい彼にホッと息を吐く。誰にも気づかれないように。
 「ほら、お前ら。パプワも帰ってきたから、あいつと遊んでこい」
 「うん……あのね、でもシンタローさん」
 体のいい厄介払いのようだったかと痛みそうになる胸に気づかない振りをし、シンタローは手元の洗濯物に意識を戻す。背中にかけられた声には答えなかったのは仕事に集中しているように見せたかったただの意地。
 「あんまり無理しないでね。また遊ぼうね」
 ペタペタと小さな肉球の感触が背中に与えられた。見なくても解る。動物たちが心配そうに自分を見上げて、答えない事さえ気にもせずに心寄せているのだろう。
 開きかけた唇は音を紡げず、どうせ短い付き合いなのだと、言葉を飲み込んだ。それでも放り出せずに頷きを与えたのは…………弱さなのだと、思う。
 そんな自分に不快になる事なく手を振りながらまた明日と去っていく動物たち。
 ……………吐き気がするほどの、当たり前の日常。
 小さく息を吐き洗い終えた洗濯を抱えてシンタローは彼等の視界に入る事のないよう家の裏手へと回っていった。
 振り返ったならあるいは気づいたかもしれない。
 ………………その背中をじっと見つめる幼い視線に。
 気づかない事すら気にせずに消えた背中を振り返った子供は手を引かれるままに仲間たちと森の中へと消えていった。

 夕方、食事の支度も終わった頃にタイミングよく子供が帰ってくる。
 この島に来てからの大体の時間の流れはひどく単調だった。それこそ自分にとってはバカンスとさした差がない。ただ帰る日を想定出来ない、その一点だけが違う程度だ。
 「ただいま〜、今日はなんだ?」
 「その前に手を洗ってこい。………待て。食事の前に風呂に入れ、お前ら」
 あたためていた鍋の火を止めて振り返ってみればそこには全身泥だらけのパプワとチャッピーが居た。
 さすがにこれで食事は避けたい。綺麗好きな訳ではないが、それなりに節度は必要だ。ましてこんな小さな子供な上、この島には自分以外に大人の人間はいないのだから、自分がよしとしてしまえばそれを覚えて育ってしまう。別にこの子供の将来に自分は関係ないが、なんとなく悪影響だけ残して消えるのは気分が悪かった。
 「なんだ。別にこのままでも気にせんぞ」
 それよりも腹が減ったと横暴な態度で言う子供に心底苛立たしくなる。一体いままでどんなふざけた格好で食事をしてきたのか、思わず島中の動物たちに問い質したくなった。
 「風呂入らねぇなら食事抜きだからな。そんな泥だらけの奴に作ってやるものなんかねぇよ」
 ケッと反抗的な態度で言ってみれば睨みつける視線。………パターン的に、ここでチャッピーが飛びかかるかと身構えるが、その視線はじっと自分の手を見てからくるりと反転された。
 意外なものを見るように小さな背中に視線を送れば、むっとしたような顔の子供が振り返った。
 「何をしている。さっさとこい」
 相変わらずの高飛車な物言いでいった子供はドアのところで止まって待っている。なにを言っているのか一瞬解らなかったが、チャッピーが急かすように鳴いてようやく気づく。チャッピーは既にタオル類を入れたリュックをしっかり背負っていた。
 仕方なさそうに息を吐き、鍋に蓋をのせたあとシンタローはパプワの隣に歩み寄った。
 外は大分暗くなってきていた。パラパラと気の早い星が瞬いている。
 いつもと同じ道をいつものように曲がろうとした時、不意に小さな手のひらが指先を包んだ。
 「そっちじゃない。寄るところがあるから、こっちだ」
 「は? もう風呂入って飯に……」
 「いいから来い」
 遊ぶ時間は終わったと文句を言おうとしたが、言葉が閉ざされた。どこか必死にさえ感じる指先の力。怯えているわけはないと思うが、そんな切羽詰まった雰囲気が感じられた。先導するようにチャッピーが先を行き、それに従うようにパプワが、そしてそれに導かれてシンタローが道なき道を歩く。
 そこまではさして時間がかかった気はしなかった。不可解だと思っていたから一瞬にさえ感じたほどの短い間のあと、眼前には岩壁が立ちはだかっていた。そして胡乱とさえ見える、ポッカリとあいた口のような洞窟。
 怪訝そうに眉を顰め、説明を求めるように足元にいる子供に視線を送れば、気づいているはずの子供は無視をしてまた歩き始める。
 洞窟内は思ったより明るく感じられた。光源はなく、まして外さえも闇夜になった頃合いだ。月もまだ出ておらず、星も数えるほどだった事を考えれば先ほど同様先頭を走るチャッピーを視認出来る事が不思議でならない。
 不意に前の方に光が灯った。目を凝らしてみるとそこが曲り角になっている事が解る。そしてその曲がった先から光が漏れている事が伺えた。
 …………また自分の知らない島の誰かの家かなにかかと辟易とした気分になるが、ぎゅっと指先に込められた手のひらの力でそれが違うと否定された気がした。足下に視線を向けてみても返されない視線は、ただ真っ直ぐに前を見つめていた。
 それを追うように視線を前方に定め、曲り角を曲がった。
 「………………っ!」
 瞬間の、驚愕。
 息を飲んだ事さえ気づかなかった。ただ唖然とそれを見つめる。握りしめられた指先は、満足そうに寄り添うそれに変わり、歩み寄る事を促すように引かれた。
 「これ……は…………?」
 「光苔の一種だ。ほら、あそこには割れ目になっていてな。昼間は日が差し込むんだ。それを吸収して、夜はこいつらが光る」
 だから洞窟の中も少しだが光っているのだと、子供は自慢げに笑んで言った。
 一面、広いといっていいこの洞窟内の空間一面に広がる光る錦の生彩。…………そんな光景、おとぎ話としか思いようのない非現実感。
 同時に襲いくる、強烈なまでの既視感(デ・ジャウ)。
 「お前、馬鹿みたいに真面目だからな」
 声が注がれる。歩の光る空間の中で、幼く高い音が柔らかく。
 「たまには一息入れて、キレイなものを探してみろ」
 揺れる視界を見上げてもいないくせに気づいたのか、小さな丸みある指が抱きしめるように手のひらを包んだ。
 「もっとずっと、生きるのが楽しいぞ」
 無理しなくていいんだよと、抱きしめてくれた小さく愛しい弟の声が谺する。
 閉じ込められた部屋の中、無機質なその空間を埋めるように幾重にも置かれたキャンドル。
 誕生日だからと、お節介な伯父が珍しく弟のねだったモノを与えた事を知ったけれど、それは自分をいたわる為に弟が欲しがったモノ。
 テレビや本の中でしか知らなかった螢を真似たのだと弟は楽しそうに言った。涙を流した自分を守るように抱きしめながら。
 自分の為の願いさえ忘れた幼い心が悲しくて、もっと我が儘にと縋る思いで囁いた、過去。
 そんな事知るわけがない。弟の事さえ、この子供には言っていないのだ。
 それでも重なる。決して代わりなど求めてはいない存在に。
 頬をつたう雫を隠すように背ければ子供は静かな声で泉を指し示した。水浴びくらいは出来るのだと、誇らし気にいう島の王者は、未だこの地に溶け込みきれない怯えた大人に手を差し伸べた。
 不器用に残る事は出来ないのだからと一線を引く。その癖、切り捨てられない甘さ。大人はあまりに愛しむ事が不得手だ。失敗ばかりで怯えてばかり。
 だから自分の知っている事を教えようと、思ったのだ。
 きっとそうしたなら自分を見て笑いかけてくれると、そう思うから。

 歩み寄った初めの一歩。

 どうか次はきみが一歩近付いて。

 笑いかける、それだけで構わないから………………








 15151HIT、パプワで「南国初めの頃で「何じゃこのガキ!」てな感じのシンちゃんが「可愛いとこもあんじゃねぇか」てパプワを思う話」でしたー!
 ……………長いから、リク内容(そしてピンポイント過ぎるよ)

 いや〜、久しぶりに全く!話が思い付きませんでしたv
 焦った焦った。どうするよ、オイ。と自分で自分にツッコミ。
 なんとか書けてよかったわ〜(なんとかって)
 でもね。私の書くパプワに対して可愛さを求めてはいけないと思うのですよ。
 はっきりいって男らしいよ、パプワ(遠い目) むしろ漢。

 この小説は恐ろしいキリリクをくださった朱涅ちゃんへ捧げます。
 …………後悔しようと押し付けますので。逃げるな。