別にずっと一緒に居たわけではないし。
この先も一緒なわけでもない。
どうしようか、とか、いうわけでもなく。
ただ、心地いいかな、と思った。
不思議な感覚。
友達の兄なのに。
まるで。
……………自分の家族のような、感覚。
かけがえのない人
空は晴天。颯爽と走る自転車が風を切るには心地いい天候だった。
自然浮かぶ笑みと鼻歌を気にも止めずに角を曲がろうとした時、少し離れた場所から自分の名前が聞こえた。
「シンタロー!」
幼さの色濃く残った聞き覚えのある声に急ブレーキをかけた。周りには他に通行者も居ない事はしっかりと確認済みだからできる無茶ではあったが、僅かに声の主は眉を寄せていた。
危ないと言外に責めている顔に苦笑を返し、シンタローは自転車から降りるとそれを引き、声の主の傍まで近付きながら声を返した。
「ちゃんと周りを見てっから大丈夫だよ。んな顔するなら呼び止めなきゃいいだろうーが」
「………危なくないように止まればいい事だろ」
急ブレーキがいけないのだとビシッと指を突き付けて言う子供にシンタローは困ったようにまた笑う。 「はーいはいはい。悪かったよ。で、なんか用か?」
これ以上逆らってみても機嫌を損ねるだけだと見て取り、素早く謝罪を口にすると、シンタローは問いかけた。
弟の友人である子供は、同時に自分の友人でもあった。たまたま弟の小学校の入学式に赴く途中で知り合ったのだが、以来、弟と変わらぬ態度で対当に話してくる一風変わった子供だ。生意気と言ってしまえばそれまでだが、この子供の場合は少し違う。そうした態度をとる事で自然とどんな年代の中にも溶け込んでしまう不思議な雰囲気を持っている。
事実、18歳も離れた自分と対当に話しながらも小学校で浮くことなく同年齢の児童に囲まれているのだ。楽しそうに彼と学校で遊んだ事を話す弟を見るたび、本当に学校を変えることが出来て良かったと思うほどだ。
そうした感謝の念もあってか、自然子供に向けられる視線はやわらかいものに変わるが、その視線の先で憮然としたまま子供が口をつぐむのを見ると………つい、吹き出しそうになってしまう。
「……………〜〜っ! なにを笑っている!」
勘のいい子供は必死で耐えている事をあっさりと看破し、不機嫌そうに口をへの字にして顔を赤くしていた。………声をかけたのは多分、つい、だったのだ。用があったとか、何か話したかったとか、そんな理由もなく。ただたまたま目の前をシンタローが走り去って行き、その姿が消えそうになってしまってその名を呼んでしまった。
自分に気づきもしなかったことが、ほんの少し悔しいという子供の我が儘で。
時折零すそれはまだ年相応で微笑ましかった。自分にだけ我が儘を向ける歳の離れた弟と同じで、心を許してくれていると、はっきりと感じられて嬉しいとも思うのだが。
そう思いつい弛んだ口元が子供扱いされていると感じたらしい子供は、真っ赤な顔のまま自分の間近に控えている飼い犬の命令をくだした。
「チャッピーっ! エサッッッ!!!」
「どわーっっ?! こ、こらパプワっ! これはダメだって言ってるだろ!?」
パプワの声とともに怪我をしない程度とはいえ襲いかかってきたチャッピーに慌てて鞄で防御をするが、如何せん犬の機敏さにはかなわない。あっさりと腕を噛まれてしまい少し上擦った声でパプワに叫ぶ。
ここは街も近い。自分達の家のある郊外と違い人目も多くなってきている。今はたまたま通行人が居ないが、もしもこんな光景を見られたら、最悪狂犬として保健所に連れて行かれかねないのだ。
面白半分とコミュニケーションの一環で少々過激なスキンシップを行うパプワに幾度それを注意しても何故か一向に被害は減らないのだが。
「大丈夫だ」
狼狽えているシンタローを見て少しすっきりしたのかチャッピーを自分の方に連れ戻すとその頭を撫でながらパプワが言った。
どこか自信に溢れた声に不思議そうに眉を顰める。
………いくらチャッピーが頭のいい犬だと解っていても、それなりに大型犬で、力もある。実際問題体格のいい自分でさえ不意をつかれれば力負けをして押し倒される事とてあるのだ。タイミング悪くそんなシーンを目撃されたら問答無用で通報されてしまう。
それくらいは十分理解しているパプワが、それでもそう言いきれる自信がシンタローは解らない。怪訝な顔をして言葉の続きを待ってみれば、パプワは満足そうに笑ってシンタローを指差した。
「僕はシンタローしか狙っていないしな。お前は、チャッピーが危ないなんて言わないだろ?」
だから大丈夫なのだと、パプワは笑った。
どれほど自分達に迷惑をかけられても、最悪、怪我などを負ったとしたって絶対にシンタローは自分達を悪くは言わない。それどころか庇うだろう。容易にそれは想像のつく事で、だからこそ、心配など欠片もしていないのだ。
「…………あのなー……」
そういう問題でもないのだとがっくりと自転車に項垂れると、ポンと頭を叩かれた。調度パプワの手の届く位置にあったのでされたのだろうが、身長差のかなりある自分達にしてみればこの上なく奇妙な感じだった。
むず痒いその感覚に目を上げてみれば、幼い指先が差し出されていた。
「その代わり、お前に何かあれば僕もお前を守るぞ。それならお互い様だろ?」
まだ小さな手のひらで、それでもパプワは楽し気にそう言った。まるで守れるものがあることが嬉しいと、そう言うかのように。
時折見られる、どこか達観したような子供の顔。守られるのではなく守る意識の強いパプワのおかげで弟は幾度も救われた。だから、その性情に感謝はしていた。
していた、けれど……それでも自分に対してまでそれが向けられると訳もなく泣きたいような気分に襲われるのも事実だった。
小さな子供だった。幼稚園も保育園も行った事のない、動物たちと一緒に暮らしていたと言う一風変わった子供。動物たちを守る意識が強かったせいか、どこか責任というものを背負う事に慣れてしまっている風があった。
初めて出会った時、大きなランドセルにのしかかられるようにして駆けていて、手にも持っていた荷物のせいで足下も疎かで。危ないなと声をかけようかと思った瞬間に、盛大に転んでいた。
これは泣くかと思い自分の足下にまで転がってきた荷物の中身を拾いながら響くだろう喚き声を覚悟した。が、それは響かなかった。子供は怪我に見向きもしないで黙々と荷物を集め、袋の中に詰め込んでいた。自分が差し出したそれは礼を言って受け取る姿が、一瞬、子供のそれではなく見えたのは自分の気のせいだったのだろうか。
子供ならもっと心のままに声を上げてしまえばいいのにと、つい出てしまった職業意識が頭を下げてまた駆けようとした子供の腕を掴んでしまった。そのままいつも持ち歩いている救急セットで膝と腕の擦り傷の応急処置を行いながら、ほんの少しの時間子供と話した。それはほとんど一方的に話しかけていただけだったけれど、手当が終わると子供は手を差し出した。
そうして名前を名乗り合うと握手をして、満面の笑みで言ったのだ。お前は僕の友達だ、と。子供だからこその恥じらいのないストレートな好意に呆気に取られているとまた子供は駆け出した。入学式に遅れてしまうと言いながら。
仕方がないと小さく息を吐き、先生としてではなく友人として与えられた好意に応えるべく、自転車に乗れと声をかけたのはさして昔の話ではなかった。
時折保育園にいると見かける成長の早い幼児。それらの子さえ幼いと思わせるほど、パプワはどこか超然としていた。友として関わりながら、少しでもこの子供に子供としての幸せを知って欲しくてその不遜さを甘やかしてしまう事もあるけれど。
それでもひとつだけは絶対に譲れない。それを示すようにシンタローはぽんと笑うパプワの頭を撫でる。
「ば〜か。お前らを守るのが俺の仕事なの。子供は子供らしく我が儘言ってな」
ほんの少し力を込めてかき混ぜた癖の強い髪は、それでもその子供扱いを拒まずに大人しかった。
多分自分が初めてだったのだろうと、思う。通いの家政婦たちや遠くに離れた親でもない。自分が初めての等身大の人間だったのだ。動物たちに囲まれた動物の国の王様はたった一匹しかいない珍種で、仲間が居ない事を悲しんでいた。
差し出された腕をどれだけの喜びが受け入れたかなんて、自分には到底想像も出来ない。………それでその喜びに応えたいと、思うから。
「………子供扱いするな」
俯いたまま言う子供に笑みを深めた。決してそれは拒否ではない、素直ではない子供の甘え。
「はーいはいはい。じゃ、子供扱いしない代わりに買い出し、付き合うか?」
手伝って欲しいのだと笑いながら頼む声は伸びやかだ。どうせこの青年は知っているのだ。役割を与えられる事で気兼ねなく甘えられる自分を。
いつだって知られたくない幼さばかりあっさり気づく青年は、それでも………だからこそ、居心地がよかった。
「今日は暇だしな。手伝ってやるから、自転車に乗せろ!」
あの初めて会った日、名前しかまだ知らない自分の為に自転車を漕いでくれた背中。本当はあのあと仕事があったのだと知ったのは大分あとの事で、初対面の自分の為に不利益を被る事さえ笑って享受する潔さに驚いた。
だからつい、あの時からこの背中に弱いのだ。この広い背中は甘えてもいい場所なのだと、インプットされてしまった。
気をつけろよと言う声が直に聞こえる。しっかりと腰にまわした腕に力を込めれば髪がそよぎ風を切る。
大きな大きな背中に顔を埋めて、パプワは目を閉じた。
緑の少ない町中はさして好む所ではないけれど、友達と一緒に出かけるのは楽しかった。
初めて見つけた自分と同じ生き物。初めて手に入れた人間の友達。初めて与えられた友達からの無償の優しさ。
たくさんの初めては、たくさんの嬉しいを教えてくれた。
だから一つずつそれを抱きしめる。
それらを与えてくれた背中を守るように抱き締めながら。
キリリク19500HIT、パプワ&シンタローで「捏造で街に出かける二人」でした〜。
…………出かける直前までになってしまいました。
ごめん。実際に買い物している風景よりこっちの方が二人の心理面出せたので!!(汗)
んっじゃあ捏造設定紹介を。
パプワは郊外の家(どちらかというと丸太小屋系)で動物たちと暮らしています。通いの家政婦さんが食事を、清掃会社が掃除を、動物の管理は親の方から人が派遣されています(そういう関係の仕事という事で)
コタローとパプワは入学式で仲良くなります。というかコタロー、この話の中では病弱なんできっと倒れたかと。
シンタローは保育園の保父さんしています。ちなみにコタローとは異母兄弟。郊外の家ではコタローと二人暮しです。コタローの療養の為にこちらの方で暮らしています。
当然ですがこのストーリー内にパプワ島の未確認生物系の生き物は一切存在しませんよ。エグチくんやナカムラくん程度はいるでしょうが。
まあ大雑把な感じでこんな設定です。捏造ストーリーは設定まず考えないと話が作れないので難産ですわ(汗) そして捏造した設定の分だけ話が増える、と。いや、これは連載しませんけど(そもそも連載まだ終えてないしねー、神話シリーズ)
この小説はキリリクを下さった龍小飛さんに捧げますv
お待たせした上に微妙にリク未消化でごめんなさい(汗)