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待ってよ。
ねえ、待って。
お願いだから置いていかないで。
誰の声かは解らない。
でもずっとずっと昔から響いていた。
泣きじゃくりながら待ってと
誰かが言っていた。
待ってよ。
ねえ、待って。
お願いだから置いていかないで。
寂しそうに悲しそうに
呟きながらも決して消えはしない声。
遠く離れることもなく
また
近付くこともない。
待ってよ。
ねえ、待って。
お願いだから置いていかないで。
誰の声かは解らない。
…………解りたく、ない。
未だ弱い自分自身に反吐が出そうだった。
隠れ鬼
ジャングルの中を歩きながら頭上に実る果物の具合を確かめる。今日のデザートに何を使おうかと眺めながら、すっかりこの島での暮らしに慣れている自分に思わず溜め息が漏れた。
…………嫌だと、思うわけではない。
ただ時折無性に焦燥感に襲われるのだ。それが何故かまでは解らないけれど、ただ身体が引き攣れるような感覚に苛まれる。
昔からそういう事はよくあったけれどと思い、溜め息を漏らして唇が今度は自嘲げに歪んだ。
自分の立場を自覚した幼い日から、それは度々襲ってきた。完璧であろうと、そう思う毎に呼吸困難に似た症状に苦しんだ。誰にもそんな事は気付かせまいとして、酸素の足りない喉を喘がせながら決して物音がしないように布団にくるまり身体を縮こませていた。
身体中がくたくたに疲れ果てて訪れる安息とはほど遠い強制的な意識のシャットアウトの先、また思うのは強くならなくてはいけないのだという義務のような強い感情。
鏡の先、赤く腫れた目元を見る度に歯がしみしていた幼い日。愚かしいほど意固地だったと今なら思わないでも、ない。もっともそう思えるようになったのはこの島で生活をするようになって暫くしてからだったけれど。
そう思い至り、ふと辺りを見回す。
原風景というわけでもないはずなのにどこまでも感じる感覚は、懐かしさ。こんな大自然、自分が知るはずはないのに、それでも感じるのは優しさと懐かしさと、還ってきたのだという、帰郷本能の充足。
あんまりにもこの島は優しくて、優しすぎて、時折錯覚してしまうのだ。こここそが自分の生きる場所なのだと。この微睡みが自分のものなのだ、と。…………ありえるはずもないというのに。
緩やかに歩きながら滔々と流れる思考の川を眺めていた。手放しで流れ行くそれらをただ眺めていた。
手にした果実の重みの現実感のなさを思った瞬間、遥か彼方から聞こえる囁き声。
………幼い頃から繰り返し聞こえたその声は今もまだ体内を谺する。
もう消えたかと思っていたのにまた鎌首を擡
もた
げて染み込むように静々と響いていた。この島に流れ着いてからは聞こえなくなっていたのにと、唇を引き締めても詮無き事。響きは止まず、また、薄れる事もない。
耳を塞ぎたい衝動を感じながらもそれを捩じ伏せた。知っているのだ。これが現実の音でない事くらい。
自分で押さえつけなければどうしようもない。……自分だけがどうにかできる事、なのだ。
ゆるく呼吸を繰り返し視界に入る全てを拒絶するように目を瞑った。
微かに震えそうな四肢を叱咤して凛然と背を伸ばす。決して弱みなどないと、そう示すように。
浅い呼気が繰り返され、微かに声の力がおさまった頃、不意に足下に感じたぬくもりに身体が震えた。それは異常なまでの過敏な反応。
「……………っ?!」
ぎょっとして目を見開いて足下を睨んだ。
気配など感じなかった。否、そんな余裕がなかった。
自分の事にかまけて辺りへの警戒など怠っていた。信じられない失態だ。それが己も仲間の命さえも危うくすると、骨の髄まで自分は知っていたはずだと言うのに。
知らず身構えた先には真っ直ぐにただ見据える双眸が佇んでいた。…………その目に魅入られたように、呼気を飲み下す。
静かな目が問いかけるように捧げられる。答えるべき言葉が見つからず、かけるべき声音が霧散していった。
幼く丸みある指先はその柔らかさのままに自分に伸ばされていて、戻る気配はない。捧げられたまま、決して怯みも狼狽えもしない。
ただその双眸だけが問いかけていた。
息を飲むその仕草を見つめながら瞬く幼い至純の瞳。答えない相手を映したまま必死に考えていた。
どうしたのだろうと思ったのだ。苦しそうに見えた、から。
決して無表情でなどいられないくせに時折無理をして感情を殺そうとしている事くらい知っていた。ただそれが何故かなんて解らなかった。この島ではそんな必要はないから。解るわけがなかった。
だから教えてやろうと思ったのだ。そんな風にしなくてもいいのだと。泣きたければ泣けばいいし、苦しければ苦しいと言えばいい。この島はどんな感情だって受け止め受け入れてくれるから。
そうして伸ばした指先が彼の服に引いた瞬間、何かが弾けた。
弾け飛んだ何かは壊れかけた何かを覆い隠すようにしてまた纏われる。
…………完全なまでの臨戦態勢の気配として。
痛くないわけではない。拒否と、それは同等の態度だから。
それでも同じくらい解っていた。痛みは自分一人のものではないのだと、解っていた。
だから一歩、彼に近付く。
畏れるように凍り付いた彼を溶かせる事を祈りながら。
短い指先がゆっくりと近付いた。見開かれた瞳にそれは確かに映っていて……それでも逃げはしない。それに励まされるように今度は服ではなく、その指先を包んだ。
微かな揺れが伝わる。ぎゅっと握りしめて応える事を求めれば、怯えるような微かな逡巡。
それを感じて小さく笑った。……まるで幼い子供のような仕草が、あまりにもチグハグで……ほんの少し、切ない。
「なにを驚いている」
からかう気持ちで変わらないいつもの声を出してみた。悲しみに沈まないでと、祈るように。
軽く引いた指先に従うように相手は膝を折り視線を合わせてくれる。躊躇うように僅かに視線を逸らして……それでもまた握り締めた指先の強さに覚悟を決めたように、顔を向けてくれる。我が儘を一つとしてぞんざいに扱わないくせに、彼は自分の我が儘に気付かない。訴えたい事がなんであるのかさえ、知らないのかもしれないけれど。
この島は優しいのに。
この島でなら感情を何一つ我慢する必要はないのに。
噛み締めるように飲み下す癖を忘れられない寂しい大人が一人、この島には住んでいる。
「あんまりにも遅いから迎えにきてやったんだぞ。感謝しろ!」
握り締めた指先とは反対の腕で彼の長い髪を引っ張る。もっと近付いてと願えば拒まない。そのくせ、歪んだままの眉は泣きそうだ。
自分よりもずっとずっと大きな大人の身体を、小さな小さな腕で抱きしめてみる。余ってしまう腕の短さが恨めしい。
緩やかな吐息が肩ごしに漏れて、くたりと体重を預けられる。ようやく還ってきた彼自身をしっかりと抱きしめながら、ポンポンとその背を叩いてみる。彼が夜中、時折ぐずる自分をあやす仕草のまま。
「…………悪い。ちょっと、驚いた」
小さく小さく、子供にさえも聞こえる事を畏れるように呟いて、深呼吸をした。
驚いた、のだ。………声が、あまりにも重なってしまったから。
待ってと叫ぶ幼い声。自分を置いていかないでと必死で追いすがる、幼い頃に捨てた他人を求める弱さ。
早くなくしたくていつもいつも蓋をして押し込めていた幼い脆弱さ。それが、迎えにきたのだと優しく自分に腕を伸ばす、錯覚。
求めてなどいないと叫びそうになりながら、そのぬくもりがあまりのも優しくて………拒む理由さえ思い浮かばぬまま包まれる。それこそが正しいのだと、そう肯定するように幼い腕が必死で抱きしめてくれる。
愚かだと、思うではないか。怯えていたのは確かで、畏れていたのは……情に絡めとられ堕ちる自身。
守りたいものさえ守れなくなる事を畏れながら、守るものを突き放しているのだと、諭された。無意識のそれに、やんわりと言い含められた。
小さな小さな身体を同じように抱きしめながら、小さく笑う。……零れ落ちた雫の軌道を隠すように。
深く息を吐き出し、自分を守ろうとする幼い身体を抱え上げ、立ち上がる。
そのまま肩に乗った子供はやっぱり守るのだと示すようにぎゅっと頭を抱きしめてきたけれど。その不器用ないたわりに苦笑を浮かべながら手近の果物を一つもいで、与えた。
「…………………」
抱擁の代わりに与えられた果物を憮然と睨む子供の頭を軽く掻き混ぜ、降参するように小さく呟く。
………決してその顔が覗かれないようにしながら。
「ちょっと……迷ってたから、助かった」
迎えにきてくれた事を感謝しているのだと、ぶっきらぼうなままに呟いて、まだほんの少し意固地な相手は顔を逸らしてしまう。
それでも彼が間近に寄せてくれたから、手に取るようにその姿は焼き付いて……満足そうに子供は笑うと、ぐいっとその髪を引いた。
「僕はお前の友達だからな。いつだってちゃんと、迎えにいってやるぞ!」
だからいくらでも迷えばいいと、笑う。
迷う度にちゃんと迎えにいってみせるから。どこにも、迷い込ませたりはしないから。
「だから、ちゃんとお前も帰ってこい」
どことは言わないまま、願いを込めて呟けば、間近な顔は思いがけず振り返り、溶けるように視線を合わせたまま、笑った。
当たり前だと、そう囁く唇が嬉しくて。
またぎゅっと頭を抱えてみる。
…………守ると、誓うように。
キリリクHIT、パプワリクでシン&パプの幸せな一面でしたー!
………なんだか普段以上に甘くなっていませんか、お二人。
強くなろうと思うと、情が邪魔だな、と思うのです。
一番手っ取り早く強くなるのは自分を独りにしてしまう事だと思うので。
誰かを求める事で、頼る事で、その部分が弱ってしまう。
それを畏れて強くなろうとする初めの頃は案外独りが強さと錯覚してしまうのではないかと。
人を受け入れる事も強さの一つなのですけどね。難しいところです。
この小説はキリリクを下さった葛切りくこさんに捧げます!
スランプまっただ中の小説でごめんなさいですー!(汗) とりあえず今の精いっぱいでお届けしてみました!