憧れは、たぶんにあった。
疎ましさも、たぶんに。

ただそれらを凌駕するほどの、渇仰を知っているだけ。

どうして、も
なぜ、も
たいした意味はなさない。
ただそうであるという事実だけが、自分の真実。

幼子のように泣くことなど、今更出来るわけはないのだけれど………………





降り注ぐ灯火は、雫



 戸惑うようにして、そのドアの前に立った。
 どうしようかと幾度も悩みはしたが、それでも自然と足はそこへと向かった。
 丸い、ケーキのようなパプワハウス。たった一室しかないその室内はドアを開ければ全てが展望できる。
 このドアを開けるだけでいいのだ。そうすれば、多分欲しいものは容易く手に入る。そう思い指先をのばしては、勇気が出ずにまた戻される。
 ぐずぐずとしているうちに大分時間が経ってしまい、太陽が大分高い位置に昇っていた。
 深く息を落として空を見上げながら耳を澄ませた。ずっと聞こえて、それのせいで腕が縮こまる家の中の音、声。
 いいなと思っているのか、他愛無いことだとバカにしているのか、自分でも解らない。ただそれが自分を拒んでいるようで、どうしてもあと一歩の勇気に辿り着けなかった。
 薬の効果は一日だ。有効に使わなければと、飲むまではあんなに意気込んでいたというのに、いざこうしてそれを実行してみれば戸惑うような居たたまれないような、そんな心持ちで居心地が悪いことこの上なかった。
 「………………」
 帰ることも出来ず、さりとて押し掛けることも難しい。やはりこの姿はコンプレックスを強めるだけだと深く息を吐いた。
 同時に、唐突にドアが開いた。
 全く予期しないほど当たり前に、その気配さえ気付いていないほど注意力が散漫になっていたところへの、突然の変化だった。
 「……………へ?」
 瞠目してその人を見上げてみれば、間の抜けた声が漏れていた。多分、彼は気配で自分がいたことに気付いていたのだろう。当然、誰であるのかさえも。そうして文句でもいうか、何か用事でも言い付けるのか、とりあえず声をかけようとドアを開けてみればそこにいたのは、紛れもない自分で。
 ただ、その外見年齢だけが、20歳近く想定と異なっていたのだが。
 彼が感じているのだろう驚きと困惑は手に取るように解る。ついでにいうのであれば、相当怪んでいるのだろう気配も。
 薬の効果は一日。あの犬が言っていた言葉を思い出す。友達のテヅカくんを奪われて恨みもしているが、それとこれとは別問題だ。彼らの作る薬の効果は確かなのだから。
 効果は、一日。もう一度自分に言いきかせ、覚悟を決めるように普段よりもずっと高い位置にある彼の顔を見上げた。精一杯首を持ち上げなければその全てが視界に入らない、今の彼との体格差。
 何か声をかけなくてはと口を開きかけた時、彼の背後から響いた声。
 「どうかしたんスか、シンタローさん」
 その声に、むっと顔が顰められる。初めてこの島にきたときからことごとく自分の邪魔をしている相手なのだから当然といえば当然だ。
 声に気付いて首を巡らせ、シンタローが室内を振り返る。困ったような一瞬の逡巡を、自分は気付ける。彼はどうこの状況を判断すればいいのか悩んでいる。
 そこにつけ込むように勇気を出して、腕をのばす。はじめの計画どおりだ。
 「いや………っとぉ?」
 リキッドに答えようとしたシンタローはそのまま言葉を飲み込む。突然足下に走った衝撃に目を瞬かせた。何事かと足下を見てみれば、先ほど見た小さな子供が少し震えながら自分の足にしがみついていた。
 真っ黒な髪に、顔の半分が埋められている。少し陰湿な雰囲気をまとっている風情も、ちょっとした仕草というか挙動不振なところなども、自分のよく見知った男のものだ。ついでにいうなら、この子供から醸される気配は、確実にあの男のもの。
 自分がそうしたことを勘違いするはずはない。その自信はあった。
 そしてそれを認めるとすると、いま現在自分の足にしがみついている子供が誰なのか、また振り出しに戻るようにして疑問が吹き出た。解っている解答をあえて気付かないようにしているともいうけれど。
 「あれ? 誰か来たん………」
 言いかけたリキッドがその光景を見てピキリと固まる。
 その顔色から大体彼の中でどんな予測をしているのかが解り、白けた雰囲気のまま彼がいうであろうボケを想像する。………まあ大体、ブラコンな自分がどこかの弟似の子供をさらってきたとか、そんなところだろう。
 「シンタローさん、誘拐は犯罪です! それにこの子はコタローに似てなんか………っ」
 「誰が幼児誘拐犯だ」
 皆まで聞かずとも想像どおり過ぎるリキッドの反応に顔も向けずに眼魔砲を与えるが、それに反応してか足にしがみついた子供がより一層震えていた。
 「で、シンタロー、結局誰が来たんだ?」
 また新しい友達かとワクワクしながら問いかけてくるパプワが奥から途中、焦げているリキッドを飛び越えてドア近くまで歩み寄ってきた。
 必死で顔を隠すようにして縮こまっている子供はまるでいじめられることを畏れているようだ。誰かが傍にいるから安心するのではなく、誰かがいるから傷付くことに怯えている。
 ちくりと、それに痛む胸がある。………子供の姿だと、どうしても見過ごせないものが、自分には多くあった。それが誰であるのかとか、どうしてとか、そんな疑問は山のようにあったというのに、ふとそんなもの、どうでもいいような気さえしてくるくらいには。
 「あ〜……いや、迷子じゃねぇか?」
 「迷子っすか? でもどこから………」
 シンタローの返答にリキッドが答え、怯えさせないように気をつけながら子供の肩をたたき、軽くこちらを向かせた。思ったよりも抵抗の力があったが、さして苦もなくこちらを振り返った子供の顔を見た瞬間の、空白。
 「…………………………………」
 白々しいまでの、沈黙だった。
 解っている答えを気付かない振りをしているのは明白で、それは誰もが解っている。
 「シンタローさん、なにボケているんすかっ! こいつ明らかに…………っ」
 「うるさい」
 数秒の沈黙の後、ようやく我にかえったリキッドが叫ぶのをどこからか取り出した木の槌で撃沈させたパプワがぴょこりと子供の顔をのぞく。
 顔立ちは、明らかに前のパプワ島の頃から知っている青年のものだ。これが月日を経てああ変わるのだと、十分予測できる。
 ぎっと、自分を睨む仕草もそのままだ。子供の体のせいでより顕著に見えるというだけで。
 少しだけ考えて、ふと思いいたり、ちらりと困ったように自分達を見下ろしていす人を見上げる。
 「シンタロー」
 声とともに腕をのばす。言葉は他にいらず、それだけで彼は同じように腕をのばして抱え上げてくれた。
 「………あ……っ」
 不意に消えた、自分を守るように添えられていた腕のぬくもりに知らず声が漏れる。
 シンタローと同じ目線からそれを見下ろして、やっぱりとパプワは息を吐き出した。大人というものはどうして子供以上に子供のようなことを願うのだろうか。
 そんな風に、外見を変えなければいけないほど、どうして悩むのだろうか。
 傍にいたいとか、触れたいとか、ほんの少し人恋しくて誰もが当たり前に思うこと。それはなんらやましさもないのに、大人になるとたったそれだけのことを求めることが出来なくなる。
 声をかけて、腕をのばす。たったそれだけの行為だというのに。
 こんな簡単なことなのに、怖がってそれもできない。
 「シンタロー、夜になったら沙婆斗の森にいくぞ」
 「へ?」
 ぎゅっと、シンタローを抱きしめてそのあたたかさと香りを確かめる。大丈夫、毎日今は一緒だ。一日ぐらいは我慢ができる。
 だからほんの少しだけ、自分が安らぐためのぬくもりを、貸しても平気。
 軽く口をつぐんで、言い難い言葉を言うための覚悟を決める。
 「だから……」
 呟きながら、まっすぐに彼を見つめる。無理をしていないと、そう示すように。
 「それまで、あいつと遊ぶぞ。お前も、一緒に」
 見上げてくる目が大きく見開かれるのが解る。驚いているのだろう、自分がこんなことを言うなんて。
 いい子でいたいと思うわけではないけれど、自分は知っている。このぬくもりがなかった4年間、嫌になるくらい寂しさを思い知らされた。
 知っている痛みを、また誰かに与えたいと思うほど、自分は弱くはない。弱くなど、なりたくない。
 だから、ちょっとぐらいのことは我慢できる。もう子供ではないのだと、そう彼に胸を張りながら。
 その目にある確かな決意は、揺らがない。子供であるが故のまっすぐさと奔放さ。………無辜なまでの深い慈悲。それを見つめながら、遣る瀬無さそうにシンタローは眉を顰める。
 子供が無理をすることは、好きではない。辛い思いをして泣く声を聞きたくはない。愛されたいのだと伸ばす腕が拒まれる様を、もう二度と見たくはなかった。
 姿がそうであるからと、それを全て許容すべきでないことくらい知っている。それでも、解ってしまうのだ。こんなくだらない変化だけで、痛ましいほどに胸に迫る。それ故の自分の揺れが、この子供にこうして我慢を覚えさせるのだとしたら、もう何を選ぶべきかも解らなくなる。
 なる、のに。
 首に添えられたままの小さく短な指先も、足にしがみついたまま服を握りしめる細く小さな指先も、ただそのままで傍に居て欲しいだけだと、願うように寄り添うから。
 「…………しかたねぇな…」
 ぎこちなく笑みをこぼして、足下の子供を軽々と抱き上げる。既に腕におさめられている子供が軽やかな笑みをこぼし、同じ視線にやってきた今だけは子供姿の彼に、手を差し出した。
 「知っているか?」
 「………………」
 「子供は、我が儘を言ってもいいんだぞ」
 きちんと大人は叶えてくれると満足そうに笑う子供は、どこまでもおおらかな指先を躊躇いがちに握りしめられた指先に添えた。いま一時だけは、同じ場所を共有する証。握手をするような間柄ではないし、これで構わなかった。
 答えを持ち得ない姿だけは子供の彼は、目を泳がせて戸惑うままに間近にあることを許してくれる腕の持ち主を見上げた。いつもであれば決してこんな傍まで近寄らせてはくれない人は、いつも子供たちに見せる穏やかな笑みを困ったような雰囲気でこぼして見下ろしてくれる。
 腕を伸ばせば、届く位置。彼の匂いが解るほど、間近。体温が混じれるほどに。
 すり寄るようにその肩に頬を寄せ、目を瞑る。
 我が儘くらい、一杯言いたい。でもその全てが嘘になりそうだから、言葉には変えずに願ってみる。
 受理されることを知っているもう片側の子供もまた、同じ仕草で自分達を抱き上げる大人に額を寄せた。

 拒むことのないぬくもりが抱きとめる安堵。
 こぼれ落ちた水滴がなんであるかなど意識もせずに、目蓋は落としたままに。

 ……………身を穿つ虚空が薄まるまで、ただ傍にいさせて。








 キリリク34001HIT、パプワリクで「子供になったアラシヤマの話」でした。もっと細かなリクでしたが、割愛(オイ)

 本当はね、ギャグの予定だったんです。一応書きかけたんです。途中で挫折してやめました。
 どうやらPAPUWAでギャグ書けないらしいです。キャラが動かない(汗) シンタローがツッコミだったらまだ書けたかな……いや、無理か。
 そんなわけでリクとは異なり、普通に書かせていただきました。ごめんなさい。でもある意味アラシヤマVSパプワは正しく再現。何故。
 
 この小説はキリリクを下さったさんに捧げさせていただきます。
 …………長すぎるほどに待たせてごめんなさい。次の作品も頑張らせていただきますです(汗)

05.6.5