柔らかく笑んでいた。
あの島での、彼のように
ああ、どれほど望んだか
自分達とともに居ることで
それをこそ得たいのだと。
奪うことしか知らない。
傷つけることしか知らない。
この血塗られた腕で、
それでもそうしたいのだと
切に願わずにはいられない。
添え星 鏡 あるいはドッペルゲンガー
降り立った先は、未開地だった。そうとしか言い様のない、そこはジャングルのような場所。果たしてここが目的地なのか、あるいは単に渦からはじき出されただけの漂流地か、判断が付かない。
困惑を僅かに目に浮かべながら、クルーたちはその光景を見遣った。
過去に行ったことのある島に、似ているようでいてまるで違う。ここは純粋な、ジャングルだ。否、未開の土地というべきか。
あの島はどこかあたたかさがあった。島自体がまるで包むような、そんな息吹を感じさせた。それはこの世のどこにも再現など出来ない、あの島にだけいえるものだ。
スクリーンは正常に起動しており、外装に備えられているセンサーに有毒なものは触れていないらしく、酸素濃度も降り立つことが可能な数値を示している。それらを慎重に確認した後、モニターから目を離して背筋を伸ばす。それだけで、空間内の緊張が増した。
「こうしていても埒が明かない。俺が調査に行こう」
ぼそりと言った言葉に周囲がざわめいた。が、その真意を知りながらも男は無視をし、踵を返して出入り口へと続くハッチへと向かった。その途中幾人かがもの言いたげに視線を向けたが、無言の圧力にそれが叶うことはなかった。
誰もが理解はしていた。クルーたちが周囲を調査するよりも、彼が赴き調べた方が情報量も桁外れであるだけでなく、危険も比べ物にならないほど低くなる。それでも物言いたいのは、彼の切羽詰まった心境が決して一人抱えているものではないのだと、そう訴えたい思いが少なからずクルーには共通しているからだ。
「初めっからなんでトップがいくのさ! もう、シンちゃんもキンちゃんも自由に動き回り過ぎだよ!」
クルーたちの思いを代弁するように明るく弾む、この場には到底そぐわない声が響いた。たしなめるような響きを幼い口調で告げた相手を振り返るように男が首をまわす。
視線の先には男と同じ色彩を纏う、幼い顔立ちの従兄弟がいる。その目には微かな憂いが共有する願いに瞬いていた。…………彼もまた、不安なのだろう。ここが、どこであるかが解らないからこそ、一刻も早く確かな解答が欲しい。
自分達が求めるものは、一か所に留まっていない。捕まえられる時に捕まえなければ、いつまで経っても捕らえられない。もっとも、未だ追跡装置が未完成の状態での試運転など、失敗する方が当然と考えるべきではあるけれど。
解っていて、誰もが志願した。危険が伴うことが当たり前の運行を、誰もが望んだ。その思いを踏み付けてはいけないと、幼い笑みの中の英知が囁いている。それに少しだけ居心地の悪い顔をして男が唇を引き結ぶのを見て取ったようなタイミングで、更に奥の方から声が響いた。
「まあまあ、グンちゃん、その方が確実なんだからいいじゃないか」
朗らかな声がまるで室内を支配するようにこだました。普通に発生されただけの声だというのに知らず視線が追ってしまう、天性の支配者の声。人の上に立つことを定められた声音を持つ壮年の男性はニヒルに笑んで男に近付くように真っ直ぐに歩んだ。
「さあ、私たちも一緒にいこう。諸君はここで待機して、いつでも飛び立てるようにしているように。何があるか分からないのだから、決して油断はするな。解ったかな?」
最後に発言したものとは思えない取り仕切る声に、けれど誰も逆らう意志を表しはしなかった。どこか安堵するように詰めていた息を吐き出し頷くと、クルーたちはそれぞれの持ち場を再確認しはじめる。
それを横目に男性は息子の肩を叩いて先を促し、ハッチの前で立ち尽くす男の前まで進む。
むくれた子供のような目つきで見遣ってくる男の焦りを胸中では同意しながら、けれど上に立つことを人生の大半に課せられた男性は、己の役所を演じる必要性を説くように不敵に笑んで、彼の一歩先を進むようにハッチを開けた。
外は、ジャングルという以外の言葉が見つからない空間だった。360度どこを見ても同じだ。唯一の例外が上空と足下くらいだが、それにしてもここまで人の手の加えられていない原生林は珍しい。
飛行船を視界におさめながら周囲を見ていた三人は、けれどそこの留まっても仕方がないと太陽の向きを確認しながらジャングルの中に足を踏み入れた。
「ここは一体どこなのだろう」
神経質そうに眉を寄せて呟く男に、隣を歩く従兄弟が首を傾げながら答える。
「うーん、なんか高松がいたら大喜びしそうだよね。何かお土産に持って帰ってあげようかな」
全く質問に足しての解答ではないが、おそらくは場の雰囲気を少しでも和らげようとしているのだろう。そう考えながら周囲を見回していると、不意に奇妙なものが視界を過った。
……………明らかに小さな子供ほどの人影が、雲を横切っていった。
「………………………………」
今まで数々の常識知らずな生き物を見てはきたが、人間が空を飛ぶというのはさすがに目撃したことがない。一瞬沈黙し、思考とともに足も止まってしまう。隣の従兄弟はそれに気付いて首を傾げながら男の見遣っている視線の先へと同じく目を向け、そんな二人を不思議そうに振り返った男性もまた、同じ方向へと目を向けた。
その先には、きょとんとした子供が一人、浮かんでいた。
「…………………。やあ、こんには」
興味津々に自分達を見ている子供に、一番はじめに我に返って声をかけたのは、年の功なのか、壮年の男性だった。にっこりと優しい笑みで挨拶をすれば、相手は人懐っこそうに笑顔を浮かべて答えを返す。
「こんにちはー。もしかして迷子かー? ヒーロー、初めて会ったぞ」
この辺の人ならみんな知っているのにと子供は無邪気にいった。器用に羽を動かしながら空から木々を縫って自分達の目線の高さまでやってくる。それを確認しながら、それが妄想でもまやかしでもない、確かに生きた人間なのだと嫌が応にも認識した。
科学者としての見識からは、どうしても分析しきれない現実に逃避したい気持ちも湧くが、今はそうした事実に目を背けてはいられない。何せ、自分達の目的達成には、常識というものが存在しない場所に赴くことが前提としてあるのだから。
「迷子じゃないよー? 僕たちね、人を探しているんだ」
ニコニコと子供と同じく無邪気に笑ってグンマがいうと、パッと子供が顔を輝かせて手を上げた。
「ヒーロー解るぞ! ヒーローとパーパは自由人だから、色んな人知っているんだ! それにバードは情報屋だから、色んなこと知っているし、タイガーはいっぱい友達がいるから!」
「本当? あ、じゃあさ、シンちゃん知らないかな?」
「シンちゃん? どこかで聞いたことあるなー」
首を傾げて子供がいい、思い出そうとしているのか、パタパタと忙しなく空中を旋回した。
そんな子供の言葉に無駄な希望だと知りつつも三人の視線が集中した。それとほぼ同時に、ポンと子供は手を叩いて、明るい笑顔でうなずく。
「わかったぞー。パーパのことだ!」
「…………パーパ?」
「ヒーロー!! どこだー! オーイィ!!!」
「ガウウ、ガウガウー!!」
「あ、パーパとタイガーだ。おーい、こっちだぞー!」
間の抜けた声で三人が同時に答えたのに重なるようにして、子供の名を呼ぶ大人の声が響いた。そして不思議なことに、獣の鳴き声も一緒に。………もちろん、それは初め子供が見えたのと同じ、空の上から。それは旋回し、すぐに急降下してこの場へと向かってきた。子供の呼びかけに気付いたせいだろう。
子供が空を飛ぶのだから父親も飛ぶだろうと、既に目の前の非常識を認めた三人はさして驚きもせずに視線を空へと向けた。逆光で人影はよく見えない。解るのはかなり鍛え抜かれた体格と子供以上に大きな羽。腕に何かを抱えていることから、それが先ほどの鳴き声の主であろうことが推測できた。
解った情報はそれだけで、眇めた視線はまだ訝しげなまま。
そして、それが見開かれる。
………………子供の父親の顔が、見えたその瞬間に。
「あれ? ヒーロー、この人たちは?」
「パーパ探してた人だぞー」
きょとんとした父親の言葉に子供は自信満々に答え、父親の視線が三人へと注がれた。見下ろす態勢であることに気付いたのか、彼は羽をしまって地面に降り立つ。と同時に腕に抱えていたかなり大きな動物も地面に降ろした。
羽がなくなったせいか、尚更に、それは探していた人物にしか見えない。同じはずがないと解っていても、それでもその名を問いかけるように呼んでしまう。
「シンタロー………?」
「へ?」
驚いたように目を瞬かせた相手が答えるより早く、足下で何故か爆発音がした。
条件反射故に身構えた二人がグンマを守るように背後に庇うと、その視線の先には先ほどまでの獣ではなく…………それと同じ色彩をした、男性が立っていた。
「なんでパーパの名前知っているんだ??」
「動物が人間になったよ! なんでなんで?!」
「変身人間は初めて見た」
「奇人変人が多いガンマ団にもさすがにいないからね、変身人間は」
それぞれがそれぞれ好き勝手にいっているだけの、会話にならない会話を目を瞬かせたまま見遣りながら、パーパは困ったように頭を掻いた。見ず知らずの相手、ではある。が、自分を探していたらしい。
どんな厄介ごとであれ、少なくとも毎日毎日襲撃をかける悪質な幼馴染みよりはましだろうと、そんなことを思いながら、この地域にそぐわない服装をしている三人に問いかけた。
「とりあえず、俺に何の用なのかな?」
足下に擦り寄るようにしてやってきた、また虎の姿に戻ってしまったタイガーを慰めるように撫でながら三人を見遣ると、どこか複雑そうな顔でそれを見ている。その視線に晒されながら、確かにこの目で観察されたら、タイガーでなくとも居たたまれなくなって泣きつきたくなるなと心の中で溜め息を吐く。
「どうかしましたか?」
なにかの依頼なのかと苦笑して問いかけてみれば、やっと意識を戻してくれたらしい三人が代わる代わるに事情を説明しはじめた。曰く、パーパそっくりの『シンタロー』という人物を探しているという、至極単純な話だ。が、あちらこちらに何故か話がズレて飛んでと、小一時間もかかった結果の結論ではあったが。
結局人違いであったことは解ったけれど、それでもどこか名残惜しそうな三人の様子に困ったように笑う。いまいち彼らの話は解らない部分が多かったけれど、おそらく今そんな顔をする理由は単純なものなのだろう。幼馴染みが毎日のように遠い国から日帰りで人の邪魔をしにやってくるのと、おそらくは似たものだ。
しばらく無言で立ち尽くしていた三人は、不意に首を振って寂しそうに笑った。
………それは、幼い頃から知っている女性に、少し似た笑みだ。どうしようもないのだと、そんな風に諦めるのではなく達観して受け入れる、そんな笑み。
「どうやら、ここは私たちの目指す目的地とは違うようですね」
「だとは、思いますけど………、滞在されるなら、便宜くらいはかりますよ?」
寂しそうな笑みが申し訳なくて、パーパが言えば、彼は首を振り、子供らしい二人の男性を振り返った。
「とても嬉しいお誘いですが、あなたはあまりにも似てい過ぎて」
困ったように視線を逸らしてる二人を優しく見遣り、彼はいう。
「連れ帰りたくなってしまいそうなんですよ。…………それで悲しむ子供がいると、私たちにも解るのに、ね」
多分それは詭弁ではなく事実なのだろう。腕の中のタイガーが警戒するように唸っていたし、のんびり浮いていたヒーローが唐突に背中にしがみついてきた。
必死に手放さないと主張する二人を視野に入れて、三人はやはり先ほどと同じ寂しそうな笑みを浮かべた。………それを見て、何となく、解ってしまう。
きっと彼らが探している人物も、誰か大切な、それこそ魂を分け合って生まれたような、そんな対象がいるのだ。その誰かと今は一緒にいて、彼らが見つけだすことは即ちその誰かと離れることさえも意味しているのだろう。
だからこそ、寂しそうなのだ。
……………自分達だけの命ではないと、彼らは知っている。
「家族……なんですよね?」
探しているその人はと問えば、微妙に頷いていた。それでもその視線だけは確かな意志で煌めいている。
それなら大丈夫と、パーパが笑う。空を写し取ったような、雄大な慈悲を潜めて。
「帰ってきますよ、ちゃんと。自分の意志で、あなたたちの元に」
たとえ体が滅んでも、魂だけとなったって、絆を捨てきれるはずがない。こんなにも愛されていると、他人の自分すら解るのだから。
根拠も何もなく、それでもパーパがいった言葉に、息を飲むように三人の呼気が止まった。
そうであってくれればいいと、願うように不器用に笑むその仕草は、彼らが同じ血を引くことを教えるように似通っていた。
だからこそきっと、いつかはその手に還ってくるだろう。
別れの辛さも悲しみも
それでも飲み込み、還ってくる
生きるべき場所を知っているなら、忘れることなく帰り着く
それが己を知るものの定めなのだと、パーパは静かに笑んで、囁いた。
キリリク61500HIT、パプワとヒーローのWパロでした。
どう考えても細かな内容のリクエストを全て叶えるのに一回分のキリリクの容量では不可能と判断して、パーパとマジックが好きというその観点からこちらの話を書いてみました。まあそのおかげで従兄弟たちの見せ場がまるでなかったけどね!(だからはじめはキン&グンを絡めたのさ……。じゃなきゃいる意味が既に無い)
ちなみにもう一つの方はパプワたちとアラシの遭遇話(笑)こちらは小説置き場に置かせていただいてます。というか、パプワとヒーローどちらに置こうか悩みどころですよ。
ギャグ設定だけどあえてシリアスで。最近ギャグを書いていないおかげであのテンションの高さは辛いかな、と。まあそれ以前に自由人キャラ以外でギャグを書くのが辛いのですが。不思議と自由人キャラだけはあっさりギャグが書けた。なんでだろう(それは原作であれだけ濃厚なギャグを見ているからだよ)
この小説はキリリクをくれたEKAWARI様に捧げます。
少し設定が細かすぎたので書ききれませんでしたが(汗)補完代わりにパプワたちの方も書いてありますので、よろしければ御覧下さい。
07.6.5