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消えてしまったものを探していた。
それがなんであるかさえ知らずに。
ただ心が揺れ動く。
…………ただ求めるままの衝動。
消えてしまったものを、探していた。
他愛無く些細なもの
苛立っていた。ずっとずっと……もういつからかなんて覚えてもいない。
ただ蠢くなにかが気に入らなかった。心の内、靄(もや)のように澱んで捕らえ所のないなにか。
わからなくてずっとささくれだったままの感覚。
…………笑えなくなった、顔。
なにが原因かわからないわけじゃない。それでもそれを打ち消したかった。
憎みたくなどない。恨みたくなどない。その期待に応えられない出来損ないであるからこそ、尚更に。
それでもそれは容赦なく突き付けられる痛み。
喉が、灼ける。声さえ発せなくなる。わかっていて、それでも無言のまま眠る。逃避というに相応しい所作はそれでも誰もが非難する事なく受け入れていた。
それすらもが苛立たしい。いっそ糾弾されたなら、それに刃向かう事で発散出来るのに。
優しいのではなく、無関心故か。あるいは、自分の後ろに控えるものを恐れて口出しなどできないのか。
そちらにせよ、この無気力を霧散させるにたるものはなにもない。
……………なにも。
空が高い。……まるで嘲笑うようだと感じる自分の心境の方が滑稽だったけれど。
なにがどうしたわけでもなく、時間だけが過ぎていく。誰も何もいわない。あの父ですら、視線を合わせない。理由など、知れているけれど。
喉まででかかっている叫び。いっそ狂ってしまえれば楽なのに、人はそう簡単には狂えない。
噛み締めた唇を解き、深く息を落とそうとした瞬間、茂みでなにかが蠢く気配。
…………訝しんで向けた視線の先にはうずくまる影が写った。自分よりも大きな肩と手足。長過ぎる髪。いやでも覚えているその風貌に顔を引き攣らせかけ、シンタローは見なかったことにしようと背を向ける。
同時にガシリと掴まれた肩に逃げられない事を悟りはしたけれど…………。
「…………行き倒れたもんを見捨てるとは武士の風上にもおけんのう」
「俺は武士じゃない」
どろどろとした効果音が聞こえそうな声を聞き流そうと必死になりながらもつい返答してしまう。
そのままいっそ無視して歩いていってしまえばいい事はわかっているが、如何せん掴まれた肩がいつの間にか物置きになったかのように体重をかけられていて立っているだけで精一杯だ。……少しでも動こうものなら無様に倒れ込む事はわかっている。
早く帰りたいと心から思ってみれば、それに答えるように響いたのは…………腹の音だったけれど。
一瞬の沈黙。ワナワナと震えている寄り掛かった相手に少しだけ茶目っ気を込めて、いま現在の心境を簡潔に伝えてみる。
「………………………………………………腹減ったんじゃが」
「だったらさっさと飯を食えーッッッッッ!!!!!!」
あっさりと言ってきたコージの当たり前過ぎるその言葉に、久方ぶりのシンタローの怒鳴り声が返された。もうずっと、しゃべる事すら億劫そうに頷くだけの機械だった事に本人さえ気づいていないけれど。
笑いかければ眩しそうに目を細め、声をかければ噤まれる唇。
………声を聞きたいと伸ばす腕にも気づけない余裕のなさ。あるいは……無感情。
情け深いからこそ吐き出す言葉を忘れた姿は痛々しかった。無視すら出来ず、かといって壊れる事も出来ない。ただ生きるだけの木偶人形など、見たくもない。煌めきを確かに持つ姿にこそ、人は憧れ思いを寄せていたのに。
それを失ってなお、人がのばす腕に応えなくてはと詰まる息に遣る瀬無さが募った。
……………だから、耳さえ劈くその大音量にそれでも肩に埋められた面に浮かぶのは微笑みだった。
特になにを話す間柄なわけでもないし、まして仲がいいというわけでもなかった。ただ、人に慕われその面倒を見る事を快く引き受けている姿には、好感を持っていたから。
失われていく姿が惜しいと、思った。
どうやって引き戻せばいいかなどわかるわけもなく、ましてそんな真似ができる関係でもない事は重々承知していた。だからこそ、シンタローが関わらざるを得ない状況を作り上げたのだ。
べったりと頼ったように縋ってみれば、微かな溜め息とともに腹を括ったらしい諦めの視線。
にんまりと笑んで、軽やかな声がシンタローに届けられる。
「シンタロー、ぬしの部屋はこの近くじゃけぇ、なんか食いもん恵んでくれんか?」
「……………………ずうずうしい」
吐き出すような声で言っていながらも、さり気なくコージがふらつかないように気遣ってしまう仕草。多分それは無意識に。
その性情を開花させるには確かに重過ぎるものばかり背負っていると苦笑して、コージは遣る瀬無さを霧散させるように笑むと歩き始めたシンタローに合わせて足を運んだ。
「ったく。なんで俺が…………」
小声とは言い難い声でブツブツと絶え間ない文句を言い続けている相手の背中を見やりながら、ふともれるのは忍び笑い。
………いやなら、そのまま自分を放り捨ててさっていけばいいだけのこと。それでもそれをしないのは本当に自分が行き倒れていたとしたらという微かな可能性と、時間を少しでも潰したいと願う逃避故か。
どちらであれ、あるいはどちらでないにしても今こうして自分のために調理に勤しんでいるのは結局は人のよさである事はわかっているけれど。
ずっと蹲るような背中だと思っていた。明るく笑って人を先導するその時ですら。……なにがどうしてという、言葉にはならないほど微かな違和感。泣きそうな顔で笑っていると思ってしまった理由すらわからない。
ただ息苦しそうな姿に興味を覚えた。誰よりも恵まれた環境にあるはずなのに、どこまでも辛そうだった。
結局自分もかなりのお人好しか……野次馬根性が強いのか。どちらであれ、興味がわいたなら近付けばいい。たったそれだけの単純な考えでチャンスを伺ってみれば、いつの間にか萎れた華。
与えられ続けた肥料と水が多過ぎたのか。それとも突然それを与えられなくなったのか。
そんな事すらわからないけれど、ただ枯れていこうとするその姿が華自身の願いである事はわかった。
………いっそ朽ち果ててしまいたいと恥じるように小さく小さく花弁を埋(うず)める。誰も見るなと囁くように。
無性に腹が立った。同時に、誰もなにも気づかない事にも驚いた。笑わなくなったという、その一点ばかりが周りの関心。
そんな単純な問題ではない事くらい、わかりそうなものなのに。
「まあそういわんで、早う飯♪」
「だったら手伝わねぇか、このうどの大木ッ!!!」
明るく響いたコージの声に、少なくとも行き倒れていたわけではない事はわかった。が、今更追い出すのは追い出すのでなんだか癪だ。結局はコージのペースに巻き込まれたような気がするが…………
それでも、少しだけ苛立ちがなくなった気がする。もっともコージが巻き起こした新たな苛立ちはわいてはいるが。
それもまた、少し心地がいい。ほんの少し……昔に戻れたような感覚。我が侭な弟と、やっぱり我が侭な父の相手をしていた頃に。
不意にわく郷愁のような観念。そんなもの持てるような間柄ではないと、幾度も打ち消しては現れる。ほんの些細な瞬間の、それは茨のように棘ついた記憶。いまもなお鮮やかな芳香を讃えながら……………
忘れなくてはいけない事が悲しくて。それが嘘だったと思う事が辛くて。何も感じない人形にいっそなりたかったのに、周りの腕はあまりに優しくて…応えなくてはと、震える腕が怯えながら差し出される。………それはあまりに如実な嘘の腕。
本気のこもらない腕に価値などない事を自分は理解しているけれど、騙してはいけない事も、ちゃんと知ってはいるけれど……いまはそれ以外差し出せるものもない。
…………なにも、ないから。
総帥の子供でいる事に疑いはなかったのに、走った亀裂がその全てを息苦しくさせた。
そうして気づく。………この場所には、「総帥の子」という肩書き以外の自分がいない事を。
どこにも自分の個人がなかった。居心地の悪さを知ってしまえば、もう笑う事すら出来なくなった。
「コラッ! な~にやっちょんじゃ?」
「へ………? ……ってうわぁ!?」
唐突な思考の断絶のあと、響いたその声に現実に引き戻された目が初めに映したのはモクモクと煙りがたっている鍋だった。すっかり失念していた煮物が黒焦げになっている。
顔を引き攣らせながら久し振りに失敗した料理を眺めんて途方に暮れてしまった。………なんとも決まりの悪い状況だ。
ちらりと反応を伺うようにコージの方に視線を向ける。正直、人前でこんな失敗をしたのは初めてだ。ずっと、最高の自分を見せるように努めてきたから。
微かな恐れを滲ませた幼い瞳が伺ってみれば…………吹き出した音が響いた。
遠慮などしていない腹の底からの爆笑も、いっそ心地いいまでに晒される。………腹が立たつかどうかという問題は別にして。
目を瞬かせながら、腹を抱えて笑うコージを眺める。随分、こんな姿を見なくなって久しい気がした。ずっとどこか遠慮がちな尊敬の視線に包まれていた。自分のことを笑うなんて、誰もしなかった。だから余計に意固地なまでに失敗のないように自分を律しもしたけれど。
それでもいま目の前で晒されるのは、あまりにも同じ視線で立つものの…当たり前の態度。上も下もなく、崇拝も羨望もない。
……………息を飲む。そんなものが自分に与えられるとは思っていなかった。
目尻に涙さえ溜めて、いまもまだ笑いがおさまらないという顔をしながらコージがシンタローの背中を叩く。……本人は軽くしているつもりかもしれないが、かなりの衝撃だ。
「シンタローは料理が苦手じゃな?」
「違ぇよっ! ちょっとこれは、だから余所見していたから…………!」
「あー、わかったけぇ、怒鳴るな怒鳴るな♪」
クツクツとまだ笑っている姿にはシンタローの言い分など聞いていない事しか伺えない。ムッとして、シンタローは指先をコージに突きつける。
………料理には、それなりに自信があるのだ。それを貶(けな)されて引き下がっている気なんかない。ましてこんな醜態を晒したあとだ。名誉挽回も含めて、このまま帰すなんて出来ない。
「ちょっと待ってろ! 最高にうまいの作ってやるっ! 驚くんじゃねぇぞっっ!!」
肩さえ怒らせて感情を爆発させて、まるで幼い子供のように躍起になっているシンタローなど、そうは見れない。意外なものを見たと満足そうに笑んで、ひらひらとコージは手を振る。
「わかっちょる、早う飯にして欲しいとこじゃけんのう?」
………それでも微かなからかいを込めて囁いた言葉は少しだけ意地悪そうな口元で。
返される怒鳴り声さえ心地いい。
やっと見つけた。萎れたままではいない華の開花のさせ方。
……………どうやらそれは、自分にとっても嬉しい方法のようだけれど。
鼻をくすぐるいい香りに腹の音を響かせながら、自信満々の笑みで部屋に戻ってくるシンタローを思い描き、コージは瞼を落として笑みを唇に添えた。
というわけでコージ&シンタローですv
私この二人好きなんですよ!なんというか、対等な友人関係をずっと出来ていたって感じで。
ミヤギは思いっきり尊敬の眼差しだっただろうし、トットリはミヤギ寄りだろうし。
アラシヤマはそれ以前の問題だし(笑)
そして大飯ぐらいなコージに自然おさんどんしている話になりましたとさ。
…………でもシンタロー、幸せそうにご飯食べてくれる人の世話役の好きだと思うぞ。
パプワも残さずご飯は食べてくれるだろうしね!(そこかよ)