別段特になんてこともなく。
何を考えるわけだってなく。
ただ生きていたなーとは思う。
ただ、それでもやっぱり
守りたいかもしれないとか思う調子のいい自分だっているわけで。
そんなときどうすればいいかなんて
だぁーれも教えちゃくれやしなかったんだが。
ちびっこい手で必死こいて足掻いてる。
滑稽で間抜けで笑い種。
………それでもなんて純粋に煌めく瞳なことか。
馬鹿らしいしくだらない。
わかっちゃいるんだが。
それでもまあ、逸らせなくなったなら仕方ない。
括る腹など持ち合わせちゃいないけど
ちょっとくらいはそれのために手をかけてやってみるかなんて
ガキじみたことを考えていた。
馬鹿みたいに青い、この空の下で。
滑稽だけど美しいもの
頬を過った風に連れ去られるように自分の前髪が薙いだ。
大分長いこと放っておいた髪は伸びたいだけ自由に伸びている。これでは隊員たちがどんな風に自分を影で呼んでいるかなど想像に難くない。
やれやれとニヒルな笑みとともに瞼を落とす。ついさっきまで見えていた青空が瞼の裏側に広がり、差し込む光が本の少し柔らかく体を包んだ。
「あ、いたぞ、グンマ」
目を瞑って本格的に惰眠を貪ろうかと思ったと同時に声が聞こえた。聞き違えるわけもない、あどけなさとは無縁のクソ生意気なガキの声。
ガサゴソという音がするのだから、気配の方向から考えても足下の植え込みを突っ切ってきているのだろう。兄のお気に入りのはずだが、まあ彼がやるのであれば咎めもしないのは目に見えている。それくらい、彼は甘やかされて育っているのだから。
それが少し、気に入らない。
不遜な目で大人を見上げる馬鹿なガキ。
子供らしく甘えることが苦手で、拗ねたような目で強がってばかりいる可愛げのなさ。
「どこにいるの? ねえ、もう見つけないで帰ろうよ」
次いで聞こえたのはおどおどした気弱そうな声。息切れしているところを見ると、彼にしてはかなり頑張ってついてきているらしい。
「ばかグンマ。いたって言ってるだろ。オラ、さっさと起こすぞ!」
「ええ〜!? 寝ているのに? やだよ、やっぱいなかったっていおうよ〜」
「なにいってんだよ。こんな獅子舞、どこが恐いんだ?」
「……………それ、叔父さまの前で言ったら怒られるよ?」
「寝てっからいいんだよ!」
「…………誰が寝ているって?」
「…………………………っ!!!!」
息を飲む音が響く。
なんだかんだできっちりとこのガキどもには自分の方が上と教え込んでいるのだ。
ちょっと低めの声でドスを利かせれば脅えて竦むのなど目に見えていた。喧嘩は初めの一手が大事。ガキじみた仕草だと解ってはいたが既に習慣だ。
びくびくと怒られることを覚悟してグンマが自分の頭をかばうように頭を手で覆った。垂れ下がった眉にぎゅっと噤まれた戦慄く唇。まるで泣き出す寸前のその様子に苦笑を禁じ得ない。
この程度のことでこんな子供の戯れ言に本気で怒るわけもない。いくら自分が大人げなくともそれくらいの分別はあるのだ。
それでもむくむくと育ったいたずら心も無視はできない。からかって苛めてみようかとも思ったそのとき、ふともう一人の子供に気付いた。
「……………………」
すうと、視線が細まるのが自分でも解った。
ギッと睨みつける真っ向からの瞳。負けようが勝とうが関係なく立ち向かうのだと示すその幼気な仕草。 ……………馬鹿なガキがいると、思った。
素直に恐ければ泣けばいい。立ち向かうだけではただの蛮勇だ。いずれボロボロになって擦り切れ縊れてしまう。
そんなことはないのだと信じてきらめく瞳は、未だ世の恐ろしさも非情さも味わってはいない純正。同時に、愚鈍なまでの愚かさ。
「で、なにしに来たんだオメーら」
その作り上げられた至純を視界に入れぬように瞼を落として空を見上げるように起き上がる。それだけで脅えた一人は肩を跳ねさせて後ずさった。
それを庇うかのように前に出た黒髪が、揺れる。
陽光に反発するかのようにそれは翻り、小さな指先を示して尊大な物言いで自分に命令をした。
「新年会をさぼったばかを探しにきたんだよ! さっさとこいよな!」
「…………………………はあ?」
高めの声がさえずるように言った言葉を反芻し、素っ頓狂な声を上げたのは仕方のないことだと思う。
誰も別に歓迎などするわけがない。昔は仲の良かった弟は、兄の死とともに決別し、今ではすっかり犬猿の仲だ。一番上の兄は兄で無駄に一族思いで、正直重い。できれば昔のままなど不可能に決まっているのだ。全ての賽は投げられ、結果は既に出てしまっている。
もしもその結果が変わるとすればそれは…………
ちらりと空を見遣っていた視線が眼前の黒髪を映す。顔を映すにはまだ、少しだけ痛い。
向こう見ずな大きな瞳はきっと何の疑いもなく自分を映す。多くの虚偽に固められた世界で、この子供はただ愛されて生きている。それは決して正しくはないけれど、それでも間違っていない。
わかってはいるのだ。自分達がこの子供を正しく見つめることはできず、判断もまた、できないだろうことは。
私情が先走り感情が高ぶる。それを知っているからこそ溺愛しているのだろう兄の滑稽さも今さらだ。
「あーほ。俺がそんな面倒なのに出るわけねーだろうが、ちみっ子どもはさっさと戻ってろ」
軽く手を振って子犬でもあしらうようにハーレムが二人を退けさせた。………つもり、だった。
「ダメだっていってんだろ! 早く来いよ!」
「シンちゃん、いいじゃん、早く帰ろうよ〜」
「俺がダメっていたらダメなの! おらグンマ、お前も持て!」
右手を引いてどうにか立たせようと躍起になっているシンタローの後ろからグンマが泣きそうな顔で声をかけるが、そんなものはどこ吹く風。まるで聞いてはいない様子で逆側の腕をグンマに示す。
本格的に泣きそうなグンマがオロオロと腕とシンタローを見比べる。その様を見遣りながらため息が漏れる。こんなオドオドとした奴をけしかけたところでちょっと睨んだだけでシンタローすら置いて逃げるに決まっている。そんなことも解らないのかとほんの少し冷めた視線で彼を見遣った。
そうしたなら、射すくめられる。
ゾッとするほど澄んだ視線は無量のものを讃えている。それがなんであるか掴ませないほどに深く広大な、なにか。
「今年はおじさんもきたんだよ!」
「……………」
「いっつもお前とか親父とかと祝うのいやがってあんま来ないけど、俺らが小学校に入るからって、来たんだ!」
腕を掴む指先に力がこもる。まるで痛みも感じない、ちっぽけな握力。それでも痛いと思ったのは、多分その声の切実さ故。
キリキリと痛む。腕への力など、雑作もなく振払える。秘石眼ですらないその瞳には決して破壊的な力は有していないはずなのに。それでも見せつけるかのように惹き付ける、この引力。
「だから今年のはみんないないとダメなんだ! せっかく、おじさんだってきたのに………」
正直、一体なにがそこまで大切なのか自分には理解しきれない。別に弟がシンタローを気にかけているその理由は美しいわけでもないのだ。むしろ浅ましいとさえ、自分には思える。
それなのにこの小さな子供はそれを喜んで受け入れている。まるで相手を癒すために受け止めるかのように。
それがわからない。悲痛な声の奥底の、叫ぶような慟哭の意味。
目を見張りシンタローを見つめていれば、いつの間にか左腕にも体温を感じる。脅えた指先は震えながらもしっかりと自分の腕を掴んでいた。それを追ってみれば当然ながらその先にはグンマの顔がたたずんでいる。ぎゅっと目を瞑って震えながらも立ち上がらせようと引っ張る力を感じた。
「馬鹿か、お前」
滑稽で哀れで、つい漏れた声。
あんまりにも小さな命たちは必死だ。ただただ目の前にある命のために、損得勘定抜きで。
こんな風に自分を連れていったところで弟はいい顔はしないに決まっている。むしろ迷惑がるだろう。そして自分達のそんな険悪な姿に心痛めるのだ。
行かない方が正しい。それくらい、自分には解っているのだ。弟と自分とであれば悪役は自分の方がよほどうまくできる。道化にもなれる。だから、やめればいいのだ。こんな悲しく無駄なことは。
そう思って哀れんでみれば、小さな指先は離れ………次いで無造作に風に揺れた金の髪を鷲掴んだ。
「俺は! お前の目も嫌いじゃないから、来いって言ってんの! 他のことなんか、知らない」
願っていることも望んでいることも本当はたくさんある。
それらがなかなか叶わないことだって、知っているのだ。
だからほんの小さな我が儘にはちょっとした逃げ道もつけてみる。傷つけたくないし、傷つきたくないから。
それは言い訳。この場にいる誰もが解っている。
それでも本当でも、あるのだ。大好きなおじさんにそっくりの綺麗な綺麗なその瞳。自分達と同じに幼く煌めく青を、それなりに気に入っているから。
「だからこいよ! 早く………」
本当は叶わなくたっていい。我が儘は自分のせいにすればいい。そうしてしまえば誰も文句は言わない。ちょっとくらい嫌な顔しても、きっといつもよりずっとスムーズになるから。
「ばーか…………」
自分の髪を掴んで離さない小さな指先を見つめながら、微かな音がこぼれる。
こんな小さな身で、利用しろと公言する子供がいるものなのか。幸せに愚昧に育ったのだと思っていた子供は、存外見る目を持っていたらしい。
微かに震えた指先。叶わない願いもあることを知っているらしい仕草。ほんの少し、それは切ない。
それでも何かを与えたいのだと必死な、無謀で不遜なぶっきらぼうな声と指。
ゆっくりと、目を閉ざす。感じるのは陽の光と風と、二人の子供の悲しいほどまっすぐないじらしい思い。
どうして子供はこうも馬鹿で滑稽で………こんなにも愛しく優しくなれるのだろうか。
ぐっと噛み締められた唇の下、何かが囁かれるよりも早くハーレムは立ち上がる。それについてこれなかった二つのちっぽけな身体を抱え上げながら。
「しかたねぇから飯でも食いにいってやるよ。来年も来てほしけりゃ、お前らで重箱作れるくらいになっておくんだな」
突然のことに暴れかけた身体を制しながら、からかう声が響く。
きょとんとその声を聞き入っていた子供は、一体どんな顔をしたのだろうか。
両肩に乗せた小さな身体たちはあまりに儚く脆い。それが寄り添い、しがみつくかのように抱きついた。
「ばかはハーレムの方だろ。獅子舞のくせに生意気だ…………」
減らず口をききながら、それでも細く短い腕はまわされたまま。それを支えるように添えられたグンマの腕は未だ少し震えていた。
この子供たちがどんな風に成長できるのか自分には想像もできない。
せめて幸あらんことをなど、あまりに柄ではないことを祈りながら空をかえりみる。
間の抜けたほど真っ青なきれいな空。
自分と同じ色にはとてもではないが見えないその色が、黒髪に一瞬溶けて消えた。
ちっぽけで適当な約束。覚えている保証もなく、叶えられる可能性も低い。それでもきっとこの子供たちは挑戦するのだろう。何か別のいい訳を考えながら。
滑稽で哀れで、けれどこの上もなく美しき煌めくもの。
青い空の下それはひどく映える色をさらしてちんまりとたたずむ。
さっさと来いと不遜に堂々と。
いろいろな言い訳と理由をたずさえて、大丈夫と笑うのだ。
誰もが安心できる、深き笑みと声音とともに―――――――――。
というわけでハーレムとチビいとこ'sでした。
なんだか書いていてほのぼのしましたよ。ちっこい子供書くのは楽しいです〜v
…………まあ可愛気ないんですけどね、うちのシンタロー。
ハーレムは一番家族…いや、一族思いだと思いますよ。
バカやって周りハチャメチャにしても、結局同じ血の人間守りたくて仕方ない、みたいな。
一番人間臭いともいいますけどね。
マジックもまあ、一族思いですけど、あれはあれで別格というか、別次元(きっぱり)