僕にだって出来るよ。
だから教えてよ。
簡単な事でいいんだ。
なんてことはない他愛無い事で。
笑ってレクチャーしてよ。
大丈夫だからなんて言わないで。
僕にだって出来るよ。
だから。
……………なんでもかんでも一人で背負わないで。
君の笑顔
蹴った小石が道を転がる。たいした距離も行かずにそれは止まった。また近付いて、もう一度蹴る。
力も込めていないのだからそれはやっぱりほとんど転がらないでまた自分の前にくる。それを数度繰り返すと、むっとしたように眉根を寄せてパプワは力を込めてそれを蹴った。
綺麗な放物線を描いて小石は遥か彼方まで飛んで行った。ジャングルの更に奥に行ってしまったのを眺めながら誰にも当たっていない事を祈ってしまう。
自分の力が強い事くらい十分自覚している。だからそれは誰かの為に使おうと思っているのだ。迷惑をかけるような、そんな真似はしないようにと。
だからいつもならこんな真似はしないけれど………今日は少し苛立っていたのだ。
思い出して唇を噛む。
別になんてことはない日常だった。この島ではそれが当たり前で、事件のようなものは起きる事は稀だ。
そんな優しい空間に自分は慣れていて、だから時折思い通りになる事のない青年に我が儘を言い張ってしまう。
………大抵の我が儘は彼は甘受してくれる。嫌がったふりをして、それでも実直なその性根で精神性込めて付き合ってくれる。
だけど今日は違った、から。
多分きっと、彼はこんな風に自分が怒るなんて思いもしなかっただろうとも思うのだけれど。
「あら、パプワくんじゃない」
不貞腐れたように俯いて歩いていた背中に声がかけられる。振り返れば日に鮮やかに光るピンクの殻が映った。少し首を傾げるようにしてイトウがパプワに近付き顔を覗き込む。
そうしてジッと見つめる視線を外す事なく見上げてみればくすりと含み笑われた。
「……………なんだ、イトウくん」
子供扱いするようなその仕草に眉を寄せて不機嫌を表してみれば軽やかにイトウが笑う。
「パプワくん、シンタローさんと喧嘩したでしょ?」
「…………………」
次の言葉には目を合わせないようによそを向いた。言ってはいけないわけではないが、どこか決まりが悪かったから。
そんな幼い仕草に笑いかけ、イトウが問いかける。それはどこか柔らかく親密な音で。
「珍しいわね。喧嘩してパプワくんが外に出るなんて」
いつもは食糧確保の為も込めてシンタローが怒りのままに外に出て、そうして自分達でストレス発散していくのにと混ぜ返すように言ってみるとそっぽを向いていたパプワの視線が地面へと向けられた。
………俯く仕草は、久しぶりだった。
いまよりなお幼い頃は遥か空を眺めていた。パプワを育てたカムイを見上げて。あるいは、いなくなったカムイを慕って空を見上げて。
こうして見れば本当にまだ6歳の子供だ。我が儘を一杯言いたくて、それを受け止めてくれると解っていて。そうして伸ばす幼い腕。
思いもかけない反応を返されると戸惑って、どうする事もできず癇癪を起こしてしまうその情緒。
………好ましいと、思うのだ。
あまりにもこの子は大人だったから。迷惑をかけないように、心配させないようにと必死な子供だった。無敵の王様は、だからこそどこか孤独に見えて仕方なかった。
自分達も精いっぱい一緒にいたけれど、それでもパプワは我が儘ではなかったから。………パプワと同じ種族が現れた時、本当に自分達は喜んだのだ。
生き生きと、していた。輝く瞳に限りない思慕と希望を乗せて。
自分達では出来なかった事をどこから来たかも解らない黒髪の青年はあっさりとやってのけた。極自然体で息をするその仕草で。………背負った何かが、ほんの少し似ていた二人だったからこそ溶け合った絆。
親子ほどに離れた年齢さえ関係なく紡がれた絆が微笑ましくて、まっすぐに伸ばされる腕たちが愛おしくて。
時折余計な世話だと解っていてもこんな風に仲裁にやってきてしまう自分達も少し滑稽なのかもしれないけれど。
「で、なんで喧嘩しちゃったの?」
軽い音で、なんてことはないのだからと促してみればパプワが隣にいるチャッピーを引き寄せた。小さく鳴くその声に、おやと顔を顰める。
口元を隠すようにチャッピーに顔を埋めるのは、痛んでいるときのパプワの癖。
傷を誰におも晒さないでいようとする意固地な癖はこのところ見る事のなかったものなのに…………
「……………………手伝うって、言ったんだ」
「え?」
つい考えにふけっていてパプワの言葉を聞き逃してしまった。響きが、どこか弱々しい。
幼い……震える事を我慢する小さな声音がゆっくりと吸い込まれた息に続くように紡がれた。
「シンタローがうどんを作っていて、大変そうだったから僕が打ってやるって言ったんだ」
力は自分の方があるからすぐに了承しすると思っていた。手伝ったらきっと喜ぶだろうと思った。大きな手で、ありがとうって頭を撫でてくれると思っていた。
けれど………
「僕が小さいから、打つのは自分がやるって言ったんだ」
サンキューと言って確かに頭は撫でてくれた。きっと彼は手伝おうとしたその気持ちだけで十分嬉しかったのだろう。笑顔だって、くれたのだ。
でも違う。
自分が欲しかったのはそんなものじゃなかったのだ。
彼と同じ事がしたかった。一緒に何かを作りたかった。自分にだって出来ると、教えたかった。
いつだって一人で全部こなそうとして、自分の我が儘を全部聞いてくれて。…………彼の我が儘をなにもきかない自分を、それでも当たり前だと思っているのが少し、寂しかったから。
小さな自分に頼ってなんて言っても、きっと彼はいつものようにあの力強い笑みで大丈夫だと頭を撫でてくれる。気にする事はないと、言ってくれる。…………そうすることで自分が安心すると思うから。
でも違うのだ。…………なんで解らないのだろうか?
「僕は、手伝いたかったんだ。たまにはシンタローの為に作って、喜ばせたかったのに………」
気にしないで遊んでこいと言われたって嬉しくないのだ。
ぎゅっとチャッピーにしがみつけば慰めるように優しい鳴き声が直に耳に伝わる。ずっと自分と生きてきた、自分の事を誰よりも理解してくれる分身は痛んだ心をくるむようにその毛皮であたためてくれる。
それを見つめて困ったようにイトウは微笑む。………結局は、思いあっているからこそのそれは痛み。
与えられるだけではなく与えたいのだと伸ばした腕に気付かれなくて悲しんでいる。
あんなに聡いくせに時折ひどく単純な事でこの二人は鈍感になって気付かずに痛むのだから世話が焼けて仕方がない。
だから、余計なお節介だと解っていて、それでもこうして赴くものがいなくなれないのだと一人納得しながらイトウはポンとパプワの頭をたたいた。
「そうね、シンタローさんは言葉がちょっと足らないものね」
いつだって邪魔だとか迷惑だとかいいながら、それでも結局最後には自分達の存在を許してしまうのと同じ。言葉にしなくても伝わる部分を、少し過信しているのかもしれない。
「じゃあ今度、家に来ない? うどんはさすがに出来ないけど、何か簡単なお料理教えてあげるわ」
タンノくんも呼んで、みんなでパーティーをやろうと言ってみれば、ちらりと毛皮に埋まっていた幼い顔が持ち上がる。
どんな風になるだろうかと想像している、ほんの少しの間。
そうして、パッと嬉しそうな雰囲気が零れる。
…………あまり表情を変えないこの子供の、それでも精いっぱいの感情表現。見て解るそれが彼が現れてからどれほど増えたかを知っているのは彼がいなかった頃のパプワを知っている自分達だけ。
「約束だぞ」
「ええ、絶対にね」
確認するように言うパプワにウインクを返し答えれば、隠していた口元は現れて満足そうに頷いた。
それを見上げてチャッピーも尻尾を振って嬉しそうに鳴く。その頭を撫でながら、ふとパプワが耳を澄ませた。
それに気付いてイトウも習ってみれば微かな音で子供の名を呼ぶ愛しい人の声がする。
その響きに目を細めてみればパプワが振り返り手を振った。
「シンタローが呼んでる。じゃあまた今度な、イトウくん」
「ええ、あとでお邪魔するわってシンタローさんに伝えておいてね」
丸みある身体で必死に走って行く背中を見ながらほんの少しの嫉妬。
せっかく喧嘩の仲裁もしたのだし、今日は彼の作ったうどんだという情報も手に入れた。タンノの家に寄って、パプワハウスに奇襲をかけようかと楽しそうに想像しながらイトウもまたその場を後にした。
優しい約束を残して、今日もやっぱりいつもと変わらない一日が流れていった。
うどんを打っていたパプワを見てね。
うわ〜、あの子が家事の手伝い! シンタローの時したのかしら。とか思いましてですね。
それでこんな話になったのですよ。
でも実際的な問題で全体重かけてもパプワでは軽いと思うのでそりゃシンタローも頼まないよ、うどん打つのは。
そして思いっきりひいきなイトウくん。ごめん、私はイトウくん大好きですよ。