砂浜に横になると、途端に眠気が襲う。多分それは条件反射なのかもしれない。そんなことを思いながら微睡む意識を心地よく受け入れていた。
さして遠くないところで響くのは波の優しい音と、子供たちのはしゃいだ声。あたたかな陽光は南国にありながらも不快なほど強くはなかった。
大の字に体を投げ出し、無防備そのままに目を閉ざす。こんな幸福が一体この世のどこにあったというのか問いただしたくなる。
それでもここは自分の夢物語でもなんでもなく、確かに存在する現実だ。そうでなければ日々彼らに殴られたり噛み付かれたりして出来る傷の痛みがあるわけもない。
一瞬そんな小さな不満を思い、次いでそんなことすら楽しんでいる自分がいることに苦笑を浮かべ、青年は頬を撫でる風とともに眠りの中へと沈んでいった。
元気な犬の鳴き声に子供はしいと指を口元に寄せる。
首を傾げたチャッピーに楽しそうに目を細めて口元に寄せていた指をそのまま浜辺へと向けた。
そこには昼ご飯を届けにきた青年が一人座っていた。………はずだった。彼はいつの間にか寝転がり、しかももう既に熟睡しているらしいことが気配で知れる。
合点がいったと楽しそうに頷いた相手を見遣り、子供はそのままくるりと体をまわすと波を掻き分けて静かに浜辺へと泳いでいく。その意図に気付いてチャッピーはばしゃばしゃと、それでも音を精一杯抑えて泳ぎはじめる。
たった一人の青年がこの浜辺に流れ着いた。それだけのことが自分達にとっては青天の霹靂だった。決して他者を受け入れないはずの島は、けれどまるで愛しむように彼を包み命を落とさせぬよう波を穏やかにして引き寄せた。
驚きに怯えていた住人たちに呼び寄せられ見つけた青年は眠りの中で、どんな命かさえ解らなかったけれど。それでも自分達は解っていたのだと、思う。
彼が自分達にとってかけがえのない命になるという、そのことを。
どんなに我が侭を言っても決してどこにも行かず、無茶を要求したって怒りながらも叶えてくれる。
呼べば必ず応える声が、どうしてこんなにも愛しいのか自分達はその理由など知りはしない。
ただ解っているのは彼が大切だということ。
彼と一緒にいることがとても楽しいのだという、そんなシンプルな感情。
そしてこの島にはそれだけで十分なのだ。
ぴりぴりと居心地悪そうに辺りを窺っていた初めの頃の彼とは違い、この島に慣れた今の彼はこんなにも無防備に眠り自分達を受け入れてくれるのだから、それ以上の何を願うというのか。
浜辺に泳ぎつき、軽く体を震わせて水を切る。少し遠い場所で眠る彼は自分達の気配が傍にあっても眠りを解きはしない。
目をあわせて子供と犬は嬉しそうに笑い、浜辺を駆けた。
傍にいき、どんないたづらをしようか。……彼が怒鳴って怒って、そうしたらどんな風に答えてやろうか。
この島の中、彼はどこまでも生き生きと鮮やかに動く。その魂の躍動は心地よく優しい。
だから、それを見せて。幼い我が侭をまるで無意識に受け入れて与えてくれる青年は、だからこそこんなにも自分達が懐く理由が解らないと時折戸惑うのだろうけれど。
その心の響きは、心地よいのだ。
どんな感情であってもぶつける真っすぐさ。………隠しこんで嘘をつくことのない真っすぐさ。穢れた外の世界の命など、誰にも言わせはしない。そう思わせるほど彼の生き方は自分達に寄り添っていた。
駆け寄って行けば段々と、眠る彼の顔が大きく映る。
大きくジャンプをして、その名を呼びながら眠る彼の体を着地地点に目算する。
驚いたように目を開けた彼が怒鳴りながら、腕を伸ばす。自分達を受け止め損なわないように必死になって。
その姿に満面の笑みを浮かべて子供と犬は嬉しそうに視線を交わした。
その声を聞かせて。
その表情を見せて。
しなやかな腕を動かし、抱きしめて。
壊すことを恐れる不馴れな腕を
丸みある幼い腕は抱きしめる。
その腕は決して傷を作るためにあるのではないのだと
そう教えるかのように。
息を詰めるように一瞬だけ歪む彼の顔を
見なかった振りをしながら…………
やっぱりこの3人(?)は一緒にいるのが一番いいな、と思います。
南国時代のような感じが好きなんですけどね。決してリキッドが嫌いなわけではありません。むしろへたれた彼は大好きだ。
単にお互い初々しく初めての友達に関わっているのが好きなんです。微笑ましくて。
特にこんな自分がここにいてもいいのか、的なシンタローを書くのが好きなんでしょうね(笑)
05.11.27