「なに書いてんだ、パプワ?」
おやつの準備ももう盛り付けだけとなった頃、普段であれば必ず自分にまとわりついて味見を所望するはずの子供と犬が今日はやけに大人しかった。
スムーズに運んでしまい違和感を覚えて振り返ってみれば二人はテーブルに向かって何かを必死に行っていた。目線の差から遠目でも何かを書いているらしいことは見て取れたが、いかんせん彼ら自身の体が邪魔をして何を書いているかまでは見ることができなかった。
両手に二人分のプリンアラモードを持って首を傾げなら問いかけると子供は慌てたように手の中の筆記用具をおさめ、片づけを始めてしまう。何だろうかと思いはしたが、特に何も突っ込みはしなかった。
二人分のおやつを持つ自分の代わりにチャッピーがテーブルを拭いてくれ、その上に皿を置く。片づけが終わったらしい子供はチャッピーに礼をいい、次いでおやつを見た後にじっと青年を見上げた。
その視線は幼くて、まるで何もいわない自分に戸惑っているようにも感じられた。
くすりと小さく笑い、青年は軽く子供の頭を撫でるといつもと変わらない声音で問いかける。
「ちゃんと手、洗ってきたか?」
「……………。子供扱いするな、ちゃんと洗ったぞ」
拗ねたような口元で答える子供に笑いかけ、それなら遠慮せずに食べればいいとスプーンを手渡すと釈然としない眉を示しつつも子供は頷いた。そうしてまだ手を出さずに待っているチャッピーの隣に座り、一緒に声を揃えていただきますというと勢いよくおやつを食べ始めた。
その様子を眺めながら、気付かれないように小さく息を吐く。
背を向けてまだ終わっていない洗い物でも済ませようと台所に向かえば、背中には子供の視線。
多分………自分は彼が書いていたものがなんであるかを知っている。
何人ものガンマ団からの刺客がやってきた。父親でさえこの島の位置を把握しいつでも来ることが出来るのだと、無言で圧力をかけていった。きっと………もう自分がこの島にいることの出来る時間は儚いほどに短いだろう。
お互いにそのことを口にはせず、それでも来るべき別離を思って過ごしている。
…………手を、離したくないと祈りながら。
他愛無い願いを書きとどめ、それを幾度繰り返したなら叶うと、彼は教えられたのだろうか。
言葉を手繰ることはあまりに小さき抵抗だ。それでもこの島に流れ着いたときから分かっていることが目の前に迫る今、そんな些細な反抗しか運命に示すことが出来ない無力さ。
まだ父を慕っていた頃の、自分のようだ。
叶わないことを知りながらも必死で祈り藁をも縋る思いで女々しい呪いにだって願いを託した。
そうして少しずつ、覚悟を培ってきたのだ。
自分がそうして定めた覚悟の元起こした行動の末がこの島で、それ故にまた、新たな覚悟が生まれるのは……どんな皮肉だろうか。
憂い………そうして、また自分は祈る。過去と重なりながらも過去とは違う祈りを。
せめてこの子供は自分と同じ道を歩まなければいいと、そう思う。
この島を子供がどれほど愛しく思っているかを知っているからこそ、この島以外の場所で子供が生きなくてもいいように、と。
それだけを自分は願う。
重ねることの出来ない問いかけを孕む子供の純乎な視線を背に、青年はいつもと同じ行動を流れるように行った。
一緒にいられますように。
そんなちっぽけな祈り
誰もが叶うと信じて疑わないのに。
どこまでもどこまでも
自分達には遠い、願い。
……………思いは同じであったとしても……
パプワはシンタローがくるまであまり文字を書くということに必要性を持たなかったと思うんですよね。
だってパプワ島は言葉がどこまでも真っすぐに伝わるから。歪んだり穢されたり、そういうことがないのなら文字は過去を残す以外に使用する必要があまりなかったのではないかと。
でもシンタローはあまり語らず言葉を示さず、その上、いつかはいなくなることが前提の友達だったから。
重ねられない言葉が溢れそうになるのは、文字を書き連ねて祈るしかなかったかな、と。
そんな風に思います。
05.11.27