「どうかしたのか?」
 首を傾げることもなく真顔そのものの青年が問いかける。それはほんの微かに目の色だけが疑問を浮かべているという無表情のままさらされた音。
 隣を歩く全く同じ身長の相手に、かすかに眉を顰めて同じように疑問を浮かべて視線を送る。もっとも分かった上でさらしている分、こちらの方がよりそれは濃いものとなったが。
 それを見つめ、青年はより不可解そうに眉を深めた。疑念を口にするよりそうした形で示すのは、自分達の間では癖のようなものだ。きちんと言葉にしろといわれると、いらないまでにしつこく生真面目に言い募られるのだからまだ気が楽なのかもしれない。
 そんなことを考えながら視線を逸らし、手に持っていた資料をポンと青年の方に投げる。
 クリップでまとめられているとは言え、結構な厚みの書類だ。少し目を見開き、機敏な動作でそれを受け止めた青年は几帳面にその書面に目を通した。
 「次の依頼の詳細。一応編成部隊と作戦も出来上がってるけど、まあ…推敲しとけ」
 俺の仕事にミスはないけれどと、嫌味なまでの不適さで笑う顔が青年の目に映る。
 それに苦笑するように笑みをこぼし、仕方なさそうに書類を持っていたクリアケースの中にしまった。
 「なにをいっている。2回前の依頼と7回前の依頼の時には………」
 「細けぇ作業は嫌いなんだよ。つか、そもそもそれはどっちも規模が小さすぎて不向きだって、初めから言ってたじゃねぇか」
 それこそ国家レベルと民間の抗争を同列で扱うような差だと辟易とした顔で言ってみれば、いつものように真面目な青年が五月蝿く説教でもはじめるかと背後の気配を伺った。しかし特にそんな気配はなく、代わりに触れるのは、笑み。
 不思議に思い静かに振り返ってみれば、思った通りの柔らかさで笑みを刻んでいる青年。微かに眉を顰めれば、その唇がほころんだ。
 まるで、全部気付いているとでもいうように。
 「……他の『国家レベル』を退けてまで引き上げた『民間レベル』だろう………?」
 「…………………………………………」
 むっと顔を顰めて青年を睨む。口に出す必要はないとその態度が知らしめた。
 きっと他の団員は知らない。知るわけがない。金銭にうるさいこの新総帥が、それでも損得抜きで力を貸したいと思うもの。
 馬鹿らしいほどに原始的な情を求めているから、それに関わる依頼を疎かに出来ない。自分がそうした細やかな指揮には向かないと分かっているくせに、それでもどうにかしたいなんて。
 「本当にお前は変わらないな」
 赤ん坊の頃から今に至るまで。その体が人のそれとは違うものになっても、情のあり方だけは変わらない。
 それは安堵すべきことだと、まるで祈るような穏やかさで呟く青年に居心地が悪そうに顔を顰める。実際、それは昔から自分にとってマイナス要因でしかなかったから。
 それでもたった一人の小さな子供が、祝すべきものなのだと教えてくれたから。
 いまもまだ小さな諍いがないわけではないけれど、偏屈でパラノイアを覗かせるあの父親ともなんとか暮らしていられる。
 「今更変われるわけねぇだろ」
 「変わる人間は変わるものだ」
 似合わない穏やかな青年の物言いを眇めた視界におさめ、呆れたように息を吐き出す。
 「…………いっとくけどな、お前もいい加減かわってなさ過ぎて笑えるぞ」
 いつもいつも自身のことよりも相手のこと。まるで青年にとって自分がまっすぐに生きることこそが存在証明だとでもいうように。
 だからきっと忘れてしまうのだ。毎年毎年。呆れるくらい、自身を顧みない馬鹿な青年だから。
 「俺が変わるのはこれからだろう。生まれたばかりだ」
 ようやく肩を並べられるだけの知識を持ったのだと呆れたように返す青年に、にんまりと笑う。子供のような、楽しさが滲み出てしまう笑み。
 それに瞬きで驚きを示す青年に、笑うような軽やかな声が告げる。
 「じゃあいい加減生まれた日ぐらいは覚えておけよ、天然忘却男」
 ちゃんとスケジュール調整は済んでいると、ティラミスが懸命に駆け回ってくれた結果を懐から出して青年に投げ渡した。
 「あいつらも久しぶりに騒げるって、喜んでたぜ?」
 近場での任務の奴だけだがと残念そうに付け加えながら、それでも嬉しそうに笑っている。
 それはまるであの島で眺めた、たった一人の子供に与えられるような、笑み。
 目に焼き付いて離れないそれに、青年は知らず歩みを止める。
 「俺も急がしてくてろくなプレゼント用意してねぇけどよ。何か欲しいもんとかあるか?」
 まだ惚けたように立ち止まったままの青年に仕方なさそうに一歩だけ元来た道を歩む。微かに縮まった距離に、青年が笑った。

 「もう、もらった」

 呟く声に、ただ相手は不思議そうな顔を返したけれど。
 きっと自分が一番欲しかったものをもらったのだと、青年は頷くとまた、彼の傍まで歩を進めた。






 そんなわけで誕生日おめでとう、キンタロー。そしてシンタローもな(吐血)
 いつもいつもシンタローばかり祝ってキンタローはスルーなので、たまにはと思いまして。セッティングとかは喜々としてシンタローがやるよ、きっと。………高松かしら、喜々としては(笑)
 でもきっと料理全般はシンタローが作るでしょう。総帥になってから作れていないだろうしね。ストレスたまるぞ。

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06.5.24







 ぼんやりと空を見上げると澄んだ夕焼けが映された。
 それは見事なもので、それこそ写真集の中にしかなさそうな、そんな鮮やかな光景だった。あまり馴染み深くはないそれは、けれどたった4年前までは自分も毎日眺めていたものだった。
 空を見つめていた視線を海に移してみれば、やはり同じように一般的な生活をしていたとしてもとても拝むことは出来ない美しい水面が広がっている。
 「あ、シンタローさん。こんなところにいたんすか」
 感嘆とした溜め息を落としかけた時、不意に遠くから声をかけられた。気配を隠しもしない青年の声に慣れた様子で片腕をあげ、聞こえていることを示した。
 それを見遣り、まるで忠犬かなにかのように砂浜を横切り、彼は駆け寄ってきた。時間帯から考えておそらく夕飯の献立の相談だろう。あるいは子供たちに自分を探すように言い付かってきたのか。
 どう考えても下っ端生活の方が似合っていそうな青年は、けれど一応この島を守る番人だ。実力が伴っていなかろうと、そうであることに変わりはない。
 立ち上がって、近付いた青年と肩を並べる。振り返る瞬間、名残惜しそうにもう一度空と海を視界におさめた。
 「海見ていたんすか? パプワ島の景色は、どこだって綺麗っすよね」
 自然な仕草の中の惜しみに気付いたのか、青年が自慢げに胸を張った。それはこの島をとても誇りに思っている住人の仕草だ。
 ………過去も現在も、自分はそうすることは出来なかった、仕草だ。
 視線を細め、眩い落陽を視界に入れたかのように、それを見つめる。
 この島は美しいと、誰もが感嘆を思う。永遠にこのままであってほしいと、祈る。けれどそれはどこまでもよそ者の感情だ。
 彼らにとってそれは当たり前で、穢されることすら想起されない現実。誰一人、それを壊す意識を持たない純正の生き物たちだけが住う聖域。
 「………そうだな」
 小さく同意を口にしながらも、胸中に去来するのは寂寞だ。どうあっても、自分はこの島にとって来訪者であって、同胞ではない。
 この地に骨を埋め命すら帰順する、そんな生を負っていない。
 それが寂しいのか、それを誇っているのか、今もまだ分からない。ただそれでも自分が決めた道を、自分は歩むことにした。
 正しいのかどうかも分からない、それでもまるで無秩序の中の光のように、自分は揺るがず立ち続ける。
 どこまでも重い、けれど何よりも優先して行わなければいけない、自分の願いのままに。
 「でも、きっと世界中がこんな風になっていくんすよね」
 無意識に彼とともに家路についていると、砂浜が終わった辺りで青年は振り返り頼もしそうに男を見た。
 それはまるでその言葉の帰着する先が、男なのだと、そういうかのように。
 「………なんだそりゃ」
 「だってシンタローさん、この島が好きなんすから」
 だからいつかきっと、彼の目に映る全ての光景がこの島のように変わるのだ、と。
 途方もない夢想を抱くドンキホーテのように、青年は笑った。
 それを見つめ、知らず唇は不敵さを滲ませる。当たり前だと、事も無げに彼に投げかけて、男は家路を急いだ。あの懐かしい家で、子供たちが自分の帰りを待っている。
 振り返りたい誘惑を噛み締めた唇で飲み込んで、男は懐かしい土地を踏み締める。

 若干の遣る瀬無さは、きっとこの島には還れない、この身故、に。





 なんとなーく書いていたら、何故かリキッドが出てきた。………何故?
 しかし私の書く人間は半分以上が無口ですね。まあ会話文なくても文章は書けるからな………。あやうくシンタローが一言もしゃべらなそうになって慌てて書き加えましたよ(苦笑)

 拍手、ありがとうございました。何かコメントがあればどうぞ。

06.7.22







 大きく伸びをすると空が近付いた気がした。
 そんなはずはないのだけれど、いつもそう思ってしまう。背が低いわけではないけれど、そうすることで少しでも近付きたかったのかもしれない。
 こっそりと爪先立ちになって辺りを見回してみる。これくらいになると、もしかしたら近付けたのではないだろうか。そっと空を見上げてみても、それはたいして距離の変わらない児戯でしかなかった。
 けれど、と、ゆるやかに笑った。
 見上げた空は変わらない空で、見渡した景色も普段と変わらない。
 それでもなんとはなしに喜びが浮かぶ。この視線が、彼の視線だ。否、彼らの、視線だ。
 「グンマ〜? 何やってんだ、オメー」
 機嫌の良い笑みを浮かべてスキップでもし出しそうな従兄弟を見遣った男が訝しげにいった。隣にいた青年もまた、顔を出して見遣っている。
 ちょうど会議にでも赴く途中だったのだろう、廊下の先、自分が曲がるはずだった方向から歩んできた彼らは目敏く自分に気付いてくれた。
 普通なら自分が曲がることもない先にいる人物など気にも止めないだろうに、彼らはすぐに気付いてくれる。それが血故なのか、あるいは自分達にまとわりつくしがらみ故か、解りはしない。
 ただこれだけは、自分達にとって嬉しいことだ。…………知らず浮かんだ笑みに、彼らは目を瞬かせて顔を見合わせている。
 大好きで大切な従兄弟たち。立場は変わり、年齢も重ねて………色々なことがあったけれど、それだけは変わらない。
 自分よりも少しだけ大きな彼ら。同い年なはずなのに、自分よりも大きく感じるのは、決して身長のせいではないだろう。
 それでもほんの少しの背伸びで、近付ける気がする。
 ………彼らの担わざるを得ない重責を、ほんの少しだけ、得られる気がするのだ。
 近付いた身長の分、彼らの見る視界を知る分、本当にちっぽけで少しだけ、だけれど。その少しでもいいから、彼らのために何かをしたいと思うのだ。
 「………お前、またなにか変なモン食ったか?」
 「腹痛の薬ならあるぞ。飲むか?」
 「ひっどーい! 僕は二人のために日々研究をしてんだよー?!」
 少し様子がおかしくても悩んでいると思うことなく腹痛だなんて、小学生だってもう少しましな対応をしてもらえると、膨れっ面で抗議する。
 駆け寄った先の二人は面白そうな笑みと、苦笑。大好きで心地よい黒髪の先から伸ばされた指先が、軽やかに額を弾く。
 痛いと目線だけで抗議して額を両手で押さえて、本当は曲がらなければいけない道を、彼らにあわせて逆に進んでいく。
 「バーカ。俺らのためじゃなくて、お前の娯楽だろーが」
 「本当だよ! 二人が使ってくれないだけなんだから!!」
 むうと頬を膨らませても二人は笑って取り合わない。本気でそう思っていることを二人は知っていて、自分の発明品がおちゃらけているのも、息抜きのためだと解ってくれている。
 傍にいることが心地よい、バラバラだった一族を優しく繋ぎ止めてくれた象徴のような、二人。
 「だったらもっとましなモン作っとけ。ほら」
 「ん? なぁに、シンちゃ………」
 からかう声音にきょとんと首を傾げると、しゃべった拍子を見計らいなにかを口に放り込まれる。
 甘い……彼が作ったトリュフだ。自分の好きなものであることはすぐに解り、上機嫌で顔をほころばせて彼を見遣る。
 「あんま無理してんなよ。高松が抗議にくるなんてーのはごめんだからな」
 だから少し休んでおけと、彼は苦笑してそっと目の下の隈をなぞってくれた。かちゃりと音がして、もう一人の彼が少し先にある仮眠室のドアを開けたのが見える。
 「スケジュール調整は任せておけ。今から仮眠時間だ」
 「総帥命令だから拒否は聞き入れねーぞ」
 笑う声音で二人はいって、そっとこの背中を押してくれる。優しくて暖かい、大好きな二人。いつだって自分のことを気にかけてくれていて、あまり体力的に秀でていないことを考慮してくれる。それはひどく自然な仕草。
 暖かくて優しくて大好きなそれに喜びが込み上げる。けれどほんの一時の逢瀬があまりにも短くて、つい、二人の腕を掴んでしまった。手放すのが惜しい、その体温。
 「二人が後で遊んでくれるなら、いいよ?」
 いわなくたって様子を見にきてくれるだろうことは解っていたけれど、そんな我が侭を言ってみる。

 仕方なさそうな顔を見合わせた二人が、やっぱり仕方なさそうに笑って、口を開いた。





 従兄弟ズでした。
 一番まっすぐに好意を伝えてくれる、精神的には一番大人なグンマさん(笑)
 やっぱり従兄弟たちは誰かが欠けることなく一緒なのがいいなぁ。

07.1.9






 目を向けていれば不機嫌な相手が見える。
 まあ実際のところ、それは当然の反応なので特に問題はない。問題なのは、今現在押し倒されている現状の方だろう。
 冷静な脳裏がそんな結論を出しながら、回避策をいくつか提示する。そのどれもを取り払って、とりあえず目の前の間近な端正な顔を見遣った。
 苦痛を思わせる表情は、明らかに傷付いたのが相手だと自分に知らしめた。それに胸中こっそりと息を吐く。
 掴まれた手首を引き剥がすことは容易いだろう。同等の力量を持っている相手とはいえ、覆い被さる彼には躊躇いがあり、自分にそれはない。その事実はこの圧倒的に不利なはずの状況を自分に有利に逆転させることが可能だ。
 そんなことを考えながら、苦悶ともとれるその表情を見つめ、目を細めた。
 …………ぴくりと、自分を拘束する指先が震える。
 「そこまで怒ることじゃねぇと思うんだけどな」
 そっとそれに乗せるようにして告げた言葉に、相手の視線が険しくなる。憤りを通り越して、いっそ憎しみにとって変わりそうだ。
 彼の視線は自分の顔を睨みつけた後、そのまま喉元を通り抜け、赤い総帥服の中、真っ白とは言い難い汚れた包帯を見つめる。
 ちょっとした手違いで作戦が狂い、その収拾のために狩り出した人員の安全確保に回っていた自分が、当然最前線での防衛を努めていた。それは情の厚さでも何でもない、適材適所だ。少なくとも自分はそうした判断からそこに立っていた。
 だからこそ負った傷は、当然のものであり、逆にいえば自分だからこそ傷程度で済んだと胸を張って宣言できる。
 それは恥ではない。まして負い目にもならない。自分は自分が成すべき仕事をなした。それだけのことだ。
 この身体はもう、自分個人のためだけには生きられない。組織の上に立つという重責の意味を、今更ながらに思い知っている。
 だから、躊躇わない。自分が傷を負うだろう場所に自分を送ることは、逆にいえばそうであっても生きて戻れるという自信と信頼だ。
 揺れない瞳で彼を見つめれば、それに耐えきれなくなったのは彼の方だ。
 …………崩れるように自分にのしかかって、縋りつく。一族特有の金の髪が頬をくすぐるように揺れた。
 「お前はそれでいいかもしれないが………」
 自分は嫌なのだと、噛み締めるようにして彼が唸る。…………もしかしたら泣くのを我慢しているのかもしれない。
 時折子供のような自己表現しか出来ない彼の背中を撫でようと、ようやく拘束を解かれた自分の腕を動かす。身じろぎに怯えるように彼は自分の胸に顔を埋めた。
 傷に触れないように無意識に配慮している彼の気遣い方は徹底したものだ。のしかかったその瞬間さえ、自分は少なくとも傷に響く痛みは感じなかった。激情さえ、彼の中の慈しみを摘み取ることは出来ないのかもしれない。
 もっとも、それが今のところ何故か自分にしか向けられていないという困った状況も存在しているのだが。
 思い、彼の背中を抱きしめながら、目を閉ざす。
 彼は触れることを許されたいとは願っていない。ただ傍にいて守ることを願っている。………本当に幼い思慕だ。
 そしてそれを自分は拒むことは出来ない。恋い慕う腕であっても、躊躇う幼子のようなその腕を自分は見過ごすことが出来ない。
 あるいは最も残酷だろう自分の腕を、それでも彼はひどく安堵したかのように受け入れて頬を寄せる。
 次からは自分も連れていけと、強請るというよりは祈るように彼は呟き、そっと汚れた包帯に口吻けた。

 肌に触れることすら烏滸がましいとでも、いうように。





 久しぶりにキンシン〜。甘いようで切ないな、オイ。
 でも何となくこんな感じもありそうな気がしなくもない。子供大好きな新総帥(遠い目)
 いや、それでも思いは通い合っているのですよ。質が違うのはどんな人間関係でも当然のことだと思う。

07.7.16