柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



enter








「え?ボクに?」
「え、えっと………迷惑なのは承知の上なんだけど、駄目、かな?」
「いや、構わないですけど……なんでまた。成歩堂さんの方が忙しいと思いますけど」
「…………御剣が…ほら……ね?」
「え?………ああ、なるほど…………、解りました」
「うう……ごめん」
「成歩堂さんが謝ることじゃないと思いますけどね。うん、じゃあ早速、やりますか?」
「ありがとう!よろしく頼むよ!」





優しいパティシエ



 キッチンには数々の調理器具が各々の使いやすいように整理されて置かれていた。閉店から既に1時間、諸々の雑用も終わり、既に各自が翌日の仕込みが終わり次第帰るような時間帯だ。
 当然もうキッチンに人影はない。………普段であれば。
 小さな照明の下で、こっそりという言葉が当て嵌るようなささやかな動きで二人の人物が立っている。もっと相応しい背景であったなら、あるいは密談しているともとれたが、如何せんここはパティスリー『CHIHIRO』のキッチン。当然、パティシエの二人が翌日の仕込みをしている姿に他ならなかった。
 しんとした空間の中、二人の話し声と機械の動く音などがひっそりと響く。
 「本当にごめんね、響也くん」
 「いえ、どうせボクも明日休みの分多く仕込まなきゃいけないですし、居残りが一人じゃないだけ楽しいですよ」
 だから気にしないでと優しく響也は笑い、年上の成歩堂の申し訳なさそうな顔を見遣った。
 見上げるような視線で成歩堂は困ったように笑っている。迷惑をかけている自覚がある分、優しくされるとどうすればいいのか解らないというように首を傾げていた。
 普段、彼自身が盛大に迷惑を被る立場なせいか、彼はあまり人に頼ろうとか手伝ってもらおうとか、そうした意識を持たない。そんな人が突然自分に願い事を申し出たのだから、それが嬉しくないわけはなかった。
 そのせいで頼まれてすぐにそれを実行してしまう程度には、この店長補佐であり未来の店長でもある青年に好感を抱いている。もっとも、それは他のパティシエ全員に共通する意識で、若干名にはそれが顕著すぎる輩もいることは否めないほどだ。
 思いながら苦笑がのぼりそうになる。
 この店にいるのは誰も一癖も二癖もあり、我の強いパティシエばかりだ。もしも成歩堂がいなければ分裂してしまう危険性が高いほど、意見も主張も意志も主義も違う。そのどれもをきちんと携えていながら、成歩堂は他者の言葉を聞くだけの柔軟性と双方の意見をまとめ諍いなく場を収めるコミュニケーション能力があった。
 それはパティシエとしての力量とは別の、成歩堂個人の能力だ。だからこそ、こんなにも奔放で方向性がチグハグのパティシエも、それなりのまとまりを持ち、この職場で働く意義を持つことが出来る。
 だからこそ、今日終業間際に不意に願われたことは、普段の彼の苦労へのねぎらいの意味もあり、響也としても断る理由もなく、喜んで受諾した。が、それが下手に周囲にバレた場合、今度は自分に迷惑が向かってくることを成歩堂も熟知していて、こんな風にこそこそとするような約束の履行となってしまったのだけれど。
 それを思い出し、響也はちらりと背後の出入り口を見遣った。そこはただ暗闇が存在するだけで、人の気配はない。
 裏口で成歩堂の帰りを待っている、彼の言うことしか聞かない忠犬とも逆に駄犬とも言える真っ黒な毛並みを誇るラブラドール・レトリバーも、彼の傍に居たいというそれだけが目的でしかなかったのだろう不器用極まりないためにパティシエ見習いとして入ったはずが現在はギャルソンのみを担当している青年もいはしない。
 当然のことではあるけれど、その当然のことに少しだけ安堵してしまう。それに気づいたのか、隣の成歩堂が苦笑を浮かべた。
 「平気だよ、御剣はオドロキくんと焼き菓子の袋詰めと雑品関係の在庫チェックするようにいっておいたから。ミツの方はキッチンに近づいたら店に連れてこないってちゃんと言い聞かせてあるよ」
 相手の懸念をきちんと読み取るのは、彼の手腕というよりは、それが常に騒動の元なせいだろう。
 思い、成歩堂の普段の気配りや事前に相手を誘導して上手く物事を運ばせる能力の高さは、彼らのような存在によって培われたのだろうかと、少しだけ同情してしまう。
 「でも、飼い犬に友達と同じ名前も、ある意味面白いですよね。……あ、成歩堂さん、メレンゲ、このくらいの固さでいいですよ」
 呟きながら、手元の機械の電源をoffにする響也に倣い、成歩堂も計量の終わったオリーブ油を少しずらし、機械の電源を切った。普段あまり使わない機械を操るのは緊張するのか、少しだけ動きがぎこちなかった。
 それを確認しながら、既に準備されている材料をざっと確認する。さすがにこうした点は普段からの仕事柄、成歩堂も抜かりなくこなすことが出来る。
 基本の情報が同じパティシエ同士だ。専門性は違うものの、さして説明を必要とはせずに見て学ぶ成歩堂の姿勢を汲み取って、響也は同じようにしていくよう声をかけてから、綺麗に泡立てられた卵黄の収められたボールを手に取った。
 一つずつ入れていく材料を列挙し、その度に混ぜる仕草を見せる。手早く、けれど決して力技ではない優雅さ。
 ともすれば力任せにスピード重視で作ってしまいがちだけれど、あまりに急ぎ過ぎては焼き上がりが上手くいかないのだと、静かに、けれど素材たちを殺さないように慎重に混ぜ合わせている響也の手首を見つめる成歩堂に教える。
 「ふーん……だからかな、僕が作るとなんだかしっかりした生地じゃないんだよね」
 食べる分には問題がないけど納得が出来なくて今日作り方を聞いたのだと、ようやくその理由までを口にした成歩堂は、少しだけ不貞腐れたような顔をしていた。
 得手不得手は当然あり、全ての分野で最良の腕を誇るわけではないけれど、それでもやはり、目の前で美味しいシフォンケーキを焼ける人物がいるなら、それに追いつきたいと思うのだろう。彼のそうした貪欲な向上心は、この小さな店を守るためには必要不可欠な意志だった。
 そしてそれは、慢心しやすい自分の兄にもいい刺激になっていると、こっそりと胸中で思いながら、成歩堂の手元を確認しつつ、響也はその言葉に答えた。
 「それは多分、早すぎて水分が混ざりきる前に焼き始めているんですよ。そうすると仕上がったあとしっかり立たないんじゃないですか?」
 「…………ビンゴ」
 「はは、男性にはよくありますよ」
 今作っているタイミングと要領を覚えればいいと言えば、照れたような顔で成歩堂は自身の手元を確認し、その感触と肌で感じる時間の流れを記憶する。
 「うん。でも、もしかしたらまた解らなくて聞くかもしれない。その時はごめんね?」
 「構いませんよ。成歩堂さんが覚えてくれれば、いざというとき僕も助かります」
 ただでさえ数少ないパティシエがギャルソンまで従事するスタイルの店だ。その中で休日もあるし、当然体調不良になることもある。そうした時に臨時で担当製菓を請け負う人間がいなくては、店自体が成り立たない。
 だからこそ、それぞれが作り上げたレシピを多少は共有しているけれど、それをほぼ把握し作り上げることが出来るのは、今は仮の店長として成歩堂を育てている神乃木くらいだ。
 彼の手腕は誰もが舌を巻くほどで、その上店長としての雑務もそつなくこなし、更にはフロアを主に担当している響也の次くらいには、フロアに出て接客もこなしている。評するならばパーフェクトなのだろう彼は、それでもあくまでも仮の店長であり、それを侵すつもりもない。
 彼が望むのは、初代オーナーである千尋が店を託した成歩堂が一人前の店長としてこの店を背負う、そのことだけだ。不条理なこの状況を、彼こそが一番願い、未来にはそのポジションから去ることを待っている。
 「はは、そうだね。でも僕、要領よくないから、もっと頑張らないとね」
 そんな思いを口にされなくても敏感に感じ取ってしまう成歩堂は、だからこそ必死だ。楽しげに笑いながら、目は真剣で、何一つ取りこぼすまいとしているのが解る。
 この上、今は更に幼馴染みや飼い犬の面倒まで見ているのだから、彼がどれだけの責任を背負うつもりなのか、響也には把握できないほどだ。
 「………成歩堂さん、僕にも冷菓の作り方、今度教えて下さいね」
 「?別にいいよ。今日のお礼に、響也くんの時間のある時に付き合うよ」
 「そうしたら、少しは僕にも仕事を回していいですよ。………成歩堂さんが倒れたら、御剣さんもミツも使い物にならなくなっちゃいますし」
 冗談めかしていった言葉は、けれど音になると随分と重くなってしまった。そのことに気づいて、響也はメレンゲと生地を混ぜ合わせる手を一瞬止めて、成歩堂を見遣る。
 決してそんなつもりはない発言だったけれど、傷つけただろうか。そう思い見遣った彼の顔は、けれど穏やかな苦笑がたたえられていた。
 「平気だよ。ちゃんと熱意はあるんだよ、御剣にも。………ミツにはちょっと、無理かもしれないけど」
 同じ名を冠する自身の飼い犬を略称で呼びながら、成歩堂はふと思い出す。千尋の葬儀の時、片時も離れず傍に居た、今よりも小さかった飼い犬のことを。
 あんな姿を見られたせいか、今もまだ自分の飼い犬は自分から離れることがない。
 仕事場までついてきて、そこから意固地なまでに離れないほどだ。なんとかスタッフたちはそれを許容してくれているけれど、少しでもいる意味を与えたくて始めたサービスの結果が、まさか友人である御剣を拗ねさせるはめに陥るとは思わなかったけれど。
 思い、苦笑が色濃くなる。それに気づいた響也は、けれど手元のボールを取り上げて、ひとまず生地を型に流し込み始めた。手早く終わらせなければ、折角泡立てた卵白が潰れてしまう。それでは成歩堂がわざわざ教わった意味もなくなってしまう。
 それに気づき、同じ要領で成歩堂も型に生地を流し込んだ。響也はそれが終わるのを見遣ってから、予熱の終わったオーブンの中にそれぞれ入れて、焼き上がりを待った。
 それまでの数十分、時間がある。普段であれば次の菓子を作るけれど、今日はこれでラストだった。あくまでも手伝いの名目で教えてもらっていた成歩堂の焼いたシフォンもまた、明日響也が休む間に使用される。
 二人で洗い物を始め、食洗機に器具を入れ込んだあと、ふと思い出したように響也が成歩堂に問いかけた。
 「もしかして、今日いきなりシフォンの作り方を教えてくれって……ミツにご褒美か何かだったんですか?」
 ちょっとした好奇心からの問いかけは、おそらく正しいだろうと思っていた。返されると思った肯定の頷きは、けれど与えられず、困ったように首を傾げる成歩堂がそこにはいた。
 彼は嘘は吐かない。隠すことはあったとしても。では今の反応なんであろうかと、考える。………教えたくないこと、なのか。そう思い見遣った先の表情は戸惑うようなもので、隠すつもりはなさそうだった。
 「成歩堂さん?」
 教えても拒んでもどちらでもいいと、軽く彼の名を呼ぶ。そうすると、少しだけ逡巡してから、成歩堂が口を開いた。
 「えっと、ミツじゃなくて……御剣。ほら………拗ねてただろ?」
 日中の彼の様子を指しているのだろう成歩堂の言葉に、少しだけ遠い目をしながら響也は思い出した。
 大体一日に数回、成歩堂の飼い犬であるミツルギは客の要望で焼き菓子のラッピングをテーブルまで届ける手伝いをする。勿論成歩堂の言うことしか聞かないこの犬は、成歩堂が声をかけて指示して、初めてその役割を全うする。
 …………この犬は知能指数は高いのか、自分たちの言葉を理解しているのは解るが、言うことをきかないのだ。それは成歩堂も熟知していて、その役目を一手に引き受けている。
 そうして、少しでも成歩堂の傍に居たがる犬は、ほんの僅かでも離れて他の人間の傍に行く代わりに、それがきちんと出来たあと、成歩堂からご褒美がもらえるのだ。
 といっても、菓子の類いではない。成歩堂からでなくては無意味なもの。………飼い主の抱擁と褒め言葉と満面の笑みと、額への口吻け。見ていて微笑ましいその光景は、けれど一人の人物には何故かとてもダメージを負わせる。
 あからさまな執着心を成歩堂に示している、飼い犬と同じ名前を冠する、彼の幼馴染みだと紹介されたギャルソンの御剣だ。
 それを目撃すると大抵御剣は落ち込んで手に負えない。仕事は完璧にこなすくせに、休憩時間になると周囲まで巻き込みそうな暗い雰囲気を漂わせるのだ。それを放っておける成歩堂でもないと、スタッフ一同は全員知っている。
 そもそも、スタッフにはもはや彼の飼い犬は犬の姿で見えない。名前の呪縛か偶然なのか、同じような行動をとっている飼い犬のミツルギと友人の御剣。…………そのせいか、それこそ御剣の小型化された姿で写ってしまう。
 子供のような御剣が成歩堂の一挙手一投足に注目して、自分を見て欲しいと必死にアピールしている姿は、おそらく共通の認識だ。………困ったことに、彼の友人である同い年の御剣も、その応対に大差はないのだけれど。
 何となく合点がいったのか、響也は同情する目で成歩堂を見遣り、洗浄の終わった器具を食洗機から取り出した。
 「もしかして、御剣さんにあげるため?」
 「まあ……近い、かな?今度遊びに来いっていっていたから、お土産にしようかなって」
 父親が顔を見たがっているといっていた発言がどこまで本当かは解らないけれど、それでも成歩堂としても久しぶりに再会した友人の家に遊びにいくのは嬉しいし楽しみだった。
 だからこそ、美味しいものを携えて楽しい時間を過ごしたいと思うし、あんな風に凹んでいる姿は出来れば払拭したい。
 今日も落ち込んでいる御剣を気にしてソワソワしていたら、霧人と神乃木に過保護だと苦笑されたが、それでもいいと思っているのだ。せめて、あの不器用な友人がこの店のスタッフにも笑顔を向けられるような、そんな風に心を許せる日が来るまで、自分が一緒にいて人と関わる術を教えていきたい。
 そんな思いが顔に出たのか、成歩堂の笑みはひどく穏やかで慈悲深い、優しいものだった。
 「………成歩堂さんって、本当に御剣さんのこと好きですね」
 しみじみと普段から思っていることをつい口に出すと、目の前の年上の青年はきょとんとした顔を晒したあと、面白いほど顔を赤く染めて、口早に叫んだ。
 「響也くん!そういうことは言わないでいいから!」
 どちらの思いも解りきっていて面白いほど周囲にはバレバレなのに、何故か彼ら自身にはなかなか伝わらない。
 それは多分、こうした成歩堂の性格も原因なのだろうと、不器用な上に鈍感で空回りばかりの御剣を思い、少しだけ応援したい気持ちになる。
 「……成歩堂?どうかしたのか?」
 不意にキッチンの出入り口から声がかけられ、たったいま話題に上っていた青年が現れる。おそらく自身の仕事が終わって、そのまま成歩堂を探していたのだろう。裏口で待機しているミツルギが存在しているかどうか、確認したあとにでも。
 中に入り込んできた御剣を見遣り、響也が器具を拭いていたタオルを成歩堂に渡して、軽くウインクをする。
 「じゃあ、成歩堂さん。授業料代わりに片付けと焼き上がりのシフォンの取り出し、お願いしますね」
 「え?」
 「御剣さん、お先に失礼します」
 「ム?」
 そそくさと退場しようとする響也に、成歩堂が途方に暮れたような目で縋る。が、結局はそこに留まっても当てられるだけだ。犬も食わない状況にしていることを、本人たちは自覚しないけれど。
 軽やかに手を振り、このあとバンドの集まりがあるのだと逃げ口上を口にすると、逆に恐縮したように成歩堂が礼と謝罪を口にして見送ってくれる。
 成歩堂と二人で暫くキッチンにいられることを悟った御剣も、同じように機嫌良く見送ってくれた。本当に解りやすい人だと、こんな時は響也でも思った。

 シフォンが焼き上がるまで、あと15分ほど。


 まだ少しだけ拗ねている御剣に、彼の家に遊びにいく話をしながら笑いかける。

 向けられる優しい笑みに色づく頬が見えないくらい照明の少ないキッチンに感謝しながら………





 そんなわけで日記でいっていたパティスリーのお話でした。
 いやはや、この話のために二日間連続でチャットして何時間も設定を決めていましたよ。どこまでも不器用な上に駄目な子っぷりが検事のときより上がっている御剣に途方に暮れますね。
 そしてミツルギ(犬)はこの設定を共有している朱涅ちゃんのサイトに生息しているミツルギオンのイメージでお願いします。もっともそう見えてしまっているのはCHIHIROスタッッフだけなんですがね!(笑)

 このお話は単発を書いていくつもりなので、長編のストーリー構成はないです。パラレルは不得手なのですが頑張ります。いや、今現在の仕事場の話が書きたくてうずうずしていたのですね!←パン屋でバイト中(冷菓と焼き菓子担当のレジ係)
 本当はストーリー内でもっと製菓中の描写を入れようかな〜とも思ったのですが、読んでいて楽しくないので割愛しました。響也さんには動きを入れる程度にサックサックと進めてもらいましたよ。

07.11.27