柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
単純明快 『信じる』定義 「へ?牙琉のこと?」 「………まあ、弟の僕が言うのもおかしいですけど、ね」 素っ頓狂な声を上げて目を丸めている成歩堂に、予想通りだったと苦笑して響也が応えた。 ………実際、不思議な取り合わせだったのだ。 霧人は完璧主義者な上、排他的だ。しかもそれを上手く隠して気づかせないでいられる、表面上の付き合いのよさもある。 いうなれば精神的な孤独を好み、自身の居場所に他者が入り込むことも、その地位を脅かすことも許さない。 そんな人間と、人のために尽くすことを当然に思う人間が一緒にいたなら、それはどこか歪みが生じそうなものだ。 にもかかわらず、成歩堂はその性質を変えることはなく、霧人もまた、成歩堂以外にはやはりその性質を変えてはいない。何故か両者はその気質を潰し合うことなく共存出来ているのだ。 それは響也の目から見てとても不思議な光景だった。 過去にはあり得ない現実にも近い認識も持ったことがある。それでも確かにそれは目の前で繰り広げられていて、本人には言えないとはいえ、兄はとても楽しそうだし、嬉しそうなのだ。 だから、仮説を立てた。 …………霧人のそうした性質に成歩堂が目を塞いでいるのか、あるいは逆に無関心なのか。 認めた上で知らぬ振りをする人ではないけれど、成歩堂の態度と霧人の応対は不可解なものだ。 「うーん、なんといえばいいのか、僕も難しいんだけどさ」 いって、成歩堂はいたずらっ子のように目を輝かせて、笑った。 「僕、牙琉に嫌われていたよ、初対面で真っ先に」 「はっ?」 てっきりもっと出会いは穏やかなものだと思っていた響也が訝しむように声を上げる。 兄弟としてずっと一緒に過ごしてきた兄のことだ。大抵のことは、解る。そしてその解る中で不動なものは、霧人は切り捨てた相手を振り返らない、ということだ。 彼は自尊心が高く、それに見合うだけの実力もある。そしてそれが故に、同じ立場の自身よりもレベルの低い相手は歯牙にもかけない。 笑顔は、浮かべるだろう。決して踏み込むなと示すような冷徹な微笑みを包み隠し、人のよさそうな穏やかさを前面に出して、当たり障りなく表面上の付き合いを行うことは、彼は得意だ。 もしも霧人が成歩堂を初めから嫌っていたというなら、今現在の関係はあり得ない。 そう考え、響也は顔を顰め、からかったのかと成歩堂に不服そうな顔を向けた。 それを受け止め、成歩堂は小さく笑い、懐かしそうに目を細めて首を振った。違うよ、と。振った首と同じくらい小さな声で言った後、そっと息を吸い込んで、困ったような口調で話し始める。 「ほら、新入生だとクラスで自己紹介みたいなのあるだろ?それで即嫌いなタイプって思われたみたい」 席は近かった。前と後ろなのだから、声を掛け合うくらい普通だろ。けれどそれすら拒むように彼は振り返ろうともしなかった。 態度は、そこまであからさまではなかったかもしれない。他のクラスメイトが気づいたかどうかは解らない。 けれど、自分は気づいた。………自分は他者の感情には、敏感だ。分類はすぐに出来る。好かれているか嫌われているか、その程度ではあるけれど……解る。 霧人は、一目見たその瞬間から嫌っていると、その目が如実に語っていたから、射竦められるように彼を見たものだ。 悲しかったけれど、全ての人間に好かれるなんて思ってはいない。だから、自分に出来ることをしようと思った。 辛いと泣いても情は還らない。 悲しい嘆いても愛しさは与えられない。 なら、笑って。自分が初めに与えれば、いい。………自分が与えられたように、優しさと暖かさと幸福感を。 思い出し、成歩堂は気恥ずかしさに少しだけ視線を彷徨わせる。 ほんの少し昔の話だ。けれど、その頃は今以上に余裕がなくて、やりたいことと出来ることの差に、どれだけ空回りをしただろう。 今の響也と大差ない年齢だったはずなのに、随分と幼かった自覚だってある。 傷だらけで失敗ばかり重ねていた、手。ぎゅっと握り締めて、その存在を確かめる。確かな感触に緩く笑んで、成歩堂は響也にまた視線を向けた。 柔らかく溶ける日差しのような、優しいまなざしを。 「でもね、いつからかな……変わったよ?」 楽しそうな、声。製菓中に見せる笑みのような、柔らかさ。 目を瞬かせてそんな成歩堂を響也は見つめる。………嫌悪を、きっと向けられただろう。霧人はそうした面で容赦はしない。本人にだけであればどれほど晒そうと、彼自身の築いたものを揺らすだけの力はないのだから。 きっと、傷も、負っただろう。それがどういったものかも、どれだけのものかも、解らないけれど。 それでももう、許しているのか。なにも知らないうちから否定される痛みを経てなお、相手を受け入れ愛しいと、思うのか。 …………それはどこか、浮世離れした、感覚だ。 微かな痛みが胸中に湧く。響也は顰めかけた眉を隠すように、小さく笑った。 成歩堂は、笑っていた。なにも含まず、ただ、純粋に…………笑っていた。 「僕はなんにもしてない。ただ、必死だっただけ」 不器用で何にも出来なくて、要領だって悪く、気持ちばかりが焦っていた。何度も泣きたくて、けれど泣いてもなにも出来ないと思い知っていたから、耐えて。 出来ることは更に出来るように努力を重ね、出来ないことには出来ること以上の努力を重ねて。なんでも出来る目の前の同級生に追いつこうと、必死だった。 目の前に目標があるのは、有り難いことだった。その相手もまた努力を惜しまず自身をより研磨するタイプだったから。 だから、感謝……している。自分の前にいてくれたこと。その態度も存在も能力も、全てを。 自分を励ましてくれた、から。………たとえ世間一般的にはそれを励ましと受け取らないものであったとしても、自分は嬉しかったのだ。 「僕は……ただ必死だっただけ。牙琉が優しかったんだよ」 失敗を重ねる自分に声をかけてくれた。なにが違うのか、間違えているのか、冷たい声音で、それでもきちんと教えてくれた。解らないと言えば馬鹿だと言いながらも説明してくれたし、実際にやってみせてくれた。 優しかった。………彼自身は認めないこと、だろうけれど。 思い、くすりと成歩堂は笑った。過去においても現在においても、素直ではないというその一点だけは、霧人に変化はない。 「だからさ、響也くん」 「え…あ、はい!」 呆然と成歩堂の話を聞いていた響也は、突然の自身の名に反応が遅れ、間の抜けた返事を返す。 それに小さく笑い、成歩堂が告げた。 「僕は、努力は報われると思うし、たとえ嫌われていたとしても、誠意を持っていれば……必ずそれは覆されると信じているよ」 惚けたような響也に言い聞かせるような……諭すような音色を奏で、成歩堂は笑んだ。 だってそれが現実として自分に与えられたのだから、と。 成歩堂は幸せそうに微笑み、囁いた。 響也さんと成歩堂は書きやすいなぁ。 パティスリーは響也さんと26歳成歩堂を同一空間におけるので凄く書きやすい。私的書きやすいコンビナンバーワンだよ。 ちなみに書きづらいのはオドロキくんで、書きやすいけどちょっと待てや!と言いたくなるのが御剣。霧人さんは原作ベースだと悲しくなるのであまり書きたくないけど、パティスリーだと幸せに出来るので書きたいキャラかな。神乃木さんは……言葉遣いどうにかしてくれ(既に論趣が違う) ちなみのこの話、半ば実話。自己紹介で隣に座っている人は私が嫌いだと思ったそうです。名前と歳と出身学校と小説読むのが好きといっただけの自己紹介でなにが嫌いになったんだろうか。でも顔も声も自分には合わないと思ったそうです。解らん………。 まあ、生理的に受け付けないといっていたのよ。そんな人ですが、卒業後も未だ飲みのお誘いをくれます。 だからきっと、頑張ったことは報われると思う。理由のない嫌悪も重ねた努力で認めてもらえるようになったんだから。 08.01.01 |
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