柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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 キッチン内が仕込みに追われている頃、思いの外客足が緩やかなフロアは特に混雑もなく、滞る仕事もなく静かなものだった。
 「なんだか中は忙しそうだよね」
 ショーケースの前でラッピングの練習をしていた茜が、そんな事を呟きながら少し視線を上げて硝子の仕切りで遮られているキッチンを見遣った。誰にいうでもなく、独り言のようだ。それは同じ場所にいた真宵や冥にも解ったらしく、視線を向けるだけで返事は特になかった。
 茜が視線を向けた先には、いつも通りのメンバーがいつも通りに忙しそうにお菓子を作っていた。
 それを眺めながら小さく溜め息を吐き出す。キッチンは忙しそうだけれど、調度客足の途切れたフロアは静かだった。マンションの一階にテナントを構えているせいか、それとも単純に通り道故の問題なのか、寒風の強い日は電車の乗降時間で客の入り数が変わりやすかった。
 もっとも、茜自身CHIHIROに来るまでの風の強さを思えば用もなく外に出たいとは思わない。まして菓子は嗜好品だ。必要不可欠なものではないのだから、余計にそうなのかもしれなかった。
 次の電車が来る頃になればまた客が多く立ち寄るだろうが、それまでのほんの10分程度の間が勿体なく感じる。
 この店で働ける事は楽しくて嬉しいけれど、残念な事があるとすれば、自分ではキッチンの中の手伝いは出来ないという事だろうか。少しだけ拗ねた顔で中を見遣っていたら、隣で同じように中を眺めていた真宵が、何かに気づいたように指先をキッチンに向けた。
 「あ、なるほどくんが困った顔しているよ。何か失敗したのかな」
 「え!?」
 茜が驚いて慌てて視線を成歩堂に向ければ、確かに困った顔をしていた。少しだけそれを眺めたあと、彼が動く様子からその理由が解って、茜はぐっと握り拳を作る。
 目を輝かせるようにして真宵に顔を向け、まだ練習途中のラッピングも放っておき、既に身体をキッチンへと通じるドアに向けて早口で言った。
 「ちょっとあたし、中に入ってくるね!」
 「うん。じゃああたしは……なにしてようかな、冥さん」
 元気に中に入っていった茜を手を振って見送りながら真宵はくるりと身体を反転させて逆側に佇んでいた冥に声をかけた。
 少しだけ呆気にとられていた冥だが、すぐに気を取り直してちらりとキッチンに目を向けたあと、優雅に微笑んで先程自身が時間を潰そうと思い持ってきた焼き菓子の箱詰めを指差した。
 「……取り合えず、この箱詰めのラッピングでもしていましょうか」
 同意の頷きを返す真宵に微笑みながら、今日は響也が休みなのでごった返しになるのだろうキッチン内に向けた苦笑を飲み込んだ。

 成歩堂が困っている理由などすぐに解った。彼はいつも背中を向ける位置にいるはずなのに、その顔が見て取れたからだ。おそらくは菓子を作るために取り出そうとした粉類が無くなり、それらを補充しなくてはいけなくなったのだろう。
 調度茜が見遣ったときは屈んでケースの中の粉の袋を取り出している所だったのだから、確実だ。
 キッチン内では自分はなにも出来ない、それを茜はちゃんと知っている。けれど力仕事なら、手伝えるのだ。腕っ節ならそこらの輩にも引けを取らないはずと意気込んで入り込み、元気に声を張り上げて成歩堂に手伝いを申し出た。
 「成歩堂さん、あたし暇だし、手伝います!」
 「俺、とってきます!!」
 ……………見事に違う言葉で、けれど同一の内容を同時に叫ぶ相手がいるなど、想像もしないままに。
 一瞬、忙しなく動いていたはずのキッチン内のパティシエたちの動きが止まった。音すら消えてなくなったような凝固だ。
 唯一目を瞬かせて首を傾げているのは、その叫びを浴びたはずの成歩堂一人だった。
 「えっと……粉くらい、僕でも運べるから平気だよ?」
 二人は二人の仕事をしていて構わないと成歩堂は告げる。実際、粉の袋くらい持ち上げられなくてはこの仕事はやっていられない。
 そう思って助力を辞退しようとした成歩堂に茜が食い下がった。
 「なに言っているんですか!このデコッパチ程度ならあたしだって言いませんけど、成歩堂さんの作るお菓子好きなんですから、無理して指傷めたりとかしないで欲しいんです!」
 「誰がデコッパチですか!というか俺程度って、さりげなく卑下しないで下さい!」
 自身の力量は解っているのだと茜の言い様にすかさず王泥喜が叫んだ。
 なんだかんだで仲のいい二人を見ながら、成歩堂はちらりと室内を見遣る。が、残念ながら今日は二人の暴走にストップをかけてくれる響也が休みだ。神乃木や霧人は既に黙々と作業を再開していて成り行きに任せている。
 ………逆を言えば、この程度は自分一人でなんとかおさめられるはずだという信頼かもしれないけれど。
 苦笑してまだ言い合っている二人をもう一度視界におさめたあと、もう一人まだ呆然とこちらを見ている人物に顔を向ける。
 すぐに気づいた相手は眉を顰めていたが、気にせずに笑いかけ、先程から持ったままの粉の袋を掲げてみせた。すぐにその意図を悟ったらしい相手は頷き、歩き始める。
 それを確認したあと成歩堂はもう一度二人に向き合って声をかけた。
 「ほら二人とも、そんな風に喧嘩する場所だったかな、ここは」
 少しだけ声に凄みを効かせて成歩堂が問いかけてみると、すぐに音の響きに気づいて二人の声が止まる。そして同じようにぎこちない動作で一緒に成歩堂に振り返った。
 そのタイミングでにっこりと笑いかけると、二人が一様に声を失って俯き、顔を逸らす。面白いほどの動作の一致だ。観点を変えればもしかしたらとても仲良くなれる二人なのかもしれない。………もっとも仲の良い二人など、どちらもが辞退しそうだけれど。
 まったく無関係な事を考えながらも少し真面目な顔で二人を見据える。叱るべきときは叱らなければ、店内が無法地帯になってしまう。
 「ここはお客様にも見える場所だよ。大きな声を出せば勿論フロアにだって聞こえる。ちゃんと解っているよね?」
 「はい…す、すみませんでした」
 「つい、ちょっと……エキサイトしちゃいました。ごめんなさい、成歩堂さん」
 しゅんとして二人がいう言葉に成歩堂は頷き、軽く二人の頭を叩いて笑った。
 「まあ反省しているならいいよ。繰り返しちゃダメだけどね。……あ、御剣、ありがとう。ここに入れてもらっていいかな?」
 「うム。すまないが、場所を空けてもらえるだろうか」
 唐突に割って入ってきた第三者に茜と王泥喜が目を瞬かせてそちらを見遣った。……既に名を呼ばれその声も聞いているのだから解っているけれど、確認せずにはいられなかったからだ。
 案の定、そこにいる御剣は薄力粉の袋を抱えている。25kgもあるというのに片手で担いで余裕の表情なのだから奇妙な違和感を覚えるほどだ。
 口を開けて思わず指差してしまった二人に不可解そうな顔をしながら、そっと袋を抱えていない方の腕で王泥喜を横に避けさせて成歩堂の前に置かれているキャスター付きの箱に袋を入れた。
 まったく危なげない動作は荷物の重さなど感じさせない。これを見ていると茜でさえ一人で軽々と運べるのではないかと考えてしまうほどだ。
 「ありがとう、わざわざ悪いね」
 「いや、この程度、礼を言われるほどではない。必要であればまたいってくれて構わん」
 優しく笑んで礼を言う成歩堂に嬉しそうに応える御剣。それを眺めている茜が、悔しそうに御剣に食って掛かった。
 「ずるいですよ、御剣さん!あたしが手伝おうと思っていたのに!」
 「ム?いや、しかし……女性に重いものを持たせるわけには………」
 突然責められた御剣は困ったように茜を見遣りながら応える。実際、持てないわけではないだろうが茜が持つには重すぎる荷物だ。
 それはとても単純な事実で、異論など誰も持ち得ない。が、少しだけ冷静さを欠いた茜には関係がないらしいかった。
 「女だからダメだなんて、女性差別ですか!」
 労られているはずの茜が食って掛かるという奇妙な構図を展開しているキッチンの一角は、他のパティシエたちの意識も向けられていた。もっとも、助け舟を出そうとはしていないけれど。
 「いや、そういうわけではなくだな……」
 どういえば解る事なのかと御剣は途方に暮れたように顔を顰めて茜を見ていた。………端から見ればそれは睨んでいるようにも見えるが、単に自身の言いたい事を言葉にする事が難しく思い悩んでいるに過ぎない事は成歩堂にはよく解った。
 これ以上状況が悪化すると人間関係自体がこじれてしまうだろうタイミングで、ぽんと、成歩堂は茜の頭を撫でるように叩く。
 「茜ちゃん、僕も御剣と同じことを言うと思うよ。女の子に重いものを持たせたいとは思わない」
 「成歩堂さんも!女じゃなんでダメなんですか!」
 撫でられている腕を払う事はせずに茜は口の中で呟くように小さく反論をした。
 「女性差別なんて、今更流行りませんよ」
 頑張ればなんとかなるなら手伝わせてくれてもいいだろうと、拗ねた声が幼く響く。それを聞きながら、御剣は自身の行動が何故この事態を引き起こしているのかが解らず、眉間の皺をより濃くして成歩堂と茜を見遣った。
 差別とは、違うのだ。御剣の中に男女の性差による区分けはあまりない。女性だから労るべきとも守るべきとも思わない。言うなれば、同じ一個の人間なのだから、同等の質を求める。
 ただ、求めるものは同じ行動ではなく、質、なのだ。
 それを言葉に換えることはひどく難しい。口を開きかけて、けれど言葉が見当たらず固く噤んだ御剣を見遣り、成歩堂は茜に微笑みかけた。
 「違うよ、差別とは」
 応えに窮している御剣の弁を助けるように成歩堂が口を挟む。
 「どういうことですか?」
 それに応じるように王泥喜もまた、会話に加わった。決して茜の言い分に賛成なわけではないけれど、悔しいのは同じだからだ。
 「だって、男女をまったく同じ扱いにしたら、女の子にも男と同じ筋力を求める事になるし、それはどうしたって性別としての体格の差があるんだから、無茶な要求だろ?」
 問えばすぐに明確な回答が返される。おそらく成歩堂の中では当たり前すぎる観念なのだろう、困ったように特徴的な眉を垂らして苦笑している様は、子供を相手にしている保父のようだ。
 そんな顔をされると駄々を捏ねているただの子供のような気がして、ひどく恥ずかしく思う気持ちがわく。実際、我が侭をいって困らせている現状ではあるのだけれど。
 「………それは、そうですけどぉ……」
 先程のようにはっきりとした言葉ではなく、モゴモゴと消え入るような口調で茜は呟く。言いたい事が段々ずれていってしまった事も快活のよい言葉から遠ざかる要因だろう。
 「だから、女の子は女の子の出来る範囲で同じ仕事をしてくれればいいんだよ。逆に君たちは僕たちにないモノだって持っているんだから」
 それが平等な条件という事だろうと成歩堂が笑った。どこか小さな子供に諭すような柔らかさで綴る言葉に、茜と王泥喜が唇を尖らせる。
 解らないわけではないのだ。ただ、それでも役に立ちたいし褒めて欲しいし頼ってもらいたい。大好きな人のために何かしたいと思う事は、男女に差などないはずだ。
 出来る事に限りがあっても、それ以上の力を誇示するような浅はかな真似をしてしまっても、実力以上の力を示したいのだ。………好きな相手には、いつだって最良の自分を見せたいのだから。
 「茜ちゃん、オドロキくん?」
 俯いて言葉をなくした様子の二人の名を成歩堂が呼ぶ。柔らかな音の響きに、おずおずと二人の視線が持ち上がった。
 そうして視界に写ったのは、笑み。
 自分たちの大好きな、真っすぐに人に向けられる明るい笑顔。
 「ありがとう、気にしてくれて。もしまた困った事があったら、手伝ってくれるかな」
 今は大丈夫だったけれど、もしも二人の力が必要になったなら、その時は二人の手をとらせて欲しい。そういってみれば、きょとんとした眼差しを晒したあと、二人は輝くように笑顔を浮かべた。
 「はい!俺、大丈夫です!!」
 「勿論です!いつだっていって下さいね!」
 挙手をしながら宣言する王泥喜と、成歩堂の手を両手で包みながら頷く茜とを従えた成歩堂は苦笑をのぼらせる。
 まだどこか幼い二人は、時折驚くほど単純な事で躓いたり拗ねたり騒いだりと大忙しだ。真宵や春美とはまた別の意味で放っておけない子たちだと思いながら、成歩堂はそれぞれ作業に戻るように声をかけた。


 実はそんな騒ぎの真っ最中に客が3名ほど入り、なおかつキッチン内を注視していた事は、ショーウインドーを正面に見据える場所にいた神乃木だけが気づいていた。
 まだまだ視野が狭いと未来の店長に笑みを浮かべながら、彼が今日書く日誌にはその旨を書き込んでやろうと喉奥で笑った。





 おかしいな………私が書きたかったのは、あくまでも業務用の薄力粉は25kgもあって軽そうに見える量…それこそ底の方に溜まっている感じになっても実際は数kgはあるのでギョッとするんだよ☆なはずだったのですが。
 なんで男女差別の真理に話がいくの?(謎)自分自身で謎だ。
 力では男性に適わないけど、女性の方が打たれ強く精神的に成長が早い。物理的な痛みへの耐性も強いそうだ。………まあそうでなかったら出産なんて男性なら失神してしまうような行為を行えないよね………
 なので平等、という事はまったく同じ事を要求するのではなくそのレベルに応じた負荷を頑張ってもらう事なのですが、世の中たまにおかしなことを言うヤツもいる。まあ私は実際に会った事はないので幸運なのでしょうが。
 そして出来るだけ茜ちゃんを愛知県民の所の茜ちゃんに似せるため四苦八苦。過去に一度しか書いた事ないからキャラ固まってないんだよ、茜ちゃん。
 響也さんは嫌になるほど書いているのにね。茜ちゃんにかりんとう投げられてしまうよ。

08.01.27