柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
知らないことが一杯あるんだ 君の道しるべ 「ねえねえ牙琉!見てよ、これ!!」 歓声といっても差し障りのない声音で突然声をかけられた。振り向いてみれば、後ろの席に座る成歩堂という男は、同い年でありながらそうは見えない幼さでそこにいた。 顰めそうになった顔を理性で笑みに変え、彼の手の中にあるものを見遣る。………と同時に、眼鏡のブリッジを持ち上げ、溜め息を飲み込むように一度目蓋を落とした。 「………成歩堂、それは一体………?」 簡素な白い小さな箱の中には黒い丸いものが一つ。チョコレートを掛けられたのだろう、スポンジケーキだ。どう見てもテンパリングなどしてもいないし、ガナッシュというよりは若干水分が多く含まれて見える。 形も少し歪で、膨らんだ底部を切らずにそのまま使用したのあろうことが傾いた表面で解る。高さからいって間にクリームなどが入った可能性も低い。 一体なにを作って来たのかと、春の気候も考えずに保冷剤も入れずに持って来られたせいで少し溶け始めているチョコを、霧人は哀れみながら眺めた。 「昨日作ったんだ。多分ザッハトルテ??」 満面の笑顔をこてんと横に倒しながら、この上もなくあやふやなことを彼は言った。 もう一度その手の中のものを見つめ、彼の言葉を反芻する。弾き出された回答を、素直に霧人は舌に転がした。そうすることが、製菓学校という場に通う人間の使命であるとさえ思いながら。 「成歩堂………オーストリアの国民全員に謝りなさい」 「ええ?!なんでいきなり国外に向けて謝罪するのさ!!」 突然の命令にギョッとして戸惑うような声を成歩堂があげた。オドオドと周囲を見回すが、ちらほらと登校し始めた生徒たちは二人のやりとりに気づいてはいなかった。 どうしようもなくしゅんとして項垂れながら、何が悪かったのか解らないと目の前の同級生を成歩堂が見上げた。優しい顔立ちの相手は、軽く溜め息を吐き出して差し出されたままの箱の中身を指差して、窘めるように告げる。 「これがザッハトルテなど、ウィーンどころかオーストリアに対しての侮辱ですよ」 どう見てもこれは失敗したチョコ菓子だ。スポンジすら上手く焼けているかが怪しい。テンパリングに至っては温度管理などしていないだろうことが窺える。そもそもチョコ菓子を持ち歩くのに保冷を考えていない時点で、チョコに対しての侮辱だろう。 どこから教えてやればいいのかすら解らないほどだ。この学校の教員は何をしているのかと問い詰めたいほどだが、まだ通い始めて数週間しか経っていない。この期間では教員を責めることはお門違いだろう。 「?なんでウィーンやオーストリアが関係あるんだよ。僕はチョコのケーキ作っただけだよ?」 「…………成歩堂、ザッハトルテはウィーンが発祥の菓子ですよ」 まるでたった今霧人が考えていたことを実証してくれるかのように無知を披露した成歩堂に、流石に溜め息が出る。 ザッハトルテはその商標を巡って7年間も裁判を続けたような菓子だ。これほど有名な逸話のある菓子すら知らないなど、製菓に関わる気が本当にあるのかどうか疑わしいものだ。 そんな霧人の胡乱に染まりかけた眼鏡の奥の眼差しに気づかないのか、そっか!と成歩堂は笑顔で納得しかけた。が、その表情を一瞬硬直させ、そのまま瞬きを数度繰り返してから、首を傾げて霧人に問いかける。 「ウィーンって、オーストリアなんだよね?あれー?これ、フランス菓子っていう本に載っていた気がするんだけどなぁ………」 「根本的に間違えました。成歩堂、製菓業界に謝りなさい」 成歩堂の言葉が終わるか終わらないかというタイミングで即座に霧人の声が響く。 「だって僕、ケーキなんてショートケーキくらいしか知らないんだもん。後、モンブラン?」 それ以外は見た目で全部同じに括ってしまっているのだ。生クリームならショートケーキで、チョコならチョコレートケーキ。ゼリーなら入っている果物で、ムースやババロアは全部そのままだ。 その程度の認識力なのだから、チョコレートをかけたケーキは、先日読んだ教科書に写真の載っていたものであっていると思っていたのだ。 似ていると思ったのに違っていたらしいと、霧人を驚かすつもりでいた成歩堂は不貞腐れたように唇を尖らせる。そんな幼い反応を視野におさめることもなく、霧人は成歩堂の言葉をもういちど反芻する。あまりに衝撃的過ぎて、脳が理解を拒否してしまったらしく、上手く思い出せないほどだ。 「………成歩堂、聞いてもいいですか?」 あり合えないと思いながらも、ごくりと息を飲み、静かな音で問いかける。 「うん?なぁに?」 「ズコットは、知っていますか?」 「???」 ニコニコと笑顔を浮かべたままの成歩堂はキョトントするばかりで回答を返さない。冷や汗が背中を伝った気がした。 「クグロフは?シブーストは?マカロンにダックワーズ……ヌガーやサバランやタルトタタンすら知らないとか言いませんよね?」 「????えっとぉ………、なんの単語?僕、英語あんまり得意じゃ………」 「英語ですらありません!まさか成歩堂、いままでパティスリーの情報収集すらしたことがないわけじゃ………!」 「えー、知っているよ?千尋さんのケーキ、すっごく美味しいんだ!だから僕、お手伝いすることにしたんだよ」 「それは自己紹介で聞きました!他の店です!」 温厚な霧人の鋭い音に成歩堂は目を瞬かせながら首を傾げる。一体どうしたのだろうと、なにも解っていないらしい成歩堂の顔がひどく苛立たしかった。 「んー……あんまり美味しい場所は知らないかなー。だから頑張って作ってみたんだ」 美味しいものが出来れば嬉しくなるだろうと思ったと、呑気に成歩堂は愛好を崩して溶けかけたチョコのかかったケーキを見ている。 そんなケーキ、自分が作るものよりも美味しくなどないだろう。そんなことは、見た目だけでも十分に知れる。 比較対象のない製菓になんの意味があるというのだろうか。正確な味も知らず、それを作り上げるなど無意味に決まっている。この男は、基礎も知識も味覚も辿々し過ぎて、歩き始めてすらいない赤子のようなものだ。 「牙琉は、知っているの?」 それなら味見して欲しいのだと、子供のような笑みのまま、その男は箱を差し出す。美味しいわけのない、溶けかけたチョコレートケーキ。 「………こんなもの、人に食べさせるべきではありませんね」 ぼそりと、誰にも聞かせるつもりのなかった本音が唇から小さく洩れる。それにはっと気づき、思わず霧人は口元を覆った。完璧な笑みの仮面が取れてしまったかと、驚きを隠せない。今まで、どれほど苛立とうとそれを晒したことなどないというのに。 不審なことこの上ない霧人の動きを、けれど成歩堂は気にした風でもなく笑んで見守っていた。そうして、極上の笑顔を浮かべて、不格好な自身のケーキを眺めながら、そっと呟く。 「あのね、牙琉。美味しいお菓子を食べるとね、嬉しくなるんだよ」 まるで夢見るような声で、幸せそうに彼は呟く。その言葉の流れが解らないと、顰めかけた眼差しの先、成歩堂は真っ直ぐに霧人を見上げた。 「僕はまだヘタクソだし、きっとこれだって美味しくはないと思うんだ。でもね、頑張って練習して、牙琉が嬉しくなるようなお菓子、作れるようになるよ」 「………意味が解りませんが」 「んー、僕もよく解らないかな。でもね、牙琉に食べて欲しいんだ。で、美味しいって、笑って欲しいと思ったんだ」 なんでだろうと、こちらこそが問いたい言葉を呟きながら成歩堂は首を傾げる。 製菓の基礎も、店の情報も、菓子に対する味覚も、何もかもがまだ築かれていない、まっさらなままの彼。その方向性はもとより、たった今歩む先すらあやふやだ。 それは手にとるように霧人は感じた。とても人に感化されやすい、柔軟でしなやかな感性だ。与えられた情報如何で、いくらでも様変わりする。 育てることに意欲的なものなら、ある種これは逸材なのだろう。己の与えたいものをこそ、彼は吸収し獲得していく。 けれど、自分は学生だ。まだ教えを請うべき立場の人間だ。だから、それに自分が関わるメリットなど、ない。………ない、はずだというのに。 「成歩堂、次の休みに予定は?」 「へ?別にないと思うけど……なんで?」 突然の霧人の言葉に首を傾げ、成歩堂は別段鞄から手帳を取り出すでもなくそう返した。 「せめて近場のパティスリーの味くらいは知っておくべきです」 「…………だって、知らないし………」 しゅんと項垂れた顔は、俯いていて見えない。おそらく泣き出す子供のような顔をしているのだろう。見なくても解るその顔と、自分にも計り知れない部分で相手を把握する感性。 どちらが彼の本質かなんて、まだ解らない。関わることにメリットなどないことも、理解している。 それでも、その言葉が、唇から滑り落ちた。 「私が案内しましょう。遅刻は厳禁です、いいですね?」 「え…?え?いいの?本当?わーい!約束だよ!!」 驚いたように目を瞬かせた後、破顔した子供のような顔が突如せまった。それが彼が後先考えずに子犬のようにじゃれついてきたせいだと解ったのは、机の上に置かれたままの箱が、ぐしゃりと嫌な音を立てた後だった。 メリットなんて、きっとないだろう。 だからこそ何故あんな言葉を口にしたのかが解らない。 ただ、無知な眼差しが、それでも見抜いたひと欠片が、気になった。 …………きっとそういうことなのだと、誰にいうでもなく呟いた。 製菓学校時代のリュウちゃん(笑)と霧人さんでした。 書けるかー!!と思っていたリュウちゃんですが、小学生だと思えばなんとかなるようです!(それはそれでどうだろうか) あ。リュウちゃん、名前知らないだけで多分食べたことくらいはあるんですよ。ただ「美味しいね!」で終わって名前まで興味がいかなかっただけで。 こんな感じに休みの日に連れ立ってパティスリーやらパン屋やらを巡ります。まるで教師と生徒のように(笑) なので、成歩堂が趣味で作るお菓子はフランスの伝統的なお菓子が多いのです。霧人さんが初めに餌付けして覚えさせたので(笑) だから霧人さんも伝統菓子関係が好き。響也さんは現代的な華やかなヤツかな。で、オドロキくんは素朴というか家庭的というか、各家庭で受け継がれています系。神乃木さんはオールマイティなので論外。 で、御剣は破滅的、と。 いうオチの4コマを描いていて、面倒になったのでここに記してみた。 08.08.23 |
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