柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
あなたの願うこと 街中で偶然その後ろ頭を発見した。珍しいと思い、その足元を見遣る。と、更に珍しい事態であることに気づいた。そして、目を瞬かせるよりも早く、気づいたなら彼の名前を呼んでいた。 「成歩堂さん!」 少し先を歩む彼はぴたりと止まり、周囲を見回すようにして声の主を捜している。それに応えるように早足で彼に近づき、もう一度その名を呼ぶと、振り返って自分に気づいてくれた彼は笑顔を浮かべて答えた。 「あれ、響也くんも買い物?」 「まあそんな所ですね。成歩堂さんもですか?」 隣まで近づけば首を傾げて彼が問いかける。も、と彼がいったからには彼自身も買い物で出向いたのだろう。目の前のショッピングセンターは、近場では一番大きな場所だ。自然と足が向かうのも解る。 けれどその割にはと、ちらりとまた彼の足元に目をやる。彼の足元は、ただ道路が広がるだけだ。あの、愚かと自分の兄に称されてばかりいる飼い犬の姿はなかった。 「ミツルギなら、今日は真宵ちゃんたちと遊んでいるよ」 真宵ちゃんがトノサマンDVDを見るのだと息巻いていたと、苦笑して成歩堂が告げる。問いかけてもいないのにすぐに疑問が伝わったのは自分が解りやすく顔に出していたせいか、彼が聡いからか、その疑問が伝わるほどに、彼の傍には常に愛犬がはべっているためか。 そのどれもが要因のような気がして、彼とは違う意味の苦笑が唇を染めた。 「真宵ちゃんも、その方が気が紛れるかなって。ミツルギが一緒にいるとさ、なんだか安心するんだよ?」 少しだけ寂しそうに笑んで、彼がいう。自分がその証だというかのような言葉に、浮かんだ苦笑がそっと引いてしまった。 自分が彼を初めて見たのは、そう昔の話ではない。ほんの、一月程度だ。 その時の彼の姿は筆舌に尽くし難い、という言葉が丁度いい気がする。前に進むのだと、一人で立ち上がれもしない遭難者が救助者の手を拒み這いずるような、そんなイメージ。 その癖、彼はそんな状態ですら、差し出される思いを足蹴になどしないのだ。ただ必要なだけの援助を願い、甘えることを良しとしないだけで。………本当にギリギリの量しか求めてくれないから、いつ倒れるかと幾度肝を冷やしたか解らないほどだ。 「ミツルギも、僕のことばっかりじゃなくて、たまにはのんびりして欲しいしね」 ずっと傍に居続けてくれて飼い犬の自由な時間がなかったと、彼は苦笑するようにしていった。その瞳が憂えているようで、物寂しげだ。 「………ミツルギは、人間臭いですよね」 会話を過去以外に向けようと、響也は話題に上った彼の飼い犬のことを告げる。言葉とともに笑みを浮かべた唇が嘘くさくなっていないかと内心不安に思いつつ、ライブを行なう時以上の緊張を強いられながら、笑んだ。 それに成歩堂は瞳を細めて柔らかく笑み、愛しそうに前方を見遣った。視線の先には、誰かが連れて来たのだろう、パピヨンが杭に繋がれて飼い主を待っていた。犬は近づく人々に吠えるわけではないけれど、緊張しているのか尻尾を丸めて隠し、小さく身体を屈めてしまっている。 「うん。………だから、たまに間違いそうになるよ。話しかけてもさ、ミツルギはちゃんと聞いてくれるから」 まるで普通に返事が返ってくるのではないかと、錯覚しそうになる。彼は困ったようにそんな風にいい、睫毛を落とす。目蓋の裏には、きっと飼い犬が真っ直ぐに彼を見ていることだろう。 彼にだけ視線を向けて、他の一切を視界になど入れず、彼だけを守るのだと、あの小さな身体全てを使って寄り添っていた、真っ黒な犬。 彼を初めて見た日に、同じように初めて見た、犬。自分も犬を飼っているけれど、あんなにも飼い主だけに興味を向ける犬は初めてだった。飼い主に寄り添う犬は、人間を嫌いはしない。人見知りをするケースも多々あれど、飼い主と仲の良い人間であれば警戒心を解いていくのが普通だろう。 それなのに、ミツルギは飼い主の意志が他者に向かっても、その先に興味は持たない。ただひたすらに、彼の興味を自分に向け、彼の傍に第一にあることだけを望んでいる。 多分……成歩堂にとってそれは寂しいこと、かもしれない。あの初めて会った日に聞いた言葉が脳裏に谺す。笑顔を、咲かすこと。誰かとともにあることで循環する幸福を、彼は捧げることを祈っていたから。 きっとあの飼い犬にすら、同じことを願うだろう。自身が与えられた喜びを、飼い犬も受け取って欲しいと。多くの腕に祝されて、幸せに微睡んで欲しいと。そんな風に、優しく願ってしまうのだ。どこまでも………真っ直ぐに。 「だけど、ミツルギはミツルギだからね。犬だからとか、そういうのはあんまり感じないかもしれないや」 憂いかけた胸裏を、不意にさらうように成歩堂の声が響いた。 「え………?」 「ん?」 「あ、いや…ミツルギは犬っぽくないな、って思っていたから、驚いたかな、と」 驚きのままに洩れた声に成歩堂が首を傾げてこちらを見遣ったため、若干しどろもどろになった口調で答えた言葉は、どこか答えにもなっていないようなものだった。 それを笑うでもなく、成歩堂は嬉しげに見遣ったままの瞳を細めた。そうしてポンと、肩に軽いぬくもりが当たった。 「ミツルギはまだ、僕しか知らないからね。きっと…これからみんなにも慣れてくれるよ」 だから愛しんで欲しいと、そう願うような、声。 押し付けるでも強制するでもなく、ただ心がそうあってくれれば嬉しいと、祈るように。 その声に、苦笑が漏れる。あなたこそがみんなに慣れて頼れるようになればいいのに。そんな言葉を、喉奥で飲み込んだ。 彼は必死で、まだ、誰の手も本当には掴めず、フラフラのまま辿々しく歩むのだ。傷を負ったままで、それが塞がっていると笑んでみせて。先に進ませて欲しいのだと、願うばかり。 踞ることが出来ない、そんな彼を支えようと、自分も決めたけれど。時折そんな姿を見ていると、またあの日のように叱りつけたくも、なる。 年下でまだ面識の浅い自分が頼れないなら、友人である兄を頼ればいいのに。 それすら、しないから。兄はどこか不機嫌で、不器用に彼を守ろうとしている。それは滑稽だけれど………きっとそれが優しい姿なのだろうと、思う。 多分……彼の祈りはそんなものなのだ。自分が守られようとか、慈しまれようとか、考えもしないで。ひたすらに他者に与えることを祈る。 そうして生まれる笑みが、彼を包み、癒し、支え……彼を幸せにするというのだろう。 どこまでも遠回りで不合理だ。もっと直接的なら、彼を幸せにしやすいだろうし、同時に、自分の兄も幸福に満たされるだろうに。 そう思ったなら、知らず深い溜め息が漏れてしまった。 きょとんとした成歩堂の眼差しが瞬いて注がれる。それに苦笑を向けて、響也は誤摩化すように揶揄する声音を紡ぐ。 「いえ、ミツルギよりも、きっと成歩堂さんを幸せにすることの方が難しいんだろうなって思っただけですよ」 ミツルギの幸せは簡単だ。飼い主が笑顔でいられればいいのだ。そしてその笑顔が自身に向けられるなら、あの犬は幸福に満たされるだろう。 けれど、彼は違う。自分が与えられたなら、与えたいと願う人だ。それはどこまでも広がって、彼に関わる絆全てに波及してしまう。 遠大な、道程だろう。………彼が満たされることがあるのか解らないくらい。 そんな途方もない意識に顰められた眉を、成歩堂が溶かすように笑い、その指先を伸ばした。 「そんなことないよ?ほら、響也くん」 笑って、と。くすぐるような幼い動きで成歩堂の指先が響也の頬を抓り、唇を笑みのように形作らせる。それに慌てたように首を振って逃れようとする響也に笑い、軽く両頬を叩いてその手は離れていく。 痛みはないけれど、往来でされるにはあまりに恥ずかしかった。周囲がこちらを凝視しているのではないかと、つい自意識過剰に考え込んでしまう。 そんな響也の背中を軽やかな腕が叩き、悪戯が成功したと楽しげに笑う成歩堂がその声を響かせた。 「どんなに辛くてもさ、嬉しいことがまたあるんだよ。それって凄いことだし、幸せなことだと思わないかな?」 尊敬する師を失っても、ミツルギが一時も離れずに傍に居てくれて、神乃木と出会い、霧人は呼びかけに応え弟まで連れて来てくれた。 …………どれほど自分が恵まれているか、知らないわけではないのだと、響くその声は教えるように柔らかかった。 「だから、簡単なんだよ。幸せになるっていうのはさ」 ただ簡単過ぎて忘れてしまうし、気づかないだけなのだと。愛おしそうに彼は言う。 呆気にとられながら、応えるべき言葉も見つからず、ただ頷いて………彼の腕をとった。 彼の幸福論は単純で、それでいて困難だ。誰もが出来ることだからこそ、誰もが意識せずに顧みないこと。 …………それでも、幸せを与えることが簡単だと、そういうのならば、自分でもそれが与えられるかもしれない。そう希望を持ってもいいだろうと、そんな幼い我が侭を思いながら自分の腕を掴む指先を不思議そうに眺める成歩堂に笑いかける。 「なら、ぼくの幸せもお裾分けしますよ」 美味しいコーヒーを出す店が近くにあるのだと、突飛な行動に目を丸めている成歩堂にウインク付きで告げてみる。ショッピングセンターは目の前で、人の流れはそちらに向かっている。自分たちもそれに従うはずだったけれど、少しだけ時間が貰えるなら、とっておきを紹介したい。 飼い犬の負担にならないようにとか、打ち沈む少女が元気になれるようにとか。そんなことばかり考えて一人外に出て、そうして帰ったなら、その帰りを待ちわびた者たちのために、菓子を作るのだろうから。 なんの気兼ねもしないでいい、今はまだ部外者にほど近い自分だからこそ差し出せるものを、与えたい。 自分の言葉に彼は瞠目した後、嬉しそうに細めた目で微笑んだ。その唇が開かれ、音が紡がれる。 音とならなくてもその表情だけで回答が解って、響也は誇らしげに笑んだ。 「よろこんで!」 どこか幼くて、どこか飄々としていて。 どこまでも解りやすいくせに、どこまでも計り難い人。 それでもその顔に笑みを捧げることが許されているなら きっといつかは、その傷を教え、共に癒す道を歩んでくれるだろう。 出来ることなら自分の兄をその隣に選んで欲しいと、 身勝手な願いを添えて、無邪気な未来の店長の笑顔に、笑みを返した。 この間霧人さんを書いたので今回は弟にしました。響也さん。でもまだ若いですね。若干強引ですよ。 これが段々と現在の響也さんになるわけです。人間て成長する生き物だよね!(成歩堂の方が凄いけどな、変化) 本当はもうちょっと続く予定だったのですが、それ入れると若干話のまとまりが悪くなるので切りました。それ入っていたら牙琉兄弟がダブルで成歩堂に大甘だという話にしかならなかったけどね!(笑) なんだかんだで響也さんも成歩堂に甘いけど、響也さんは他の人にも優しいからあまり目立たないのです。でも成歩堂は響也が優しいのは知っているから当初から懐いていたんだね。懐くというか、好感を持っていたというか。 好意を示せば優しさが還ってくる。パティスリーはいい循環が成り立っていると思うな! 08.09.02 |
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