柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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 季節が変われば当然人の目に映るものも変わる。
 四季のある日本で暮らしていれば、嫌が応にも視覚で移りゆく時間を感じ取る。それは当然、食材にも影響があるし、それらをアレンジして飾り立てるための器にも多大な影響があった。
 「………どれがいいかなぁ…」
 閉店後、スタッフルームで幾度目かの声が漏れた。目を向ければ、カタログ片手に成歩堂が思案顔で唸っている。
 いつもの光景ではあるけれど、その度に真剣に悩んでいる様は少しだけ滑稽で、けれど微笑ましいほど一生懸命だった。
 「先ほどから何を悩んでいるのかね?」
 彼に所望されていたアイスティーをいれてきた御剣が、それを渡すついでのように隣の椅子に座り問いかけた。
 他のスタッフたちは既に既知の事実だが、この春……否、今月と言い換えた方がより適切だろう、新人の御剣には毎日が見知らぬ事だらけだった。
 それを理解している成歩堂は礼を言ってカップを受け取り、相手にも自分の手元が見えるように身体を起こしてアイスティーを一口飲み込んだ。相手が見る事を許した事を動作で理解した御剣が覗き見たものは、カタログだった。
 そこに載せられている写真に、御剣は目を点にする。
 何故なら、そのカタログに並んでいたのは、どれほどの数があるかも解らないほどの、カップだ。愛らしい形から奇抜なもの、なんの変哲もないシンプルなものもあれば、そっと天使の羽が添えられているようなワンポイントに搾られたものもある。
 その天使のカップは御剣にも見覚えがあった。店で使用している、成歩堂の制作している冷菓が盛りつけられ、ボリューム感のあるムースとして出されていたものだ。
 御剣の視線が止まった先が解ったのか、成歩堂が苦笑しながらカタログを御剣にも見易いように二人の間にずらして広げた。
 「先月と今月はさ、春先だから同じものを使っているんだ。うちは女性客が多いし、入れ替わりの時期のプレゼントにはいいだろ?」
 羽ばたく意味でも見た目の可愛らしさでもと成歩堂は笑い、カタログの中の、いま使用してるカップを指差した。
 頷きながら同意を示す御剣に、だけど、と成歩堂は言葉を続ける。
 「来月はこどもの日があるからそろそろ交替させるし、こどもの日だって5月に入ればすぐ終わっちゃうだろ?だからその後に使う、行事に関係ないタイプのカップを探しているんだよ」
 行事に関係するカップは、まだ選びやすいのだ。方向性は大抵決まっているし、イメージも湧きやすい。
 けれど、それとは無縁のカップとなると話は別だ。
 店の客層のニーズを把握しなくてはならないし、店自体の雰囲気や意図も踏まなくてはいけない。
 勿論、盛りつけや、中に入れる冷菓の種類によっても変わる。
 その説明に不可解そうに眉を寄せ、御剣はカタログを睨みながら成歩堂に問い掛けた。
 「………好きなものを選べばいいのではないのか?」
 「僕の趣味だけでは何ともいえないよ。見た目って、すごく大事なんだよ?」
 人の視覚情報は侮れないのだ。言い含めるようにいう成歩堂に、まだ御剣は首を傾げている。言い分は理解出来ても納得しきれていない様子の御剣に、成歩堂はカタログのページを捲りながらいった。
 「だってね、去年のクリスマス、製菓学校の頃の友達の家の店でさ、ケーキは売れるけど焼き菓子が売れないって困っていたんだよ。で、少しでも目立つようにって焼き菓子1つ1つに余っていたクリスマスのシールを貼ったらさ」
 「………売れたのか」
 「うん。廃棄しなくなってびっくりだっていってたよ」
 成歩堂の言葉に御剣は目を瞬かせながら彼を見遣った。………たった一枚のシールでもそれだけの効果があるのならば、主となるカップの見た目は当然多大な影響力があるに決まっている。
 軽い溜め息を吐きながら困ったようにページを捲っていた成歩堂の手元を、御剣も同じように見つめる。菓子を作る事は出来ないけれど、お菓子作りが趣味という母親の影響で、御剣もそれなりに菓子の見栄えや好相性の見立ては出来る。
 無言になってお互いカップの種類を見比べていると、不意に成歩堂の視線が一カ所で固定した。
 ページを捲らなくなった指先に御剣が視線を向ければ、成歩堂が嬉しそうな顔をしていずれかのカップを見つめていた。
 「これ、いい感じだ!」
 「お、決まったか?」
 「どれですか?」
 「またおかしなもの選んでいないでしょうね」
 成歩堂が喜色に塗れた声を上げると、同じようにスタッフルームに残っていたパティシエたちが次々に声を掛ける。
 雑務室にいっていた王泥喜もタイミングよく戻ってきて、スタッフの声に現状を知り、その輪に入ろうと背を伸ばす。が、如何せん何ともし難い身長差が邪魔をして、カタログどころかそれが置かれている机すら見えなかった。
 きょろきょろとなんとか割り込もうと頑張る王泥喜が動き回るあいだも、他のスタッフは成歩堂の手元のカタログを覗きながら会話を進めていた。
 「ほら、これ。可愛いし、店としても悪くないだろ?」
 「ああ……なるほど、確かに準じてはいますね」
 「まあ……いるっちゃいるな」
 「あれ、でもこれだと……」
 「見えないですっ!」
 一番の新人が成歩堂の隣に座っていたせいで、その人物よりは経験値があるはずの王泥喜は、先輩たちの壁に圧されて成歩堂の姿すらよく見えなかった。
 思わず大声を上げて訴えると、片耳を押さえながら苦笑した響也がそっと身を退けて場所を譲ってくれた。
 成歩堂も全員が集まってしまったため、座っていた椅子を半回転させると見えやすいようにカタログを持ち上げた。
 指差された先にあるのは、丸いフォルムのシンプルなカップ。その隣に寄り添うように鎮座している愛らしい犬の飾りがある、冷菓用カップだ。
 4種類のアソートらしく、犬も4種それぞれ違う。シェパードに柴犬、チワワにミニチュアダックス。愛らしさを讃えた定番の犬たちがこちらを窺うように見つめている。
 「わー、可愛いですね、これ」
 「うん、カップ自体がシンプルだからデコレーションも自由に出来るしね」
 同意を示してくれた王泥喜に笑いかけながら答えると、同じようにカタログを見ていた御剣が何ともいえない顔をしていた。
 首を傾げて他のパティシエたちを見ると、やはりなんとも言えない顔をしている。
 なにか不都合があるだろうかと成歩堂が首を傾げていると、突然足下が引っ張られ、危うく椅子から転げ落ちそうになる。
 「うっ………わ?!」
 ギョッとして机に手をつこうとするよりも早く、隣に座っていた御剣が身体を支え、前に立っていた王泥喜が椅子を掴んで転倒を防いでくれる。
 ホッと息を吐いているスタッフ一同の視線は、当然その原因を調べるべく下へと落ちていった。が、成歩堂と王泥喜以外はその原因も動機も容易く解ってしまっていた。
 「こら、ミツルギ!イタズラしたらダメだろ?!」
 突然ズボンの裾を引いた飼い犬に、成歩堂が机の下を覗き込みながら叱りつけると、相手はプルプルと身体を小刻みに震わせて潤んだ目のまま成歩堂を見上げていた。
 拗ねているのか寂しがっているのか悲しんでいるのか。………取り合えず、全てであろうその様子に、成歩堂が目を丸めた。
 まだ仕事が終わりきっていないので全面的に相手は出来なかったけれど、それでも擦り寄ってくれば頭を撫でていたし、顔ものぞかせていたのだ。いつもであればこんな風にはならないのにと戸惑う成歩堂の様子に、後ろに立っていた響也がフォローするように呟いた。
 「成歩堂さん……ボンゴレのときと同じじゃないですか?」
 「へ?」
 「シェットランドがいるんですから、わざわざラブラドールを同枠に入れないでしょうに」
 その程度で想像通りに拗ねて飼い主を怪我の危険に晒すとは愚かな犬だと、呆れたように霧人が溜め息を吐いた。
 それに対して唸るような威嚇の低い音を響かせながら、なおもミツルギは飼い主を傍に寄せようとその袖に噛み付き引っ張った。
 「え?え??」
 困ったように後ろを見上げながら、自分の服の裾を噛んで引き寄せようとする飼い犬をなんとか逆の手で押さえる。それを眺めながら、まだ解らないのかというように神乃木が苦笑した。
 「まあ、早い話、浮気はするなってことだろうさ」
 にやりと面白気に笑った神乃木はからかう声音でそんなことをいい、まだまだそうした面が未熟な後輩パティシエの頭をぐしゃりと撫でた。
 よく解らないと戸惑ったままの成歩堂は、彼ら同様の顔で先ほど自分を見ていた隣に座る友人へと視線を送る。が、意見をもらおうとは思わなかった。………仏頂面であまり機嫌が良くないことだけは、解ったから。
 「うーん……っと、ミツルギ?」
 椅子から離れ、自分を取り戻そうとするように引っ張り続ける、机の下の愛犬の前にしゃがみ込む。
 それは先ほど見た友人と同じような、仏頂面で不機嫌で、けれど……とても必死で一途な眼差し。
 「あのね、ミツルギもフロアを手伝ってくれるだろ?」
 「…………?」
 「だから、この店には君のこともちゃんと含まれているんだよ。カップに同じ犬種はいなくて残念だけどさ、ミツルギがいなかったら選ぼうなんて、思わなかったよ?」
 目の前にいる飼い犬がいたからこそ、目を惹いた。そう教えてやれば、ミツルギは目を瞬かせて、じっと成歩堂を見遣る。
 それに苦笑して、未だ拗ねているらしい飼い犬の額にそっと唇を押し付けた。大好きだよと教えてあげれば、驚いたように目を丸めた犬は、子犬の頃のように大きな体躯を縮めて地面に伏せ、丸まった。
 その姿に微笑んで、もう一度頭を撫でてから成歩堂は再び椅子へと舞い戻り、購入するカップを決定した旨をスタッフたちに教えた。
 何とも傍迷惑な飼い犬だと思いながらも、スタッフたちは満足そうな成歩堂の様子にあえてなにも告げず、各自の作業を終わらせるべく、また先ほどまで座っていた位置に戻っていく。………もっとも、カップ選びに難航している成歩堂の相談を請け負うために残っているようなものなので、ほとんどのパティシエたちは終わらせようと思えばすぐにでも終わらせる事が出来る状態だった。
 それでもあと少しだけ時間を潰し、勘のいい未来の店長が自分のためにみんなが残ったのだと気づかれない程度の間を開けてから、神乃木が鍵を閉める旨を伝えるために、立ち上がった。


 ………なんとか事が収まったらしい飼い主と飼い犬の背後で、一連の言動を強制的に間近で目撃するはめになった二人のスタッフが、話がまとまってもなお若干の暗雲を背負っているのは、また別の話。





 ちなみに、文中のシール貼ったら売れた、というのは事実です。みんなもう頭の中はクリスマス一色なんだね、きっと!とスタッフみんなで納得しておきました。
 取り合えず、カップがかわいかったんだ、という私の意見が理解していただければいいです(オイ)
 いやもう、可愛くて。見ている真っ最中に『これがいいです!』と宣言してしまいました。次購入するときはぜひともこれを頼むぜ!

 ミツルギは成長ないですね。そして飼い犬には激甘な飼い主(笑)人間には言わないくせに飼い犬にはいくらでもいっているね、好きって(笑)
 まあそれくらいで丁度いいのではないでしょうか。ミツルギは報われてはいるけど御剣と同じ意味で報われる事はあり得ないのですし。
 ………うん、飼い主に思う存分甘えておけ。
 とはいえ、パティスリーでは成歩堂が御剣に求めるものが面白いくらい無いので、人間の方も随分報われていると思う。
 だって接触シーンないのに、普段書くやつよりずっと甘いと思うもの!………うん、ちょっと反省したよ、普段の作風。変わらないけど、反省くらいはした。

07.12.16