柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter | ふと鼻先に香る甘い香りに気づき、成歩堂が周囲を見回したあと、椅子に座っている響也に視線を留めて声をかけた。 「あれ、響也くん…なに飲んでる?」 「これですか?これは………」 「ショコラ・ショーですよ」 響也が問う成歩堂に笑んで答えようとすれば、ドアを開けながらトレーを持った霧人がいった。トレーの上にはいくつかのカップが並べられていて、そこからも甘いいい香りが漂っている。 タイミングよく戻ってきた兄を振り返りながら見遣り、響也が口を開く。 「ボクはやっぱり去年と同じのが好みかな」 軽く抱え上げた指先には先ほど成歩堂が興味を示したカップがあった。カップの中にたたえられている液体は琥珀でも黒でもない、独特の香りと色合いをした、チョコ色のとろりとしたもの。 それの意味する所を悟って、ぱっと成歩堂が顔を輝かせた。 「あ、じゃあ今日の会議ってそれのこと?」 「ええ、種類と、あといつから開始するかの検討ですね」 大体月に一度、この店ではパティシエ同士の意見交換が行われる。専門性の違う者同士だからこその違う観点からの視線やメニューの改編、客の要望やニーズへの対応、更には店で使うラッピング用品類の新規の検討なども行う。新メニューを導入する際は、どれがもっとも適しているかをパティシエ全員で考えるため、必ずサンプルが必要だった。そしてそれが残業に当たるこの会議の間食であり、疲れを癒すためのエネルギー補給でもあった。 けれど今回はドリンクメニューのため、とてもお腹に溜まるようなものではなかった。少しだけ思案した成歩堂が、霧人の奥に髪の先だけ見える新人パティシエに声を掛ける。 「じゃあ丁度いいからオドロキくん、さっき練習したフィナンシェも出そうよ」 「え、あ、は……はいっ!お、俺、大丈夫です?!」 突然声をかけられて驚いたらしい王泥喜が慌てて頓珍漢な返事を返す。 「…………………オドロキくん…間近で大声は止めて欲しいですね」 「あああ!す、すみません!!!」 「うん、平気だから、ほら、取りに行こうか」 真後ろにいた王泥喜の大声に霧人の持つトレーが少しだけ揺れた。少し離れた位置にいる成歩堂や響也ですら目を丸める大声なのだから、ある意味霧人の反応はひどく静かなものだっただろう。 けれどそれがそのまま意識に反映するわけではないと、弟だけでなく製菓学校時代をともに過ごした成歩堂にも解っていた。 響也の横に座ろうとした体勢から成歩堂はまた立ち上がり、ドアの前にまだいる霧人の肩を叩いて席に座るように示したあと、縮こまっている王泥喜の背を押し、先ほど一緒に作った焼き上がったばかりのフィナンシェを全部持ってくるように声をかけた。 まだ入りたての王泥喜は担当製菓がない。冷菓と焼き菓子を担当している成歩堂が飾りのもっとも少ない焼き菓子から練習をと、担当を移行するために教えている最中だった。その味を見てもらうにも丁度いいと、たいした距離でもないのに慌てて駆け出した王泥喜の背中を眺めたあと、ドアを閉めた。 そうして何事もなかったかのように席についている霧人を見遣り、仕方なさそうに笑う。 「まったく、君は時折僕より子供っぽいよ」 「おや、自分が幼いことに自覚がありましたか」 「…………今はそんなことないよ」 製菓学校時代の無邪気すぎる姿をもっとも一緒に過ごした霧人は時折こうした意地の悪い物言いをする。反論する言葉を持たない成歩堂は唇を尖らせながらそっぽを向いて、言葉ではなく態度で抗議を示した。 そんな所はあの頃と変わらないと、随分と見違えた成歩堂との、昔と変化のない純朴さに霧人の目が柔らかく細まる。………珍しい兄の表情を横目に見ながら、なんだかんだいいつつ霧人が成歩堂に甘い一面があることを響也は気づいていた。もっとも、本人にはその自覚はないけれど。 「ねえ、それよりさ、味見してもいい?」 からかわれたことをすぐに水に流した成歩堂が、ようやく言えたというように霧人の前に置かれたトレーの上のカップを見遣った。5つあるカップは、それぞれ色が若干違っていた。おそらく使用しているチョコの種類、あるいはその比率が違うのだろう。わくわくと目を輝かせてのぞいている成歩堂に苦笑しながら、霧人がそっとトレーを横にやった。 成歩堂から遠ざけたことで、暗に今はダメだということを示した霧人は、代わりというように響也の方を視線で示し、口を開く。 「これはテイスティング用ですよ。欲しければ響也のをもらって下さい」 「………だってあれ、去年と同じ奴だろ?」 霧人の返答にむっと顔を顰めて成歩堂が言う。怒ったというよりは、拗ねている。それに苦笑して、響也はまだ半分以上が残っているショコラ・ショーを成歩堂に示した。 「そうですけど、久しぶりだし、違うかもしれませんよ?」 だから試すかと首を傾げて問いかければ、成歩堂は戸惑うような視線でカップを見遣る。丁度フィナンシェを持って戻ってきた王泥喜はその場面に立ち合わせ、首を傾げた。 成歩堂はチョコが嫌いなわけではない。残り物を食べている時もあったし、休憩時に口にしているのを見たこともある。けれど明らかに今の成歩堂はショコラ・ショーを飲むことに警戒していた。 ドリンクでは好きじゃないのだろうかと思いながら、王泥喜は山のように出来ているフィナンシェをテーブルに置く。 それに礼を言った成歩堂は、改めて響也に向き直った。一大決心でもするかのような真面目な顔で、響也の持つカップに手を伸ばす。 「じゃ、じゃあ……一口だけもらうね」 そうして、チョコの濃厚な香りを漂わせるカップに口を付け、一口飲み込んだのが喉の動きで解る。…………同時に、カップを響也に押し付けて王泥喜の方に向き直ったのは予想外の行動だったけれど。 「え?成歩堂さ………」 「〜〜〜〜〜っ」 顔を顰めて成歩堂はそのまま王泥喜の持ってきたフィナンシェを口にする。その様子を目を点にして呆然と眺める王泥喜に、やっと現れた神乃木が仕方なさそうな溜め息を吐きながら声をかけた。 「おいおい、まるほどう。お前、まだビターがダメだってのか?」 「ダメなんじゃないですよ、ドリンクだと苦手っていうだけで………」 「これはスイートがベースですよ。他店と比べても特別苦くないんですけどね」 「だ、だって口に一杯広がるし!」 「やれやれ、だからあんたはまだまだコネコちゃんなんだよ」 「そのたとえは止めて下さい!!!!!」 流れるような三人の会話を聞きながら、まだ新人で事態を飲み込めていない王泥喜に響也がこっそりと声をかけた。 「気にしないでいいよ、喧嘩じゃないから」 「あ、いえ、そういうのじゃなくて………」 「あの二人ね、成歩堂さんをからかうのが好きなんだよ。成歩堂さんも素直に返すからね」 そんなことをいいながら、けれど響也もまた、二人を止めようとはしない。それを見ながら、何となく解った。 多分、この店のパティシエたちは、成歩堂が軸になって回っているのだ。…………自分が彼に惹かれてこの店に就職したように、彼がいなくてはこの店は成り立たない。 まだ入りたてでその輪に深く交われないことが、少しだけ悔しい。楽し気な三人を見遣りながら、ふと気づいて王泥喜は響也を見下ろした。 「………でも、あなたも同じですよね」 「なんのことかな、オデコくん?」 勘のいい新人の言葉に微笑んで、響也はもう少ししたら声をかけて会議を始めるように促そうと考える。それまではもう少しだけ、感情豊かな優しいパティシエが織りなす声音に耳を傾けよう。 不器用で周囲を欺くことに長けていたあの兄を純真さのみで惹き寄せた、奇跡のような人を。 成歩堂の過保護な癖は周囲が成歩堂に甘いせいなんですよ。というせめてものフォローを。うん、やっぱり甘かったな、神乃木さんも霧人さんも。 ちなみに霧人さんのからかう準備は響也さん用をわざわざ先に作ってあげた所から始まっています。だから響也さんも兄にのってあげている(笑)そのせいでオドロキくんに同種ですかといわれているわけですがね。 まだ御剣が来ていない時期であることと、ミツルギオンが裏口に回ってきていないのとで人間だけでほのぼのです。会議中はスタッフルームなのでちゃっかりミツルギオン、成歩堂の足下に座っていますよ。←堂々とスタッフの一員面しているのでおつかいコースを作ることになったともいう。 07.11.29 |
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