柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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 目を瞬かせながら、相手を見た。
 首を傾げながらもう一度相手の言葉を反芻する。聞き間違いかどうかを確認したくてした仕草は、どうやら否定と思われたらしく、相手が悄気るように項垂れた。
 それを見て慌てて成歩堂は御剣に声をかけた。
 「いや!あのね、別に嫌だとかそういうわけじゃなくて、ちょっとびっくりしたかなっていうだけだよ!」
 「しかし………」
 必死に叫んだ声にも相手は項垂れたまま動かない。
 その場しのぎの言い訳だと思われているのか、凹ませた現状から復活させるだけの効力はなかったらしい。
 困ったように相手を見つめながら、成歩堂は足下の飼い犬を見遣った。
 満足そうな、誇らし気な飼い犬の態度は、まるで自分こそがその名の本当の主だというかのようだ。
 「……だって、ほら、子供の時から御剣って呼んでたし、今更……ね……」
 「しかしその犬と呼ばれ方が同じでは混乱するだろう」
 それならば名前を持っている自分が名を呼ばれればいいのではないかという提案は、けれど何故か却下される方向に流れている。
 御剣の言いたいことは成歩堂にも解るのだ。幾度となく人間と犬のどちらを呼んだか解らず、フロアでどちらもが同じ仕草で振り返る姿を見ているのだから。
 それでも、今更過ぎる。………名前を呼べばいいといっても、妙に照れくさいし抵抗感があるのは否めなかった。
 戸惑うように断る言葉を探している成歩堂に、御剣は小さく息を吐き出してじっと彼を見遣った。
 ………不躾なほど真っすぐな視線。法廷という場を知りはしないけれど、おそらく彼はその場で弁護士として、こんな風に相手を見ていたのだろう。
 虚偽を許さない、視線。息を飲むように成歩堂はその目を見返しながら、開きかけた唇をまた閉ざした。
 「君は響也のことは名前で呼んでいるだろう。それとどう差がある」
 すでに名を呼ぶ人間がいるならば慣れていないというのは立証出来ない。そう告げてみれば、拗ねたような顔で成歩堂は顔を逸らして小さな言い訳を口にする。
 「………響也くんは君と違って牙琉がそう呼んでいるのをずっと聞いていたんだよ。だから会う前からずっとそっちで呼んでたんだ」
 むしろ名字で呼ぶことの方に違和感があるといってみれば、御剣は怪訝そうな顔をして首を傾げる。
 彼にとっては名前など記号に近いのかもしれない。そんなことを思いながら、成歩堂は観念したように溜め息を吐き出して、彼の望む通りにその名を口にしてみる。
 「怜侍……なぁ、なんか違和感があるんだよね、僕がいうと」
 そう思わないかと首を傾げて相手を見遣ってみると、何故か御剣が凝固していた。驚いたように目を丸くしたまま。
 おかしなことをいってもやってもいないだろうと、成歩堂が顔を顰めて御剣の肩を軽く叩いた。どうかしたのかと問うよりも早く、相手の顔が面白いほどはっきりと変化する。
 表情ではない。………その、色が。
 「……………っ!あのな!!君が呼べっていうからいったのに、その張本人が照れるなよ!!」
 こっちまで恥ずかしくなると叫べば、御剣はその言葉には頷けたのか、手で口元を覆ったまま頷いていた。
 その顔は真っ赤で、それに感化された成歩堂の顔も、同じほどに熟れている。
 「………やはり、このままでいよう」
 「うん、そうしてくれると有り難いよ………」
 確実にこんな姿を見られたら、からかってくる相手が店にはいるのだ。敢えてその要因を増やすこともないだろうと成歩堂は深く息を吐き出して、照れ隠しをするように小さく御剣に唸っている飼い犬の頭を撫でた。
 「しかし、不思議なものだな」
 ようやく口元を覆っていた手を離した御剣が、驚いたような顔のまま、感慨深気に呟く。
 それは多分、成歩堂に聞かせようとしたわけでもなければ、話しかけたわけでもないのだろう。ぼんやりとしたような様子は、独白にほど近い。
 「?」
 こちらを見ていない御剣が零した言葉に疑問を示しながら成歩堂も見遣る。その視線の先で、御剣の口元が綻んだ。
 「君が呼ぶと、まるで違う名のようだ」
 たかが、名前なのに。個人を判別するモノ以外の意味など、そうはないはずなのに。
 ただ成歩堂が呼んだ。それだけで、こぼれ落ちたのは、笑みだった。
 ………それを隠すために覆った手は、離れた今もまた口元に灯った笑みのために、意味はなかったけれど。
 舌先に転がすような呟きは、それでも隣に座る成歩堂には聞こえていて。
 既に赤くなっていた顔に少しだけ感謝をしながら、まるで自身の発言の意味に気づいていない御剣に小さく息を吐き出した。
 きっと彼は人との関わりを知らないからこそ、こうした言葉を使ってしまうのだ。そこに他意はない。そう、思いながら。


 ………困ったようなくすぐったさを胸中におさめ、成歩堂は袖先を引っ張る飼い犬を抱き寄せて、その顔を御剣から隠すように埋めた。





 きっと一度くらいは誰かしらが『名前で呼べば区別がつく』というのではなかろうか、と思って。
 でも王泥喜は自分も名前で呼んで欲しくなるからいわなくて、響也さんは成歩堂が困るのが目に見えているから敢えて触れなくて、霧人さんはなんか名前で呼び合う二人を想像するとムカッとくるからスルーして、神乃木さんは夢で千尋さんに叱られるのが解っているのでいえない。
 で、結局本人対決になりました。相変わらず素で恥ずかしい人だね、御剣。
 でもこの子がこんな風に言ってしまうのは恋愛と友情の差というか区別がついていないせいもあるのです。
 解ったら……自覚していわれるのもヤダよな………(遠い目)言わなくなるという選択肢がいつか現れてくれるといいと思います。うん。

07.12.19