柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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ふとした時に思い出すこと
思うことのない、未来のこと
それでも確実に忍び寄る、それ

種族の違いは残酷だ
歴然とした違いで、眼前に迫る

足下で懐く愛犬を見下ろし


……………ただ愛しいと、微笑んだ





 ぼんやりと室内を見遣る。そろそろお腹が空いた気がすると時計を見てみれば、体内時計は正確で、もう昼になろうとしていた。
 飼い犬のおやつも作らなくてはと、隣で寝そべっていた犬を見遣ってみれば、眠っているのか動く気配はなかった。
 じっと、その様子を見つめる。散歩から帰ってきての休息はいつものことだけれど、今日はドッグランに連れて行ったせいか、随分疲れているように見えた。
 社会性は子犬の頃……それこそ15週程度までがもっとも身に付く適齢期だからと、随分ドッグランにも通った。が、今の所それがより良い結果に結びついた様子は見られなかった。
 犬種としては好奇心も旺盛で人懐こく、誰にでも笑顔を向けるはずなのだが、なかなかそれが実現したためしがなかった。
 きっと、彼にとっては未だに負担、なのだろう。他の犬との交流も、飼い主以外の人間との関わりも。それでも沢山の生き物に愛されて欲しいと祈るのは、飼い主としての傲慢だろうか。
 「ミツルギ?」
 問うように愛犬の名を呼ぶ。
 眠っている彼は、動かない。返されない視線、振られない尻尾、微かな音で鳴く様すら、聞き取れない。
 そっと、犬の腹部を見つめる。規則正しく上下して、ただ健やかに眠っているだけであることを教えてくれる。
 ほっと息を吐いたあと、ふと思い出す。
 昔、この犬を引き取った頃に読んだ、犬の本。脳裏に点滅する、その中の言葉。
 犬の成長は人間のそれとは異なる。一般的に生後一年間が子犬の時期で、その後成犬の時期となり、7年を超えれば老犬の時期と変化する。
 とても……犬の寿命は短いのだ。10年〜15年といわれるそれは、犬種によって様々といえど、少なくとも18年以上生きたという犬は、ミツルギを飼い始めてから成歩堂が出会った犬たちの中には、いなかった。
 もう3年を一緒に過ごした。出来ることなら、願えるなら、もっとずっと長く一緒にいたい。
 …………いたい、のに。
 そっとミツルギの腹部を撫で、その毛並みを指先に感じる。優しい感触と、柔らかな体温。
 「……ミツルギ」
 もう一度、名を呼んだ。甘えるような寝息で答えた飼い犬は、けれどまだ微睡みの中に沈んでいて起きはしなかった。
 それを見つめて、成歩堂は身体を折る。ミツルギの身体を覆うように、その寝息を確認するように、顔を近づけた。
 あたたかな毛皮。呼吸とともに上下するそれは、触れている成歩堂の指先もまた、揺らした。
 覗き込んだミツルギは幸せそうに眠っている。たった一人と決めた愛しい存在の傍らで眠れる幸福を、確かに感じて眠っている。
 ホッと吐息を吐き出して、成歩堂は複雑そうに笑みを浮かべ、目を細めた。
 真っすぐに自分だけに走り寄る、この世にたった一匹の自分の犬。この先どれほど多くの犬と出会おうと、ミツルギほど自分に懐く犬はいないだろう。
 出会えた奇跡を感謝している。選んでくれた子犬の頃の彼にも。
 それでも、たった一つ悲しい事実が歴然とあった。
 ………犬の寿命は、短いのだ。
 もう一度心の中で呟いて、目を閉じる。
 どれほど願っても祈っても、細心の注意を払っても、限りない幸運に恵まれても。………それでも、確実に自分より先に逝く、種族なのだ。
 それを知っている。理解している。そして、それを踏まえた上で、愛しているのだ。まるで違う種族の、まだ出会ってたった3年の、犬を。
 犬は必ず誰かの最良のパートナーになれるという。それはきっと事実だろう。少なくとも、あの小さな子犬が傍に居てくれたから、憧れ慕った人を失った傷も、乗り越えた。その人が残してくれたものを穢すことなく花開かせ、今も展開することが出来ている。
 ………けれど、生まれてすぐに自分を見出し認めてくれたこの犬にとって、自分は最良のパートナーなのだろうか。
 人に尽くし、役割を与えられ、仕事を請け負うことを喜びと思う犬種であっても、自分は過剰な負担を与えていないかという不安は尽きないのだ。
 優しいこの犬はいつだって自分に応えようと努力してくれて、不安や寂しさを与えまいと一緒にいてくれる。飼い主のことばかりで、自身を顧みない、くらいに。
 そっとミツルギの背を撫で、頬をすり寄せる。さすがにそれには気づいたのか、ミツルギの目が瞬いた。きょとんとした微睡んだ目が飼い主を写し、嬉しそうに細められて鼻先を彼の頬に押し付ける。
 「ミツルギ?」
 名を呼べば応えるようにミツルギは喉奥で小さく鳴いて、成歩堂の頬を舐めた。その仕草に微笑んで、抱き締めるように身体を寄せる。眠っている犬の体躯を潰さないように、少しだけ身体を浮かせながら。
 それに気づいて、ミツルギが身じろぎ、場所をあけようとする。くすくすと小さく笑いながら、成歩堂はそれに従い、飼い犬の隣に寝そべった。
 「ねえ、ミツルギ」
 「………?」
 「一緒に、いようね。ずっと、いたいね」
 囁くような声音で呟いて、成歩堂は真っ黒な毛並みに指を絡め、優しく梳いた。
 じっと、ミツルギは成歩堂を見上げる。優しい指先が自身を撫でてくれる様が、愛しい。けれど……ひどく、寂しかった。
 小さく鳴いて、そっと舌先を、流れてはいない雫を拭うように目元にやった。舐めとった目尻は、けれどなんの味も教えはせず、彼は小さく微笑んでいるばかりだった。
 それでも、解る。………悲しんでいる。寂しがっている。それはどこか、過去に尊敬する師を失った時の傷つき方に似ていた。
 成歩堂の頬に鼻先を押し付ける。不躾に、遠慮などしないで。
 そうして、流れてくれない涙を拭おうとする飼い犬に、成歩堂はただ、笑んで。
 「…………大好きだからね、忘れないでくれよ?」
 そっとそっと、小さな声で、囁いた。


 どれほど先に成長して
 自分を残し逝ってしまう命であったとしても
 共に生き、同じ時間を過ごした

 パートナーであった日々は、消えはしないから

 たとえ先に老いて、
 物も見えず音も聞こえず匂いの判別も出来なくなったとしても
 それでも、たった一つだけ、覚えていて


 …………ただこうして、愛しいと伝えた、その思いを。





 考えてみれば私は犬を昔飼ってはいたけど、ちゃんとした知識は持っていないなぁと思って、本屋でぱらっと読んでいたのです。
 ………えらく悲しくなって帰ってきたよ。
 大好きだけど、ずっと一緒にいたいけど、絶対に自分より先にいなくなっちゃうんだ。運良く事故にも病気にも遭わなくて、お互い健康に過ごせても、同じだけの時間の保証はまったくないんだ。
 それでも、ペットが目の前にいる時はそんなこと思いもしないんだから不思議だ。
 ただ、好きで一緒に遊んで、笑いかけると笑い返してくれることが嬉しくて。家族と、同じになって。
 だからか、時折…今も家になんの動物もいないことが不思議でならなくなるのです。私は生まれた時からずっと家に必ず犬がいる生活だったから。おかげでぬいぐるみだらけだけど。いや、好きなんですがね、ぬいぐるみ。
 子供の頃はペットロスにならずに済んだけど、今飼ったらなりそうだよ(苦笑)

08.1.10