柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter | 「うわ、すっごいよ、これ!」 「本当に……ここまで違うんですね」 成歩堂と響也が二人で鍋の中を覗きながら楽し気に話している。それを聞き、霧人が首を巡らせた。 さして広くないキッチン内だ。二人の声はどこにいても聞こえる。何事かと軽く顰めた眉が物語っているのを響也が視界の端に映した。 「ほら、新しく来たサンプルの卵で作ったカスタード」 「まっ黄色だよ、本当に!卵以外何も変わっていないのにさ」 凄いねとはしゃいだ声で言う成歩堂に呆れたような視線を向け、霧人は鍋の中身を見遣った。 確かにそこにあるカスタードはまだ作り途中ではあるが黄色い。普段の黄色とは質の違い、いうなれば甲高い音がしそうな…蛍光色に連なりそうな黄色だ。 ………つまりは、ひどく視覚に訴える色だ。 ここまで色が違うのでは変更するならば全種類を同時に行わなくては生地の色も変わるだろう。そこまで面倒な真似をしてまで使用するメリットは少ないかと霧人は考えながら成歩堂を見遣る。 「で、どうするつもりですか?」 「うん?なにを??」 目を瞬かせて鍋の中身を木べらで混ぜながら成歩堂が問いかける。男が一抱えするほどの大きさの鍋だ。失敗したらかなりの材料を破棄しなくてはいけないのだから、最後の段階になると成歩堂の表情も先程のはしゃいだものから真剣なものに変わる。 それでもかけられた言葉に返した声は相変わらず呑気だ。それに軽く息を吐き出し、霧人が近くのテーブルに転がっている、サンプルで渡された卵のパックを持ち上げた。 「これに変える気ですか?」 「いや、神乃木さんとも話したけど、今のままでいくつもりだよ。それ、結構高いしね。でも勿体ないから自分たち用に作っているんだよ」 美味しいものを作るのは確かに必要だけれど、最高級のスイーツを作るのは少しだけコンセプトが違う。それではニーズに合う金額での提供が出来なくなってしまう。だからやはり現状の卵を使用しようという結論になった事は今朝の申し送りでも告げたし、店舗ノートにも記載されている。 今作っているカスタードも、響也が焼いている最中の生地も、どちらも店出しするつもりのないものだ。もっともカスタードくらいであればチョコを混ぜ合わせてクリームチョコにすれば使えるかもしれないが。 カスタードがこれだけの色に変化しているのだから、きっと生地も面白い色になっているだろう。 弾んだ成歩堂の声は楽し気だ。 調度そのときオーブンの音が鳴り、響也が生地を取り出すためにそちらに赴く。その空いたスペースに霧人が入り込んだ。 隣にやって来た霧人に軽く見遣った後、成歩堂は火を止めて鍋の中身をボールに移していく。それを横目に、霧人は粗のボールより一回り大きなものに氷を入れた。 カスタードは生クリーム以上に傷みの早いものだ。雑菌の繁殖を防ぐためにも、出来上がったクリームは上下に氷水を張ったボールを当てて急冷する。 手伝ってくれるらしい霧人に礼を言いながら、成歩堂は差し出された氷水入りのボールを受け取った。それに引き続き、霧人じゃ小振りのボールに氷水を張ったものを作っている。 成歩堂は近場に置いておいたラップを手に取りながら、今更のように首を傾げ、霧人に問い掛けた。 「でもこれさ、なんでこんなに黄色いんだろうね。普通のとなにが違うんだろう?」 「ああ、そういえば調度霧緒さんが説明に来た時、あなたはいませんでしたね。……ほら、このパックにも簡単に載っていますよ」 成歩堂がボールのクリームに水分が付かないようにしっかりと空気を入れずにラップをかけたのを見計らって霧人が片手で差し出したパックには『ルテイン』とでかでかと載っていた。………訳が解らず眉を顰めるながらカスタードの入ったボールを先程霧人が作ってくれた氷水入りのボールの上に乗せた。 霧人は小振りのボールを既に成歩堂の作り終えたカスタードクリームの上に乗せ、あとは冷えるまでは放置するばかりの状態にしてもなお、成歩堂が言葉を発さないことに気づき、おそらく彼が見ている大きな文字のその更に下の部分の説明書きを教えるように口を開いた。 「まあ要は、鶏のエサにマリーゴールドを使ったようですね。そのせいでルテインが通常の卵の3倍ほど含まれていて、それによって卵黄色がより鮮やかに、なおかつ加熱しても色が薄まらずこのような濃い色を残す、というのが売りのようですよ」 勿論栄養的にも問題はないし、カロリーや脂質に至っては一般の卵よりも数値が低い。なかなか興味深い材料だが、如何せん高いのがネックだ。そうした自然素材を売りにしている店ならばいいが、それを全面に出していない店では途中から切り替えるには少々二の足を踏む。 「そっか、やっぱりエサって一番色に直結するんだね。マリーゴールドって、ゴールドってくらいだし、黄色いんだよね?」 「……………………あなたはマリーゴールドも知らないんですか」 「多分見れば解るだろうけど、名前と花が一致しないんだよ」 それで困らないからいいのだと平然といってのけた成歩堂は、呆れたような霧人の肩を軽く叩いて、もう一言付け加える。 「それに、軽くスケッチすれば君がなんの花か教えてくれる。だから平気だよ」 自分が知らなくても知っている人間がすぐ傍にいるのだ。その人がいれば困るはずがない。 ………製菓学校時代のような悪戯を混めた幼い眼差しで告げられて、知らず霧人が息を飲む。霧人が答える言葉を模索するよりも早く、奥で響也が成歩堂を呼び、成歩堂はそれに答えて足を踏み出した。 颯爽とした背中が、視界の端で翻った。 楽しそうに幸せそうに、ただ前にばかり駆けていく、不器用で感情的なくせに………初めて製菓を手助けしたそのとき以降、涙すら流さなくなった、彼。 きっとその涙すら誰かに見せるつもりのなかった、ものだ。たまたま見てしまったに過ぎない事も知っている。 それでも、その背が進むその時に、胃が痛む。 ゆるゆると息を吐き出し、向けられた無辜の信を乗せた眼差しを飲み込んだ。 焼き上がった生地の鮮やかな色彩に目を丸め歓声を上げる二人を眺めながら、そっと顔を逸らす。 彼は笑う。自分も笑う。 けれど、きっと。 …………その意味は、どこまでも違うのだ。 そしてそれが故に、自分は彼の笑顔に息を飲む。 ただそれだけだと、言い聞かせながら………………。 そんなわけで牙琉兄弟と成歩堂でした〜。 本当に黄色いんですよ、色が。卵の種類でここまで変わるか!というくらい。 でもやっぱりチョコとか色の濃いものと混ぜてしまえばまったく解りませんが。こういう色のいい卵はプレーンに使用しないと意味がないですね。 ちなみに響也が作ったのはロールケーキの生地。スポンジもやっぱり色が違うから、シフォンとか焼いてもきっと凄く色が変わる事だと思います。面白いな………! 08.2.25 |
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